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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
2章・がんばれがんばれ
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どうやら君は見張られてるようだよ

 小町と別れ、バス通りを学校方面へと歩き出した。目的地は北三丁目。学校から帰る際に聞こえた警察無線の内容が気になった。あれから時間も経っているし、そもそも藤木が行ったところで何が出来るわけでもない。ただ、他にも少し気になることがあり、ついでにその町並みでも拝んでやろうかと、足を向けることにした。


 気になることとは邑楽修だ。旧校舎を掃除して回った野球部員の一人で、藤原騎士のことをやけに恐れている。昨日、放課後に発狂して、そして案の定と言うか、今日は学校に姿を現さなかった。


 彼は、ナイトに殺されると言っていた。台場も、藤後も、そして立花成実も。


 立花成実は確かナイトと幼馴染、と言うか恋人関係だったはずだ。その彼女がなんで彼に殺されなきゃならないのか。分けが分からないが、他の3人に関してはなんとなく憶測も立つ。あの感じだと、たぶん邑楽、台場、藤後は藤原騎士に何らかの負い目を感じており、復讐されるのを恐れているのだろう。そしてそれは話の流れ上、成実が関係するのではないか。


 とまれ、これらを踏まえると、邑楽、藤後、そして殺された台場は何かしらの、のっぴきならない関係性があるのだろう。どうせロクな関係じゃないのだろうが……ところで、ここで警察無線から聞こえてきた、藤後の携帯電波である。それは北三丁目、つまり七条寺市立第二中学校の学区内で感知したと言っていた。見つけたのは携帯の電波だけであるし、藤後玲がこの町に潜伏しているかどうかは分からない。ただ、どう考えても邑楽は怪しいと言うわけだ。


 そんなわけで、ちょっと様子見がてらにブラブラとやって来てしまったわけだが……


「うーむ……」


 考えても見れば、邑楽の家など知ってるわけがない。ここ数日、色々あったから、つい名探偵気取りで来てしまったが、勇み足も甚だしい。


 まあ、しかし……こう言う時こそクラスメイトの鈴木である。昨日の電話で、まだ学生名簿を所持していると言っていたから、それなら邑楽の家の住所も分かるだろうと、早速電話をかけてみた。


『おかけになった電話は、ただいま電波が届かない場所にあるか、電源が入っておりません』


 だが、これまたお約束のように、こういうときに限って電話が繋がらなかった。メシか、風呂か、それともバッテリー切れか……佐藤や山田と遊んでやしないか、もしくは天使とか……気を取り直し、そいつらに電話をしてみようかと、スマホ片手にガードレールに腰掛けたとき……


「ハッハッハッハッハッ!」


 激しい息遣いが足元から聞こえてきた。別に変質者ではない。


「……ペス? ペスなの?」

「キャンッ!」


 つぶらな瞳の犬が藤木の足にじゃれ付いていた。


 マジか……こんなところで再会するとは。思いもよらない来訪者に戸惑う。と言うか、飼い主はどうした?


 引きずっていたリードを手に取ると、雨を含んでひやりとした。辺りをキョロキョロ見回してみるが、アルテミシアも母ちゃんも見当たらない。


「……もしかして、おまえ、脱走の常習犯なの?」

「キャンッ!」

「そうかそうか、元気いっぱいで大変よろしい」

「キャンキャンッ!」

「でも股間をこすりつけるのは勘弁な」

「クゥ~ン……」


 興奮される前に足から引き剥がした。あぶねえ、半立ちくらいしてやがる。あれをやられると後が獣臭くて半端ない。なにはともあれ迷子の犬を放っておくわけにもいかないので、


「おーい! アルテミシア~! アルテミシアはいずこ~!」


 飼い主の名を呼んでは見るが、振り返るのは冷たい眼をした都会の人たちだけだった。犬ならそこに居るだろうとでも言いたげである。いや、別にふざけてるわけじゃないんだよ?


「何、ふざけたことしてるんだ、藤木……?」


 ふざけてないと言うのに……呆れ果てたと言った風の声に振り返ると、そこにはハァハァと息を荒げ、肩で呼吸をしている男が立っていた。別に変質者ではない。


「よう……董家だっけ。そういや、おまえも二中出身者だったな」

「ん? ああ、そうだよ」


 董家拓海は汗でびっしょりになったTシャツに短パン、ランニングタイツという出で立ちで、膝に手をやり腰を曲げて立っていた。たった今までジョギングしてきて、帰ってきたばかりといったところか。


 

 脱走してきた犬のリードを引いて、近くの公園へとやってきた。


 董家はジョグでついてきてクールダウンすると、今度はストレッチをやり始めた。聞けば、いつもこの公園で準備運動し、町内を一周して帰ってくるのを日課にしているらしい。どのくらい走るのかと聞けば、


「朝に5キロ。部活前に5キロ。夜に10キロ。あと、走る前に腕立て腹筋を20回5セットだ」

「おまえ、陸上部だったっけ?」

「……野球部だよ。知ってるだろ」


 高校球児は走って体を作ると聞いたことはあったが、毎日20キロて、アホではなかろうか。


「適度に休みは入れてるっての。怪我したら元も子もないからな」

「つか、20キロってかなり良いペースで走っても2時間とかかかるだろ」

「分けて走ってるし、トータルだともうちょい速いよ。おまえ、俺たちが毎日どれくらい練習してるか分かってないだろ」


 前屈し、手のひらをぺたりと地面に押し付けながら、大したことじゃないと言いたげな感じだ。いつ見てもグラウンドでアホみたいに野球ばっかしてる連中だが、実際どのくらいやってるのか聞いて、目が回りそうになった。とても真似はできそうにない。


「本気で甲子園目指してっからな。これくらい普通よ。特に俺は体格恵まれてる方じゃないからさ」


 見たところ、董家は身長170センチそこそこで、日本人男子としては平均的であろうが、スポーツ選手としては確かに少し小柄だった。と言うか、対比する相手に藤原騎士が居るので、あの巨漢を思い浮かべると、正直彼が心もとなく感じる。


「内藤が復活したら俺の背番号もあぶねえからな。手を抜けないんだよ」

「……そういや、おまえも投手だったっけ」


 去年の秋の壮行試合。ナイトが投げていた姿ばかりが思い出されるが、そいつを相手に一歩も引かなかったのが、この董家だ。中学生相手とは言え、四国の強豪校からスカウトが来るくらいの奴と投げ合い、そして確か春は県でベスト8まで行ったはずだ。


 晴沢伊織が言うには、それがナイトが入学したら、いきなりあっちがエース扱いになったと言う。年下で、おまけに同じ中学出身である。その心境はどんなものだったのか。内心、穏やかではなかったのではないだろうか。


「そんなことねえよ。昭和じゃねえんだぞ、今は投手一人で投げきらせるような学校の方が少ないだろ。あいつが入学してきたのは普通に嬉しいし、早く怪我治して部活に復帰して欲しいね。まあ、背番号はもちろん渡す気ないけどな」

「へえ、勝つ自信あんのか?」

「当たり前だろ」

「……ちょっと小耳に挟んだんだが、藤原が部員じゃないのは、他の部員から特別扱いをやっかまれたからだって聞いたんだけど」


 ストレッチする手を止めて、董家は少しむっとした顔をした。


「一年はそうらしいな……なんか、内藤のやつ、一年全員から嫌われてるっぽいんだよ。あいつは何も悪くないんだが、変な噂広められててよ……昨日の邑楽も変だったし」

「なんでそうなったか、心当たりあるのか?」


 駄目元で聞いてみたら、彼は少し考えた後に続けた。


「……俺が卒業したあとかららしいけど、中学時代から、あまり学校の奴らと折り合いが良くなかったらしいな。多分だけど、藤後のせいじゃねえか」

「藤後? それってどんな奴?」


 その名前がここで出てくるとは思わなかった。何食わぬ顔で聞いてみる。


「ん、ああ。おまえは知らないかな。うちの中学に、藤後ってヤバいやつがいたんだけどさ、俺らの代のヤンキー連中としょっちゅう喧嘩してて、とにかく感じ悪かったな。一度校内で警察沙汰になったことがある。まあ、学校の番長格って言うの?」

「ああ、そういうの」

「そうそう。で、俺たちが卒業したら、そいつの天下かと思いきや……内藤の奴にぼっこぼっこにされちゃったらしいんだよ。何しろあの体格だろ? 喧嘩って言っても、相手にならなかったらしくて……面子を潰された格好のあいつはそれを逆恨みしてね」


 いかにもありそうな話である。


「便乗して藤後なんてたいしたこと無い、みたいに言ってた馬鹿な奴らがいたんだけど、そいつら口先だけだろ? すぐ逆恨みした藤後にボコボコにやられて、舎弟にされちゃったわけ。そうなるともうみんな逆らいたくないじゃん。それで、そもそも原因は内藤にあるから内藤が悪いって、ギクシャクしはじめちゃったらしい」

「なんじゃそりゃ。ひでえ話だな……」


 特に、ナイトにこれっぽっちも悪いところがないところが救い難い。


「まったくな……で、そいつらも高校に上がって、藤後から解放されると、多分負い目があったんじゃないかな……反省するなら良かったんだけど、今度は自己弁護で内藤のこと悪く言い始めた。あいつも、怪我したり、彼女のこととか色々あったから、なに言われてもやり返さなかったみたいで、気がつきゃこの始末だ」

「余計なお世話かも知れないけど、おまえら二年がだらしないんじゃねえの? しめるとこは、しっかりしめとけよ」

「まあなあ……気にはかけてるんだが、逆にえこ贔屓されてるって思われるみたいで」

「情けないこと言ってんなよ。まあ、ライバルに居なくなってほしいってんなら話は別だけどな」

「そんなわけねえよ。つーか、俺は内藤と勝負しなきゃならない理由があるからな。あいつに居なくなってもらっちゃ困る」

「理由?」


 挑発に乗って、うっかり言ってしまった……董家はそんな顔をしてから、少しばつが悪そうな顔をして続けた。


「ああ……実は、あいつが怪我をしたのって、俺のせいなんだ」


 それは全く初耳だった。と言うか意外すぎて考えもしなかった。董家はよほど言いづらいのだろう、深刻な顔をして俯きながら話した。藤木は黙って先を促した。


「地元だからさ、俺は部活のロードワークでもこの辺走るんだよ、あっちの通りから、中学の前通って、バス通りに合流して帰るんだけど……去年の秋、いつものように走ってたら、下校中の後輩から変なこと聞いてな。なんか、内藤が学校にもこないで、血眼になって街中を駆け回ってるって。その頃から、あいつ藤後のせいで後輩の間では怖がられてて、闇討ちでもするのか、超怖いって、びびられてて……あいつのことは、その数日前から見かけて、そういえばいつも走ってたなと思ってさ、ある日、朝のジョギングの最中にばったり出会ったときに、何があったか聞いたんだよ」


 ナイトは何日も帰っていないのか、まるで浮浪者のように汗臭くて、その洋服はところどころ破れていた。一目で尋常じゃないと思った藤後は、とにかくなにがあったか訳を話せときつく尋ねた。


「そしたら、数日前から彼女が行方不明だって言うんで……ただの家出じゃないのか? って詳しく聞いてみたら、家族が警察に届けて探してるっていうから、そりゃ一大事だなと……あいつの彼女って凄い可愛い子だったんだよ。もしも、万が一があっちゃまずいからって、俺も一緒に探してやろうか? って、ジョギングついでについてったんだ」


 ただ、ナイトがもう何日も探して見つからないのだから、彼女が見つかるとは思わなかった。それより、とにかくナイトがフラフラでみすぼらしい格好をしていたので、一度家に帰るように促そうと思ってたらしい。ところが、


「運が良かったのか悪かったのか、たまたま見つけちゃったんだよ。バス通りの対岸にさ、トボトボ彼女が歩いてて、内藤が気がついて、おーいって呼ぶんだけど、そしたら何故か彼女が逃げ出してさ……何があったか知らないけど、すげえ必死に逃げるから。俺も、えっ? ってなっちゃったんだけど、放っておくわけにもいかないだろ。とにかく追いかけなきゃって……でも、早朝とは言え、大通りでさ、車もそれなりに走ってるし……道渡れなくて、往生しちゃったんだよね。そんな時、焦れた内藤が大通りを横切って彼女の方へ行こうとしたんだ。信号は赤で、車もビュンビュン飛ばしてるし、ちょっと待てって俺は引き止めたんだけど……」


 董家は後悔に下唇をぎゅっと噛み締めた。


「必死に止めたんだけど……全然、力じゃかなわなくてさ……俺が手を離したら、逆にあいつ勢いついちゃったみたいで……そこに運悪く車が通りかかって……すぐに救急車呼んだんだけど……」


 車も減速していたし、ナイトも体が頑丈であったから、彼は車に引かれたあと、数分で自力で立ち上がったらしい。しかし、血だらけで立ち尽くす彼は、脱臼したのか、その腕はだらりと垂れて、おかしな方向を向いていた。


「手術してる間、俺、やっちまったってすげえ後悔してて……俺が止めなきゃ、あいつは車を上手く避けて通りを渡れたのかも知れない。俺にもっと力があれば、あいつのことを押しとどめて、最悪の事態は避けられたかも知れない……」


 董家は悪くないだろう。可能性を上げたらキリがないのだ。しかし、それは他人事であるから言えるだけで、当事者にとっては、何の救いにもならない言葉だ。


「その後、俺、どんな顔してあいつに会えばいいか分からなくて、ずっと会いにいけなかったんだよ。それが、今年うちに入学してきてさ、リハビリも始めてるっていうから、ホッとするやら申し訳ないやら……」


 そう言う董家は決意に満ちた表情をしていた。


「だから、あいつには本当に早く治ってもらいたいし、勝負には絶対勝たなきゃいけないって思ってる」


 多分、それは本心なのだろう。だからこそ、彼は毎日きつい練習に耐えてこれたのだろう。たった一人で、何百球も投げ続けてこれたのだろう。


 

 話しこんで、すっかり体が冷えてしまったと言う董家を残し、藤木は迷子の犬を連れて交番へとやってきた。警官に犬のことを話そうとすると、「ああ、また……」と、何も言わずとも分かってると、引き取ってくれた。どうやら、本当に常習犯であったらしい。


 くぅ~んくぅ~んと縋りつくペスに別れを告げて、来た道を戻っていると、暫くしてスマホに着信が入った。


「もしもし? 藤木か? さっき電話くれたろ」


 着信履歴を見て、鈴木が折り返し電話をかけてきた。邑楽のことを聞くと、


「ああ、ちょっと待て……あったあった」


 阿吽の呼吸ですぐに住所を教えてくれた。と言うか、こいつに名簿を渡したまんまで、本当に良いのだろうか?


 教えられた住所に行くと、学校の前を流れる秋川の辺に、タワーマンションとまでは言わないが、この辺では一際大きな高級マンションが建っていた。駅からも近く、川辺を遡れば、およそ10分ほどで学校につく、好立地だ。


 エントランスに入り、何気ない素振りで郵便受けを確認すると、何日間もほったらかしなのか、郵便物が溢れそうなほどぎゅうぎゅうに押し込められていた。ネームプレートは無地で、部屋番号を聞いているから良いものの、大規模マンションであるため、世帯数の多さに目的の家を見つけるのは、無理だったろう。


 と言うか、本当にこの部屋なのだろうか? はみ出ている郵便物をちょいと失敬しようと手を伸ばしたら、ジェンガが崩れるかのように、ばらばらとチラシが辺りに散乱した。慌ててかき集めると、エロとサラ金と結婚と売春のチラシに混じって、邑楽の名前が書かれたDMを見つけた。この部屋で間違いないようだ。しかし、偏ったチラシ内容から察するに、一体何を注文しちゃったのだろうか……


 マンションはオートロックで、自動ドアの前の集中インターホンで、部屋番号を押して呼び出すタイプだった。


 さて、どうしよう?


 勢いでここまで来てみたはいいものの、押しかけるようにして接触を図っても、あまり良い結果が見込めるとは思えない。かと言って、手ぶらで帰るのもなあ……と、悩みながらちらりとマンションの外に目をやると、目つきの悪い男がぷいっと顔を逸らしてどこかへ行ってしまった。


 嫌な予感がしてエントランスを出て、辺りを見回すと、良く見ればあちこちにそれっぽい人影がちらほらと見える。警察なのかヤクザなのか、それともその両方か。


 邑楽君、どうやら君は見張られてるようだよ……たぶん、藤後が接触してくると思ってるのだろう。


 こんな中で抜け駆けしては、出待ちのファンに刺されてもおかしくない。それに、おそらく邑楽にも相手にされないだろう。藤木は踵を返すと、マンションから足早に立ち去った。


 マンションから離れてしばらく行くと、川沿いの道に一台の車が止まっていた。丁度、街灯と街灯の間に位置し、近寄ってみないと気づかないような絶妙な位置だった。車種はセダンで、いわゆるベストセラーのハイブリットエコカーだ。普段なら気にも留めないものだが、たまたま数日前にその車に乗っていたのが功を奏した。


 藤木が車に近づくと、運転席側の窓がスーッと開く。


「駐車禁止だぜ、ここ。警察呼ぶか」

「未成年は夜間外出禁止よ。呼べるもんなら呼んでみなさい」


 運転席から顔を出した立花倖は、不機嫌な素振りを隠そうともしなかった。もっとナンパに行くべきだった。アンパンと牛乳を買ってきたら、機嫌を直してはくれないだろうか。


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