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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
2章・がんばれがんばれ
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そして事件の幕は下りる

 邑楽修の死体を発見してから3日が過ぎた。


 あの日、救急車が呼ばれると昼休みの学校は騒然となり、間もなく警官が大量にやってきて、午後の授業が出来るわけも無く、生徒は即座に家に帰された。馳川小町は校門のあたりをうろついていたそうだが、警官と教師に追い払われて侵入を断念。せめて暗くなって人が少なくなるのを待とうと一旦家へ帰ったそうだ。


 校内の見回りをしていた立花倖はその姿を不審に思い、また、事件後から連絡が取れなくなった藤木のことを気にしていた。小町とセットに考えていた倖は、その不審な行動にピンと来て、藤木が校内にいると考えた。そしてグルグルと校内を探して歩いているうちに、教員用トイレの一室がずっと開かないことに気づき……普通の大人ならそんなことしないのであるが、倖は隣のトイレの壁をよじ登って中を覗きこんだ。


 そして冷たくなっている藤木を発見し、大慌てでトイレから引きづりだし、救急に電話しつつも、駄目元で心臓マッサージをしたら、嘘みたいにあっさりと蘇生し、ゲロをぶちまけながら、彼はのた打ちまわったのだった。やがて落ち着きを取り戻したゲロまみれの彼が告げた言葉は、俄かには信じられないものだった。


 ともあれ、そんな彼がもたらした情報はどれもこれも信憑性が高い物だった。やがて、騒ぎに駆けつけた刑事も交えて、彼らは事件の解決へ向けて動き始めた。


 翌、日曜日、警察は成美高校の敷地を含む丘陵地帯の大規模な山狩りを行った。名目は犯人の遺留品捜索であったが、実際には藤後玲の捜索に他ならず、そして彼は不法投棄の激しい山道の、ゴミの山から少し離れた崖の下で死体となって発見された。梅雨時という時期も相俟って死体の損傷は激しく、断定は難しいが死後およそ1週間という鑑識結果が出て、警察関係者は色めき立った。


 市内で度々携帯電波が確認され、ずっと探していた藤後は、実は逃走後すぐに死んでいたのだ。そしてそれが事実なら言うまでも無く、成美高校の殺人事件の犯人が彼ではなかったというわけだ。真犯人が捜査かく乱のために利用したのか分からないが、少なくともそれは、藤木が主張する説を補完しており、いよいよ彼の言葉を無視できなくなった警察は、彼の説を積極的に取り入れて内偵を進めることにした。


 そして週が開けて月曜。学校は休校となった。


 

 藤原騎士(ないと)は親に起こされて目を覚ました。普段は部活の朝練のために、早朝に自ら目を覚ますのであったが、その日は彼が目を覚ます前に先に起きていた母親に起こされた。何でも、朝早くから電話がかかってきて、このところの事件の影響で学校は休校になり、従って野球部の朝練もないから、間違って学校に来ないようにとの連絡であった。


 旧校舎の事件、そして二日前の邑楽の事件。それらのお陰で野球部はこのところ、とばっちりを受けてかなり練習量を減らされていた。夏季大会が始まる前に遠征試合をいくつかこなす予定であったが、それも不祥事を起こした学校扱いをされて、断りを入れてくる対戦校があとを絶たないらしい。元々、自分は練習試合に参加出来なかったのだが、理不尽なあつかいを受ける部員たちを見ていると、歯がゆい思いを隠せなかった。


 ともあれ、部活が無くなったからと言ってトレーニングをサボるわけにもいかず、朝食を取ったら、いつも朝練でこなすメニューを家で淡々とこなした。昼は昼で、いつものメニューをこなし、最近ようやくやれるようになったシャドーピッチングを取り入れ、せっかくだからと風呂にも入り、やがて普段なら放課後と呼ばれる時間になると、これまたいつも通りのメニューをこなすため、ロードワークに出かけようと家から出た。


「……あら、あんた。どっかいくの?」


 庭でウォーミングアップをしていると、隣家の玄関が開いて、最近では良く見知った人が顔を覗かせた。立花倖は隣家の三姉妹の長女で、小さいころはよく可愛がってもらったが、7年前に渡米してからはほぼ家には寄り付かず、今年になっていきなりナイトの進学先の教師として赴任してきた、ちょっと突拍子もないところのある人である。年が離れているからあまりそんな実感はないが、幼馴染といえば幼馴染のお姉さんだ。


「あ、はい。ロードワーク行こうと思って」


 走る前から既に汗だくの彼を見て、倖は眉を顰めながら、


「汗臭い男は好きになれないわ。ロードワークって、毎日やってるの?」

「はい。一日サボると大変だから」

「ふーん……本当は外出禁止なんだけどねえ……どこら辺走ってるのかしら」

「それだったら……」


 成美高校を出て大学より先に進むと、山すそに小高い丘が広がっている。そこに元々は市民の散歩用に作ったのであろう、簡単なトレイルコースがあり、勾配はかなりきついが地面が柔らかいこと、有酸素運動に最適ということで投手陣のロードワークに取り入れられていた。他のポジションの選手は寄り付かないが、ナイトや董家などの投手陣は、部活中、一日に一度はかならずそこを走っている。


 街灯が少ないことと、最近ではその頂上付近に不法投棄のゴミが持ち込まれ、薄気味悪さから人通りは少ないのであるが、トレーニングには最適ではあるので、こうして休みの日でもナイトはそこへと通っていた。


「そう、野球部員はみんなそこを通るのね」

「はい。今日もそのはずだったから」

「今は、あまり感心しないわね」

「駄目ですか?」

「いいえ……気をつけていきなさい。くれぐれも、気をつけてね……」


 彼女特有の、どこかふて腐れたような顔でそう言うと、立花倖はガレージに止めていた自分の車に乗ってどこかへ走り去っていった。


 その様子からすると、どうやら昨日は実家に泊まっていたようだ。本当に珍しいなとナイトは思った。


 家族との折り合いが悪いのか、それとも独立心が強いのか。良く分からないが、日本に帰ってきてからも彼女はこの家には近寄らず、市内のどこかで一人暮らしをしているらしかった。ガレージに車が止まることはほぼ無く、隣人はひっそりと暮らしていて、三姉妹と顔を合わせることは、もう殆ど無かった。


 ナイトは車を見送ると、いつものようにロードワークに出かけ、そして山道のトレイルコースをぐるりと1周して帰ってきた。


 

 翌朝、目覚めるとすぐに携帯のメールを確認した。野球部の部長、松本からメールが入っており、本日も部活を中止すること、学校が休みであること、各自自主練を怠らないようにと書かれてあった。


 こうなることは予想していたから、特に焦ることも無く、前日と同様のメニューを朝から淡々とこなした。


 一風呂浴びて、ランニングシャツを着替えると、ストレッチをしに庭へ出た。


 隣家のガレージにはまた長女の車が止まっており、どうやらその日も彼女は在宅しているようだった。


 ストレッチを終え、軽食を取って、シャドーピッチングを開始、およそ1時間ほどで切り上げて時計を見ると、放課後の部活の時間になっていた。せっかく体も温まったので、そのままロードワークに行こうとランニングシューズに履き替えて家を出た。


 学校まで来ると校門前にはパトカーが居て、制服警官が退屈そうにぼんやりと立っていた。報道規制でもされたのか、マスコミの姿はもう見えなかった。テレビでもその話題を避けているかのようにぱったりと止んだ。邑楽の事件に関しては世間に知られてないようだった。


 学校を通り過ぎてトレイルコースのある山道に入る。日はまだまだ高くて、天気も良かったが、雑木林の中は薄暗く、足元をしっかり見ながら黙々と進んだ。


 数日前の雨でぬかるんだ道を越え、急勾配をよじ登るように走り、やがて頂上に差し掛かろうとしたときだった。


「おーい! 内藤!」


 頭上から声が聞こえ、見上げると自分と同じ目的で来たのだろう、董家拓海が缶ジュースを片手に手を振っていた。頂上でコースから外れて暫く歩くと、アスファルトの林道があり、駐車場があった。それは近くの産廃場の施設らしく、トラックのタイヤの跡がたくさんついているその駐車場の片隅には、一体どこにコンセントがあるのか謎の自動販売機が一台置かれていた。ここまで上ってくるのは投手陣しかいないので、部活の最中にこっそりと休憩することがあったが、どうやら董家はその口だったらしい。


 手を振る彼に返事をし、駐車場へ近づいていくと、


「来いよ、奢ってやるからさ」


 機嫌の良さそうな董家がそう言って、自販機に手をやった。悪いからと断ろうと思ったが、コインを投入し、勝手にコーラのボタンを押されては断ることも出来ず、ありがたくそれを受け取った。


「あざっす! 先輩も練習っすか?」

「まあな」


 誰も来ないからだろうか、自販機の中でキンキンに冷えたジュースは格別に美味く、喉を通る炭酸が暑さを吹き飛ばしてくれるようだった。


 大きく息を吐いて伸びをし、ここまで走ってきて硬くなった足でも解そうかと前屈の姿勢で身を屈めたときだった。


 いつの間にか背後に回りこんでいた董家が素早く動いた。


 初めは何をされているのかさっぱり分からなかった。


 いきなり、ぐいっと頭を持ち上げられ、背後に投げ飛ばされるような力をかけられ、思わず仰け反った。背骨が軋んでバキバキ音がした。抗議の声を上げようと口を開くが、


「かっ……かはっ……」


 息を吐くこともできず、風切り音みたいなものがひゅーひゅー出るだけだった。おかしいと喉に手をやると、なにやらひも状のものが首に巻きつけられている。


 なんだこれは? どうしてこんなものが、自分の首に……?


 そして藤原騎士は、自分が一体何をされているのか、ようやく理解した。


 パニックになったナイトはただがむしゃらにその紐を解こうとして、喉に巻きつくそれに手をやった。だが首に指が食い込むだけで、それに手をかけることさえ出来ない。冷静になれば、首を絞めている董家拓海を押しつぶすかどうかした方が賢明だ。だが、そんなことはもう考えることも出来なかった。


 脳がガンガンと痛みを発し警告を送る。呼吸の出来ない苦しさとは違った。頚動脈を締め付けられ、血液の循環を止められた脳の叫び声みたいなものだった。


 唐突に目の前が薄暗くなっていった。視界を失って、ますますパニックになった脳では、もう何も考えられなかった。


 ナイトはただ首に巻きつけられたそれを解こうと、必死に体を動かした。それを押さえつけるような格好で董家拓海は彼に乗っかった。


 やばい……死ぬ……


 意識が朦朧として、心臓が爆音を立てて弾け飛びそうな、そんな最悪の瞬間だった。


「そこまでだっ!」


 野太い声が駐車場に響き渡った。


 その言葉にはっとして、顔を上げると、首を絞める董家の手が一瞬緩む。


 声を発した男たちは、駐車場の影から必死に駆け寄ってくる。


「げほっ! ごほごほっ!」


 ゆるんだ一瞬で酸素を取り込んだナイトは、圧し掛かる董家を力いっぱい押しのけた。


 ザーッと駐車場に敷かれた砂利が音を立てた。


「押さえろ! そっち押さえろ!」「離せっ! 離せよっ!」「おらあ! 抵抗すんな」「こいつ、暴れんなっ!」「ちくしょうっ!」


 バタバタと男たちが入り乱れて、地面に転がった董家を押さえつけた。暴れまわる彼らの手足が砂利を巻き上げ、ナイトの額にパシッと小石がぶつかった。


 長い捕り物のように思えた。でも抵抗はほんの一瞬だった。


 ギラリと鈍い光を発して、手錠が董家の手に下ろされる。


「董家拓海、殺人未遂の現行犯で逮捕する」


 ナイトは董家にかけられた手錠を呆然と見ていた。


 はあはあと息をすることしか考えられず、何が起こっているのか、その時になっても上手く考えられなかった。


 複数の刑事らしき男たちが、羽交い絞めにした董家を立たせた。


 四つんばいの姿勢でそれをぽかんと見上げていたら、尻を強く蹴られて、


「よう、しっかりしろよ……遅れて悪かったな」


 振り返ると、見知った学校の先輩が立っていて、その向こう側には今朝も見かけた、立花倖の白い車が見えた。

 

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