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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
2章・がんばれがんばれ
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やったぜ補習がなくなった

 仇敵、中沢と連れ立って部室棟の四階へやってくると、たまたま居合わせた弱小クラブの面々が色めき立った。決して数は多くは無いが、サバゲーに参加した者もいたので、難癖付けにきたのではないかと、警戒しているようである。もちろん、そんなことは無いので大丈夫ですよと言うのであるが、表情が優れない。


 そんな中、茶道部の白木さんが、「ごきげんよう」といつものようにニコヤカに挨拶してきた。彼女はなんやかんや中沢とも面識があるので抵抗がないのだろう。


 一体何が気に入ったのか分からないが、あの事件以降彼女は積極的に絡んでこようとしてくる。いわゆる男女間に芽生える恋心と言うやつではなく、友情とか敬意といった感じの好意を寄せてくるので、なんと言うかこそばゆい。そんなわけで、当初は藤木と共に生徒会の雑用を買って出ようとしてくれたのだが、しかし致命的なまでに彼女は仕事が出来なかった。頑張れば頑張るほど仕事を増やすというようなタイプなのである。


 三年生で受験もあるからと遠まわしにお断り願ったが、今でも時折生徒会室へやってきて、お茶汲みやコピー取りを嬉々としてやっていた。おそらく、仕事にも受験にも無縁なのだろう。お嬢様とは本来、こういう人を言うのかも知れない。


 軽く挨拶を交わしてから部室へ行くと、先行していた晴沢成美がパーティションの前で躊躇していた。その肩越しに中を覗き込むと、パイプ椅子に腰掛けて窓枠で頬杖をつく朝倉と、廊下の隅っこの壁に背もたれながら腕組みしている馳川小町の姿が見えた。お互いに明後日の方向を向いていて、やたら険悪な雰囲気である。


 藤木がパーティション内に足を踏み入れると、それに気づいた朝倉が、ぱっと表情を輝かせたが、後ろに続いている中沢に気づいて、目をぱちくりして戸惑った。


「げっ……中沢」


 小町に至っては嫌がる素振りを隠そうともしない。元々は学校内ヒエラルキーに逆らうつもりがなく、目立たないように金持ち連中とも協調していた小町だったが、例の事件で鬼のような身体能力を見せ付けてからメッキが剥がれた。


「いや、ちょっとこいつに用事があってね。連れてきた」


 ギクシャクするのも嫌なのでフォローを入れると、そんなことお構いなしといった感じに朝倉が藤木の腕を取って、弁当箱の置かれている長机へと引っ張った。いや、好意を寄せている男の前なんだから、自重しようよ……などと思いつつ、鼻の下を伸ばしていたら、


「ちょっと、あんた。その手を離しなさいよ」

「もう、馳川さん邪魔だよー」


 小町の蹴りが飛んできて思わず仰け反った。彼女は朝倉と藤木の間にグイグイと、物凄い力で体を割り込ませた。屈強な男でもない限り、この力に抗うことは難しい。非難がましい声で抗議する朝倉を無視して、小町はふんっといった感じの憮然とした表情で椅子にふんぞり返る。


 結局、朝倉、小町、藤木の順番に並んで腰掛けると、


「モテモテですね、先輩。私もその内、藤木ハーレムの一員になっちゃうんですか」


 苦笑しながら後輩が対面に座った。ハーレムなんて滅相もない。寧ろ君となら一生を添い遂げてもいい……などと軽口を叩こうものなら、外で聞き耳を立ててる連中にたこ殴りにされそうだから黙っていた。


 そもそも、なるみは勘違いしている。


 こんなことで藤木と小町がどうこうなるのであれば、とっくの昔にそうなっているはずだ。小町がこうして邪魔してくるのは、単に朝倉のことが気に食わないからだろう。歯切れが悪くて色々と翻弄されたし、何より巨乳だから。


 幼馴染という関係は、そんな色っぽいものではない。もしも藤木と小町がくっつくようなことがあるとすれば、それは十年くらい経ってもお互いに相手がいなくて、それじゃあそろそろいいかな? と、そんな妥協にも似た感じでならと言う但し書きつきだ。しかも、そんな未来は決して訪れない。


「で、今更なんの用があるっての? あんたたちの間で」


 弁当箱を開いておかずの交換をしながら、小町がぶすっとした声で言った。主になるみの高そうな弁当を狙っていたが、仲違いしているわりには、ちゃっかり朝倉ともおかずも拝借している。


「ん……ああ、ほら、前から言ってた野球部のやつ。やっと松本引っ張り出せたんだけどよ、そしたら中沢も呼んで来いって言っててさ」

「なにそれ。あんたたち裏取引とかしてたんじゃないでしょうね」

「……君たちは本当に仲がいいな。同じことを藤木にも言われた」


 小町はバツが悪そうに顔を背けた。


「まあ、孤立無援だから味方が欲しいだけだろうよ。あいつ、なんか俺のこと凄い警戒してるし」

「あの……それで、部室はどうなるんですか? やっぱりどきなさいって言われちゃわないでしょうか。空いてる部屋はもう無いんですし」


 少し不安げになるみが言った。しかし藤木は首をふるって、


「いや、空き部屋ならそこにあるじゃん」


 と言って、今まで本棚に塞がれて、存在が知られていなかった空き部屋を指差した。


「って……いいんですか? 使っちゃっても」

「中の人に直接聞いたもん。いい加減に私物持って帰れよっつったら、じゃあそっちで処分してくれってさ」


 肉体労働なんて冗談じゃないので断ったのだが、それじゃ便利屋でも雇ってくれと1万円渡してきた。ルンペンみたいな生活をしているが、やはり金持ちである。もちろん、その金は便利屋であるところの藤木がいただくことにした。


「なるほど、そんなことを考えていたのか……」


 下座にパイプ椅子を引っ張り出してきて、手持ち無沙汰にしていた中沢がぽつりと呟くように言った。


「しかし、それでは野球部にゴネられて終わるだろうな」

「どうして?」

「まずは単純にキャパの問題。それから4階というアクセスの不便さも嫌がるはずだ」


 おかしなことを言う。それだったら、そもそも藤木たち弱小クラブが追い出される理由がなかったではないか。


「元々、野球部はここの1階を所望していたんだ。それで、そこに入っている女子の運動部にどいて貰うために、代替の空きスペースが必要になった」

「じゃあ、俺たち玉突きで追い出されそうになったっての?」

「そうなるな」

「うーん……野球するために入ってきたような奴らだから、そりゃ多少は同情するがね。なんで場所まで指定するの。やけに横柄に思えるんだが。そうまでして無理を通す必要があるのか」

「それは既に無理を通しているからだな。野球部がいつも練習で使ってる、目の前の河川敷のあれは、学校の施設じゃなくて、市営球場だというのは知ってるな」

「ああ、らしいな」

「野球部が機材を保管するためにそこの倉庫を借りているのも知ってるな? ピッチングマシンやバッティングケージ、その他もろもろ。普段は利用者の少ない球場だから問題ないんだが、大会などでどうしても、どかさないといけない時がある。去年までは人数も少なかったからなんとかなったが、今年は30人と大所帯になり機材も増えた」

「ああー、それで1階がいいと」

「市役所からも、あまりえこひいきは出来ないと言われている。それに、これから夏の予選に向けて遠征も増える。すると車が進入できて、なおかつ機材を運びやすいように遠征用のバスが置けるスペースも必要になる」

「へえ、遠征なんてすんのか? 大変だな」

「……授業をいくつか免除しているからな。生徒会にスケジュールが提出されてあるはずだが、君は目を通していないのか」


 もちろん通してなどいない。品川会長なら知ってるかも知れないが……


「おまえ、真面目に生徒会長してたんだな。腰ぎんちゃくに煽てられて、いい気になってるだけだと思ってた。素直に感心するよ」

「……そりゃ、どうも」


 中沢は溜め息を吐きつつ、


「それで、これらの問題を君はどう片付けるつもりだ」


 自分を追い落としたのだから、ちゃんとしてもらわねば困ると言いたげな顔だった。まあ、何も思いつかないということはない。


「要するに、部室兼倉庫が必要なんだな? それなりに広いスペースの」

「ああ、そうだ」

「体育倉庫にでも押し込めないか」

「無理だな。出来るなら始めから外部の倉庫など借りてない」

「ふーん……じゃあ、中学の空き教室は?」

「……え?」

「空いてるだろ。2学年丸々居なくなったんだから」


 なるみに目配せすると、こくこくと頷いて見せた。中学にも併設のグラウンドがあるから、車が侵入出来ないわけがない。中沢は明後日の方向を向いている。


「……つか、おまえら、これくらい思いつかなかったのかよ」

「…………いや、しかし高校の問題だろう?」

「高校の旧校舎だってあるじゃないか。取り壊すまでなら、いくらでも使えるじゃん」

「……ああ!」


 こんなことで感心するなよ……


 引きつった笑みを浮かべながら、やっぱりどこか詰めの甘い中沢をジト目で見ていると、コツコツと足音を立てて誰かが近づいてきた。ユッキーかな? と思ったが、パーティションの向こうからひょっこりと現れたのは意外な人物であった。


「あ、藤木。いたいた……って、あれ、中沢君?」

「どうも」


 やってきたのは、品川みゆきだった。生徒会の話をタイムリーにしていたので、思わず目が丸くなった。と言うか、そもそもこの場で彼女と会うのは初めてだった。


 緊急の仕事とかだと嫌だなと思いつつ、


「どうしたんすか、こんなとこで珍しい。俺に用っすか?」

「うん、ちょっとね……」


 みゆきはその場に居る者たちをチラチラと見ながら、どこか歯切れ悪そうにしていたが、まあいいかと言わんばかりに、軽く自分に頷いてから言った。


「ちょっと緊急でね。6限の途中で全校集会やるから、あんたも一応副会長ポジションで来なさい」

「はあ?」

「なにかあったんですか?」


 中沢が代わりに尋ねる。


「うん、まあ、オフレコってわけじゃないんで……えーっと、一昨日さ、隣の市で刺傷事件があったらしいんだけど……」


 と、みゆきが言いかけた時だった。


『ウウウウゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーー!!!!』


 っと、地面が震えそうなくらい、大きなサイレンが街中に響き渡った。それは学校ではなく、河川敷の電柱に仕掛けられたスピーカーから聞こえてくる。


『こちらは、防災、七条寺市役所です。こちらは、防災、七条寺市役所です。本日、午前11時頃。七条寺駅周辺にて、○×市会社員刺傷事件の、容疑者とされる複数の男が、目撃されました。市民の方は、戸締りをして、不審な人物を目撃しましたら、最寄の警察署か、110番通報をお願いします。繰り返します。本日、午前…………』


 藤木と中沢が話をしているときも、おかまいなくパクパクご飯を食べていた小町が箸を銜えたまま固まった。品川みゆきは、言うのが省けたと言わんばかりに、


「そう言うわけでね、市内の公立校は、今もう集団下校してるらしいのよ。うちの高校も放課後になったらすぐ閉鎖してって、市役所から学校に連絡入ったらしくてね」


 あっけらかんと言うが、かなりの大事のように思えた。


 その事件がどんなものかは、ニュースを見ていないので分からないが、警察が犯人を取り逃がしていること、こんな緊急放送をするくらいだから、かなり凶悪な人物であることは窺えた。恐らく、警察は捜索の範囲を狭めて今日中にも決着をつけるつもりだろう。


 ともあれ、これで放課後の補習がなくなったと、見当はずれなことを漠然と考えながら、藤木は品川みゆきに頷いた。


 朝倉やなるみが不安そうな顔をしている。


 繰り返し流される放送の音が大きすぎて、会話が無いままその日の昼休みは終わった。


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