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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
2章・がんばれがんばれ
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間違いなくお前の子供だ

「おめでたです」


 倒れ伏す母親を助けるべく、救急車を呼んだ藤木は、取るものも取りあえず救急車に同乗すると、不安げな母親の手を握って、必死に大丈夫だと呼びかけた。顔は真っ青を通り越して、土気色しており、ガビガビになったゲロの跡がほっぺたにこびり付いて、今にも死にそうに見えた。


 しかし、病院についてオロオロとうろたえる藤木が通されたのは、産婦人科だった。


「……え? うそ。だって凄い苦しそうだったんすよ? え? マジで? マジでおめでた? 何であんなにゲーゲー吐くの?」

「それは妊娠悪阻(にんしんおそ)ですね。いわゆるつわりなのですが、症状が重すぎて、奥様は脱水症状を起こすとこまで来ています。こうなると、タダのつわりと言うわけにもいかず、処置が必要になります」

「はぁ……そんなことがあるんですか……あと奥様じゃないから。さらっととんでもないこと言うんじゃない」

「ええと、ご出産の経験は? ……今回で二回目ですか……経産婦でも、初産より症状が重くなる人もいるんです。まあ、そんなに心配するほどのものではありませんが、旦那さんまだ若くて奥様も高齢出産のようですし、一応念のために点滴打っておきましょう。今日は泊まっていきなさい」

「だから違うって言ってんだろ」

「ダーリン、恥ずかしがらないで。愛さえあれば年の差なんて関係ないのよ」

「おめえは俺を社会的に殺す気かっ!」


 ベッドの上でぐったりとした母親が悪乗りする。顔は死にそうだが余裕があるじゃないか……心配して損したと、プリプリしながら藤木は病室から出た。


 取りあえず、入院の用意をしないといけないが、どうすればいいかよく分からない。戸惑っていると看護師がやってきて、入院費用や保険証のこと、着替えとタオルを用意するようにと教えてくれた。帰りは夜間用出入り口があるから、そこを使ってくれとのことである。


 家に帰るとソワソワとした顔をした天使が出迎えてくれた。母親を救急車に乗せるとき、一緒についてくると言っていたが、父親と連絡をつけなくてはいけないので、残っているように指示した。帰り際に電話で母親の症状を伝えると、ほっとした様子で、


「あとは任せてくださいにゃ。お母さんにはポチがついてますにゃ」


 と言う。


「いや、それは悪いだろう。一応、娘ってことになってるけど、本当なら赤の他人なんだし」

「何を今更遠慮することがあるんですかにゃ。それに、藤木さんはお母さんの下着とか探してもってけるかにゃ?」

「……俺もブラに興味津々なお年頃だけどね。母ちゃんの見たら多分吐くわ」


 と言うわけで、病院の付き添いは天使に任せることにした。そうと決まると、彼女はテキパキと入院の用意をして、呼んでおいたハイヤーに乗って、病院へ向かった。


「そういや、さらっと二人目っていってたけど、ポチと俺とどっちを産んだことになってんだろ……」


 母に聞いたら、きっと天使と言うに違いない。


 甲斐甲斐しい姿を見送ってから、ゲロ塗れのトイレを掃除しようとしたが、恐らく天使がやってくれたのだろう、とっくに綺麗になっており、消臭剤の臭いがプンプンとしていた。


 そういえば、夕飯を食べていないことを思い出して、コンビニへと買出しへ出かけた。あの光景を見たあとだからあまり食欲はなかったが、片づけを免除されただけでも幾分マシである。適当にカップめんを買って家に帰ると、リビングの家電話がプルルルっと呼び出し音を鳴らしていた。


 藤木は靴を履き捨てると、急いで電話に出た。


「もしもし。親父か!?」

「やあ、藤木君。留守電を聞いたのだけどね、何があったのかな?」


 救急車を待ってる最中、父親の携帯に電話を入れておいた。まだ何が起こっているか分からなかったので、とにかく大至急連絡を寄越せとしか言っていない。父親はいつも通り、どこかのんびりとした口調でいる。


 少しいらっとしたが、ここはボケる必要もないだろうと、藤木は気を取り直し、かくかくしかじかと父親に事の次第を説明した。


「つーわけで、おめでただと。いやもう、ホントびびったわ。何がびびったって、あんたら、その年で中出しセックスすんの? あー! いい、いい! やっぱ答えなくて。いま想像しそうになった。あと、自分の息子を苗字で呼ぶな」


 父親は、じっと話を聞き終えると、普段とまったく変わらないトーンで、それはめでたいと一言いってから、


「うーん……気をつけてはいたのだけどね。寧ろ、着けていたのだけど。そうか。出来たか」

「ああ、出来たよ。身に覚えがあんだろ」

「そうだな……例えばこのあいだ、オナホが汚れるのを嫌ってコンドームを装着してやってたんだけどね、破れて台無しになってしまったんだ。お父さん、初潮を迎えた少女のように、夜中に泣きながらオナホを洗ったんだけど、それに似ているかも知れない」

「いやいや、オナホを例えに持ち出すなよ。あと、そんなもん携帯して職質あったらどうするんだ。俺は迎えに行きたくないぞ」

「ところで、本当にお父さんの子供なのかな。肌の黒い子供が生まれたりしない?」

「恐ろしいこと言うんじゃないよ。あとハアハアするな」


 そろそろ、実感が沸いて来たのか、父親はぶつぶつと自分に言い含めるように呟いた。


「しかし、妊娠か。そうか、妊娠か……いやいや、お母さんとも大分ご無沙汰だったけれども……これでますますオナニーが増えるな」


 その呟きは明後日の方向であったが。


「頼むからよ。そういう返答に困るようなことを息子に言わないでくれ。あと、いい加減そう言うのから卒業してくれよ。いくつになったんだよ、あんた」

「いやあ、40年近くオナニーしてるけどね。飽きないね」

「ぶっちゃけんなよ! もっとオブラートに包めよ! まあ、考えようによっちゃ、性犯罪に走ったり、海外で買春ツアーしたりするよりゃ、よっぽどいいけどよ……つか、そう考えても見りゃすげえよな、オヤジどもの性欲は。あんたらが中高生のころは、曲げた指をケツに見立てて抜いてたって本当? その経験が培われてるのかね」

「流石にそんなことはなかったけれど、今と違ってエロ本の質が悪かったから、工夫が必要だったのは事実だな。エロ本よりも週刊誌の巻頭グラビアの方が使えたと思うよ。あとは想像力で補うんだ……いや、懐かしい。あのころはオセロ中島がまだ現役だった」

「今でも現役だよ」

 

 若い頃のことは知らないが。


「そういえば、今の若い子達はエロ本だけじゃイケないそうだね。なるほど、少子化にもなるわけだ。ネットに繋げば刺激的な写真がいくらでも転がっているものな。そういえば、すき家の店員の店内露出画像を見たけれど、いや、驚いた。これも今の子たちが普通の刺激では飽きたらなくなってしまったと言う証拠なのだろうか。厨房でもオナニーがしたい!」

「闇の炎に抱かれて逝ってしまえ!」

「でも、現実の女の子も良い物だよ。藤木だって好きな子の一人くらい居るのだろう?」

「ええっ? うーん……最近、好きとか嫌いとかよく分からなくなってきたよ。相手がどう思ってるかとかじゃなくって、自分がどう思ってるかがよく分からん」

「精巣が枯れ果てた老人みたいなことを言うなあ」

「あんたに言われると、すげえむかつくね。つっても、分からんもんは分からんよ……どうすりゃあ、好きってことが分かるんすかねえ」

「ふむ、お父さんが若かった頃は、好きな子のことを考えているだけで、一日があっという間に過ぎ去ったものだけど」

「ふーん。そういうもんすかね」


 父親ははあ~と溜め息を吐いて、


「まだまだ若いのに、深刻だなあ。それじゃあ恋愛的にリタイア寸前の藤木君に、お父さんがいいことを教えてあげよう。そういう時は、じっと目をつぶって、相手の顔を思い浮かべるんだ。そして胸に手を当て、よーくその人のことを考えてごらん……」

「お、おう」

「クンニ出来るかどうか」

「……あんた、天才だな」

「そうだろうとも」


 分かる。分かるよ。嫌いな相手にクンニなんか出来ない。そうか……自分は朝倉もも子のことが好きだったんだな……先輩、愛おしい……あれ? でもなるみちゃんもクンニ出来るぞ……小町だって可能だ。どういうことだ。


 やっぱ何の役にも立たないじゃないかと呆れていると、父親がぽろりと変なことを言い出した。


「と言ったところで、藤木君。少し頼まれてはくれないか。私の書斎に入って右手の棚の上から三段目の引き出しの奥にだね、小さな金庫が閉まってあって、その中には私の遺言状が入ってる。鍵も一緒に置いてあるから、後で確認しておいてくれないか」

「はあ? なんだよ、藪から棒に。遺言状? そんなの作ってたの?」

「うむ。万が一のことがあってはいけないから、普段から懐に忍ばせているのだけどね、写しを一枚、そちらに残してあるんだ。私は用意を怠らない主義でね」

「……いやいや、用意を怠らないとか、どうでもいいから。なんで急な出張ごときで、そんなもんが必要になんだよ」

「だって藤木君、私は今、あの広島にいるんだよ? もしかしなくても、万が一のことがあるかも知れないじゃないか。新しい命も授かったと言うのに……」

「アホなこと言ってると、広島県民に怒られるぞ。まるで紛争地帯みたく言うなよ」

「しかしだね、藤木君、熱狂的愛国主義者(あかへるぐんだん)とか、流れ弾とか、ラーメンにとんかつが入ってるんだよ? ……道行く人々が、みんな菅原文太みたいな言葉でしゃべるし。あと熱狂的愛国主義者(あかへるぐんだん)とか」

「お、おう。なんか不安になってきた。つーか、なんでラーメンにとんかつ入れちゃったんだろう。それ、深夜帯に売り出していい代物じゃないぞ」

「そうだろうとも。危機を感じざるを得ないだろう、主にBMI的に。と言うわけで、お父さんは今日もホテルに缶詰だよ」

「あんた、前も関西でそんなこと言ってたな。よっぽど億劫ってんなら、無理にとは言わないけどよ。気晴らしに外出でもしてきたらどうなのかい。馬鹿なこと言ってないでよ」

「ふむ。そうしたいのは山々なのだがね。繁華街に出るにも電車で30分揺られなければいけない現状で」

「また酷いとこ泊まってるな」

「AVの種類は豊富なのだが」

「ラブホかよっ! なんちゅーとこに泊まってんだ、あんたは!」

「いやいや、ちゃんとしたビジネスホテルだよ。ただ、朝食でロールパン一個とポッキーの小袋が出てきたときは、お父さん思わず、え? って、聞き返しちゃったけれども。ポッキーの箱じゃないよ。小袋が一つだよ?」

「……マジでどんなとこ泊まってるんだ。大丈夫なのか?」

「ふむ。壁は結構しっかりしているようだな。隣の人がハアハア言ってる声は聞こえない」

「ハアハア言うのはあんたの方だろう……なんか不安になってきた」

「ところで、ふと思ったのだけれどね。メイクラブするためのホテルがラブホなら、オナニーするためのホテルは、なんと言えばいいのだろうか」

「知らねえよ! ビジネスホテルだろっ! 自分で今そう言ってたじゃねえかっ! ったく……用事も済んだし、そろそろ切るぞ」

「ふむ。今日は大変だったね。私も明日は出来るだけ早く帰ることにするから、それまでお母さんのことをよろしく頼む」

「ああ、もう別に急いで帰ってこなくてもいいぞ。あんたが居なくても、まったく困らないということが、この数分間でよく分かった気がするよ」

「つれないな、藤木は。お父さんだって、やれば出来る……ヤレば出来」


 ガッチャン! と返事も待たずに受話器をたたきつけた。


 ストレスのボーダーが振り切れて、地球一周してきたくらいに、疲れがどっと押し寄せてきた。


 もはやカップめんすら作るのも億劫になり、藤木はコンビニの袋を放置して、父親の書斎へと移動した。


「部屋に入って右手にある戸棚の上から三番目……あったあった、これか」


 引き出しを開けると中には手持ち金庫がポツンと置かれていた。というかそれしか置かれていない。鍵穴にはご丁寧に鍵が刺さっており、セキュリティの概念を著しく冒涜していた。


 遺言状とはなんじゃらほい? と早速中身を開ければ、なにやら見慣れぬ箱が一つ、


「人生が変わる0.02ミリ……って、コンドームかよっ!!」


 迷わず金庫ごとぶん投げた。


 息子をいじくることにかけては天才なのか? あの男は……


 ぶちまけた箱から中身が飛び出してしまい、藤木は遣る瀬無い思いを抱えつつ、仕方なくそれを回収して回った。12個入りと書いてあるその箱の中身は、9個しか入っておらず、気分をよりいっそう暗くさせた。


 親父よ、喜べ。間違いなくお前の子供だ。ちなみに両親はアラフィフである。


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