放課後
部室棟占拠事件を起こしてからおよそ二週間が経過した。その間、藤木がどう過ごしていたのか、多少述べておかねばなるまい。
一発勝負のサバゲーで、中沢貴妙率いる生徒会を失脚させ、見事部室の占有権を獲得した藤木たち弱小クラブであったが、それでめでたしめでたしとは、当然のことであるがいかなかった。
理由はいくつかあるのだが、まずは生徒会の後任問題が真っ先に挙げられる。
サバゲーで敗れた中沢は、約束通り藤木たちによる退陣要求を呑んで、即日生徒会を解散し、権限を前生徒会長である品川みゆきに委譲した。それを受け入れた前会長は、前生徒会役員によって臨時生徒会を結成し、改めて生徒会長選挙を行うつもりであったのだが……それを行う以前の問題で、前生徒会のメンバーが誰一人として召集に応じなかったのである。
別に品川みゆきに人望が無いわけではない。既に前生徒会役員は任期を終えて受験モードに入っており、今更学校行事に狩りだされる筋合いはないし、そんな暇もないと言うわけである。藤木のような落ちこぼれはともかくとして、忘れてもらっては困るが成美高校は進学校なのだ。基本的には受験勉強第一の優等生だらけなのである。
そんなわけで、成り行きで引き受けざるを得なかった前生徒会長を除いて、臨時生徒会には全く人が集まらず、後任選びはのっけから躓く羽目になった。臨時とは言え、一人で運営するのはほぼ不可能であり、ボランティア精神溢れる人材を掲示板で募ったがそれも上手くいかず、こうなっては仕方なし、そもそもの元凶が無視するわけにもいかないので、藤木が小間使いとしてこき使われることとなった。
こうして藤木は臨時生徒会役員として、多忙な日々を送り始めた。しかし、それだけなら、まだ良かったのであるが……
サバゲーをやるに当たって、中沢をけん制するために呼んでおいた玉木老人が、あの事件以降に、白露会OGに釘を刺した。
藤木が中沢の過去話や徳さんのことを聞くために、晴沢成美を伴って訪問したときに、学校で起きている厄介ごとについて、簡単に説明しておいたのだが、玉木老人は小母ちゃん達による政治ゴッコにほとほと呆れ果てていた様子で、孫の進退を見届けてから、すぐさま行動を起こしたらしい。
元々、多額の寄付をして、名誉理事として成美高校の理事会にも名を連ねていた玉木老人であるが、金持ち同士の力関係なのか、それとも年功序列に弱いのか、それまでデカい顔をしていた白露会は、彼が出てくるや鳴りを潜め、頑強に抵抗していた理事会による学校運営にも、まったく口を挟まなくなった。
そのお陰で今まではどこから邪魔が入るか分からず、文科省に通せなかった新設科の申請や、出来なかったカリキュラムの変更が可能となり、成美高校の教師陣は、今まで進学クラス優先を義務付けられ、手を出すことも出来ず見兼ねていた落ちこぼれクラス、要するに2年4組に対して、救済措置を取るべく、学力向上を目標とした補習授業を、毎日放課後に行うことを決定した。
放課後が丸々潰れるその決定は、それまで遊び惚けていたクラスメイトには寝耳に水で、どうにか逃げ出すことは出来ないかと画策するも、やる気満々の教師陣を前にしては上手くいかず、渋々放課後を献上する日々を送ることとなり、その原因を作った藤木は不評を買う羽目になった。
よくよく考えれば決して悪い話ではないので、文句を言われる筋合いはなく、そのストレスのはけ口にされた藤木は堪ったものではなかったが、しかしこれもまあ、ある程度は予想していたので、仕方なく受け入れた。と言うか、実は部室占拠の際、学年主任を味方に引き入れるときに、入れ知恵したのは自分であるから文句も言えないのであるが……
とまれ、そんなわけで、放課後は補習と生徒会のダブルコンボで、多忙を極めた藤木であったのだが、面倒なことは一度にやってくるという法則でもあるのだろうか、全く予期しない方向から更にもう一つ厄介な問題が飛び込んできた。
かつてはお嬢様学校として全国に名を馳せた成美高校。あの騒動の日、その元お嬢様学校が何か変なことになっていると、地元新聞社が面白がって取材にやってきていた。その新聞社自体は問題ではなく、無難な記事を地方欄に載せただけであったのだが……たまたまそれを読んだ全国区のゴシップ週刊誌が、面白おかしく脚色していやらしい記事に仕立て上げ、それがネット上に流れたものだから話が変わった。
記事は、経営難の元女子高が、客寄せパンダとして全国から集めた野球特待生を持て余し、よってたかって虐めているというような感じで書かれており、それを真に受けた暇な第三者が、事務方にクレームの電話を入れてきたのだ。
野球特待生制度などを設けると、高野連に弾かれてしまうので、もちろんそんな者は一人も居ないのであるが、風評被害があちこちに飛び火し、いよいよ無視できない規模になってくると、理事会がピリピリとし始めた。
それでも事実無根であるのだからスルーするのが一番であるのだが、しかし野球部を部室レスで放って置いたのは事実であり、今現在もそうである。その点を突かれると弱いので、さっさとこいつを解決しろと、ある日生徒会に、教職員を飛び越えて、理事会から直々にクレームというか依頼が舞い込んだ。
元々そんな事態を引き起こした原因は白露会が口出しをしたせいだったのだが、直近でたまたま彼らとやりあってしまった藤木が槍玉にあげられてしまったらしい。おまえらが負けとけば、こんな事態にならなかったのにと未練たらたらなわけである。
腹も立ったが理事会にキレても致し方なし、そもそも野球部に対して個人的に何か恨みがあるわけでも、否定的な気持ちがあるわけでもなかったので、早速どうにかしようかと話し合いに向かったのであるが……結果はお察しの通り、こちらにわだかまりがなくっても、向こうにはあったらしく、ほぼ門前払いの格好で話し合いを拒否された。
よほど、クリトリスの穴を広められたことが許せないのか。
まあ、他にも色々あったので、恐らく半分くらいは嫌がらせの面もあるのだろう。とにかく、こちらとしては相手の気が済むまで、根気良く当たっていくしかないと、藤木は三顧の礼を続けていた。
そんなこんなで、放課後は補習から始まって、野球部に頭を下げに行って、下校時間を大幅に超えて、夜遅くまで臨時生徒会でこき使われて、夜は寝る間を惜しんでエロ同人誌の原稿を描くという毎日が続き、藤木は文字通りオナる間も無いほど多忙な時間を過ごしていた。
結果的に、プライベートを犠牲にするしかなくなって、いよいよ追い詰められた昨日、藤木は中学時代に結成したサークルメンバーに泣きを入れることになってしまったのだが……
しかし、それもこれも、今思い返せばまだマシな方だったのである。
藤木がこの臨時生徒会で多忙を極めた6月、成美高校は野球部がどうだとか、そんなゴシップ記事などどうでも良くなるような、とんでもない事件に見舞われることとなる。それは全国紙各社が軒を連ねて取材にくるような文字通り大事件であり……
その事件の中心人物として、たまたま臨時生徒会に所属していた藤木の多忙な日々は、まだ始まったばかりだった。




