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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
2章・がんばれがんばれ
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アホか。ドラマじゃないんだぜ

 旧校舎の前に突っ立って、下校する生徒の声を遠くに聞いていると、暫くして野球部員が中沢に連れられてやってきた。放課後に集まると言ったが、どこに集まっていいか分からず、漫然とグラウンドで佇んでいたところ、下校途中の中沢が気を利かせて連れて来たらしい。ゆとりなのか。


「それでは、僕はこれで……」


 と帰ろうとする彼の首根っこを捕まえて、品川みゆきが旧校舎の扉を開いた。人手が多いにこしたことは無い。


 下駄箱が置かれていない昇降口はガランと開けていて、すえたカビの臭いと、土と埃の臭いがない交ぜとなって、なんとも言えない嫌な空気が流れていた。日が傾いてきて、薄暗い建物内に明かりを灯そうとするが、電気が来ていないのかスイッチを押しても、うんともすんとも言わない。なにはともあれ、


「くっさ……こりゃ、まずは換気が必要だな……」


 それと、ブレーカーなり配電盤なりを探さないと薄暗すぎて仕方ない。


 とりあえず、一階の教室の窓を開けて回ろうと、会長が指示して野球部員がおのおの散らばっていった。命令した本人は配電盤を探そうとしてるのか、廊下をきょろきょろと見回している。そしてまったくやる気が感じられない担任教師は、昇降口のすぐ脇の階段に、ペッペッとハンカチで軽く埃を飛ばしてから、面倒くさそうにだらしなく腰掛けた。正面から覗いたらパンツが見えないだろうか……試してみる価値は如何ほどか?


「おい、藤木、サボってないでおまえも手伝えよ」


 高速CPUをフル回転させていたら、野球部キャプテン松本に文句を言われた。仕方なくその場を後にする。通りすがりに、ちらりと横目で確かめてみたが、残念ながらガードは硬い。ちっ……抜け目なしか……と、険しい顔をしていたら、


「なんか不機嫌そうだな。悪いな、つき合わせて」


 一昨日までとはえらい対応の違いだ。こう素直に言われては返す言葉も無い。


「別におまえらを悪く思ってなんかいないぜ。なに、ちょっとクリスチアーノの新しい可能性について、脳内ミーティングしていただけさ」

「……? 藤木はサッカー詳しいのか」

「いや全然。フランスU21代表監督の名前がピエール・マンコウスキってくらいにしか」

「めっちゃ詳しいな」


 まだ窓の開けられていない手近な教室に入ると、なにやら違和感を感じて藤木は立ち止まった。なんだか、この教室は他と違って少々気になる。


「どうした?」

「いや……なんでもない」


 違和感の正体が分からないまま、教室に入って窓を開けていると、新校舎の方からデカいシルエットが近づいてきた。遠目に顔は確認出来ないが、あれだけデカいのは間違い無い。声をかけようかと窓から身を乗り出したら、そのデカい影に隠れていた、もう一つの小さな影がこちらに手を振りながら叫んだ。


「おーい! 松本」


 ブンブンと元気そうに手を振りながら、小走りに近づいてくるその顔は見覚えがあった。同じ2年で、確か野球部のエース。名前はなんだったか……


「あれ、拓海? おまえ、帰ったんじゃないのか」


 確か名前は董家拓海(とうかたくみ)。背は小さいがなかなかタフなやつで、去年の野球部設立当時から、ずっとエースを張って一人で何百球も投げ続けている、メリケン人にクレイジーと言われそうな奴だった。


 別に野球部に友達が居るわけでもないから、詳しいことは知らないが、流石に自分の学校の野球部だから、こいつとあと4番の石庭(いしば)の名前くらいは知っていた。その石庭はいま旧校舎の別の窓を開けている。


「やっぱ手伝おうと思ってさ。帰りがけに内藤捕まえたんで、連れて来たったわ」

「うっす」

「ほれ、バケツとモップ。どうせ要るんだろうと思って持ってきた」


 バケツとモップがそれぞれ5セットずつ、全て藤原騎士(ないと)が持っていた。体育会系の上下関係ほど世知辛いものはない。


「気が利くな。臭くてたまらねえって、今みんなで換気してたところだ」


 半物置とは言え、部室として使うのだから、どうせ掃除が必要だろう。モップがけくらいしとこぜと、玄関前の蛇口でバケツに水を満たしていたら、散らばっていた野球部員たちがぼちぼち帰ってきた。校舎内にいた野球部員は5名。主将の松本と、4番の石庭。あとはあまりみかけない顔だから1年生部員だろう、名前も知らない男が3人。便宜上、元メジャーリーガーにあやかって、背の低い方からアン・ポン・タンと呼ぶことにする。


 そして合流した董家とナイトが加わって7人になると、運動部員のゴツさもあって、昇降口が狭く感じられるようになった。ここはなんだ? 新弟子検査か?


「んで、俺たち何やればいいんだろう?」


 肩にかけていたスポーツバッグとバットカバーを壁に立てかけながら、董家が松本に聞いた。松本がまだ配電盤を探してうろちょろしているみゆきに尋ねるが、


「掃除するにも、こう室内が暗くっちゃね……」


 と、お手上げのポーズをする。


「ブレーカー探してるんですか? それなら、ここに」


 玄関を背にした董家から声がかかる。彼が指差す方を見ると、玄関を入ってすぐ脇、壁の高いところに配電盤らしきものが見えた。普通、こういった大きな建物はどこかで集中管理してそうだから、こんなマンションみたいに玄関脇にあるなんて考えなかったのだろう、バツが悪そうな顔をしているみゆきを尻目に、背の高いナイトがプチプチと配電盤を操作してブレーカーを上げた。


 その後姿を、アンポンタンが嫌そうな顔で見つめている。そういえば、同じ1年同士なのに室内に入っても距離を取って、どこか余所余所しい。まあ、競争社会だし? ポジションの奪い合いでイジメにでも遭ってるのかも知れないと、下衆に勘ぐっていたら、カチカチと音を立てて、玄関の蛍光灯が白い光を発した。


「それじゃ、掃除している間に、上の階も換気しちゃいましょう」


 と言うことで、半々に分かれて仕事を始めた。野球部の5人が1階でモップがけをして、生徒会の3人と、松本とナイトを加えた5人が教室の窓を開けていく。もちろん、担任教師はまったく働こうとしない。


 上階へと上がろうと階段に差し掛かったら。通りすがりのナイトに対し、珍しそうな声を上げてユッキーが声をかけた。


「あら、あんたも来たの?」

「あ、はい。こんにちわ、立花先生」


 普段ならちゅーすとか、うすとか返事になってない返事を返すのに、いつもとは違って丁寧なナイトの横を通り過ぎて、藤木は二階に上がり次々と窓を開閉していった。


 旧校舎の細長く延びた校舎の中には、中央に一つだけ階段があり、後はそれぞれの階の東側に非常口が置かれて、外階段があるという構造だった。各階は中央階段を中心に左右対称に教室が置かれており、その窓を開けるわけだから、自然に東半分、西半分と言った具合に担当が別れた。


 生徒会3人は東担当で、1階は職員室やら保健室など、2~3階は普通の教室、4階は特別教室などがあり、それぞれの窓を開け放して回った。流石に人数の違いから、東側の窓開けのほうが早く進み、先に4階までやってきた藤木たちが窓を開けきって、西側の手伝いに向かうと、西側一番奥の教室の前で、松本がガチャガチャとなにかやっている。


「どうしたんだ?」

「いや、ここだけ開かなくってよ。鍵がかかってるみたいだ」


 人が変わってもどうこうなるわけでもないのだが、藤木が変わりにガチャガチャやっていると、今度は中沢がやってきて、


「音楽室か。新校舎でも盗難避けに普段から鍵がかかっているな」


 と言うので妙に納得し、別に全部の教室を開ける必要もないだろうと、その場を後にした。


 

 1階へ戻ってくると、廊下をモップがけし終えた野球部員が、このあとどうしようか? どの教室を使う予定か? と聞いてくるので、そんなこと自分たちには関係ないので好きに決めろと、話し合いを見守ることにした。


 バスに荷物を積むのに楽そうだから、外へ出る扉のついてる教室がいいだろうということで、職員室と保健室が候補にあがり、なんとなく清潔そうだからという理由で保健室を使うことが決まった。


 保健室の扉を開け放して外へ出ると、それじゃ、早速荷物を運び込んじゃいましょうという流れになり、


「え? 俺たちも手伝うの?」


 そこまで手伝う義理はないと渋りはしたが致し方なし、日が暮れる前にさっさと済ますことに。


 窓開けやモップがけはともかく、野球部の備品と言えば、ピッチングマシンやら組み立て式のバッターケージやら、重そうなものばかりが想像できる。流石に力仕事が過ぎるから、猫車くらい借りられないか? と話してあっていたときにふと思った。


「そういや、おまえら遠征用のバスって学校備品だよな?」


 荷物の移動用のマイクロバスは、大学の駐車場にいつも置かれているそうだ。普段は監督か、ボランティアを買って出た誰かの家族が運転して、部員たちは公共の交通機関で移動するらしい。鍵は職員室で管理されてるはずだと言うので、


「そしたらユッキーに運転頼もうぜ」


 人力で運んで、体を壊してしまっては元も子もない。それに楽できるし……と言うわけで、立花倖に頼もうと、藤木は松本と連れ立って、昇降口の階段でダラダラしている彼女の元へとやってきた。


 うつらうつらと船を漕いでいた倖は、藤木たちが近づいてくると、びくりと体を震わせてよだれを拭い、寝てないアピールをした。別に取り繕わなくても誰も期待していない。とまれ、かくかくしかじかと言うわけで、先生の力が必要なのですと言うと、


「仕方ないわねえ……」


 と、まんざらでも無さそうな顔で立ち上がった。働きたくもないけど、退屈もしたくないのだろう。この人はいつかきっと立派なニートになれる……


 そんなことを考えつつ、3人が校舎から出ようとしたときだった。


 ジャーン! ジャーン! ジャーン! ジャンジャンジャンジャン!


 っと、階段の上の方から、ただ音がデカいだけの不協和音が校舎中に響き渡った。ピアノの鍵盤をただ闇雲に、グーで叩きつけただけのように聞こえる。


「……うっさいわね。誰よ」

「ピアノの音か? そういや、音楽室ってあったっけ」


 確かにあった。あったけど、それはおかしい。


「つっても、鍵がかかってて入れなかったろ。それに、俺たちずっと一緒にいただろうが」


 11人しか居ないのだ。点呼を取るまでもなく、誰かが欠けたら一目で分かる。


 とりあえず、玄関から出て上階を仰ぎ見て確かめると、西側の一番奥の教室、音楽室の窓もどうやら開いているように見えた。


「藤木」


 保健室に残してきた面子がぞろぞろとやってくる。中沢は、校舎を見上げる藤木たちの視線を確かめると、


「誰かいるようだ。確かめた方がいい」


 大方、生徒のいたずらだろう。鍵が掛かっていたのは、中に何者かが居たからに違いない。しかし、その何者かとは何者なのか?


 本日、市内の学校は軒並み警察の要請で集団下校ないしは、早期閉鎖を求められている。


 まさか、そんなわけはない……そうは思いつつも、少し嫌な予感がした藤木は、そう言えば確か董家がバットを持ってきてたなと、昇降口に立てかけてあるはずのそれを探した。


「……おい、董家」

「なに?」

「おまえ、バット持って来てたよな?」

「ああ……って、あれ?」


 見るとそこには、ペチャンコになったバットカバーだけが残されていた。中身は一体どこへ消えてしまったというのか?


 藤木たちは顔を見合わせた。


 気にしすぎだとは思うが……


「とりあえず、俺と松本と石庭と……あとナイト、おまえもこい」

「うす」


 音楽室の様子を確かめに、ガタイがいい連中をピックアップして階段へ向かう。


「あたしもいくわ」

「ユッキーはいいよ。何もないと思うし」

「何も無いなら、それでいいでしょう。それに、勘違いしちゃ困るわよ。何かあったときに、あたしが居ないのがまずいのよ」


 教師と言うのも損な役回りである。


 そうと決まれば話は早い。藤木たちはそれ以上何も言わず、無言で階段を上っていった。


 RPGのように一直線に並び、ぞろぞろと4階の廊下までやってくる。西側最奥の教室に、別段変わった様子は見受けられない。わざと足音を立てて扉の前まで来ると、誰が確かめるか? と目配せしながら、最終的に藤木がドアノブに手をかけた。


 カチャカチャとまわしても、扉は開こうとしなかった。


「やっぱ鍵がかかってるわ。どうする?」

「隣の教室から窓伝いに回り込んでみたらどうだ」

「アホか。落ちたらどうすんだ」

「じゃあ体当たりで開けるっつーの? ドラマじゃないんだぜ」

「あ、そういえば……」


 倖がふと何かを思い出したように、上着の胸ポケットに手を入れた。出してきたのは、真鍮のどこにでもありそうな有り触れた鍵である。


「1階で掃除してた子が、拾ったって持ってきたのよ」


 それが都合よく音楽室の鍵であるとは限らないが……とりあえず、試しに鍵穴に差し込んでみたら、カチャリとはまった。まさかなあ……と思いつつ、捻ってみると、今度はコトリと音がして、鍵が外れた。


 全員の視線が集中する。


 ドアノブを握っていた手前、藤木が開けるしかなくなった。しかし、正直なところ、この役は誰かに変わって欲しい。


 いや、気にしすぎなのだ。きっとただの生徒のいたずらだ。学校帰りに自分たちを見つけて、ちょっとおちょくってやろうと、中に入ったらヘラヘラした顔の生徒がいて、ごめんなさいしてくるはずだ……


 藤木は最後に深呼吸をすると、普段どおりの何気ないしぐさで部屋の扉を開いた。


 音楽室の窓は全て開かれており、取り残された暗幕がたなびいていた。


 生ぬるい風が通り道を見つけたと言わんばかりに、ビューッと耳障りな音を立てて、ドアの隙間を通り抜けていった。


 その風に煽られたのだろうか。カラカラと音を立てて、金属バットが転がってくる。


 ツンとした、鉄分を含んだ嫌な臭いが鼻を突く。


 西日の差し込んだ音楽室は蒸し暑く、逆光に照らされ黄金色に輝いて見える。


 床はバケツをぶちまけたかのように、水溜りが広がっている。まるで湖のように広がるそれの中心で、何者かがうつ伏せに倒れていた。


 太陽光と、角度の問題で、真白くキラキラ輝くその液体は、多分、近くでみたらヘモグロビンの、真っ赤な色をしていることだろう。


「それ見たことか……」


 唖然として佇む藤木の隣で、立花倖の呟きが聞こえた。多分、風が運んでこなければ聞こえないはずの、それくらい小さな呟きだ。ぎょっとして振り返る。その顔はまるで能面のように表情がなく、酷く冷徹に見えた。


 

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