夢で逢えたら
布団に入ってうつらうつらとしていたら、下半身に違和感を感じた。
確か昨晩は、野球部に徹底無視されて、品川みゆきに散々罵られ、休日だというのに夜遅くまでいびられる様に仕事をさせられて、ほうほうの体で帰ってきて、久々に同人原稿から解放されたので早めに床についたのだが、体は疲れてるがここのところの習慣で中々寝付けず、仕方なくベッドから出て、丑三つ時まで漫然とネットサーフィンをして過ごしていたはずだった。
小腹はすいていたが歯磨きをした後だから固形物は避けて、琥珀色した何かをストレートのままグビグビ飲んでいたところまでは覚えている。殆ど酩酊状態で、気の向くままにエロサイトを巡回し、オナりてえ……でも今オナっても小町寝てるだろうしなあ……と、青い衝動をぐっと堪えて、悶々とした気分のまま再度ベッドに潜り込んで、腰をカクカクさせながらいつしか眠りに落ちたはずだ。因みに琥珀色した飲み物とは、あれだ、もちろんコーヒールンバとかそういったあれである。
ちょっと飲みすぎたのかな? おしっこ、おしっこ……この年にもなって、お漏らししていいのは精子だけだぞ。
そして体を起こそうとぐっと下腹部に力を入れたが、ぐいっと右腕に乗っかった何かに引っ張られて失敗に終わった。
はて、なんだろう? 振り向くと、小さくて形のいい真ん丸の頭が飛び込んできた。
ふんわりとした甘い香りが辺りにただよう。
え? え?
いつの間に脱いでいたのだろうか。藤木の全裸の胸板に頬を寄せていた朝倉もも子が、目覚めた彼に気づいたようで、恍惚とした顔を隠そうともせず向けてくる。それはこの世の全ての信頼を、一心に向けた笑顔であった。
「おはよう。藤木君」
「あ、れえ?」
「昨日は……すごかったぞっ」
そう言って、頬を赤らめた彼女は藤木の右頬にキスをした。
ずっと腕枕をしていたのだろうか、右腕は痺れて金縛りのように動かない。
戸惑う藤木をよそに、朝倉はいたずらっ子のような顔をしてみせてから、慣れた手つきで彼の太ももをなで上げた。鋭い快感が全身を突き抜け、藤木は仰け反った。
一糸まとわぬ姿の朝倉は彼の体にグイグイと、その豊満な胸を押し付けてくる。ピンク色した乳首が硬く尖り、上向いたそれがあばら骨に触れる度、股間がありえないくらい剛直した。
「え? ちょっ、先輩!? タンマタンマ」
「……だーめっ」
身をよじって逃げようとする藤木を無視して、淫靡な表情をした朝倉は藤木の胸に顔を埋めた。そのサラサラの髪の毛が藤木のわきの下をくすぐる。それだけで耐え切れないほどの快感だったが、彼女はそれでは許してくれず、藤木の乳首に小さくてぷにぷにの唇を寄せると、ちろちろと、真っ赤でザラザラとした舌先でそれを攻め立てた。
「うほっ!?」
ガチガチに勃起した乳首と連動して、股間の一物がビクンビクンと震えた。朝倉の手は何度も何度も太ももの上を行ったり来たりしたが、しかし肝心の部分には決して触れてくれない。それがもどかしくて体が捩れるが、しかし金縛りにあったように身動きが取れない。
「もう、ずるいですよ、先輩?」
左の耳たぶに、ふーっと吐息が触れた。藤木は全身が弛緩した。
気がつくと、彼の左腕には晴沢成美の小さい体がすっぽりと収まっていた。彼女はちょっと非難がましい顔をすると、
「もっと、私のこともかまってください」
これまた全裸の彼女は、小ぶりだが形のいいおっぱいを藤木に押し付けてきた。彼の腕は彼女の腰を回って、お尻を掴み、肝心な部分に触れている。
嘘だろ? 有り得ない……
驚いて、左手の指をわきわきと動かすと、くちゅくちゅという水音と共に、
「いやんっ!」
と小さく悲鳴を上げて、なるみは肩を竦めて全身を硬直させながら快感に身悶えた。
な、なんだってえー!?
呆然としながら、その肩越しから辺りを見渡してみると、ありえないくらい巨大な空間に、繊細な意匠を凝らした数々の調度品が並べられた、まるで王城のような部屋が見えた。
その部屋の片隅に、何故か全裸にひん剥かれた馳川小町が正座しており、胸に「私は敗北主義者です」と書かれたプレートをぶら下げている。
「……先輩? 私の旦那様」
快感から回復したなるみが、うっとりとした目で藤木を見つめると、躊躇なくその唇にキスしてきた。小さな舌が差し込まれ、おっかなびっくりに、それでいて大胆に、藤木の口腔をたどたどしく、舌を絡めとろうと必死にうごめいた。
超エロい。一体全体、なんでこんなことに? 戸惑いつつも、据え膳食わぬはなんとやらとも言うし……このまま身を委ねてもいいんじゃね? と考えていたとき、藤木は天啓がひらめくのを感じた。
「思い...出した!」
いや、何も思い出さないが……つーか、普通に考えて、これって夢じゃね?
ここのところの疲労と、酒……ではなく、琥珀色した飲み物の影響で、眠りが浅い状態の中、昨晩最後まで見ていたエロサイトの記憶がごっちゃになって、こんな変な夢を見せているのでは……
いや、それどころか、これはまさか、かの有名なあれ、あれではないのか? そう、
「……MU・SE・I……」
藤木は自分の辿り着いた答えを呟くと、全身が震えるのを感じた。
はっとして自分の股間を見てみると、さっきまで左右にまとわり付いていた二人が、いつの間にか彼の一物に顔を寄せて、一心不乱にそれを刺激し始めた。
「うほおお! うほっ! うほおおぉ~!! 凄いっ! 凄いよほぉおお~~!! 飛んじゃう飛んじゃう!」
ドブみたいな喘ぎ声を上げて、藤木はがっくんがっくんと腰を上下に震わせた。
未だかつて無い快感が、全身をぐるぐると巡って、どうにかなってしまいそうだった。
「ああ゛ああ゛あっ! 駄目駄目駄目! 先輩、ちょっ! それタンマ!! あひぃ~~~!! なるみちゃん、それ凄すぎるから。待って待って!! 飛んじゃうぅぅ~~~!!」
「うふふっ」「うふふふふ……」
「うっほぉ~! 飛びますっ! 飛びますっ!」
そして藤木は飛び立った。
白黒反転した世界がぐるぐるぐるぐると回っている。あっちこっちで何かが爆発したようなフラッシュが見えた。やけに鮮やかな緑が目に飛び込んできて、そして今度は気がついたら、藍色の空が目の前一面に広がっていた。
風がびゅおーびゅおーっと音を立てて流れていた。西の空はまだまだ暗かったが、遮蔽物のない東の空から金色の太陽が昇ってきて、世界を白く染め始めていた。七条寺上空1000メートル。藤木は文字通り、飛んでいた。
「かっ……はぁ~……すげえ! すげえよっ! あれが、夢精か!」
その快感に酔いしれて、恍惚とした表情を浮かべていた藤木ははっと気づいた。良く見りゃとんでもない上空まで飛び出してきてしまったらしい。遥か遠くに自分の住む団地の姿が見える。
「そら飛び出しもしますがな。えがった~……いやあ、話には聞いてたけど、凄いね。今までオナ禁とかする奴らを馬鹿にしてたけど、馬鹿は俺のほうでした。てへっ」
独りごち、えっちらおっちらと風を掻き分けるような素振りで藤木は団地まで帰り、自分の部屋へと入った。
ベッドでは何事も無かったかのような穏やかな顔をした藤木の死体が転がっている。傍目には普通に眠っているようにしか見えない。
さて、どうしたものか。
時計を見ると、午前5時30分を少し回ったくらいだった。家は寝静まっており、まだ母親も天使も起きてくる時間には1時間以上あった。隣家の小町にしてもいわずもがなである。
このまま小町が起きてきて、復活させてくれるまでぼんやりと待ってるしかないだろうか?
「それにしても、俺って夢精でも死ぬんだな……」
つまり、夢精もオナニーの一種と言うことだろうか? 天使はテクノブレイクがいやなら、セックスして死ねばいいじゃないとか言っていた。医学上性交死であるなら、どんな場合でも死ぬらしいとも。しかし、オナニーもセックスも、自分の意思で能動的にやるものだから自業自得であるが、夢精なんてこんなの避けようがないではないか。
まあ、普段から溜めないようにしていればいいわけだが、溜めないってことは即ちオナって死ぬわけだから、本末転倒だ。
「何か、対策考えなきゃだな……ん?」
藤木は何か引っかかるものを感じた。
「っていうか、これ、自然死にしか見えなくね?」
ベッドに寝転がっている藤木は、普通に穏やかな顔をして眠っている。多少寝苦しそうに布団をはだけているし、パンツの中身がどうなってるか知らないが、少なくともこれを見てテクノブレイクなんて単語を思い浮かべる者はまず居ないだろう。
藤木は腕組みすると、少し考えた。
「うーん……どうせその内、死ななきゃならんのだよな」
初めてテクノブレイクしてしまった日は、明らかに誰がどうみてもオナって死んだことが分かるような格好だったし、いきなり死んだと言われて焦りもした。その後は、死なないで済むならそっちの方がいいし……という漠然とした考えで、ずるずると生き返り続けてきてしまった。
しかし、天使が言うには、自分が生きていると世界に影響があるらしいし、玉木家の母親の死亡フラグは、藤木が生きているせいで立ったとも言っていた。実感が湧かないからどこまで本当かは疑わしいが、今後も何が起きるかわからない。正直なところ心配ではある。
なら、そろそろ観念してもいいのではないか。
どうせ人間、いつかは死ぬのだ。
「よし、死のう。そうしよう。最近忙しすぎて大変だしな。死んだら解放されるぞ、いやっほう!」
藤木はそう結論付けると、天使を起こそうとして押入れの前に立った。しかし、
「つか、どうやりゃいいんだ、これ? ……おーい! ぽちっ! ぽちやーい!」
叫んでもうんともすんともしない。押入れの中に壁抜けしても、そこには来客用の布団と雑多な荷物以外に入っていなかった。
天使のいるはずの不思議空間につなげるには、ノックして呼び出さないといけないのだが、幽霊状態の藤木ではそれはままならなかった。
普通に暮らしててくれればいいのに、面倒くさい……仕方なし、小町に呼び出してもらおうと、彼女の部屋へとやってきたが、
「そりゃ、まあ、寝てるよな」
時刻はまだ早朝である。小町はベッドの上で、ぐーすかいびきを立てて眠っていた。
ここのところオナる間もないほど多忙で、ご無沙汰であったが幼馴染の部屋は、相変わらず雑多なものがあちこちに転がって散らかっていた。
昨晩は日課のダンベル運動をやってから眠ったのか、部屋のど真ん中に健康器具が転がっている。また新しく買ったのか、確か腹筋を鍛えるためのでっかい骨組みが、バランスボールと一緒に並んでいた。ダイエットのためにやっていると言っていたが、筋肉は脂肪より重いということに彼女は気づいているのだろうか。あと、確実に胸の素敵なお肉も削げるはずである。
とまれ、手持ち無沙汰に部屋を眺めていても仕方ないので、取りあえず起こそうと声をかけた。
「小町ぃ~、小町さんやー!!」
小町は寝つきはいいが寝起きは悪かった。以前、何度か頼まれて起こした経験があるが……あれは悪夢だったなあ……などと思い出しながら、再度声をかける。
「小町っ!! こまーっちっ!! ……起きてくれたら、ホモゲー買ってあげるよ? ……って、まあ、起きないわな」
ただでさえ寝起きが悪いのだ、口で言ってても無駄であろう。せめて、肩をゆすったり、物理的接触が出来れば、まだ可能性があるだろうが、幽霊状態の自分ではどうしようもないだろう……
そう考えつつ、何となく腕伸ばして小町の肩に触れたときだった。
「……あれ? って、うわわわわ!?」
何か、ぐいぐいと引っ張られるような重力が発生し、自分の体が小町に吸い込まれるような感覚がした。驚いて、咄嗟に腕を引き抜き、小町から離れると重力は消え去った。藤木は呆然としたまま、幼馴染を見下ろすと……今の感覚は何であろうか? と、再度小町の体に触れてみた。
視界がぐるりと暗転する。何も見えない状態の中、唐突に生まれた重力だけが感じられた。なんと言うか、自分の体の中に重力が発生したとでも言おうか? 自分がどんどん小さく圧縮されるような感覚がする。パシン! パシン! と電気がショートするような音がして、そして一瞬、ちくりとするような感覚が全身に迸った。
「うひょっ!」
ドアノブを触ったら静電気が起きたときみたいにビックリして、藤木は体を竦めながら飛び上がった。ふわりと空中に浮くつもりであったが、戻ってきた重力にずしりと戻されて、彼はベッドの上に戻された。
「……って、ベッドの、上?」
きょろきょろと見渡すと、部屋の中心には健康器具、机の脇には通信教材の山。ホモゲーがインストールされているPCが見えて、そこは相変わらず幼馴染の小町の部屋であったが、しかし直前まで見ていた視界とは明らかに異なっていた。
気がつくと、藤木は小町のベッドの上にいた。さっきまで小町が眠っていたはずの。
「ちょ、ちょ、ちょ……? ちょと待てちょと待て、小町さん?」
呟きながら、藤木は自分の胸に手をやった。
むにゅっとした感触がする……
そこには、触ってみなければあることに気づかないほど哀れな双丘が、つける必要も無いだろうブラジャーの中に収められていた。
「う、嘘だろ!?」
別に胸があることに驚いたわけではない。
藤木は今度は自分の顔をペタペタと触り、それからその顔を触っていた手のひらを、じっと開いて見つめた。それはいつも見慣れている自分のものではなく、明らかに女性の小さな手であった。
いや、もう、ここまできたら間違いないだろう。藤木はきょろきょろと視線を動かすと、部屋の片隅に置かれていた全身鏡を見た。
そして、そこに映る今の自分、馳川小町の姿を見て驚愕するのであった。




