因みに徳光はまだ死んでいない・1
「それで結局、保奈美はレズなの?」
明けて翌日、反省文の提出を終えて、散々なお叱りを受けてから、部室棟占拠組みはその片づけをすべく、放課後まるまる使って学校の掃除をさせられていた。
小町は途中参加だから、付き合う謂れは無いとごねたが許されず、ぶつくさ言いながら清掃に狩り出された。
「おまえ……身も蓋も無い言い方すんね」
「だって気になるじゃん。で、どうなのよ? レズ・ビ・ア~ンなの?」
「……まあ、結論から言ってしまえば、それは違う。これまた中沢お得意のちょっとした勘違いだ。あいつ、自分の中だけで、ああだこうだって決め付けすぎるんだよね」
多分、友達が居なかったからだろうが……
それじゃ一体、あれは何だったというのか?
かつて、中沢が見た保奈美と朝倉が裸で抱き合っていたのは、恐らくは彼女たちが作る同人誌か何か、しょうもないもののための資料だった。
「はあ!?」
「いや、その反応は分かる。だが、事実なんだ。あのさ、中沢の話ばっか聞いてたら勘違いしそうになるが、朝倉先輩って……」
藤木は力いっぱい溜めて、
「すんげえアホなんだよ! そりゃもう、出会ったときから、すげえアホ。あの人さ、俺がエロ同人描いてても、まったく動揺する素振りも見せなければ、寧ろ的確なアドバイスしてくるんだぜ? 初めは気を使ってくれてるのか、よほど拘らない性格なんだろうなって思ってたけど、それが何度も続けばいい加減気づくわい。あの人、多分、相当慣れてる。ちんことかまんことか卑猥な言葉が飛び交う薄い本を読み慣れてる。あれは恐らく、自分で書いていたか、欠かさず同人イベントに参加してるか、もしくはそういう相方がいるかだね」
「……ああ!」
「そうそう、同人書きの三大勢力って何だと思う? それは無職かニートか引きこもりなんだよっ! いや、俺は無職でもニートでも引きこもりでも無いが……ところで、そんな要素の詰め込まれたエリートに、ひとり心当たりがあるだろう」
言わずと知れた玉木保奈美である。
何しろ、病弱であったとは言えば聞こえがいいが、子供の頃からガチの引きこもりである。ろくに友達が居らず、朝も晩も家に引きこもりっぱなし。その有り余る時間を一体どうして潰せばいいと言うのだろうか。昔だったらいざ知らず、今ならインターネットがある。彼女がネットキチになるのに理由など他に必要なかった。
そしてネット文化に毒されれば、やはりこれまた同人誌に行き当たる。思えば日本のインターネットの歴史と萌え絵は切っても切り離せない関係であり、ネットに入り浸れば、否が応でもそちら方面の知識がつく。
「んで、その内保奈美が同人誌に興味を覚えて、相棒の朝倉先輩にこれよくない? って勧める。そしてあの人もアホだから、よくないこれ? って応えちゃったわけ。そして幼馴染と言う気の置けない仲である、アホの子二人は段々とエスカレートしていって、マッパで抱き合う姿を目撃されると言う事態に陥る」
「そんなアホな話があるわけ?」
「俺もよくちんちん丸出しで幼馴染に殴られてるから、他人のこと言えないよ……しかしまあ、そんなアホな光景を見て、悲壮な決意を固めちゃった中沢が、玉木家を乗っ取って、学校の派閥をぶっ潰して、その辺の金持ち連中を纏めていっちゃったわけでしょ。ちょっとしたサクセスストーリーじゃん? 傍目で見てる分には格好いいから、まあ、幼い頃から知ってて好意もあったし、朝倉先輩コロッといっちゃったわけ」
「……ああ」
「でさ、保奈美はどうしてそうなったか薄々気づいてるんだな。多分、自分たちのあれを見たんだろうな……かと言って、恋に燃え上がる親友に何も言えない。その内、中沢も自分のことすげえ目つきで睨んでくるようになるから、恐れおののいた彼女は成美入学を決意した」
しかしそれは大失敗で、彼女は学校の寮に居ながらにして引きこもると言う、とんでもない事態を引き起こした。筋金入りのガチニートに、寮生活はいきなりハードすぎたのである。
結果、もともと肉体的にも精神的にも弱かった保奈美は鬱を発症し、
「夏休みに逃げ帰ってきて、先輩に助けてーって泣きついた。で、中沢を巻き込んでの逃避行をやっちゃうわけだが、それで彼女は鬱憤を晴らしていったわけだが、付き合わされる中沢には苦痛でしかない。だから、ある程度余裕が出来た保奈美は、路銀も尽きかけたある日、例の取引を持ちかける」
「自分の代わりに赤ちゃん作ってって奴ね。頭沸いてんじゃないかしら」
「いや、これがさ、エロ漫画なんかだと結構有り勝ちって言うか、ぶっちゃけ出し尽くした感あるんだよね」
「マジ!?」
男子読者の一部に人気の百合、そこに男を混ぜることで無理のないNTRや三角関係の要素を取り入れることが出来て、素材として扱いやすいわけだ。
「だから、保奈美はそれを持ちかけたとき、やっちゃった。どやあって、ドヤ顔決め込んでたと思うぜ」
「もういいもういい、聞きたくない! あんたに総括させると色んなものが台無しになるわ。聞かなきゃ良かったわよ」
「そうか? 中沢の言ってたのを、かなり簡潔に纏められたと思ってるが」
「どういう神経してんのかしら」
小町はそういうと、部室棟の階段を上っていった。そして踊り場付近で振り返り、
「それにしても、どうしてそんな見てきた風に言えるのかしら」
「まあ、本人に直接聞いたからな」
「……本人て、朝倉に!?」
「いやいや、まさか。俺だって先輩本人に直接聞く度胸なんて無いわ。つーか、聞いても答えてくれなかっただろうし」
「……? それじゃ、一体誰に聞いたって言うのよ」
「そりゃ、保奈美本人に決まってるじゃないか」
小町は唖然として、持っていたほうきを取り落とした。それはカツンカツンと音を立てて階段を転がり、やがて藤木の目の前まで来てとまった。
「え? だって……え? 朝倉たち、死んだって言ってたよね?」
「ああ、あの人たちは、保奈美は死んだって聞かされてたろうからな。勘違いしても仕方ないんじゃね。でも、俺は死んだなんて一言も言ってなかったろ」
「……はあ!?」
……言ってなかったよね?