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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
2章・がんばれがんばれ
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どうせ、どうせね

 拒絶とも取れる藤木の言葉に、立花愛は絶句した。多分、なんとかしてくれるだろうと、勝手に思い込んでいたのか、その落胆振りは容易に見て取れた。隣に座る徳さんが、散々飲み食いしておいて、それはないだろうと非難がましい視線を送ってくる。


 いや、そんなこと言われても無理なものは無理なのだ。藤木のことをなんだと思ってるのだ。ただの高校生だぞ。ちょっとオナったら死ぬけども……大体、美味い飯を食えばいいアイディアが浮かぶと言うのなら、花はあんなにズボラじゃない。


「ただまあ、俺だって彼女が犯人だなんて思ってませんよ。きっと別に犯人がいる」

「だったら……」

「でも可能性だけで言うと、現時点で、ユッキーがダントツで怪しいのは事実なんです。この可能性を無視して、単に身の潔白だけをしてって言われても、それは無理ですよ」


 あの日、旧校舎に集まったのは11人。それぞれが誰かと一緒に行動をしていた中で、彼女だけがずっと一人だった。そして、凶器のバットを持ち出せたのも、鍵の掛かった音楽室の中に入れたのも、彼女だけだったのだ。疑うなと言う方が難しい。


「現に、警察に疑われてるんだと思った俺は、まあ身内びいきでその潔白を証明しようかと思って、当時の状況を整理していたんです……ところがねえ……そしたら逆に、彼女なら楽に犯行を行えたと言うことに気づいてしまった」


 それは、ぶっちゃけユッキーのアリバイを崩そうとして、思いついちゃったのだが……藤木は事件のことに詳しくない二人に対し、当時のことを思い出しつつ、説明を付け加えながら話を続けた。


「と言うわけで、凶器を手に入れることも、犯行現場に入ることが出来たのもユッキーだけなんです。ただし、ユッキーが犯人じゃないってことを証明するものには、唯一、ピアノの音が鳴ったときに、俺と松本と一緒にいたというアリバイがありました。ピアノの音、恐らく犯行が行われた瞬間発せられたその音を、彼女は俺たち一緒に聞いた。だから彼女は犯人じゃない……俺たちはそう思って安心していたわけですけど……でも、もし、犯行が行われたのが、その時じゃなかったとしたら?」


 藤木の問いかけに、返事をする者はいなかった。彼は一拍待ってから続けた。


「旧校舎にピアノの音が鳴り響いて、何があったのかと思った俺たちが、音楽室に行って死体を発見した。だから、俺たちはきっとピアノの音が鳴った時に犯行が行われたんだなって、そう思い込んでいたんです」

「思い込んでいた?」

「そう。俺たちは、ただピアノの音を聞いただけであって、犯行を目撃したわけじゃない。そして、ピアノの音が聞こえたから、音楽室のそれを連想しただけで、実際にそれが鳴らされたのを見たわけじゃない。ピアノの音なんてその気になれば、どこでだって鳴らせるじゃないですか。ちょっとアンプを用意して、ポータブルプレイヤーに繋げるだけだ。そしてそれをスマホで操作するなんて、今日日(きょうび)小学生にだって出来る」


 思い返せば、どうして昇降口の階段にいた藤木に、ピアノの音が届いたのか。音楽室の扉は、鍵が掛かってきっちりと閉じられていた。その防音性の高い部屋は、その状態でピアノの音を通すわけがない。窓が開かれていたから、恐らく、校舎の外にいた中沢たちは聞こえただろうが、藤木たちに聞こえたとしても、せいぜい、どこか遠くでピアノの音がする……本校舎かな? と思うのが関の山である。


「当日の彼女の行動はこうだ。単独で行動していたユッキーは、俺たち全員が保健室に居た時に、こっそりと董家のバットを持ち出して、四階の音楽室へと行った。そして持っていた鍵で室内に入り、そこにいた被害者を滅多打ちにした。終わったら凶器を置いて、鍵をかけて、帰り際に階段の辺りにスピーカーを仕掛け、何食わぬ顔で一階の元の場所で寝た振りをする。やがて、俺と松本がやってくるのを見計らって、スマホでスピーカーを遠隔操作し、驚いた俺たちが音楽室に向かおうとすると、後ろについていって仕掛けておいたスピーカーを回収。そして音楽室で死体の発見者となった」


 黙ってそれを聞いていた立花愛は、段々と顔色が悪くなっていった。時折口を挟もうかと顔を上げるが、何も言えず、唇を噛んで、顔を真っ赤にしたり、充血した目で睨んできたりもするが……結局何も言えずに、どうして藤木なんかに相談したのかと言わんばかりに、ほぞを噛んだ。


 それを気の毒に思ったのか、諦めたような溜め息を吐いてから、引き取るように徳さんが聞いた。


「それで……君は立花先生が犯人であると確信したわけかい」

「いや、まさか」


 ケロッと否定する藤木に、全員が戸惑った。質問をした当の本人は咽ている。立花愛は口をポカンと開けて美人が台無しだ。頬杖をついていた小町は、頭を机に強かにぶつけて痛みに耐えていた。怒りに任せて小町が叫ぶ。


「あんた……あたしらのこと馬鹿にしてるんでしょ? そうなんでしょ!」

「いや、そんなことないよ。最初に言ったじゃないの、きっと別に犯人が居るって。大体、可能性があるのと、実際にやるのとは別物だよ。ユッキーには容易に犯行を行えた可能性があったってだけで、実際にやったとは到底思えない。いろいろ前提条件が必要だからな。例えば、まず被害者が音楽室にいることを知ってなくてはいけない。わざわざ凶器に、取り回しのしづらい他人のバットを選んでいる。そして音楽室の鍵をわざと一階に落として、それを生徒に届けさせた」


 それだけで、もう彼女が犯人じゃないと信ずるに足りる。


「あの人は警察でそれを主張すりゃいいんだよ。なんなら、学校の周りを嗅ぎ回るマスコミにでも、ぶちまけりゃいい……」


 人権団体がアップを始めるはずだ。しかし、パトカーに乗せられブイサインを寄越したあの姿を思えば、多分、本人はそうしないんだろう……おちょくってるのか、それとも何か目的でもあるのか。どちらにしても、


「けど、それが潔白の証明にはならないんだ。あの旧校舎で起きた事件……その犯人が外部から訪れた誰か……もうこの際だから言っちゃえば、藤後(あきら)が捕まって自分がやりましたってゲロんない限りは、犯行の動機と可能性があるユッキーを疑わないのは、警察機関としては有り得ないからね。いくら馬鹿馬鹿しくても」


 愚痴るようにそこまで言うと、藤木は改めて立花愛の方へ向きなおし、


「と言うわけで、犯人を見つけずに、ユッキーの身の潔白を証明するなんて無理なんですよ。それに多分、彼女はそれを望んでいない。あれでも、俺の先生ですからね。望んでないならしたくない」


 そして、宣言するように明確に言った。


「だから、あなたはこう言えばよかったんだ。犯人を見つけてくれって」

「はっはは……」


 乾いた笑いが漏れた。立花愛は翻弄され、信号機のように顔色を変えていたので、よほど気疲れしたのだろう、どこか陰のある表情で目じりに涙を浮かべて藤木を見つめていた。そのどことなく蓮っ葉な雰囲気は、きっとこれが彼女の地であるのだろう、美人特有の威圧感を感じさせたが、決して不快ではなかった。


「まだ、あなたのことを少し甘く見ていたわ……ただの高校生だって。気を悪くしたらごめんなさい」


 いや、その印象は間違っていない。


「藤後の名前が出るとは思わなかったから……たぶん、あなたはもう真相に近づいているんでしょうね」

「どうですかね」

「犯人を……見つけてくれる?」

「いいですよ」


 藤木はその願いを食後のデザートと一緒に、ぺろりと飲み込んだ。



 藤後の名前が出たことで、どこか覚悟を決めたような表情をした立花愛は、必要になるかも知れないからと、彼女の名刺を渡してきた。北辰愛の所属するプロダクションのロゴが入ったその名刺には、肩書きのないただの立花愛という名前が印字されていた。彼女はその裏に、芸能人らしい崩したサインを書き入れると、


「もしも、高橋と言う刑事さんにあったら、それを渡して。きっと力になってくれると思うから」


 高橋さんが日本に何百万人居ると思ってるんだ……まあ、使うこともないだろうと、わかりましたとだけ答えて受け取っておいた。


 駐車場へと向かう二人と別れ外へ出ると、一雨降ったせいか夜風が冷たく、夏服の半そででは風邪を引きそうなくらいだった。背中を丸め、二の腕を抱えるようにして腕組みし、駅とは反対方向へと歩き出そうとすると、ドンッと尻を蹴られて衝撃が走った。


「あんた……こう言うのには首を突っ込まない方がいいんじゃないの?」


 振り返るとムスッとした顔の小町がいた。


 彼女は多分、また部室占拠事件のときのようなことになるんではないかと言いたいのだろう。藤木もそれを懸念してはいた……しかし、


「そうは言ってもなあ……おまえも散々飲み食いしてたろ。話の流れ上、あそこで引き受けなきゃ嘘だ」

「うっ……でも、そのせいで、またおかしな事になっちゃったら、困るのはあんたでしょ? 危機意識ってのはないのかしら」

「それはそうなんだが……」


 そうなのではあるが……多分、藤木はもう引き返せないくらいに、事件に首を突っ込んでしまっている。投げ出そうにも手遅れなのだ、何しろ、


「すっっっっごい! 綺麗だったもんね。あんな美人に頼まれたら、格好付けたくなる気持ちは分かるわ。鼻の下伸ばして……でも、犯人見つけますって安請け合いしてどうすんのよ、見つからなかったら。犯人って、あれでしょ? 警察が一生懸命探し回ってるんでしょ? もう何日も前から、学校閉鎖までして。それをただの高校生が、警察を出し抜いて見つけますって有り得ないでしょうが」

「ん?」

「あんた、まさか、また例の力技でなんとかしようとしてるんじゃないでしょうね? それはもうやめときなさいよ、本当に。天使もそう言ってたんでしょう」

「いや、小町待て。おまえは何を言ってるんだ」

「なにって」

「犯人はお前が思ってる奴じゃないぞ」


 何しろ、藤木はもう犯人が誰か分かっていた。


「藤後玲は犯人じゃない。事件に関係はあるだろうが、少なくとも、あの日、あの旧校舎には寄り付きもしてないだろうね」


 小町は口をポカンと開けて言った。


「あんた……もしかして、犯人が誰か、分かっちゃったの?」

「多分な。こいつだろうってのは居る」


 ただし、その証拠がないし、そもそもの動機が分からない。それが分からないままでは、警察だって逮捕も出来ないだろう。だから、もう少し必要な駒を揃えなければ事件は解決しない。尤も、藤木がそれをしなければならない理由はないが、


「殺された奴が居て、犯人が誰か分かっているのに、自分に都合が悪いからって知らん振りは出来ない。そんな奴、生きてる意味あんのか」


 また、部室占拠のときのようなことが起こって、きっと藤木は後悔するだろう……だが、後悔するのはどっちも同じだ。それなら、誰かの役に立つ方が良いに決まっている。


「そう……」


 はぁ~……と、小町の溜め息が一つ漏れた。


「決めちゃったのね?」

「ああ」

「なら、そうしなさい。どうせ止めたって聞かないんでしょう」


 呆れた口調で彼女は言った。それは藤木を気遣ってのことだ。


「悪いな。気を使わせて」

「別にそんなことないわよ。単に、どうするのか、その覚悟が知りたかっただけ……それで、覚悟が決まっちゃったんなら話すんだけど」


 小町の話には続きがあった。彼女がこう歯切れが悪いのは珍しい。変に茶化したりはせずに、素直に続きを促した。


「さっきの……えーっと、北辰愛だっけ? あんたの好きなタレントの名前」

「ん? ああ、そうだよ」

「どのくらい好き?」

「……好きか嫌いかって言えば、好きだけど。大ファンってわけじゃない」

「そう。なら言うけど……あんたのお母さんのお見舞いに行ったとき、あたし聞いちゃったのよね。お母さんの入院仲間で、去年の秋、初診で訪れたときに、北辰愛が運び込まれるのを見たって人が居るの」


 去年の秋なら、もしかして立花成実が飛んじゃったという、例の件でだろうか……しかし、総合病院であるが、母親が居るのは産婦人科だ。


「芸能人はやっぱり乱れてるのね、やあね~、なんて言ってたけど……実際、どうして運び込まれたのか、その理由は分からないわ。去年の話だから」

「ああ」

「……今日会ったあの人じゃなかったんでしょうね。きっと」


 小町は言葉を濁すように、今まで居たビルを見上げた。展望レストランはここからは見えない。


「あんたに用事って、何を言い出すのかなって思ったけど……」


 小町に釣られて上を見上げていると、バシッと背中を叩かれた。


「もし、おかしなことになっても……どうせ、あたしが居るわよ。どうせね。決めたんなら、絶対なんとかしなさいよ。それじゃね」


 叩かれた背中がヒリヒリと痛む。小町は小さく手を振ると、駅の方へ向かって走っていった。スカートの裾がヒラヒラと揺れる。


 天使が言うには、藤木がやりすぎると世界が修正力を発揮して、それを無かったことにするらしい。もしかしたら、今回の件でもまた何か起きるのかも知れない。けど、どうせ小町は居るのだろう。彼女の言うとおりに。


 藤木は苦笑すると、踵を返して駅とは反対へ歩き出した。

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