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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
2章・がんばれがんばれ
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そもそもの発端はこの事件だった

 抵抗している最中に、駐車場の砂利を擦り上げた手足が血だらけだった。藤原騎士(ないと)はなんで自分がこんな目に遭っているのか、未だに判然としなかった。目の前で、突然自分のことを襲った先輩、董家(とうか)拓海が暴れている。


「放せ! 放せよ! ちょっとふざけてただけだろう」


 ちょっとふざけた? 冗談じゃない。その台詞にカッとなる。


 先ほどの苦しさは本物だった。靴紐か何かを何重にもより合わせた紐は、指を差し込む隙間も無く、頚動脈をがっちりと捕らえていた。もしもあの時、助けがこなければ……まだ咳き込んでる喉で、ナイトは怒りと共に反論をしようと声を上げかけたら、傍らに立っていた藤木に手で制された。


「まさか、そんな言い逃れが出来るなんて、本気で思ってやしないだろうな。まったく往生際が悪いな、董家。どうしてここに警察が居たと思ってる?」


 答えはとてもシンプルだ。


「殺人現場を保存していたんだよ、誰かに荒らされないようにな。董家、発表が無いから勘違いしたんだろうが、藤後(あきら)は一昨日、そこの崖の下で発見された。なにしろ、ここはおまえのランニングコースだ。予想していたから、実にすんなり見つかってな、鑑識も入って現場検証もすでに終えてあるんだよ。ただし、思いもかけず連続殺人なんて大事になっちまったから、証拠固めが慎重に行われている関係で、未だ藤後発見のニュースは流さないようにって、報道規制していたんだよ。うかつだったな」


「しかし、犯人は犯行現場に戻るって言うけど、本当なんだな。念のために張っておいて貰ったけど、お蔭さんで昨日からのおまえの不審な行動は、全部筒抜けだよ。おまえは凶行を行うタイミングを見計らっていたのか、昨日からこの駐車場と山道を行ったり来たり、しつこいくらい繰り返していたそうだな。人が来ると身を隠し、ナイトが来るのをじっと待っていた。警察に見張られているとは気づかずにな」


 刑事に取り押さえられながらも、董家は毅然とした態度で言った。


「なんのことだか、さっぱり分からない」


 まるで何もかもが間違いであると言わんばかりだ。


「そうかい。じゃあ、順番に説明してやるよ。董家拓海。おまえは先週月曜午後、自主トレでロードワーク中、ここで藤後玲と接触、おそらく口論の末に殺害し、死体の処理に困って、そこから崖の下へ突き落とした。なにしろこの辺りはゴミだらけだからな。多少臭っても誰も気にしないし、汚物をマジマジと眺めるような変態も、そうそういない。崖下の木々に隠されたそれは見つからなかった。まあ、あてずっぽうで、こんな山の中の死体なんかを発見できるなら、誰も苦労しないな」


「ちょっと待てよ! それこそあてずっぽうだろ! なんで俺が藤後を殺したことになってるんだ? 俺は何も知らないぞ。藤後に会ってもいないし、それが死んだなんて、今始めて聞いた」


 色めき立った董家に、刑事は鼻で笑うと、皮肉交じりにこういった。


「ほう……これが最後の悪足掻きだから、見逃してやるが。取調べでしらばっくれても良いこと無いぞ」


 あとでみっちりと調書を取ってやると言いたげだ。刑事の言葉に構わず続けた。


「そうかい、それじゃ次にいこう。おまえにかかってる容疑はこれだけじゃない。旧校舎の音楽室で殺害された台場(さとし)の件だ」


 藤木にしてみれば、そもそもの発端はこの事件だった。


 実は、藤後の殺害の方こそ、この事件の犯人が分かって、逆算的にはじき出した答えだったのだ。もしもこの事件の真相に、藤木が気づいていなかったら、藤後の死体は未だに発見されていなかったであろう。


「一週間前、旧校舎で殺人事件が起こった。死亡したのは台場聖。発見者は当時、旧校舎で掃除を行っていた俺たち11名。俺たちには全員アリバイがあって、容疑者は外から来た第三者ではないか……そう警察は考えた。しかし……」


「台場聖が殺されたとき、旧校舎中にピアノの音が響いた。現場にかけつけた俺たちが見つけたのは、凶行に倒れた台場と、凶器となったおまえのバット。一見すると、警察も勘違いしたように、旧校舎に闖入した何者かが、そこで見つけたおまえのバットを持って音楽室へ行き、犯行に及んだように思える」


「だが、よくよく考えると、そんなこと絶対ありえないよな? まず、その何者かはどうやって、校舎中に散らばってた俺たちの目から逃れたか? そしてそいつは何故、おまえのバットを手にしたのか? さらに、鍵の掛かっていた音楽室に、どうやって侵入出来たのか? これだけでも、外部の第三者が犯人なんてのは馬鹿げた話だが、さらに鑑識の結果で、旧校舎の外階段は使われた形跡が無かったそうだ」


「とすると、犯人はどうやって音楽室までいけたのか? 昇降口にあったバットは、一体どうやって運び込まれたのか? 通り道の中央階段には、ずっとユッキーが座っていて、この目を掻い潜るのは不可能だ」

「それなら、立花先生が犯人なんじゃないのか」


 董家が苛立たしげに言う。


「と、考えるのが普通だな。おまけにユッキーは音楽室の鍵も持っていた。唯一、彼女の犯行を否定するアリバイ、ピアノの音が聞こえたとき俺たちと一緒にいたというのがあるが、これも……」以前、立花愛に説明したとおり、何らかの音を発する仕掛けを用意しておけばアリバイは崩れる。「と言うわけで、これで容疑者・立花倖の完成だ……」


「それなら!」


 当然であるが、藤木は首を振るった。


「だが、これにも矛盾点がある。そもそも、彼女は音楽室の鍵を始めから所持していたわけじゃない。それは一階を掃除していた邑楽修が、校舎内で拾って、現場責任者だったユッキーに渡したものだった。それじゃ、彼女はいつ音楽室のドアを開閉したのか? おまけに、用意周到にもピアノの音でアリバイ工作をしたって言うのなら、何故、偶然おまえが持ってきたバットを凶器に選んだのか? ……支離滅裂でわけがわからないだろう」


「だから、この説は却下だ。これで事件は振り出しに戻る……と、普通なら考えるよな。実際、俺も最初はそう考えた。でも、にわか雨の降った夜に気づいちゃったんだよ……例の方法で、犯行時刻が誤魔化せるってんなら、じゃあ、実際に犯行が行われたのはいつか? って……」


「発見が早かったから死亡推定時刻はかなり正確だ。だがそれでも、1~2時間程度のマージンはどうしたって存在する。ところで、俺たちが旧校舎に行ってから、死体を発見するまで、せいぜい30分かそこらのことだろ? なら、実は俺たちが音楽室の扉をガチャガチャやってた時も、それどころか、実は俺たちが旧校舎にやってくる前から、あの音楽室には死体が転がっていたとしても、全然おかしくないんだよ」


「断言しよう。台場聖は俺たちが旧校舎に辿り着いたときには、とっくに死んでいたんだ……でもそれじゃ、バットはどうやって運んだんだ? って顔してるな……慌てなくても、どうやったのかはすぐに教えてやる……おまえがあの日、旧校舎でやったことはこうだよ」


「台場聖に呼び出されたおまえは、授業が終わるや否や、旧校舎へとやってきた。音楽室は以前から、台場が喫煙室として利用していて、鍵も彼が持っていた。さて、音楽室へ行ったおまえは、台場との間に何らかのトラブルが発生し、持っていた自分の金属バットで台場を撲殺した。台場を殺害したおまえは、凶器の金属バットをそこに残し、音楽室のドアを閉めた」


 こうして、音楽室の殺人現場は完成した。次はアリバイをどうにか誤魔化すだけだ。


「音楽室から出たおまえは、階段かどこかにスピーカーを設置。そして旧校舎前に居た俺たちに気づかれないように……おそらく台場が利用していた出入り口から外に出た。そして、下校途中の藤原騎士を呼びとめモップを持たせ、自分は自分の荷物と、バットの入ってないバットカバー(・・・・・・)を持って、何食わぬ顔で旧校舎へと舞い戻ったんだ……」


「あれはただの合皮だからな、中に何も入ってないと萎んでふにゃふにゃだけど……」


 藤木は財布の中からコンドームを取り出すと、息を入れてぷーっと膨らまし、


「恐らく、おまえは傘入れ用のビニール袋でも入れたのだろう。足りない分はボールを使って補い、重量も確保した。おまえは旧校舎につくと、それをみんなの前でこれ見よがしに昇降口の隅に置いて、それから一階の掃除をしている最中に、音楽室の鍵をこれまたこれ見よがしの場所に捨てた。そして、頃合を見計らって……」


 藤木は膨らませたコンドームを、パンッと割って見せた。


「これが消えたバットの謎だよ。要するに、凶器のバットは始めから音楽室に存在しており、昇降口にはバットなんて無かったんだ。やってみれば簡単なことだ。そしてこれをやれたのは、あの場には董家、おまえ一人しか存在しない」


 刑事になんでコンドームで実演するんだと言う顔をされた。


 いや、親父のをたまたま持ってたんで……本当だよ?


「そ……そんなの、全て憶測じゃないか! でたらめだ! 俺がそうしたと言う証拠があるわけじゃない」


 まあ、そうなのだが……実際、この事件、物証は凶器の指紋くらいしかないのだが、それも所有者のものだから証拠になるわけがない。ピアノの音を鳴らした機械も、消えた藤後の携帯も見つかっていない。


 それがネックで警察に相談することも出来ず、新たな手がかりを探してうろうろしていた結果、邑楽が狙われてしまったわけだが……結果的に、これが決め手となった。


「それでは邑楽修の話でもしようか……」


 董家はもう顔色を変えることはなかった。しらばっくれようと腹を括っているのだろう。だが多分、そこに隙がある。


「三日前、成美高校の屋上で邑楽修が何者かに刺された。救急車で運ばれた邑楽には意識がなく、現場は血だまりで酷い状況だった。第一発見者は、たまたま上空を飛んでいた報道のヘリで、そのお陰で発見が早かったんだが……」


「ところで、成美高校の屋上で起きた事件なら、当然、その犯人は学校関係者に他ならないよな? つまりあの日、事件が起きたであろう午前の授業中に、不審な行動を取った人物がいないか調べれば、容疑者がしぼれるって寸法だ……」


「でだ、董家……おまえは4限の途中、トイレに行くと言って教室を出たそうだな……帰ってくるまでかなりタイムラグがあり、うんこだったんじゃねえの? ってクラスメイトたちは証言してる」


 因みに藤木も4限にうんこしに行ってるわけだが……しかも帰ってこなかったし。それはさておき、


「おまえは一体、どこで何してたんだろうな?」

「決まってるだろ、トイレで用を足してたんだよ」

「一体、何階のどのトイレで?」

「4階の……個室で」

「そう……4階の個室でね……それが本当ならよかったんだが」

「本当に決まってるだろう! なんでだよ! 俺は邑楽なんか殺しちゃいない!」


 董家は顔を真っ赤にして苛立つように言った。


「それとも目撃者でも居るってのか? 俺は4階のトイレにいたんだ! 間違いない」

「まあ、4階なら屋上は目と鼻の先だし……誰もいないことを確認することくらい、出来たかもしれないし」

「だから、俺は違うって言ってるだろう!」

「だが、おまえが邑楽を刺した現場を直接見たと言う目撃者がいるとしたら?」


 董家の顔が強張った。しかし、誰にも見られてないという自信があるのだろう、すぐに気を取り直すと、


「やってもいないことに目撃者もないだろう。いい加減にしてくれ」

「ところが本当に居るんだよ、たった一人、おまえが邑楽を刺したと証言出来る人物が」

「ふざけんな! いったいどこのどいつだ!」

「邑楽修、本人だよ」


 何を言われたのかピンと来てないのか、固まってしまった董家に、刑事が話を引き取って続けた。

 

「邑楽は死んでいない。おまえに刺されたあと、奇跡的に息を吹き返して、自力で屋上のドアを開け、救急車で運ばれた先の病院で一命を取り留めた。現在も集中治療室の中にいるが、回復は順調で、ドクターストップで供述はまだ取れてないが意識もはっきりしている。時間の問題だ」


 刑事がいい終わると、董家はパクパクと酸欠のコイみたいに口を開いたり閉じたりしていた。


「ところで、董家、どうしておまえは邑楽が死んだと思っていた? 確かに、あの日、邑楽が救急車で運ばれたことは学校中の誰もが知っていることだ。だが、その彼が死んだとは、一言も言われていなかったし、ニュースでも流れなかった。もちろん、それは死んでないからだけどな」


 董家の目が何かを探すかのようにぐるぐると回った。


「そんなわけでね……藤後発見の報せも、旧校舎の再捜索も、おまえを無理矢理しょっぴいたりしないで、邑楽の供述が取れるまで待とうってことになり、ここ数日おまえは泳がされてたんだよ……結果的に未遂に終わったからいいものの、俺たちの尾行がついてなかったら、また罪を増やすところだったな」


 じろりと刑事を睨むと明後日の方向を向いた。


「そんな……そんな……馬鹿な……」


 何を言われているのか分からない。驚愕の表情で董家はブルブルと震えた。


「そんな馬鹿な! おまえ、嘘を吐いてるんだろ!?」


 すがるような目つきで藤木を睨みつける。だが、彼が言ってることは本当だ。


「だって、俺は邑楽がちゃんと死んでいるのを確認した! あいつは絶対死んでいた! 嘘吐くんじゃねえよ!」


 語るに落ちたな、董家拓海……だが藤木はそんな彼に何も言えなかった。何しろ、助けたのは藤木なのだ。死にそうな目に遭って、苦しくて辛くて泣きそうな目にあって……


「だから、奇跡って奴だろ。言わせるなよ……」


 死にたくなるからな。


 藤木の心境を知ってか知らずか、董家は殆ど泣き崩れるような格好で、地面に手を付くと涙ながらに訴えた。


「俺は悪くないッ! 俺は悪くないんだよ!」

「……董家拓海。改めて、藤後玲、台場聖殺害の容疑で逮捕する」


 刑事にそういわれても、もう董家は反論しなかった。ただ、ぐずぐずと鼻をすする音と、嗚咽の混じった声が辺りに響くだけだった。それを見下ろす立花倖は、なんとも複雑そうな表情をしていた。そして、藤原騎士は、未だになにが起きてるのか分からない……そんな顔をしていた。


「俺は……悪くないのにぃ……」


 そう言ってすすり泣く男は酷く惨めに見えた。だが、藤木は董家に同情する気にはなれなかった。何しろ事件が事件なのだ。そしてその発端は、酷く醜い出来事だった。藤木はそれが何であるのか、薄々感づいていた……それは心底胸糞の悪い話で……だからもうあとは警察に任せて、何も考えたくなかった。だが、


「聞かせてちょうだい」


 当事者である立花倖はそういうわけにはいかなかったのだろう。


「どうして、あんたがあいつらを殺したのか……どうして、あいつらを殺さなければいけなかったのか……」


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