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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
1章・先輩と僕の不適切な関係
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因みに徳光はまだ死んでいない・2

 七条寺駅、南口ターミナルにやってくると、藤木は天使に尋ねた。


「で、どう? 死亡フラグ」

「……ふむ……オーケーですにゃ。小母さんから死亡フラグは消えました」


 部室棟で中沢を取り押さえた翌日、藤木は晴沢成美と連れ立って、玉木家へと足を運んだ。中沢と朝倉の話を総括して見えてきたのは、登場人物に保奈美の母を殺す動機を持った人間が一人もいないと言うことだった。唯一可能性があった朝倉の父は既に他界していない。


 となると、まだ出てきていないが彼女が死んで得する人物が恐らくいるのではないかと藤木は考えた。また、天使が言うには、藤木が生きていることで発生した死亡フラグであろうから、その発端は彼の知人、特に中沢か朝倉から起因するに違いない。


 すると真っ先に思い浮かぶのは、中沢の腰ぎんちゃくである。かつては咲子に取り入ってその婿に納まろうとしたものは、彼女が死んで保奈美があの通りであるから、中沢に取り入り始めたと考えられる。その中で、野心が高いものが、中沢の地位をさらに高めるために、保奈美の母の謀殺を考えているのではないか?


 そう考えた藤木は、玉木老人に会うとその旨を伝えた。


 彼は目をつぶって暫し黙考したが、何かを思い出したかのように目を見開くと、方々に電話をかけ始めた。邪魔しては悪いと思い、藤木は席を立ち、なるみと一緒に駅前まで帰ってきて、さっき分かれたところだった。


「お疲れ様ですにゃん」


 駅前には天使が待っていた。


「なあ、本当に、俺が生きているから、あの小母ちゃんにフラグが立っちゃったわけ?」

「うーん……恐らくは」


 天使が言うには、多分、藤木が本来ならば死んでいる日にも、彼が朝倉といちゃいちゃしていたから、中沢が嫉妬をして今回の騒動が持ち上がった。そのせいで、中沢の立場がまた強固になり、それを確定させるために、悪いことを考える連中が出始めたのではないかとのことだった。


 中沢の腰ぎんちゃくをやるためだけに、人殺しまで考えちゃうのか……そう思うと驚くと言うか、恐怖しか感じないが、彼はそういう人間に囲まれながらずっと暮らしてきたわけである。金持ちなんてなるものじゃないと、藤木はつくづく思った。


 天使が家へと帰るために、バスターミナルへと降りていく。


「あれ? 藤木さんは戻らないんですかにゃ?」


 夕刻過ぎ、家に帰れば母親がおいしいご飯を食べさせてくれるだろう。


「ちょっと野暮用でね。飯食って帰るから、母ちゃんによろしくいっといて」

「わかりましたにゃ」


 素直な天使を見送ると、藤木は来た道を引き返し、今度は北口ターミナルへと向かった。


 七条寺駅は近隣の繁華街として栄え、デパートにスーパーマーケットに家電量販店と一通り揃っていて、そこそこ繁盛するアーケードと、飲み屋やカラオケ店が連なる横丁があって、寧ろ夜になるにつれ、人通りが絶えない賑やかな街へと変貌する。


 北口ターミナルはそんな繁華街を利用する人々を目当てにした、ストリートミュージシャンやパフォーマーが集い、そしてその人はその片隅で、いつも斜に構えながら愚にもつかない文字列を、ハッとするほど素晴らしい達筆で書き上げていた。


 その人が現れたのは、およそ二年前の秋口のこと。当時、長い低迷から脱出したジャイアンツが、かつての栄光を取り戻したかのように、強力打線を引っさげてセリーグの優勝を決めた日。駅前ターミナルのオーロラビジョンに映し出された、優勝決定の瞬間を見守っていた人々の中で、一際大きな歓声をあげ、まるで徳光和夫のように滂沱の涙を流し、絶叫し、歓喜したのが徳さんであったのだ。その涙の余りの汚さは、周りを取り巻くジャイアンツファンの心を打ち、「徳光だ」「徳光和夫の生まれ変わりだ」と、あっという間に愛称が定着し、現在に至る。因みに徳光はまだ死んでいない。


「おーい! 徳さん!」


 藤木はその人を見つけると、ゆっくりと近づいていった。


 徳さんはニコニコと人懐こい笑みを浮かべながら、


「やあ、今日は帰りが遅いね。どこか寄ってきたのかな」

「ああ、あんたの家に寄ってきた。爺さんがよろしく言ってたよ」


 藤木がそう言い放つと、彼女は困ったような苦笑いを見せた。


 藤木はそれを一向に気にする素振りも見せずに黙殺すると、ポケットから一枚のカードを取り出して、彼女に突き出した。


「これ、ありがとう。助かったよ」


 そこには『ごめんね、いつもありがとう』と、ハッとするほど美しい達筆で書かれており……


「……これを、どうして、僕に?」

「昨日か一昨日か知らないが、これ、あんたが書いてあそこに置いてくれたんだよな? お陰で色々助かったよ。あの部屋、ホント何にも無いんだもん」


 徳さん……玉木保奈美は、藤木に渡されたカードに目を落としたまま、ピクリとも動かなくなった。


「奢るよ。腹減ってんだ」


 彼はそういうと、彼女の返事を待たずにゆっくりと歩き出した。




 藤木と玉木保奈美は連れ立って繁華街のお好み焼き屋に入ると、まだ空いていたカウンター席の奥に並んで座った。彼らが注文を取り終えるころには、会社帰りのサラリーマンたちが徐々にやってきて、カウンター席を埋めた。


「君が始めて、あそこで僕の正体に言及したときは、本当に驚いたよ」

「あ、そう? 意外と気づいてる人、多いんじゃないの」

「まさか。君が初めてさ……何しろ、僕はこの通りだからね」


 彼女はそう言って、自分のやせこけた体を指差し笑った。以前の彼女がどんなだったかは知らない。藤木の知っている、目の前の玉木保奈美は、一見すると少年のような、とても中性的な顔をしており、なによりもそのガリガリに痩せた体が、本来の女性らしい丸みを完全に打ち消したせいで、彼女のことを女性と気づくのを困難にしていた。


 それは朝倉の父親に飲まされた毒物のせいで、彼女は病院に運ばれたときには既にかなり衰弱しており、危篤状態であったらしい。毒は体のあちこちに回り、結局、胃の半分を摘出する羽目になった彼女は、以来、二重のぱっちりとした目は落ち窪み、いくら食べても太らない、ガリガリに痩せこけた体質になってしまった。


「いつ……気づいたんだい? 僕が玉木保奈美であることに」

「んー……割と最近だよ。確信を持ったのは、ぶっちゃけあんたに直接問いただしたときが最初だ。しらばっくれられたら、多分そのままスルーした」

「それは失敗したなあ……」

「けどまあ、怪しいってのはずっと思ってたからな。少なくとも、あんたが生きているってことだけは確信してた」


 藤木が最初に玉木保奈美が生きていることに気づいたのは、立花倖に朝倉のことを聞きに言ったときだった。


 やたらと玉木家の事情に詳しかった倖を不審に思った藤木は、それが何故なんだろう? と考えながら、彼女に貰った全校生徒の名簿を眺めていたとき、それを見つけたのである。


 なんと、新入生の名簿の中に、玉木保奈美という名前があったのだ。


 同姓同名という可能性もある。しかし、こんな偶然があってたまるか? 思えば、あのちゃらんぽらんな担任教師が、どうしてあんなに詳しかったのか。


 藤木は早速一年生の教室へと向かい、玉木保奈美という生徒がいないかと尋ねた。しかし結果は芳しくないものであり、彼女は入学してから一度も学校へ来たことの無い、登校拒否児童であると判明した。


 それで確信を深めた藤木はさらに調べた。彼女がいつから、この学校へ居るのか学年主任に問うたら、詳しい答えが帰ってきた。その生死に関すると、途端に口が重くなったが、どうものっぴきならない何かがあって、彼女は姿をくらませているんじゃないかと憶測を立てるようになった。


 特に、部室棟の尖塔に残された、彼女の部屋が決め手となった。ある日内部を調べるべく、オナって死んで潜入してみたら、その部屋はまるで今でも誰かが住んでいるかのように、当時のままをそのまま保存していたからだ。


 もしも彼女が死んでいるのなら、その遺留品を片付けるに違いない。逆に残されているってことは、彼女がまだ生きているからではないか?


 まったくの憶測ではあるが、他にそのまま残しておく理由は無い。では何故、彼女は消えたのか? 鍵を握るのは駅前の小母ちゃんだ。あの小母ちゃんに聞いたら分かるだろうか……しかし、狂人であるし……


 そんな風に、頭を悩めていたときだった。藤木の頭に天啓がひらめいた。


「徳さんさ、2年前のペナントレース最終戦のことを覚えているか?」

「……ああ、覚えているよ」

「あの時、優勝を決めるサヨナラ打を打ったのは誰だった?」

「…………」

「あんた、実はジャイアンツファンじゃないだろ。もしそうなら、絶対に答えられるはずなんだ。あんたはただ、あの優勝決定の瞬間に、あの場所にたまたま居て、そしてたまたま悲しい出来事があって泣いていただけだ」


 藤木はその日、父親と連れ立って優勝を決める瞬間をジャイアンツカフェで過ごそうと駅前までやってきていた。流石にそんな日であったから、店は混雑しきっており、彼らはユニフォームを着たまま駅前に追い出された人たちと一緒にオーロラビジョンを見上げていた。


 しかし、そんなときに空気が読めない珍客が現れた。玉木保奈美の母親である。


 彼女は人が集まっているのをいいことに、彼らの間を練り歩いてビラを配り始めたのだった。いくら可哀相な人だと思っていても、その行為はいただけず、煙たがられた彼女は心無い者に突き飛ばされて地面に転がった。


 バサーッと大量のビラが地面にぶちまけられ、それは集まった人々に次々と踏みつけられる。その惨めな姿が気になって、藤木は彼女のことを目で追った。


 ビラをかき集めるのに必死な小母ちゃんを、しかし周りのものは誰も気にしない。唯一、細身の男だけが、彼女のことに気がついて、一緒になってビラをかき集め、そして彼女に手渡した。


 彼女はその好意に気をよくし、何度も何度も頭を下げてはお礼を言って、そして持っていたビラを一枚、その人に渡した。


 その人物は渡されたビラをじっと見て、うな垂れた。


 その時、優勝を決定する一打が放たれた。


 そしてワッと湧き上がる歓声。


 そんな中、小母ちゃんにビラを手渡された男は、わーわーと泣き出した。


 彼は画面なんて見ちゃいなかった。単に小母ちゃんを助けただけだ。


 だけど、彼は咽び泣いた。その汚くて惨めな涙はさながら徳光和夫のようであり、その泣きっぷりに感動した周囲のジャイアンツファンは、「徳光だ」「徳光和夫の生まれ変わりだ」とその人をもてはやした。


「……あれ、見てたんだ」

「たまたまなんだけどな。だから、あんたと会話を交わすようになってからも、多分この人は違うんだろうなって思いながら接してた」

「今はそうでもないよ? ジャイアンツの選手の名前も覚えたし」

「そう? まあ、いいけどさ。そんで、その時の光景を思い出した俺は、もしかして、こいつが玉木保奈美なんじゃないか? って考えてね」


 母親に、まるで他人のように扱われたら、そりゃ泣くだろう。


「それでも、いまいち確信が持てないから、最後に後輩の伝を頼って、あんたの爺さんに直接会いに行って確かめた」

「……凄い後輩がいるんだなあ」

「他人事みたいに言うなよ。で、爺さんを問いただしてみたけど、歯切れが悪くってね。まあ、その歯切れの悪さが即ち答えなわけなんだが……あんたが保奈美だろうと確信した俺は、中沢を引っ掛ける前に、あんたと接触したんだ」


 口を真一文字に結んで、保奈美は言葉を閉ざした。藤木は出来上がった豚玉を皿に乗せると、「おっちゃん、ご飯!」と店員に頼んで食べ始めた。


「何しろ、一人は誘拐された挙句に殺されて、もう一人も生死の境をさ迷ったんだ。爺さんはあんたのことを隠したかったんだろう。あの人、中沢のことも相当気にかけてるよ。もうただの孫に甘いだけの爺さんだよ、あれは」


 藤木は運ばれてきたご飯を貰うと、豚玉をその上に乗っけて、ガツガツと犬食いした。隣に座るサラリーマンのおっちゃんが、迷惑そうに彼のことを非難がましく見つめていた。


「けど、あんたはそれでいいわけ? こんな世捨て人みたいな生活して、誰からも相手にされなくて……お母さんのことは、そりゃ心配だろうけどさ。お節介かもしれないが、俺はあんたの方が心配になるよ」


 藤木がそういうと、保奈美は深く、長い溜め息を吐いた。


「……ありがとう。でも、僕はこれでいいのさ」

「どうして、こんな隠れるように暮らしてるの。普通に先輩に会えばいいじゃん。確かにあんたを殺そうとしたのは彼女の父親だけど、それを恨んでるのか?」

「まさか、とんでもない」

「だったら、いいじゃん、もう表に出て来いよ。あの人、あんたが死んでるって思ってるから、凄い傷ついてるんだぜ?」

「……それは悪いと思ってる。でもさ、死んで無いからといって、僕はやっぱり、これ、この通りだから」


 保奈美はそういって、自分のやせ細った体を自虐した。


「辛い思いを抱かせるのは同じだと思うんだ。だったらいっそのこと、死んだことにしちゃって、もう今後の彼らの人生に何の影響も与えないで居られる立場の方が、そっちの方が、僕はよっぽどマシだと思うんだよ」

「……そうかい」


 カッカッカッと音を立てて、藤木は飯を掻き込んだ。そのあまりに汚い食い方は、周りの人たちの食欲を確実に殺いでいった。


「けど、あんたの書いたあのカード。あれは未練だったんじゃないの。あれ、つい最近書いて、自分でこっそり置いたんだろ……俺、あの部屋に入れるんだよね」

「まいったな」

「あんたもさ、いろいろあったから、どうせ自分が悪いんだって考えてる口なんだろうけど。もうそういうの、いいじゃん、ホント。みんな一人で抱え込みすぎなんだよ。集まって話し合わないと、解決しないことってあると思うよ? 中沢なんて、思いっきりそれだったじゃん。ちょっと先輩にこれってどういうこと? って聞いたら、あれって解決しえたと思うよ。格好つけた挙句に、振られてるし。馬鹿じゃないのか」


 ガタンと音を立てて、彼は椅子から立ち上がった。店員がそれを見てレジへと向かう。しかし、伝票を忘れているようで、咄嗟に保奈美は藤木を呼び止めた。


「おーい! 奢ってくれるんだろ。伝票忘れてるよ」


 藤木は振り返りもせずに、ヒラヒラと手を振ると、


「あんたはそうならない様に祈るよ。じゃ、俺の分もよろしくな」


 カウンターの入り口付近に座っていた男女の肩を叩いて出て行った。


 玉木保奈美はその光景を見て、そこに居る人たちが一体誰なのかを悟り、


「まいったなあ……」


 そう呟いては苦笑いした。


 一体、どんな顔をして会えばいいのだろうか? 開口一番の台詞は、どんなものがいいだろうか?


 入り口付近に座っていた男女が椅子から立ち上がると、玉木保奈美はたまらずに顔を伏せた。


 しかし、そんな無駄な抵抗は、もはや取るだけ無駄だった。


 彼女は、顔を上げると、苦笑して、ちょっと諦めた顔で、半開きの唇を震わせて、ほんの少し肩を竦めて、後頭部をガシガシと掻き殴って、


「久しぶり」


 そう答えるのがやっとだった。

 



【先輩と僕の不適切な関係・了】

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