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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
3章・パパは奴隷でATM
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なら、僕の部屋にこいよ

 しかし、究極のオナホと一口に言っても、一体それはいかなるものなのか……想像しようにも、実は藤木はオナホールを使ったことがなかった。チクニー床オナ足ピンオナ、最近では前立腺オナニーにも興味が有るが、ついぞ器具を使ったことはない。オナホ童貞なのである。


 偉そうに父に宣言したは良いものの、一体何から手をつけて良いのかさっぱりだ。取りあえず、困ったときのお悩み相談ということで、ラジオに投稿したはいいものの、ついにパーソナリティが切れて返答拒否ときた。いつも、9割がたは真剣に相談しているのに、何であの人キレるんだろう? 早速の手詰まり感に焦りが募る。


 仕方なくオナホに詳しそうな友達に聞いてみたは良いものの、


「任せろ! 今は様々な乾麺(かんめん)の可能性について吟味していたんだ! 讃岐うどんのしこしこ感に勝るものはなにか!?」


 大原(マイスター)はジャポニカ学習帳に夏休みの自由研究よろしく、様々な擬似オナホのレシピと使用感を克明に記述していた。


「いや、食料品オナニーについて知りたいんじゃないんだよ? 普通のオナホでいいんだよ?」

「何言ってんだ。究極なんだろ? 普通のオナホじゃ駄目じゃないか」

「そりゃま、そうなんだけど……おまえは、お百姓さんに悪いとは思わないのか?」

「馬鹿、最後はスタッフがおいしくいただくに決まってるじゃないか」

「やめて!? 本気でやってそうで怖いから、そういうこと言うのやめて!?」

「え? ……うん」


 間があったのが少し気になったが、ともあれ、


「市販のオナホを吟味するにも、時間もなければ金もないだろ。何より、俺は常々思っていたのだが、結局市販品は穴の形状と付属のローションの改良に終始して、材質はどれも似たり寄ったり、パッケージの絵以外に違いは殆ど見られないんだ。そんなものに時間を費やすのはもったいない」

「なるほど、材質か……」

「いかにも。究極と言うからには、素材から拘っていかなければ。ほら、本物だって、ゴム越しよりも断然ナマが良いって言うだろう? ナマ……なんと心の打ち震える響きだろうか。ラテックスの弾力には絶対に真似できない、本物の良さがあるのだよ。その点、生鮮食品は四季によって旬が変わり、加工のしやすさ、その硬さ柔らかさも千差万別、より本物に近い、文字通りナマの感触を得るのに適しているのさ」

「そ、そうか。なんだかそんな気がしてきた」

「らーめん、そーめん、ウォーターメロン、こんにゃく、しらたき、フレッシュミート。Rの方じゃないよ? Lの方のフレッシュだよ? あくなき好奇心と、未知の穴に挿入するというフロンティアスピリッツを持ってすれば、スーパーの生鮮食品売り場が宝の山に早変わりだ! さあ、いつまでも家の中に閉じこもってるなんてもったいない。行こうじゃないか!」

「どこに?」

「ローソンストア100に!!」


 究極を求めるべく、大原は立ち上がった。父が求めてるものは、絶対こいつの考えてるものとは違うだろうが、もはや突っ込みを入れるのも野暮だと思い黙ってついて行くことにした。


 そーめんからきしめんまで、ずらりと並んだ乾麺コーナーにウンコ座りしながら、真剣な眼差しで吟味する友人を見ていたら、目頭が熱くなってきた。多分、ローソンストア100をこれだけ卑猥な目で見ているのは、全国でもこいつくらいのものであろう。


 手持ち無沙汰に店内をうろついてたら、精肉コーナーまでやってきた。心なしか赤みが人工っぽく見えなくも無い精肉を眺めながら、そういえば朝から何も食べてないことを思い出し、ぐぅ~と活動するお腹を擦り、ごくりと唾を飲み込むと、いつの間にやら背後までやってきていた大原が、耳元で囁くように言った。


「生肉か……伊東ライフ先生が家族(ファミリー)向けと称した一品だな。悪くないチョイスだが、意外と滑りが悪いんで注意が必要だぞ。オリーブオイルで、もこみちっぽく攻めるのもよし、キャノーラ油でしっとりさらさらいくのも良し。俺はシャンプーなどの界面活性剤を使用するのが、化学的にもベストチョイスだと思ってる。しかしなあ……それやっちゃうとその後の処分が難しくてなあ、なんつーの? 肉の本来持つ旨味を損なってしまうというか……買うのか?」

「買わねえよっ!」


 食欲を一気に減退させる男である。


 結局、売り場にあった、ありとあらゆる乾麺と、こんにゃくとしらたき、ネギや白菜などの野菜、少々の肉、多分デザートのメロン、カモフラージュの割り下を買い物かごに入れると、大原は意気揚々とレジへ向かった。


「おまえ、今日は夕飯食ってくだろう? 割り勘な! 割り勘!」


 冬になると男たちがやたらと鍋をしたがる別の理由を垣間見た。藤木は相談する相手を間違えたことを悟った。


 


 そんなこんなで、友人たちに翻弄されつつ日々が過ぎていった。父親からの、「いつ究極見せてくれるの?」という催促を交わしながら、必死になってネットや口コミを頼って研究を続けるが、一向に出口は見えなかった。


 なにより、ちんこが立たないのが痛すぎる。お? これいいかも……と思っても、どうしても何か物足りない。相談するのに一番適した相棒が役立たずなのだ。


「なあ、のび太……そろそろ応えておくれよ」


 問いかける声が、室内に寂しく響いた。性欲増強のためにアロマキャンドルが炊かれ、最近、オナニーをしなくなったせいか、生理整頓されて無駄に清潔な室内だった。


 時は流れ、八月第一金曜日。藤木は中央線の始発電車に乗っていた。


 これだけで、もうピンと来る者はピンと来るであろうが、藤木はお台場に向かっていた。別にお台場合衆国に行くわけではない。


 目指すは東京ビッグサイト。コミックマーケット初日。3万5千の同人サークルが一堂に会し、全国のみならず海外からも来日した55万のオタクたちが列を成す、夏最大のイベントが始まった。


「……おい、小町。着いたぞ」


 カタコトと電車に揺られておよそ1時間。朝の弱い小町が、何度も何度も転寝しては藤木の肩に頭を乗っけて、そのたびに顔を赤らめて離れるという忙しない作業を繰り返していた。


 まだ人の疎らな東京駅で乗り換えて新橋へ。恐らく同じ目的地であろう団体にくっ付いて、ゆりかもめに揺られて国際展示場正門まで。初めて参加した者なら間違いなくびびるであろう、そこにはまだ早朝だと言うのに、夥しい数の人間が人垣を作っていた。


 スタッフの誘導に従い西館前、数々の人々が「人がゴミのようだ」と叫んだ例の橋を潜って、ホテル方面へ信号を渡ると、難民キャンプと言うか、北朝鮮のマスゲームもかくやと言わんばかりに整列された待機列が、幾重にも重なっているのが見えた。そんな中、


「おーい。小町ちゃん、こっちだよー」


 と、少し平板であるが可愛らしい声が聞こえてきた。見れば、朝倉もも子が立ち上がって控えめに手を振っていた。藤木たちは意気揚々と近寄っていって、既にすし詰めだった隊列に割り込んだ。周りも慣れっこなのか別段気に留めた風も無い。


 小町は朝倉と合流すると、まるで十年来の友のように抱き合った。初めのころの、あのつんけんした二人は何だったのか。


「きゃー、もも子ー、久しぶりー」


 きゃっきゃうふふと喜び合う腐女子を尻目に、藤木は一歩引きながら辺りをキョロキョロと見渡した。コミケ初日、要するにホモの日だけあって、若干女が多かった。そんな隊列に中てられて、いや、それ以前にオタクの集団になど慣れてないであろう、中沢貴妙が列から離れた広場の片隅で、ぐったりと腰を下ろして力尽きていた。


 藤木が近づいていくと、やつれきった彼が顔を上げた。夏の暑さのせいか、その顔はどことなく火照って色っぽい。苦笑しながら、


「おまえ、本当にちょろい男だね……」


 と言って、持ってきたスポーツドリンクを差し出すと、中沢は口に手を当ててぶるぶると首を振った。


「飲みすぎて逆に気持ちが悪いんだ……もも子に頼まれて、来てみたはいいものの……世の中には知らないほうが良いことってのは、あるものだな」


 中沢は朝倉の言いなりである。


 文芸部に小町が顔を出すようになって、腐女子化した彼女と朝倉は意気投合した。以来、ちんぽが立たない藤木がエロ同人を描くのを控えていたせいもあってか、今では文芸部は毎日ホモの話題が飛び交う伏魔殿と化していた。なんと言うか、文芸部二代目である。


 そんな二人がコミケに初参加したいというので、一応先輩としてある程度レクチャーしておいたのだが、それに嫉妬したのか知らないが、どこで調べてきたのか中沢が、会場目の前にあるワシントンホテルの部屋を押さえてちょっかい掛けてきたのである。


 そしてよせばいいのに朝倉のために前日から有明入りし、スタッフに追われながら列を確保して今に至るというわけだ。


 深夜とはいえ夏のうだるような熱帯夜。周囲はハイテンションなオタクどもと、奴らにキレてもっとハイテンションになったスタッフ。同人ゴロ、中国人、オタク狩り。そんな連中に囲まれながら一夜を過ごし、その間、手持ち無沙汰に何杯も何杯も水分補給していたのだろう。中沢はすでにグロッキーだった。


 正直、助ける義理はないのだが、


「おい、もうお役ごめんなんだしよ、部屋に戻って休んだ方がいいんじゃないか」

「そうしたいのは山々だが……力が出なくて……暫く休めば大丈夫だから、君はもも子たちに付いててくれ」

「そういうわけにも行くか」


 藤木は溜め息を吐くと、中沢の肩に手を回し、ぐいっと持ち上げた。


「……すまない。恩に着よう」


 中沢に肩を貸しながら歩いていると、通りすがりの腐女子たちが、ちらちらとこちらを横目で見ていった。なんだかプレッシャーを感じる。なんで見るの?


「部屋は何階だ? 確か、今の時間は参加者が紛れ込まないように正面しか開いてないんだよな……」

「ここから離れさえすれば少しはマシになるだろう。エレベータまででいいさ」


 よれよれの中沢が吐息を漏らすと、それが頬に当たってくすぐったかった。藤木は顔を逸らしつつ、少し頬を赤らめつつ言った。


「おい、ちょっと近いよ」

「ん? 何がだろうか?」

「何って、おまえ……」


 熱い吐息が鼻をくすぐる。疲れで充血し、少し潤んだ瞳の中沢が見つめてきた。


 藤木はその瞳を真正面から受け止めながら、囁くような声で言った。


「おまえの……息がかかって、少しくすぐったい」

「……ごめん」


 中沢が力なく応える。今にも倒れてしまいそうな、か細い声だった。


 なんだかいけない雰囲気になりかけて、お互いに口ごもる……そんな二人が同時に顔を背けると、いつの間にか周りに人垣が出来ていた。


「どっちが受けなのかしら。猫なのかしら」「それ、どっちも同じ意味だよ」「いるとこにはいるのね」「何か、いけない匂いがする……ああっ」「写真とってもいいかな? 聞いてみる?」「コスプレじゃないのよ。ガチなのよ」


 藤木は全身を突き抜ける怖気に、ケツを押さえた。


 中沢は異様な雰囲気を察知し、股間を押さえた。


 にやり……と、いやらしい笑みを浮かべて、婦女子たちの間で何かが決まった。


「ち、ちがうっ! ちがうんだ……!! これは決してそういう意味ではなく……そう、うんこ! うんこがしたくて、つい……その……」

「……? なら、僕の部屋にこいよ」


 多分、トイレを貸してやる的な意味であろうが……中沢が追い討ちをかけてきた。藤木はその時に垣間見た、腐女子たちの顔を一生忘れないだろうと思った。


「う……うわあああああああああああああああ!!!!!」


 藤木は肩を貸していた中沢を、思いっきり突き飛ばして絶叫した。


「ちょっ……いきなり何をするんだ、貴様っ!」


 抗議する中沢に目もくれず、藤木は泣きながら駆け出した。オナ禁でイケメン化していた藤木の痴態に、腐女子たちの歓声が上がる。怖い。怖すぎる。なんて目で見やがるんだ、あいつら……それなりに慣れているつもりではあったが、ホモさえあれば御飯3杯はいけると言われる婦女子たちのパワーに、藤木は成すすべもなく敗北した。


「藤木ぃ! 貴様、覚えておけよっ!」


 取り残された中沢が腹いせに何か叫んでいたが、腐女子たちが喜ぶだけだから、やめて欲しい。


 突き刺さる視線をかいくぐり、藤木は走り続けた。駅から引っ切り無しにやってくる人ごみに逆らい、いくつものオタクの列を掻き分け、やみくもに走り続けると、胃腸が刺激されたのか、なんだか途中から本当にうんこがしたくなってきた。


 会場から少し離れてしまったので、今から戻るのは億劫だ。それに多分、トイレにも行列が出来ていて、すぐには入れないだろう。小なら何とかなったかも知れないが、大は絶望的である。


 仕方なし、コンビニでもないかとスマホでグーグル先生にお伺いを立てつつ、見知らぬ道路を歩いていたら、先生よりも先にそれを見つけた。


 どうやら新装開店したばかりで、まだ地図に記されてないそのコンビニは、会場から1キロ程度という立地にも関わらず、オタクの姿が見当たらないという、本物の穴場のようだった。


 これ幸いと店内に入ると、オーナーなのかバイトなのかは分からないが、頭髪が真っ白の腰の曲がった婆ちゃんが、ニコニコとおっとりした挨拶をしてきた。なんだか、50年来のタバコ屋を、エリアマネージャが騙してコンビニにさせたような雰囲気である。


 万引きとか年金とかを心配しつつ、トイレを貸して欲しい旨を告げると、嫌な顔一つせずに奥のバックヤードを指差した。それだけじゃなんとなく悪いと思い、レジにあったガムを買ったが、やたらと時間がかかってうんこが漏れそうになった。誰でもいいから、さっさとバイトを雇ってくれ。


 レシートの受け取りを丁寧に拒否しながら、いよいよビッグウェーブが到来しつつある肛門括約筋を揉みもみしつつ、よちよちとトイレに向かって歩いていくと、バックヤードに入るドアの手前で、一人の腐女子がぼんやりとそのドアを眺めていた。


 思わず頭に「腐」をつけてしまったが、会場から少し離れた穴場である。腐女子とは限らないであろうが、結論から言ってしまえば、その判断は間違いではなかった。


 藤木がトイレに用事があるんだか無いんだかよく分からないその腐女子を追い越して、バックヤードのドアを開けようとしたら、むっとした声で彼女が言った。


「あの、並んでるんですけど」

「え? あ、すみません」


 いや、並んでるなら並んでるで、もっとはっきりして欲しかったし、大体、トイレが男女別になってる可能性だってあるじゃないか。ちょっと確かめるくらいさせてくれ……と思いつつ、愛想笑いしながら振り返ると、


「……げっ。藤木!?」

「え……品川会長?」


 見知った顔がそこにいた。


 参加サークル3万5千。来場者数55万人。なにもこんな場所で、うんこを我慢しながら出くわすこともないだろうに……


 ありえない偶然に唖然と固まる藤木に対し、品川みゆきはあたふたと慌てた素振りで、


「いやー、偶然ね? 藤木。こんなところでどうしたの? あたしは親戚がこの辺に住んでて……そう! お台場と言えばフジテレビ! 冷やし韓国を食べにきたの。知ってる? 冷やし韓国はナンバーワン! 食通が行列を成す一品なのよっ! あと東京湾花火大会っ! 夏の風物詩といえば東京湾花火大会! 東京都民なら絶対見に来なきゃいけない必須イベントよね!?」


 なんだか必死に言い訳していた。


 いや、あんたがオタクであることなんて、とっくの昔にバレているのであるが……どのくらいまで取り繕わせてから突っ込みを入れればいいのだろうか。絶え間なく、マシンガンのように言い訳をかます品川“前”会長の目まぐるしい百面相を眺めながら、藤木は考えるとも無く考えていた。


 と言うか、うんこしたい。させて。


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