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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
1章・先輩と僕の不適切な関係
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先輩と僕の不適切な関係・5

 

 こうして今回の一連の騒動の幕が閉じた。それは好きな女のことを思う、男の勘違いが産んだから回りの行く末であったが、正直なところ、藤木には彼がそんなに悪いことをしたとは思えなかった。


 それどころか、登場した人物すべて、何の落ち度も無かったと思っている。


 もしも何か悪いものがいるとするなら、それはお金であろうとそう思う。


 玉木家が金持ちでなければ、恐らくそもそも中沢たちの父親は失踪することはなかったろう。咲子やその母親は、跡継ぎだのなんだのに振り回されることもなかった。保奈美はただ病弱な少女として育ち、朝倉と出会うことは無かった。中沢に至っては、生まれることさえなかった。


 だから、彼一人が悪いとは、とても思えなかったのだ。寧ろ、彼こそが一連の事件の被害者であったとさえ思っている。


 だってそうだろう。彼は単に女の子に恋をしただけだ。


 人が誰かのことを好きになって、一体何が悪いと言うのだろうか……まあ、ちょっとストーカー入っているが。


「それじゃ……まあ、行きますか」


 中沢と朝倉が全てを語り終えて、お互いがすれ違っていたことに気づいたあと、彼らは何も言うことが出来ずにその場に固まっていた。見守っていた小町も立花倖も、自分たちが口を挟むことでもないので、何も言わずに見守っていた。


 そんな時、藤木がポツリと言った。


「……行くって?」


 中沢が問う。


「そりゃ、もちろん扉の向こう側さ」


 藤木がそういうと、倖が待っていたといわんばかりのタイミングで、彼に何かを放ってよこした。それは生徒が入り込まないようにと、学校が扉から外したドアノブだった。


「先輩もさ、どうしてこの扉が他の部屋と違って立ち入り禁止にされているのか、もうちょっと考えてみればよかったと思うよ」

「……え?」


 朝倉が不思議そうな顔を向けたが、藤木は何も答えず、渡されたドアノブを扉に突き刺してまわすと、それはあっさりと開くのだった。


 久しぶりに開かれた扉はギシギシと音を立てて、中には尖塔へと上がるための階段が続いていた。一同が一列になって進むと、やがてかつて白露の間と呼ばれた、特別大きな部屋が目の前に開かれた。


 そしてそこには、かつてその部屋の主人が過ごしていたであろう、そのままの姿が残されており、部屋の中央にはキャンバスに描かれた一枚の絵が架けられていた。


 それはいつかの夏の日、少年たちが三人で過ごした日々が描かれており、その絵画の中で彼らは屈託の無い笑みを浮かべているのだった。


 それは恐らく、あの夏の日の後に描かれたものに違いなく……その絵画に添えるようにして、一枚のカードが置かれていた。そこには、ハッとするほど素晴らしい達筆で、『ごめんね、いつもありがとう』と書かれていた。


「……これは?」


 中沢が問う。


「見たままだよ。この部屋は、例の自殺騒動があったその日のまま、保存されてる。あの日、保奈美が先輩を呼んだのは、これを見せたかったからだろう」


 それはただの感傷に過ぎないだろうが、そこに描かれた絵を見れば、あの夏の日は彼女にとって、ただただ肯定されるだけのもので、


「色々あったけど、やっぱり彼女は先輩のことも、中沢のことも、家族のように思っていたんだと思うよ。少なくとも、その絵を見る限りではそう思う」


 ただただ、楽しいだけの思い出だったのだろう。


 朝倉は何か気が抜けたかのように、突然その場にストンと座り込んだ。


「たった……これだけのことだったんだ……あの日、ここへ来れなくて、ずっとそのことばかり後悔してた。ずっと何年もこの扉の前に居て、そうしてれば、いつか罪悪感も薄れると思ってた。そんなわけないのに」

「来ちゃえばなんてことなかったのにね。ごめんねってことは、彼女はその日、先輩に謝りたかったんだろう。そして、いつもありがとうってことは、一度は死のうと思ったけどやっぱりやめるって言いたかったんじゃないかな」


 その夏の日の逃避行は、本当に嫌なことばかりだったのか。中沢の話しか聞いてないが、朝倉はあの時なにを思っていたのか。


「本当は、あの日、あなたが私を抱こうとしたとき、私はそれを受け入れるつもりだった」


 朝倉は静かにそういった。


 実際のところ、彼女は当時、中沢に惚れていた。一つ年下の、ともすると庇護者のような関係であったが、どんなに辛い境遇にもめげずに耐え切り、そしてついに逆襲して自分の地位を築き上げた彼のことを、密かにすごいと思っていた。


「そのことは、保奈美にも話してた」


 だから、あの時彼女は中沢を焚きつけるようなことをしたのだ。多分その直後に後悔して、馬鹿なことをしでかしたわけだが……


「でも、無理だった。あなたに抱かれて、本当は嬉しいはずなのに。どうしてもそれを受け入れることは出来なかった」


 そして彼女はポロポロと、屈託の無い笑みに涙を浮かべてこう言った。


「だって、あなた泣きながら抱くんだもの……」


 それはあまりにも苦しそうな表情で……きっと中沢の中にあった様々な葛藤が、その時噴出したに違いなかった。だから彼女は受け入れることが出来なくなった。


 こうして中沢貴妙は二年越しに、最愛の人に振られた。


 それはきっと、場面場面でお互いの気持ちを確かめていれば起こらなかった偶然だったと思う。しかし、ずっと外圧を受け続けていた中沢にとって、自分の気持ちをうちに秘めているのは当たり前のことであり、結局は必然的にそうなったと言っても過言ではなかったかも知れない。


 彼は人を愛する前に、自分自身を愛さなければいけなかった。しかし、彼は今もそれが出来ないでいる。

 

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