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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
2章・がんばれがんばれ
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晴沢ちゃんを見かけたの

 5限の授業が始まっても、昼休みに流れた防災放送を気にして、教室中の生徒たちがそわそわと浮き足立っていた。基本的に女生徒が多い学校で、凶悪犯が近所に潜伏しているかも知れないと言われたら、そりゃ気にするなと言うほうが無理である。


 6限の途中で教師が授業を打ち切り、下校を促す緊急集会が催されることを告げると、ホッとしたのかそれとも不安からなのか、普段よりもやけに大きなざわめきが校内のあちこちで起こった。


 講堂に集められた全校生徒に、寄り道をしないで下校するよう短いスピーチを校長がして、学年ごとの連絡事項をいくつか通達したあと生徒は学校から解放され、三々五々帰宅の途についた。生徒会役員は教師と一緒に、校内に残る生徒の追い出し作業を行ったのだが、中沢と白木が何も言っていないのに当たり前のように加わっていた。何しろ臨時なので人手が足りないので、正直助かる。


 その後、生徒会室でお茶を飲んでいたら野球部のキャプテン松本がやってきて、野球部も練習が無くなったが、話し合いの方はどうするのだ? と言ってきた。意外と律儀な奴である。即決するつもりは無かったが、取りあえず昼休みに話し合っていた案を、中沢が説明すると、野球部としてはもう機材が置ければ、あとは何だっていいくらいに思っていたらしく、それじゃそういうことでと言う流れになった。藤木のときとは偉い態度の違いである。


「あと、出来ればロッカーくらい置かせてほしいんだけど」


 現在は貸しきり状態だから、別に校舎の男子更衣室でも構わないのだが、やはり自分たちの個人ロッカーが欲しいらしい。しかし、


「あんたたち、女子中学生しかいない校舎で全裸になれるの? すごい度胸ね。って言うか、汗臭い男たちの私物なんて置かせられるわけないでしょう。ポリ袋にでも突っ込んでおきなさい」


 提案は品川みゆきににべも無く却下された。付き合い始めて段々分かってきたが、意外とこの人は歯に衣着せない。江戸っ子気質である。


 しゅんとしょげ返る松本に同情しつつ、だったら高校の旧校舎を開放して貰えるよう学校に掛け合ってみようと言うことで、話は終わった。


「しかし、旧校舎は今年度中に取り壊しが始まる予定だから、一次しのぎにしかならないぞ」

「そしたら今度こそ中学の方に移せよ。生徒いなくなるんだから。つーか、これ以上は理事会にも突っ込んで聞かないと、もうどうしようもないぞ」


 それに、野球部は学校の宣伝効果を狙って、理事会の肝いりだったはずだ。なんか丸投げされてしまったが、こっから先は彼らの仕事である。


 話し合いが終わって、まったりとした空気が流れかけたが、ダラダラとしているわけにもいかない。自分たちもさっさと下校しようと席を立ちかけたが、タイミングが悪いと言うか、ザーッと大きな音を立てて、集中豪雨のような雨が降り始めた。


 最近は日も長くなり、まだまだ日中という時間帯であったが、気づけば空は黒い雲に覆われて、辺りは薄暗くなっていた。バスに乗ってしまえば一緒であるが、学校の目の前にあるバス停に、歩いて行くまでがどうにも心細い。自分は男であるから我慢するしか無いが、会長と白木をどうしようかと考えていると、当然といった感じに中沢が言った。


「先輩方は、うちの車でお送りしましょう。今、家人に連絡を入れますので」

「え、いいよいいよ」


 品川みゆきが断ろうとするが、


「送ります。危険ですから」


 と言って、強引に会話を切り、運転手らしい人物と電話でやり取りしはじめた。


 こういうのは金持ちのイケメンだから許されるんだよな……と指を銜えて見ていたら、同じく羨ましそうな顔をして見ていた松本と目が会った。


「そんじゃ、俺らはこれで……」


 にこやかに手を振る白木に挨拶し、二人でトボトボと廊下に出た。なんとなく親近感が湧いたが、それでも仲良く肩を並べて歩くほどではない。しかし、行き先は共に同じバス停である。会話も無く気まずい雰囲気のまま靴音が廊下に響き渡る。お互いに歩調を合わせないようにして歩いていたら、なんだか奇妙なステップを刻むどこぞの部族みたいな動きになってきた。端からみたらきっと仲良さそうに見えるんだろうな……


 などと考えていたら、その足音が思いの外うるさかったのだろうか? ガラガラと職員室の扉が開いて、中からひょっこりと学年主任が顔を出した。


「あなたたち、いつまで校内で遊んでいるんですか。早く下校しなさい」


 やっぱり遊んでるように見えますか……ええ、そりゃもう、今まさに帰るつもりでしたよと、会釈して立ち去ろうとすると、


「あ、藤木君は少しいいでしょうか?」


 藤木は学年主任に呼び止められた。


 あまりよろしくは無いが、この気まずい空気から逃れられるなら何でもいい。「それじゃな」「おう」と短い挨拶を交わし松本と別れ、藤木は学年主任の元へと足を運ぶ。


「あなた、立花先生を見かけませんでしたか? 校内の見回りのあとから姿を見かけないのですが……」


 マジか。あの人のサボりも堂にいったものである。


「いいえ、見かけませんでしたよ。もしかして帰っちゃったんじゃないですか?」

「いえ、荷物が置きっぱなしなので、まだ校内に居ると思うのですが……心当たりはありませんか?」

「はあ、ないことはないですが」

「申し訳ないけれど、確かめてきてもらえないかしら。何も無いと思いますけど、もしも万が一、事件に巻き込まれたりしていたら大変ですから」


 こめかみにピクピクと青筋が立っているのを見ると、何かあるとはちっとも思って無いだろう。もちろん、藤木自身も思ってない。


 藤木は分かりましたと承諾すると、立花倖を探しに来た道を戻った。


 思い当たる場所といえば、部室か電算機室くらいのものである。場所的に電算機室の方が近いので、生徒会室を通り過ぎて、階段を上り最上階へとやってきた。辺りは暗く、人っ子一人いない廊下に雨のノイズが響いて、かなり薄気味悪かった。まだ日は暮れてないと言うのに、窓から見える大学の校舎にポツポツと明かりが灯っている。


 電算機室は真っ暗で、とても誰か居るような雰囲気ではなかった。見当違いかと踵を返しかけたが、取りあえず駄目元で引き戸に手をかけてみると、カラカラと小さな音を立てて開いた。電算機室は高価なパソコンが置かれてるだけに、普段は鍵が掛かっている。つまり、誰か居るということだ。


 藤木が室内へと足を踏み入れると、真っ暗な部屋の片隅で、モニターの明かりにボーっと浮き上がる、立花倖の白い顔が浮かんで見えた。居ると分かっていなきゃ、軽くホラーである。以前も二度ほどここで見かけたが、一体彼女は何をやってるのだろうか。


「……あら、藤木。パソコンは思ったより高額では換金出来ないわよ。なかなか売れないし。何より嵩張るから、他をあたりなさい、他を」

「あんたが俺のことをどういう目で見ているのか、良く分かったよ」


 倖は室内に誰かが入ってきたことに気づくと、一瞬険しい表情を見せたが、相手が藤木であると分かると、軽口を叩いてきた。雨の音に負けじとキーボードを叩く音が響いている。何かの作業中であるのだろうか、それとも藤木に見られないように、それを閉じている最中なのだろうか。


 邪魔するつもりはないので、藤木はその場に立ち止まって言った。


「学年主任に頼まれたんだよ。ユッキーのこと探して来いって」

「ええ? 学年主任? なによ、私ちゃんと仕事してるわよ?」

「いつまで経っても見回りから帰ってこないって言ってたぜ? 俺も参加してたけどよ。あれからずっとここに居たのか」


 倖はちらりと時計を見て、


「……やばっ、もうこんな時間? ああ~……まずったわね」

「なにをそんなに夢中なんだか知らないけどよ、何もこんなときにやらなくても良いんじゃねえの。学年主任も心配してたぜ」


 一応、表面上、立場上仕方なく、ではあるが。


「なによ、こんなときって」

「なにって、凶悪犯がうろついてるんだろ。うっかり出くわしたらどうすんだよ」

「はっはは! それは素敵ね。是非、会いたいわ。一度、人を殺してみたいと思ってたのよ」


 突然、何を言い出すんだ、この人は? ……普段の彼女とは違って、何か殺伐とした空気を背負っているのを感じ、藤木は言葉に詰まった。電気も点けずにこんな場所で、正直気味が悪い。


「……おいおい」

「こういうのも正当防衛になるのかしらね。どう思う?」


 気の利いた返事はないかと頭を捻っていると、倖はふっと表情を和らげて言った。


「冗談よ」

「ああ、そうかい。学年主任にも同じこと言ってみな」

「いやよ。あの人、冗談通じないんだもん」


 ぶっちゃけ、藤木も冗談には思えなかったのだが……下手に突くと何が出るか分からない気がして黙っていた。沈黙は金である。取りあえず、学年主任の頼みは聞き届けたので、藤木は彼女に背を向けた。


「それじゃ、せいぜい殊勝に怒られてくるんだな。俺は帰るぜ」

「藤木」


 呼び止められて振り返ると、カリカリと言うハードディスクの音が響いたあと、プツンとパソコンの電源が切れて、辺りが真っ暗になった。倖は私物のポーチを手に取ると、椅子から立ち上がり言った。


「雨降ってるし、送っていってあげるわ。あんたちょっと待ってなさい」

「はあ? 送ってもらうって……相合傘でもするってのかい」

「なに気色悪いこと言ってるのよ。車よ車」

「あー……あんた、自動車通勤だっけ」


 元々お嬢様学校で自動車通学が多く、職員も禁止されていない。大学の方にでっかい駐車場があって、まだ学生も職員も少ないせいか、止め放題であるらしい。この学校に就職した理由の一つだと、以前、朝のホームルームでベラベラ喋っていたのを思い出した。


「そりゃいいな。お言葉に甘えよう。どこで待ってりゃいい?」

「それなんだけど、さっき部室棟を見回りに行ったときね、晴沢ちゃんを見かけたのよ。送ってくって約束したんだけど、うっかりしたわ。大分待たせちゃったわね。あんた、先に行って相手しててくれないかしら」

「はあ!? それを先に言えよ、あんた何してくれてんだ!」


 中学生女子、それも変質者が見かけたら10人が10人ともセクハラせずには居られないような、とびきりの美少女である。そんな子を誰も居ないであろう部室棟で、一人待たせるなんざ、人間のすることではないだろう。藤木はなるみの身を案じて、全身が総毛立った。


「鬼! 悪魔! ユッキー! あんた本当に教師かよ! 俺は先に行くぜ、それじゃなっ!」

「はいはい、よろしくね」


 藤木は宣言すると、倖の返事を待たずに電算機室を飛び出していった。ダンダン! っと、階段を三段抜かしで飛び降りていく音が響いてくる。


「凄い勢いね……私がピンチでも、あんな風に駆けつけてくれるのかしら」


 彼女は独りごちると、戸締りをして電算機室を離れた。


 窓の外を眺めていたら、校舎から飛び出していく藤木の姿が見えた。傘も差さずにマッハである。


 雨脚は強さを増して、もはやちょっとやそっとじゃ止みそうにはない。少なくとも夜半までは降り続けるはずだろう。心なしか、風も強くなってきた。ピューっと、横風が吹き、ガタガタと窓を揺らす。雨粒が窓を叩き、景色が滲んで、もう外の様子は窺えない。


 この雨が、逃げ回る凶悪犯にとって、恵みの雨にならなければいいけど……


 先ほどまで侵入していた新聞社のデータベースの情報を頭の中で整理しながら、立花倖は職員室へと足を向けた。

 

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