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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
3章・パパは奴隷でATM
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品川ァァッ!

 混乱しすぎて体が動かないという現象を始めて体験した。頭の中はフル回転しているのだが、無限ループにでも陥ったかのようだ。


 とは言え開場間際の混雑時、行列を捌くスタッフがそれを見逃すわけもなく、あわあわと慌てふためく藤木を容赦なくレジに連行していくのであった。新刊2種×5冊、計5000円也。当たり前のように支払ってから、品川みゆきに金を渡されていないことに気づいてまた固まった。


 あの女……


 しかし、ブツはこちらが押さえているので、簡単に引き渡しさえしなければ大丈夫だろう……腐女子どもの手練手管に呑まれないように、心にとどめておく。


 何はともあれ、みゆきのことなど後回しだ、今は白木さんである。支払いを済ませ、そのまま流れに乗って離れてしまったが、挨拶くらいちゃんとしといた方がいいのではないか。


 振り返ってブースを覗いて見れば、既に平常どおりと言うか、夥しいオタクの行列を捌く修羅場が展開していた。あそこに戻って代表呼んでよ……とは、とてもではないが言えそうにない。仕方なし、いたずらっ子(みゆき)に文句の一つも言ってやろうと思い、連絡をつけようと思うのだが、携帯は繋がらないし、連絡用のSNSのURLは教えてもらっていない。


 メモに書いてないかな? と思ったが、それもなく、代わりにびっちりと細かい文字で書かれた、午前中に回るべきサークルの順路が、否応もなく目に付いた。いやいやいや……マジでこれ全部回るの? 午前中だけで? それ無理でしょう……要するに休むなということであろうか。


 あの女……


 後ろ髪を引かれながら泣く泣くその場を離れると、藤木は跳梁跋扈するオタクどもの群れに突貫した。どうでもいいが、並んでいる行列のその殆どがホモサークルだと思うと、おちんちんがキュッとしちゃうのは何故だろう。別に笑えるものなど何も無いのに、顔は常にデフォルトのように不敵な笑みが張り付いていた……おかげで、時折ちらちらと熱い視線を浴びせかけられ、どこに目線を置いていいのか分からない。落ち着きたまえよ、君たちは誤解している。


 そんなこんなで肩身の狭い思いをしながら、午前中の死闘を終えて、殆ど指示通りにブツを手に入れた藤木は、どっと押し寄せる疲れに抗うことも出来ず、東館のコンコースに腰を下ろした。周囲を見渡せば、自分と同じように精根尽き果てた者や、手に入れたブツを交換し合う集団があちこちに散見された。


 取りあえず、やることをやったので前生徒会長率いるオタク集団に連絡を取ろうと思ったのだが、メモを裏返しても連絡方法が書いてない。人を使いっ走りにするだけしといて、いい度胸ではないか。まあ、元々生徒会で必要だったので、電話番号は知っていたし、何より小町と朝倉も居るので、最悪誰かに連絡さえつけば何とかなるのだが……


 ぷりぷりしながらスマホを取り出し、電話をかけようとアドレス帳を弄っていたら、メールの着信に気づいた。なんだ、先手を打ってメールしてきたのかとメーラーを起動すると、見知らぬアドレスからの着信が真っ先に目に飛び込んできた。件名は「スケブ上がりました」とある。そう言えば、その後のショックのせいで、頼んでいたのをすっかり忘れていたが……白木に聞けば何か知ってるかも知れない。


 藤木は腰を上げるといそいそとブースへ戻った。



 

 白木のブースに行くと、正午にはまだかなりの余裕があると言うのに、すでに新刊を含め在庫は全て完売し、スタッフがダンボールをたたみながら談笑するという、撤収モードになっていた。


 最初に黒木アンジュと勘違いした、売り子の中央で指示を出していた男性が、スーツの女性となにやら難しい顔をしながら話し合っている。もしや、あれが噂に聞く税務署ってやつだろうか。


 そして中央の長机では、真剣な表情のゴスロリ様がスケッチブックに向かって一心不乱に筆を書き入れていた。


 周囲には取り巻きが一人。ファンの人だろうか? その姿をハラハラするような泣きそうな表情をして、熱心に彼女の手元を見つめている女性の後ろに並んでいると、やがて書き上がった白木が顔を上げ、女性に会釈してから、その背後の藤木に気がついた。


「お疲れ様ですわ。藤木様。あと少しですので、もう暫しお待ちくださいね」

「あっはい」


 他に返事の仕様もなくそう返すと、白木はにっこり笑ってから、また次のスケッチブックを取り出して、物凄いスピードで鉛筆を動かした。藤木も絵を描くが、その速くて精緻な筆捌きは、自分なんかが同じ絵描きと言っては申し訳ないほど凄いものだった。朝に見かけたときに、うず高く積もれていたスケブの山はもうホンの少ししか残っていない。なんと言うか、黒木アンジュという作家は本物である。そんな小学生並みの感想しか出てこなかった。


 仕事を終えた白木と二人でブースを離れると、カンカンに日の照りつける屋外へ出た。色々と話したいことはあるのにきっかけが掴めない、そんな中学生のデートみたいな雰囲気で、東京湾の波がチャプチャプと当たっては音を立てる埠頭を眺めていたら、こう暑いと言うのに温かい缶コーヒーで両手を温めながら白木が口を開いた。


「藤木様のことは、ずっと前から存じ上げておりましたのよ? 同じ漫画家として、一度お話をしてみたいと思っていましたの」

「いやいや、俺なんかが同じ漫画家ってのは……」


 と謙遜するのは容易いが、少し困った表情の彼女を見ていると、なんだか馬鹿馬鹿しい思いがしてきた。


「ええ、まあエロ絵描きですけどね。しかし、よく知ってましたね……そりゃ、隠したりしてはいませんでしたが、うちの学校だと知ってる奴のほうが少ないですよ」

「……文芸部さんの声は4階の部室にいると、全部筒抜けなのですよ。それに、藤木様は原稿を持ち帰らずに廊下に置きっぱなしにしていましたし」

「うっ……すんません」


 だって、持って帰るとなるみちゃんのセクハラチャンスを逃すことになっちゃうんだもん。あとオナニーしちゃう。


「実は、その……失礼とは思いましたが、一度勝手に拝見させていただいたことがありまして……」

「げげっ、マジっすか!?」

「はい、藤木様と生徒会活動をしていた折、みゆき様と文芸部へ赴いたときに少々。(わたくし)は止めたのですが……結局は好奇心に勝てず」


 あの女……


 マジでいっぺん沈めてやろうか、風呂に。


「打ち震えました……同じ学校にこのような殿方が居たのかと……絵の方はまだまだ荒削りながらも、その欲望に忠実な内容には目を見張るものがあり、私は本当に感服いたしましたわ。こんな上から目線で大変申し訳ありませんが」

「いえいえ、プロの方に見ていただけるなんて、寧ろ光栄です」

「あれはもしかして夏コミの新刊ですか? オークと女騎士の……」

「ああ、それなら……お恥ずかしい限りですが、明後日サークルの方で」

「まあ、それは楽しみですわね。ネームだけであの素晴らしさなら、きっと仕上がりはもっと凄いのでしょう。特に、オークの残忍さ凶悪さ、屈強な肉の塊による暴行に晒され成す術もなく肉体改造されても、なお人の心を残していた女騎士が心身屈服し、苦痛までも快楽として受け入れる姿は衝撃でした」


 ……ん?


「恐怖に慄く女性の顔面を情け容赦なく殴打し、歯を全て叩き折った口腔に欲棒を突き立てては、まるで女性を人とも思わぬ無情さで一心不乱に腰を打ちつけ、うほーうほーと勝ち誇ったような喘ぎ声も、また心を抉りました」

「ほ……? ほあああわわわああ~!!! ほわああわああああ~~!!!」

「最終的に妊娠した女騎士のお腹の中の子供が、お腹の中で更に妊娠したときには、このお方は、どれほどどす黒いリビドーを抱えているのでしょうかと、心服せしめずには置けなくて、私は自分の未熟さに打ちのめされる思いがしましたわ」

「わああああああああーーーー! わあああああああああーーーー!! うわわわぁぁぁああわわあわあああーーーーーー!!」

「……どうかされたのですか? 藤木様」


 藤木は地面に這いつくばっては、バッタのように飛び跳ねた。白木はそんな彼の姿をきょとんとした顔で見つめた。


 いや、確かにそんなの書いていた……なるみちゃんが虫けらでもみるような目で見てくるのが楽しくて、藤木が抱える24の人格の一人がなんか勝手にそんなの書いた。


 でも違うんだ。別に書きたくて書いていたわけじゃないんだ。


 自分はもっと平和で優しい世界の住人なのだよ? 実際、そのネームは全部ボツにして、全然違う内容の原稿を仕上げたんだよ? 本当だよ? だからやめて、そんな活き活きとした目で見ないで……!


 お台場の路上で、唐突に打ち上げられたマグロプレイを行う男に対し、通行人たちがびびりながら避けていった。


 やばい、とにかく何とか誤魔化さないと……白木さんに、変態だと思われてしまう! 藤木は自らの潔白を証明しようと涙目で立ち上がった。でも、何をどう言っていいか分からない。そんな時、


「おーい!」


 と、遠くから手を振りながら二人に駆け寄ってくる品川みゆきの声が聞こえた。その後ろには、小町や成美高校の腐女子グループが続いている。


「品川あああああぁぁぁぁーーーーー!!!!」


 藤木はその顔を見つけるや否や、猛烈な勢いで飛んでいった。


「え? なに? なに? なにィ!?」


 そのあまりの形相に恐れを成し、みゆきはわけも分からず来た道を逆走した。


 鬼ごっこは30分くらい続いた。



 

 午後になり、グロッキー状態の藤木とみゆきを残して、面々は東館の島サークルを覗きに、それぞれ旅立っていった。白木もサークルの用事が全部片付いたので、こちらに合流してはクラスメイトたちと和気藹々と楽しんでいた。良く見ると、茶道部の面子がちらほらと見える。そういう部活があったのなら、文芸部をオタク化する前に、教えて欲しかったものである。


 ぶっ倒れているみゆきが何で怒っていたのかと聞いて来たので、朝から続く一連の無礼を糾弾した後に、エロ同人を勝手に読まれたことを抗議したら、


「だって……あれはないよ……」


 と、深刻な表情で駄目出しされ、それで全部済まされた。いや、確かにあれはなかったけども。


 やがてフードコートが空いてきたので二人でお茶し、それから東館に散っていった仲間たちに合流した。


 藤木は元々用事はなかったが、手持ち無沙汰に何故か腐女子に人気があるガンダムやジャンプ漫画の島を冷やかして歩いていたら、やがて午後4時、閉会のアナウンスが館内に響き渡るのであった。


 満場の拍手を持ってコミックマーケット初日は終わり、在庫が売れ残ったサークルが、ダンボール箱を運送屋のブースに運ぶさまを尻目に、藤木たちはビッグサイトから外へ出て、東屋外駐車場まで白木を見送りにやってきた。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 と言う白木を、みんなでごきげんようと見送った。


 白木はお嬢様の振りをしているわけではなく、実際に本物のお嬢様であり、黒塗りの運転手つきベンツに乗って、一人お台場を去った。


 藤木たちはそれに手を振ると、自分たちはテクテクと徒歩で有明駅まで歩いて、ゆりかもめに乗った。


 閉会直後だけあって、駅は萌えキャラの書かれた紙袋を抱えた大量のおたく達で混雑しており、電車に乗るまで20分くらいかかった。どうにかこうにか席を確保して座ると、どっと疲れが押し寄せてきたのか、みんな少し無口になった。


「はあ~……この瞬間が、いつも物悲しいわね」「まだ、始まったばかりですよ。コミケは明日も明後日もあるんだ」「そうなんだよねえ……もう二度と来たくないって思ってるんだけど」「また明日になると自然と始発に間に合うように起きちゃうんだよね」


 婦女子たちがしみじみと語っていると電車が動き出した。藤木は何か忘れているような気がした……


「どうせ三日間来ちゃうんだから、次こそはホテル取っちゃおうか? ワシントンホテルとは行かないまでも。都心なら、どこでも七条寺に帰るよりマシよ」

「そうですねー。ご一緒したいですねー」


 と、朝倉がいつもの平板な調子で答えていた。


「かー……ブルジョアはいいわよね。いつか、私もあそこに泊まりたいものだわ」


 品川みゆきが苦々しそうな顔をしながら、車窓を睨んで不平を漏らした。


 彼女につられて窓の外を見たら、ある意味でコミケの象徴、東京ベイ有明ワシントンホテルの偉容が、今まさにゆりかもめの車窓を通り過ぎるところであった。


 あ……何か忘れてると思ったら。まあ、別にいいか。


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