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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
3章・パパは奴隷でATM
83/124

究極のオナホ2

「ARオナホ?」

「いかにも」


 ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を高々と掲げ、興奮した様子の白木兄は、高らかに宣言するのであった。ARとはなんじゃらほい。


「ARとはAugmented Realityの略語で、日本語にすれば拡張現実、強化現実と呼ぶものである。一般的にバーチャルリアリティ(VR)という言葉は普及しているが、ARはその変種であり、その違いは、今現在見えている現実を作り変えるか(VR)、情報を付加するか(AR)の違いである。最も分かりやすい例を挙げれば、グーグルグラスがある。眼鏡を覗き込んだら半透明のモニターが現れて、そこに色々と情報を表示してくれる、そんな商品があったろう」

「ああ、あれですか……って言うか、言われて思い出しましたが、MikuMikuDanceの3Dモデルを現実世界で躍らせるなんて動画がありましたね」

「そう! それだ。現実世界には何もないが、モニター越しに見てみれば、私の机の上でみくちゃんが踊っている。なら、現実世界にはオナホが転がっているだけだが、モニターを通してみたら、そこにはあられもない姿のみくちゃんがアヘってたっていいじゃない!」

「おお!」


 なんか知らないが力強い言葉に、男たちが色めき立った。


「以前、MikuMikuDanceのデータでシコって居た時、気づいてしまったのだよ。ああ、私は3次元もいけるなって」

「3DCGです」

「特にどれとは言わないが、とあるモデルの表情のバリエーションは凄いものがあって、別に脱いでるわけでもなく、ただキャラクターが上下しているだけなのに、なんかやたらとエロくて感心した。あれじゃクリプトンが配布停止を画策しても仕方ないではないか」

「もう、それ殆ど答え言ってますから」

「そんなある日、HMDに映した乗馬するみくちゃんで果てた後に、訪れた賢者タイムに私は考えた。これ、遠巻きに全身を見てるんじゃなくって、じぃっと表情だけ見てた方が抜けね? つーか、オナホと連動してたら、もっとよくね? と。そして、リビドーの赴くままに製作したのが、これなのだ!」

「うひょーほー! あんた、天才や!」

「もっと言って!」

「天才っ! 天才っ!!」


 盛り上がる男どもを尻目に、紅一点の白木がぼそっと言った。


「水を差すようで恐縮なのですが……お兄様、ソフトウェアはからっきしではありませんか。それ、単にPCの画面がHMD上に映されるってだけなんじゃないですか?」

「うっ……実は、安寿の言うとおり、いろいろとデータが揃ってないのが現実なんだ……実際問題、この機械も、まだ3Dモデルが映るだけで、オナホと連動してるとは到底呼べないような代物。問題は山積みなのだよ」

「モデルやモーションは、ネット上に転がってるデータと互換性を取ったらどうなんですか? 著作権フリーでしょ、あの辺」

「もちろん、試してみた。しかし、実際に使ってみれば分かるが、あれは予め動きが決められているから、オナホと相性が悪いんだ。オナホにAR技術まで使ってしこしこしてるのに、3Dモデルに一人で勝手にいかれては興ざめだろう? いくときは一緒にいきたいじゃない!」

「わかりますわかります」

「かと言って、こっちでどうにかしようとすると、どうしても複雑な操作が必要だったり、それを無視すると、今度はマグロになったり。とにかく動きが雑になるのさ」

「ああー、なるほど」


 まあ、確かに、それが出来れば最高だが。


「けど出来ないから、みんな妥協してるんじゃないですかね。俺もAVでオナるとしても、わざわざ男優と射精タイミング合わせたりしませんし。みんな、適当なとこでどぴゅどぴゅしちゃうじゃないですか?」

「そこで妥協しちゃあ、単にHMDで見る3DAVと変わらないじゃないか。そういうのなら、既に3DTV向けの映像作品がいくつか発売されているぞ。あまり売れているとは言えないようだが」

「言われてみれば、確かに」

「消費者も馬鹿じゃない。オナホを起点にして3Dモデルが動くよって、そんなていどの小手先の技術じゃ、もう目新しさを感じてはくれない。必要なのは、真に擬似的な体験なのだ。それが嘘だと分かっているからこそ、妥協しちゃいけないんだ。だからこそ、私はちんこで操作したい! ちんこのビクビクって動きから射精を察知して、3Dモデルをいかせたい! そんな夢のオナホを作りたいのだ! ……あ、そうそう、そしてそのために血圧計で圧力を図ったりして、ちんこを研究していたんだ。うん。そうでなくては、売り物とは呼べん」


 え? マジ? 思いつきで言ってるんじゃないだろうな……武士の情けだ。突っ込まないが。


 それより、白木兄から出た意外な言葉にちょっと驚いた。


「お兄さん、売ろうとしてるんすか? これ。自分で楽しむだけじゃなくって」

「当たり前だろう。そのために出資を募っていたのだ。もし、これが完成したら、売れるぞー……飛ぶように売れるはずだ。グーグルグラスは失敗したが、あれはエロを禁止したのが間違いだった。外出を前提にしていたのも問題だ。ああいった内向きのものは、まずは安全な家の中で楽しめてこそだろう。それに比べて、こっちは最初からエロ目的、おまけに出資者のニーズもあるから、成功は約束されたも同然だ。もう、父ちゃん母ちゃんに就職しろなんて言わせないっっ!」

「うーむ……」


 男たち3人が口ごもった。最後の一言はさておき、やろうとしていることは中々魅力的である。お互いに目配せをすると、藤木たちは頷きあった。


 そんな中、佐村河内だけが興味がないのだろうか、持ってきたスケッチブックを取り出して、いつものように性器の断面図を描いていた。どんだけ性器好きなんだ、こいつは。


 その姿を尻目にしつつ、藤木は言った。


「……お兄さんのコンセプトを実現できたら、確かに、それは究極のオナホと呼べそうですね……ちんこで操作する、3Dがグイグイ動く、オナホか……」

「そ、そうだろう?」

「なによりも、売れること間違いなしだと思います」

「そうだろう、そうだろう」

「それでその……も、もし良かったら、そのオナホ作り……俺たちに手伝わせてはもらえませんか」

「む? なんだって」


 突然の申し出に、白木兄が目を丸くした。


「だって、そんな熱い思い知っちゃったら……俺たちもやらなきゃって、そう思うじゃないですか!」「今、俺たちはきっと歴史の転換点に立ってるんだと思います!」「これだけのことを聞かされて、黙って帰るなんて、俺には出来ないっすよ!」「そうだよ!」「そうだよなあ!!」

「ああ、君たちは分かってくれるのか! この熱きパトスを」

「これが成功したら、お兄さんはきっと第二のエジソン間違いなしです」「そんな、凄い場面に立ち会ってるなんて、俺、少し興奮してる」「ああ、お兄さん! 俺たちに、新しい歴史を作る手伝いをさせてください!」「お兄さん!」「いや、兄貴!」

「おお! 君たちにお兄さんと呼ばれる筋合いは全くないが、その気持ちは分かった。受け入れよう、君たちは同志であると!」

「わー!」「わーわー!」「いやっほーう!」


 オナホを天高く掲げた男を中心に、男たちがひしと抱きしめあった。その姿はさながら蜘蛛の糸に群がる亡者のようであったが、多分、美的感覚とか色々といっちゃってる白木は、目じりに涙を浮かべながらポツリと呟いた。


「良かった……お兄様、初めてのお友達が出来て……」


 聞いてはいけないような呟きを聞くとはなしに聞いていると、藤木はグイグイと背中を引っ張られていることに気づいた。見ると、佐村河内が、性器の断面図を見せびらかすようにして、藤木になにやらを訴えようとしている。


「いや……わけ分からないから。いま、ちょっといいところだからね、邪魔しないでね?」

「藤木……これ」

「いや、だから、また後でね」

「だから、藤木……」


 藤木が縋りつく佐村河内を振りほどいていたら、


「馬鹿ああああああああ!!!!」

「ぐべぁぁっ!」


 なんか知らないが、気色ばんだ白木兄に殴られた。何故だ。


「それは……それは、もしや性器の断面図!?」


 見りゃ分かるだろう。それが一体なんだと言うのか。ぐいぐいと、藤木に押し付けるようにしていた佐村河内は、白木兄が反応するのを見ると、今度はそっちにスケッチブックごと性器の断面図を渡した。


 わなわなと指先を震わせつつ、白木兄は驚愕の表情でそれを受け取ると、


「な……なんて精巧な性器の断面図なんだ……こ、これがあれば……」

「なんですか?」

「性器の断面図透過プレイが出来る!!」


 白木兄のその熱い宣言に、藤木はハッとなってスケッチブックを見返した。


 そうだ、これがあれば、エロ漫画ではお馴染みの、なんかフィニッシュになるといきなり女性の下腹部に性器の断面図が露出して、子宮に精液がドボドボと流れ込んでいる様が描かれる、あのプレイが出来るではないか。


 なんたるっ……うかつっ……藤木は己のうかつさを恥じると、四つんばいになって涙を垂れ流し、佐村河内に詫びた。


「すまんっ!! 佐村河内……俺を殴ってくれっ!」


 バチコンッ! 痛い! ……容赦なく殴られた。


「ふっ……仲間とは良いものだな……私はずっと、1人でオナホ製作をしていた。1人で何でも出来ると思っていた。でも5人集まれば、たったこれだけの時間でこれだけの凄いアイディアが、あっという間に生まれてしまうんだな……」

「お兄さん」「お兄さん……!」「兄貴ぃ」

「ふっ、おしゃまさんたち。涙はもう見せないよ。さあ、作ろうじゃないか。我々はオナホ・マイスター・クインテット。1人じゃない、体が軽い、もう何も怖くない!」


 何かのフラグを立てつつも、こうして男たち5人による、オナホ製作の夏が始まった。それは都内の狭いマンションの一室から始まる、この夏一番ホットで熱い出来事であった。


 ろくに家にも帰らずに、男たちは寝る間も惜しんで働いた。


 それは女からしてみれば、さぞかし滑稽で、馬鹿馬鹿しい光景だったかも知れない。しかし、男のロマンとは得てしてそういうものなのだ。理解されようとは思わない。


 なにはともあれ藤木は確信していた、これは間違いなく究極のオナホであると。少なくとも、父の持っていたであろう、至高のなんちゃらに比べたら、雲泥の差の素晴らしいオナホであることは間違いなかった。


 あの日、勢いで究極のオナホを見せてやるなどと口走ってしまった。一度は、諦めかけた。それがいま、現実のものとなろうとしている……


 


 そして、数日のときが流れた。


 オナホ製作の日々は、決して順調に進んだとはいえなかった。


 だが、男たちは諦めることをせず、ただ真っ直ぐに目標を見定めて、夢へと邁進したのであった。



 

 時に、男たちは過去を振り返り、涙を拭った。


「……と言うか、あの彼はどうしてあんなに性器に関心があるんだ」

「実は、小学三年で精通したせいで、かくかくしかじか……」

「むむっ……それは凄い。かくいう私はお恥ずかしながら、中学3年まで精通しなかったんだ……」

「な、なんだってェ!?」

「私も小学5年の頃には精通のチャンスがあったんだ……しかし、当時私たちの小学校を牛耳っていた中学生が、ある日チン毛も生えてない私達を集めて、大人の証であるところのオナニーの実演をしたんだがね……そのオナニーが実は間違った方法で」

「色々と突っ込みたいところが山ほどあるんですが、一体、どういうことです?」

「その方法というのが、ローションをつけて亀頭を延々とコスリ連打するというものだったのだよ。ほら、ゲームパッドをガシガシやる感じ……」

「そんなんで、いけるわけが無いじゃないですか」

「ところがいったんだよ、その男は。だから私はそれが正しい方法だと信じてしまった……ああ、あれは今思えば潮吹きアクメ……以来、その間違った方法を試そうとするたびに、私は布団の中で尿意を覚えてしまって、ついぞ正しい方法を知るまで精通出来なかったんだ……」

「うっ……」「くぅ……」

「こんな私のために、泣いてくれると言うのかい」

「当たり前っす」「……俺たち、一生友達だよな」

「ふふっ……小学3年で精通した男と、中学3年で精通した男……その二人が、同じ場所で同じ夢に向かって協力しあってるなんて……人生何が起こるか分からないものだな」


 時に、男たちは心の痛みを分かち合った。


「つか、藤木、いい加減にインポ治らんの?」「……オナニー部屋使ってないの、藤木だけだよな」「遠慮しなくても良いのだぞ」

「いや、そう言われてもなあ。立たんもんは立たんのだし……」

「最後にシコったのはいつだ? その時のことを思い出して、なんとかならんのか……つか、何でオナったの?」

「白木さん」

「はあ?」

「白木さんでオナった。学校指定の競泳水着に、あのバインバインがパッツンパッツンなところを見て、そのままトイレに駆け込んで一発……」

「貴様ああああああああ!!!!!」

「ぎゃあっ! お兄さんっ! チョーク! チョーク!」

「貴様にお兄さん呼ばわりされる覚えはないっ!!!」


 時に、疑心暗鬼から仲違いだってした。


「これより……裁判を執り行う。藤木藤夫、妹をズリネタにした罪により、死刑!」

「すみません、弁護士呼んでください」

「殺せ殺せ!」「おらおらおら!」

「ぎゃあああー!」

「お兄様、もうやめて!」

「なっ! 貴様は、私の妹であるところの安寿」

「藤木様に罪はないのですよ。男の子ですもの、許します。そういうことがあるんだってこと、(わたくし)は理解しておりますわ」

「し、白木さん……」

「かくいう、私だって藤木様を思ってよくオナニーしますから。だから、私を使ってオナって頂いてもよろしくてよ」

「な、なんと!? それじゃあ、俺たちはお互いに、ズリネタを都合し合っていたというわけですね? まぶだちって奴ですね」

「まあ! まぶだち……とっても素敵な関係ですわ。うふふふふ」

「あはははははは」

「よし、殺せっ!」

「ぎゃああああああああ!!!」


 男たちは様々な出会いと別れを繰り返しては、困難に挫けそうになりながらも、なんとか踏みとどまって、夢を追い求めたのであった。


 そして、1週間の時が過ぎた……




 てめえ、いつまで遊び惚けてやがんだ、いい加減に帰って来い、殺すぞという母親の脅迫じみた留守電にもめげずに、藤木たちはついに、究極のオナホのプロトタイプと呼べるものを完成させたのであった。


 しかし……


「……やはり、これではまだまだ甘い」


 完成したオナホをいじりながら、白木兄が言った。


「私の作ったソフトウェアでは、この辺が限界なのだろうか」


 プロトタイプは藤木たち、素人目には一見すると完成品のようにしか思えなかった。しかし、白木兄にとってはそうでないらしい。


 どの辺が気に食わないのか? と聞けば、レスポンスが悪いところだと、彼は言う。確かに、オナホを指でズボズボやってみても、3Dモデルが動き出すのに数秒のタイムラグが生じていた。


「ソフトっすか……3Dやモーションならともかく、俺たちじゃ役に立てないしなあ。お兄さんのでも、ぶっちゃけ凄いと思うんですけど」

「いや、全然駄目だ。やはり、専門家に見てもらわないと……誰かネット上の知り合いに頼るか……それとも、外注か」


 オナホと繋がっている機械から、ムカデ足のROMを引っこ抜いて、白木兄はそれをパソコンに繋がった機械に差し込んでは、ぶつぶつと独り言をいい始めた。


 ソフトウェアが苦手だと言うのは、始めから聞いていた。どうやら、白木兄はハードウェア、つまり電子工作は得意であるようだが、それを制御するソフトのこととなるとからきしであるようだった。


 両方出来ない藤木たちからすれば、それでも十分凄いことなのだが、なまじ分かるからだろうか、彼は自分のプログラムでは納得がいかない様子で、何度も何度もそれを修正しては、うんうんと唸っていた。


 ピポッとビープ音が聞こえて、PCが起動する。


Initializing interactive core system

Setting up window server

Setting up multi socket directory

Entering runlevel : 2

Loading udev: ok

Loading ACPI driver...ok

Starting System log daemon...ok

Starting System message bus...ok

..........

..........

..........

***Welcome to AYF_OS release 123454321***

command >


 真っ黒の画面につらつらと文字列が流れ、コマンドのカーソルが点滅する。藤木の普段使ってるウインドウズのようなGUIは存在せず、白木兄が良く分からない操作をキーボードでするたびに、画面がパッパカパッパカ変わっていった。


 エディタを起動して、プログラムを表示しながら、白木兄がガシガシと頭を引っかいていた。こうなると、藤木たちはもうやることが無くなる。手持ち無沙汰に掃除したり、買出しに出かけたりするしかない。今回も長くなりそうだということで、藤木たちはジャンケンで買出し係を決めると、飯の調達をするために外に出た。


 マンションの中でパソコンばかりいじっていると、勘違いしそうになるが、今は夏である。ジャンケンに負けた藤木が、玄関の扉を開けると、もわっとした熱気がまとわりついてきた。これは溜まらんと、急いでエレベータホールに向かう。すると丁度エレベータが上がってきて、やがて7階に差し掛かり、チンと音を鳴らして止まった。


 中から割烹着を来て目の下に隈を作った女性が出てきて、代わりにエレベータに乗ろうとする藤木に道を譲った。軽く会釈すると、女性も目礼を返してきた。すると、髪の毛から何かがひらひらと落っこちる。女性の割りにだらしないといったら、フェミニスト団体に怒られるだろうか……藤木はそれを見なかったことにして、1階のボタンを押すと、エレベータがすーっと動き出した。


 しゃがんで、女性が落としたものを拾ってみたら、なにやらカッターで切られた紙の切れ端のようであった。インクがベッタリとついている。はて?


 マンションの出入り口から外に出て、最寄のコンビニまでやってくるころには、体が火照って汗がダラダラと流れ落ちていた。ギンギンに冷えた店内に入り、買い出しするにもまずは涼んでからにしようと、雑誌コーナーで汗が引くまで立ち読みしながら、ちょっと時間を潰した。


 しかし、季節はお盆の真っ最中で、少年誌はどれもこれも休刊である。仕方なく、エロ本でも見ようかと思っても、今度はビニールの壁に遮られた。世知辛い世の中である。


 何か他に暇つぶしの本は? と、キョロキョロ見回してみたら、よれよれのパソコン雑誌が目に付いた。コンビニでもたまに見かける週刊誌で、本当に売れてるのかどうなのか非常に謎な雑誌である。


 他に読む物もなし、それを取ってパラパラとめくってみたが、やはり内容はちんぷんかんぷんであった。同人原稿のトーン貼りでパソコンを使ってはいるが、こういう物も覚えたほうが良いのだろうか?


 考えるとは無しに考えながら、先ほど白木兄が動かしていたパソコンの画面を思い出す。と言うか、あれはUNIX系とか言うやつだろうか。同じような画面を前に見かけたことがあった。


 あの時は確か、学校でテクノブレイクしちゃって、小町を探しているときだった。藤木は、夏休みに入る前に、カラオケボックスで会った人の顔を思い出した。


「あー、そういや、ユッキーっていっつもなんか弄ってたな、パソコン……詳しいのかしら」


 担任教師の立花倖のことを思い出し、藤木はふと、彼女だったら、白木兄が抱えている問題を解決できるんじゃないか? と思った。もちろん根拠は無いが、他に当てもないし、聞くだけ聞いてみるのもいいかも知れない。そう思い、買出しを済ませると、藤木はコンビニから出てスマホを操作した。


 お盆とは言え、流石都心だけあり、高速道路の高架下は渋滞の車列がブンブンと大きな音を立てて騒がしかった。


 信号待ちの人ごみの中で、以前に聞くだけ聞いて、ついぞかけたことの無かった担任教師の番号をコールしてみた。耳を当てたスマホの中から呼び出し音がプルルルルと鳴り続け、やがてガチャっと音が鳴ってそれが途絶えた。


 無音が続く。


 だから、初めは通話が切れてしまったのか、それとも、相手の留守番電話に接続しているのかと思っていた。しかし、耳を当てたまま待ってても、音声ガイダンスは聞こえてこないしツー音も聞こえない、無音が続くだけで何も起こらない。


 信号が変わり、いっせいに人が流れ出す。


 その波に揉まれながら、藤木も足を踏み出すと、スマホから耳を外して画面を見た。通信中--立花倖。という表示がされ、通話時間がカウントされている。


「あれ……もしもし? ユッキー?」


 繋がってるじゃないか。そう思い、呼びかけてみるが、受話器の向こうからは何も聞こえてこない。電波状況が悪いのか? 再度、


「おーい、もしもーし! ユッキー? おれおれ、俺だけど。孫のたかし」


 適当な台詞を呟いてみても、反応が無く、仕方なく藤木が電話を切ろうとしたときだった。


「……ぁ……の……」


 か細い声が、受話器の向こうから聞こえてきた。まるでささやくような小さな声で、もしほんの少しでもタイミングが悪かったら、聞き逃したかもしれないほどだった。


「あれ、繋がってんの? もしもし?」

「あ……あの……」


 ところが、その声に聞き覚えが無い。担任教師に、嘘の電話番号を教えられていたんじゃなかろうか……彼女ならやりかねない。本気でそれを疑いそうになった。


 しかし、電話の向こうの人の言葉で、間違いではないことに気づいた。どうやら、彼女は藤木のことを知ってるらしい。


「あ、あの……ふじ、藤木さん、で、ですか?」

「はい、そうですけど……」


 と言うか、電話をかけてるのは自分の方である。なんでこっちが誰何(すいか)されるのだろうか、頭を捻っていると、


「あの……あのあの、たす、助けて」

「は?」

「……助けてっ!」


 電話の向こうの声に聞き覚えは無かった。その声は上っすべりで、聞き取りづらかった。やけに焦った様子で、やたらと子音が協調される喋り方をしていた。どうやら吃音癖でもあるらしい、そんな感じの話しかたであった。


 それにしてもその内容である。助けてとは穏やかでない。


 なんのこっちゃ? と、藤木はスマホから耳を外すと、再度通話相手を確認した。通信中--立花倖。間違いない。


「えーっと。助けてと言われましても……」


 そもそも、おまえは何者だ? と聞こうとして、藤木はすぐに理解した。倖の電話に出るのだから、それは恐らく倖の知り合いだ。それでいて、藤木のことを知っているのは、妹の愛と、もう一人の妹であるところの、


「もしかして……成実ちゃん?」


 それくらいしか思い浮かばない。野球部の応援のとき、バックネット裏にいる彼女しか見たことがなかったが……初めて聞いた彼女の素の声とのギャップに、こんなキャラだったのかと、疑問に思いつつ、藤木は黙って相手の返事を待っていた。


「…………はい」


 電話の相手は、短くそう返すのだった。


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