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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
1章・先輩と僕の不適切な関係
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先輩と僕の不適切な関係・3

 

 事態が思わぬ方向へ進んだのは、それからまた半年ほど経った頃だった。


 ある日、保奈美が学校へ通いたいと言い出した。


 元々、弱かった体は年を取るにつれて回復傾向を見せ、今では健常といって差し支えないものだったが、姉の事件と、それに伴う母親の豹変で精神的に病み、彼女は相変わらず屋敷の中に引きこもっていた。


 だから、学校へ行きたいなら、誰に断るまでもなくいつでも行けた。


 だが実際のところ、彼女の目的は学校へ通うということではなくて、家から出たいと言うものだった。


 その頃になると、彼女の母親は御伽噺の国へでも行ってしまったのか、駅前でビラを配ると言うこと以外、何も関心を示さなくなった。もしかしたら、ビラを配ると言う行為自体も、何故自分がそうしているのか、彼女自身にももう分かっていなかったかも知れない。


 咲子の死を否定したくて、自分の中で保奈美を殺した彼女の精神は破綻していた。目の前にその娘が居るのに、それをそうと認識できない。いや、恐らくは、そう認識したくないから、彼女にとって保奈美の存在は、もはや、そのものが苦痛でしかなくなっていた。


 保奈美はそのことに気づいて以来、母親の目から避けるように暮らしていたが、それももう限界だった。


 祖父は難色を示したが、かと言って代わりにおかしくなった母親を追い出すことも出来ず、玉木家の嫁であり被害者である彼女を病院に隔離するわけにもいかず、結局は保奈美の希望を受け入れることに決めた。


 ろくに学校に通ったことの無い保奈美は、家庭教師がついてはいたが、やはりその学力は低く、同年代の子供たちについて行くことが出来そうもなかったので、新年度に二年遅れの中学一年生として、成美高校の中等部へと進学し、そして学生寮へと入った。


 中沢は、親友であり、恐らくは恋人でもある朝倉を連れて行くと言い出すと思っていたのだが、彼女は特に何も言わず、ただ朝倉と中沢に別れを告げて家から去った。


 保奈美が屋敷から居なくなると、彼女を目当てにやってきた朝倉は来なくなった。祖父は中沢に本邸へ移るように言ったが、彼は固辞して離れに留まり、玉木家は全く会話もない、誰も挨拶すら交わさない、寂しい家へと変貌した。


 朝倉のことは学校で見かけた。だが、話しかける切っ掛けもなく、それを横目に見るだけで、近づくことも出来なかった。


 彼女は玉木家へ遊びに来なくはなったが、同じ市内の学校であるから、保奈美とはちょくちょく逢っているようだった。中沢は、それを知って悶々とした日々を過ごしていた。結局、彼は振られたのだ。だからさっさと忘れた方がいい……


 そして、それなりにモテた中沢は、朝倉のことを忘れるために、自分に粉をかけてくる女性と付き合い始めた。それは殆どとっかえひっかえと言っていいほどのものだった。新しく出来た友達ともよく遊んだ。しかし、胸にぽっかりと穴が空いてしまったかのように、心の中はどうしようもなく空虚であった。


 やがて、保奈美が家を出てから最初の夏休みが訪れた。


 母親と会うことが嫌で家から出たのであるから、きっと帰ってこないだろうと思っていたが、彼女はあっさりと帰ってきた。祖父が言うには、実はあまり授業にも出ていないらしい。彼女は家から出ても、やはり引きこもりであったようだ。


 同級生は二つも年下で、おまけに彼女は引きこもり。ろくに学校に通った経験もなければ、会話がかみ合うはずもなく、すぐに孤立した彼女は音を上げた。しかし、多大な寄付をしていた祖父の手前、学校は彼女を特別扱いして、学生寮に引きこもる彼女を追い出すようなことはしなかった。


 結局、授業にあまり出ないまま夏休みになって、彼女は逃げ帰るように家へと帰ってきた。二学期になったらどうするか? と聞かれても何も答えられず、心配する祖父を困惑させた。


 しかし、家に帰ってきたはいいものの、相変わらず母親は狂ったままで、保奈美はその姿を改めて確認しては心を痛めた。


 そんなある日のことだった。


 中沢は早朝、離れに侵入してきた保奈美に突然起こされた。彼女の背後には朝倉が大きなスポーツバッグを肩にかけて立っており、一体何事か? と問うと、保奈美は家出すると言い出した。


「家出すると言っても……二人でどこへ?」

「分からないけど、とにかく家を出る。あなたにはお別れを言いにきたの」


 そうして彼女は頭を下げると、中沢に手を振って去ろうとした。


 恐らく、家に帰ってきたはいいものの、やはりおかしくなった母親の姿を見るのは忍びなく、旅行にでもいくつもりなのだろう。背後に立つ朝倉の顔を見ればそれが分かった。しかし、中学生の女子が二人では危険すぎるだろう。このまま二人をいかせてはいけないと思った中沢は、


「それなら僕も行こう。君たちだけじゃ心配だ」


 そう言って、取る物もとりあえず、急いで彼女たちの後に続いた。


 もしかしたら、始めからそれが狙いだったのかも知れない。


 早朝の、まだ人気のないバスターミナルで、やってきたバスに適当に乗った彼らは、終点まで当てもなく揺られて、そこで別のバスに乗り継いでは、また終点まで当てもなく乗り続けて、そして見知らぬ町で最終のバスを見送った。


 そこで見つけた宿に泊まり、翌朝にはまた適当にバスを乗り継いで……何日も何日も同じことを繰り返して、やがて、山奥の人気の殆どない町で路銀が尽きて動けなくなるのだった。


 郊外のそのバス停は薄暗く、周りには田んぼと山しか見えなかった。


 こんなところに置き去りにされて、一体どうすればいいのか……困惑しながらも、とにかく休める場所を探さねばならないと歩き出した彼らは、やがて山道の先に明かりを見つけ、辿り着いた先でラブホテルの看板を見上げることになった。


 モーテル式のそのホテルは、駐車場の入り口にのれんがかかっており、そこを潜ると無人の受付に部屋の内装の写真が貼られたパネルがあった。今まで逗留していた宿より格段に安く、他に泊まれそうな場所もなく、またやはり体の弱い保奈美が限界に近かったので仕方なく、中沢たちはそのラブホテルの部屋をとった。


 もうお金も殆ど残っていないというのに、律儀に二部屋取った中沢は、一人ふかふかのベッドに体を横たえ、一体自分は何をやっているのかと情けなくなった。隣の部屋には朝倉たち二人がいて、場所が場所だけに、きっとよろしくやってるのだろう……やるせない思いを抱えたまま、もう寝てしまおうと布団を被ったら、ドアをこんこんとノックされた。


 開けると外には保奈美が一人で立っていて、中沢の返事を待たずにするりと部屋へと入ってきた。


「もも子がシャワー浴びてて暇だから」


 彼女はそういってベッドの上で大の字になった。別に今更遠慮する仲でもあるまいし、一緒に入ったらどうなのか……下らない嫉妬心が頭を過ぎり、中沢は溜め息を吐くと、保奈美に言った。


「なあ、保奈美。君ともも子は付き合っているのか?」


 つまらないことを考えて悶々とするよりも、いっそそのことをはっきりさせて、すっぱりと諦めてしまいたい。どうせ逃避行も路銀が尽き、今日明日にも終わりである。


 彼女は大の字のまま、顎を引いて首だけを彼に向けた。


「……なんでそう思うの?」


 中沢はかつて、彼女の部屋で見た出来事を伝えた。保奈美はそれを聞いて少し考えたあとに言った。


「ねえ、あなたはあの家をどう思う? 私はもうごめんだわ、家に帰っても辛い思いをするだけ。お母さんの姿はもう見るに耐えないし、咲子のことを思い出すたび、自分が惨めに思えてくるの。私はもう、もも子さえ居ればいいわ。玉木の家のことなんて忘れて、もも子と本当の家族になりたい」


 その気持ちは中沢も分かった。自分も似たようなことを考えたし共感も出来る。


「そんなに多くは望まないよ。小さな家でもも子と一緒に暮らしていきたい。でも、私たちは本当の意味で家族になれないわ。女同士ですもの。結婚することも、子供を作ることも出来ない。だからさ、あなた、私の代わりに作ってくれない?」

「…………は?」


 彼女が何を言っているのか、よく分からない。


「私、もも子の赤ちゃんが欲しいわ」

「君は馬鹿なのか?」

「あなたはどうして、私達についてきたの? こんなお姉さんなんて放っておけば良かったじゃない。ううん、違う。あなたが放っておけなかったのは、もも子のこと。あなたはもも子のことが好きだから」


 確かに、仮に保奈美が一人で出て行ったのなら、あの時一緒に着いていくとは言わなかったであろう。


「もも子も、きっとあなたのことも好きよ。私には劣るかも知れないけどね。多分、一番好きな男性なら、あなたのことだと思うの。だって、私達、そういう話もするからよく知っているもの」


 中沢は胸が掻き毟られる思いがした。こんなこと、聞きたくはなかった。けど、同時に嬉しいとも思ってしまう。


「だからさ、私の代わりに作ってよ。赤ちゃん。もも子はきっと拒まないわよ」

「……馬鹿にすんな」


 保奈美はベッドから起き上がると、まだ玄関口で立ち尽くしていた中沢をぐいぐいと押して廊下へと追いやった。


「本当に嫌なら、何もしなければいいじゃない。どうせこの旅も、じき終わるわ。何もかも忘れて、そして日常に戻りなさい」


 彼女の力などたかが知れている。押されたところでビクともしない。けど、中沢はそんな彼女に押されて抵抗もできず、気がつくと廊下に一人で立ちすくんでいた。手には、保奈美たちの部屋の鍵が握られている。


 彼女の提案は無茶苦茶だ。そんなの受け入れるわけにいかない……分かっているのだが……


 中沢は廊下に暫く佇んだあと、意を決して部屋の鍵を回した。


 コトンと鍵の外れる音がして、そして朝倉が一人待つ部屋の扉が開いた。


 シャワーを浴び終えたのか、物音はせず、シャンプーの香りと、湿気が立ち込めていた。部屋の電気は消されて暗く、一人で寝ようとしていたのか、朝倉のシルエットがダブルベッドのシーツにくるまれて見えた。中沢はふらふらと覚束ない足取りでベッドに近づくと、彼女のことを見下ろした。


「保奈美? 帰ったの?」


 そう呟き、眠たげな目を擦りながら見上げた彼女と目が会った。朝倉はそこにいた人物が中沢と知り、一瞬驚くような素振りも見せたが、


「どうしたの? 眠れないの?」


 と、いつも通りの声で、やさしく話しかけてきた。


 中沢は彼女に覆いかぶさった。もう限界だった。


 こんなことをしたら嫌われる。そう思っても、気持ちが先走って我慢が利かない。彼は朝倉に覆いかぶさり、ぎゅっとその体を抱きしめた。


 朝倉は突然のことに驚き、身を竦めたが、すぐに力を抜いてそれを受け入れた。


 きっと抵抗されるだろうと思っていた中沢は、逆に戸惑い動きが止まった。そして至近距離で彼女の美しい顔と目と目があう。


「いいよ……」


 耳元でそう囁かれ、中沢はタガが外れた。


 ずっと好きだった。いつか手に入れたいと思っていた。彼女はずっと、あの日あのとき、玉木の家に捨てられた彼の、唯一の救いだった。彼女がいたから頑張れた。


 だから、彼女が受け入れてくれるなら、迷いなど全く無いはずだ。


 中沢はベッドの中にいた朝倉を強引に引き出すと、ガウンしか羽織っていない彼女の胸がはだけて白い肌が見えた。興奮を隠し切れず、荒い息を乱しながら、彼は上着を乱暴に脱ぎ捨て、そして荒々しく彼女の唇を奪う。朝倉はそれに抵抗せず、おずおずと差し出された舌を絡めて熱い吐息をはいた。それは彼の顔の産毛を震わせて、とてもくすぐったく、そしてとても幸せな気分にさせた。二人分の熱が、ベッドから部屋中に充満して、いやらしい空気を作った。ガチガチに勃起したものを彼女の太ももに当てると、それが何かわかった彼女が上気した目で彼を見上げた。愛しさで身が焦がれそうになった。


 でも、どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。


「やっぱ、やだ……」


 どうしてこんなにも、自分は罪悪感に満たされているのだろう。


「ごめん、やっぱり無理」


 突然、拒絶しはじめた朝倉にぐいと体を押しのけられると、中沢はあっけなくベッドから落とされて床に転がった。


 ガツンと大きな音がして、ぶつけた頭がジンジンと痛んだ。


 部屋が暗くてあまりはっきりとは見えなかったが、朝倉は泣いていた。


 中沢は脱ぎ捨てた上着を引っつかむと、部屋から飛び出し、一目散に逃げ出した。

 


 そこは山奥にポツンと建てられたラブホテルだったから、最寄のコンビニは10キロも先にあり、彼はどこをどれくらい歩いてそこまで辿り着いたか知らないが、気がつけば空はうっすらと白くなりつつあった。


 中沢は汗でびちゃびちゃに張り付いた上着を脱ぐと、誰はばかることなくギュッと汗を搾って、ぐったりとコンビニの駐車場に横になった。冷たい風が吹き抜けて心地よかったが、そんなものを情緒的に感じてる余裕などなかった。


 どのくらいそこでそうしてたろうか。多分、それほど長くは無い時間だと思う。気がつけば、彼の傍らに複数の男たちが立っていた。地元のヤンキーグループではなく、スーツを来たその男たちは、警察の補導係だった。


 彼らはラブホテルから通報が来て、中学生らしき人物を確保しに向かう途中であった。そこでコンビニで彼を見つけて声をかけてきたようだった。中沢はこの逃避行が終わりを告げたことを実感した。


 本当ならそのまま一人で家へ帰るつもりだった中沢は、警察の車両に乗せられて、またラブホテルまでとんぼ返りする羽目になった。


 いきなり警察が踏み込むと、彼女たちを驚かせてしまうかも知れないからと言われ、中沢は警察に頼まれて、彼女たちを迎えに行くことになった。駐車場を抜けて受付へ行くと、入るときには気づかなかったが、パネルの並んだ片隅に小さな窓があり、そこに受付のばあさんが座っていて、鍵が無いことを告げると、無愛想にマスターキーを渡してきた。


 中沢は部屋まで戻ると、朝倉とは顔を合わせづらかったので、自分の部屋に居るであろう保奈美を呼び出そうと思って、呼び鈴を押し、ドアをノックした後、鍵を使って部屋へと入った。


 そして、すぐに事態が思わぬ方向に進んでいることに気づかされた。


 中沢が部屋に入ると、保奈美はどこにも見当たらず、代わりにやけにきな臭いにおいが部屋中に充満していた。火事を連想した彼は火元を探すが、部屋のどこにも代わりは見当たらない。


 やがて、煙がシャワー室から出てることに気づいた中沢は、咄嗟に最悪の事態を思いつき、慌ててその扉を開いた。めばりがしてあったのか、少々の抵抗があったあと、物凄い濃厚な煙が噴出したかと思うと、開いた扉の先で、二人の人物が倒れているのが見えた。


 中沢はその場に腰を抜かして、へたり込んだ。


 やがてシャワー室から流れ出した大量の煙が部屋のスプリンクラーを回し、警報が鳴り響いた。その音に飛び込んできた警察が、シャワー室内に倒れていた保奈美たちを発見し、へたっている中沢を押しのけて彼女たちを部屋まで引き釣り出した。


 見たことも無いような肌の色をした彼女たちは意識がなく、まるで死人にしか見えなかった。思わぬ事態になったが警察は落ち着いて救急車を呼び、そして二人は連れられていった。


 二人の連絡先を聞かれた中沢は何も答えることが出来ず、呆然としていたら、埒が明かないとおもった警察が、彼の上着からスマホを取り出して弄り始めた。返されたスマホからは祖父の声が聞こえてきて、一体何が起こったのか? と苛立たしげに問うのであるが、彼はそれに答える言葉が見つからなかった。


 幼い頃の記憶は殆ど無い。自分がどういう家に生まれ、どう育ってきたのか、もう思い出すことが出来ない。


 だって思い出してしまったら、どうしようもなく悲しくなるに決まっているではないか。


 慎ましやかではあったけれども、暖かい家庭に育った彼は、両親の愛情を受けてすくすくと育った。家族三人は仲むつまじく、いつも川の字になって眠った。休みの日には父親が、映画に連れて行ってくれたり、一緒にキャッチボールをしたりして遊んでくれて、料理の得意な母親は泥んこになって帰ってくる息子を、ちょっと叱ってから、やさしく抱きしめてくれた。


 ある日、いきなりつれてこられた暗い部屋の中で、彼はただ理不尽に監禁された。


 両親がどこへ行ったのかを聞いても誰も答えてくれない。


 ここがどこなのかと尋ねても、誰も答えてはくれない。


 逃げ出すことも出来ず、押し込められた暗い部屋の中で、泣いても泣き叫んでも、誰も彼の相手をしてくれない。


 あたまの中を過ぎるのは、幾千もの疑問だ。どうして? どうして? どうして?


 しかし、一番知りたかったその答えは、一番嫌な奴の口から出た。


 ある日、泣き叫ぶ彼に苛立ちを爆発させた継母が、彼を殴りながら言った。


「あんたの親は死んだんだ! あんたを捨てて逃げたんだ!」


 殴られ、蹴られ、息が詰まる中で、彼女は中沢を罵った。義務を果たさず、家族を捨てて逃げ出した卑怯者の息子だと、妻子のいる男に手を出した売女の息子だと。


 彼はそうして、自分の両親が死んだことを知り、そして楽しかった思い出が、砂上の楼閣のように崩れ去ってしまったことを感じるのだった。


 しかし、どうしてこんな目に遭わなければいけないのだろうか。自分は何もしていないと言うのに。


 どうしてこんな辛い思いをしなければならないのだろうか。一体、自分の何が悪かったというのか。


 もしも自分に罪があるというのなら、どうか教えて欲しい。どうすれば許されると言うのかを。


 もしも神様がいるのなら、どうか教えて欲しい。どうして両親は、自分を一緒に連れて行ってくれなかったのだろうか。


 今、警察と救急が右往左往する中でまた、最愛の人が土気色をした顔で、ストレッチャーの上に乗せられている。


 自分は何もすることが出来ず、それを見守るより他に無い。


 手に持つスマホからは祖父の声が聞こえた。そこはどこだ、一体何があった?


 そんなことは、自分の方が聞きたい。


 誰でもいい。どうか教えて欲しい。


 どうして、彼女は自分を一緒に連れて行ってくれなかったのか……どうして自分はこんなにも、孤独で居続けなければいけないのか……


***************************

 

 成美高校の部室棟4階に転がされた中沢が告白を終えると、辺りは沈黙が支配した。


 中沢と朝倉との間に起きた出来事は、正直言って想像を絶していた。だからろくな感想も言えやしなかった。せいぜい出てくるのは、


「……なんで、あんた、手を出しちゃったのよ」


 もし、あの場で朝倉を抱いたとしても、きっと後悔しか残らなかっただろう。結果として拒絶されたからいいものの、正直なところ、彼は自分の意思で彼女を抱こうとしたとは到底思えない。不誠実な行為だったと思う。


「どうして、姉の口車に乗ってしまったの。他にやり方はなかったの」


 しかし彼が逃げ出したあと、朝倉たち二人の間に何があったかわからないが、彼の行為が、結果的に彼女たちの心中を引き出したのも事実だった。


 だから中沢にも落ち度がある。


 多少は非難されても仕方ない。


 しかし、そんなことを言っても仕方ないだろう。


 だって、どうしようもないじゃないか。


「そんなの、好きだったからに決まってるじゃないか!」


 誰がその気持ちに抗えると言うのだろうか。藤木は叫ばずに居られなかった。


 誰もがそれはわかっていた。だから二の句が告げずに、今度こそ場を沈黙が支配した。


 結果としてそれを打ち破ったのは、中沢の独白だった。


「……心中騒動があったあと、彼女たちは発見が早かったから後遺症もなく病院を退院した。そして僕たちは家に連れ帰られて、叱られもせず、かと言って許されもせず、決して互いが接触しないように見張られた。正直言って保奈美のことはどうでも良かった。けどもも子と会うことも適わない。二学期になれば同じ学校だから、きっと会えるだろうと思ってたんだが、しかし彼女は学校へ姿を現さなかった」


 学校に復帰した中沢は、その事件が学校中に知れ渡っていることに気づいた。そして朝倉が学校をやめる手続きを取っていると聞き、酷く狼狽した。


「なんとしてでも、もも子に会おうとしたが、どんなに頑張ってもそれは出来なかった。向こうにしてみれば、大事な一人娘が死に掛けたのだから当然だ。これも全て保奈美のせいだと思った僕は、以来、彼女を恨み、復讐しようと機会を窺った。そして、2年前のその日、僕はここで彼女を毒殺した……」


 冷徹に言い放つその言葉に、小町と倖がぴくりと体を震わせ動揺した。しかし、藤木は動揺せず、どう考えてもすぐに嘘だと分かるその言葉に溜め息を吐くのだった。話に脈絡が無いし、それにそんなのは調べればすくに分かることだ。


 なんならいっそ、その場で問いただせばいいだろう。藤木はそう判断すると、


「だってよ、先輩!」


 廊下の片隅に置かれていた、掃除用具入れに向かってそういった。


 それは突然ガタガタと音を立てて揺れ、その場に居た者たちの度肝を抜いた。そしてガチャっと扉が開くと、中から顔面蒼白の朝倉もも子が出てきて、


「嘘つき……」


 床に転がされていた中沢を見下ろし、そう呟くのだった。


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