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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
1章・先輩と僕の不適切な関係
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先輩と僕の不適切な関係・2

 中沢貴妙は中学生になった。事件から半年ほど後のことである。


 市内の名門進学校、習学館へと進学した彼は、入試で優秀な成績を収め、新入生代表として入学式で挨拶を行い、その存在をアピールした。


 おもしろいことに、咲子の事件があってから、彼の境遇は著しく改善されていった。それまで離れに監禁されるように追いやられ、虐められていても見向きもされず、居ないものとして扱われていた彼であったが、事件がよほど堪えたのであろう、祖父は己の今までの行いを後悔し、中沢に対して関心を示すようになっていった。


 咲子の母は気が触れて、そして妹の保奈美は引きこもり、祖父は老人らしく老け込んでしまい、気がつけば玉木家で唯一まともなのは中沢だけであり、また彼の今までの境遇から同情する使用人も多く、咲子の取り巻きを遠ざけたことから邪魔するものもいなくなり、彼は一躍玉木家の跡取りとしての存在価値を内外に示すことになった。


 それは咲子が囚われていた妄執が正しかったことを証明したが、当の中沢本人にしてみれば、ただわずらわしいだけの要らぬ肩書きに過ぎなかった。


 その頃の彼は、もはや玉木家に何も期待などせず、時期が訪れたら家を出て、自分で身を立てようと、そのことばかり考えていた。それは結果的に彼を苦しめることとなった父親と同じ選択であったが、彼はもう父親を責める気にもならないほど、自分の境遇に諦観していた。だから跡継ぎだの、遺産相続だのと、何も考えてはいなかった。


 今にして思えば咲子にしたって金持ちの家にさえ生まれなければ、もっと長生きも出来たろうし、性格が歪むこともなかったはずだ。金に釣られてやってくる亡者どもに煩わされるくらいなら、いっそそんなものは捨ててしまった方がいいのだと、中沢はそう思っていた。


 環境は改善されたが、相変わらず彼は離れの小屋で暮らしていた。本邸に戻る気などなかったし、祖父もそこまで望んではいなかった。ただ、将来のことを考えて、中学は私立に通った方がいいと言われ、彼はそれを応諾した。祖父の言う将来がどうこうとは関係なく、単に朝倉もも子が通っている中学校だったので、自分もそこへ行きたかったからだ。


 しかし一転して順風満帆な毎日を送っているように思われた中沢であったが、実際にはそれほど彼の境遇は改善されてはいなかった。と言うのも、玉木家から追い出されはしたものの、かつての咲子の取り巻きたちは当たり前のように外に居て、中沢の通う中学にも何人かが通っていた。彼らのうち何人かは、中沢に取り入ろうともしたが、大半のものはかつて虐めていた弱者であるところの中沢が、いい気になっているのが面白くなく、暗に嫌がらせをしたり、玉木家に不幸が訪れたのは、全部中沢が画策したことだと、途方もない言いがかりをつけて回ったのであった。


 離れにたった一人で暮らす、金もない地位もない名誉もない、友達も居なければ、親兄弟にも相手にされない、ただの子供に一体何が出来るというのか。何の力も持ってないのは、他ならぬ中沢本人が知っていた。だから相手にするのも馬鹿馬鹿しいと思ったが、しかし驚いたことにその噂は意外と広く受け入れられたのだった。多分、その方が面白かったからだろう。


 そうして学校でも孤立した中沢だったが、唯一話しかけてくれる人物がいた。言わずと知れた朝倉もも子である。


 彼女は中学に行っても相変わらず玉木家へ出入りして、律儀に保奈美の親友役を演じていた。いや、実際に仲が良かったのだろう。初めは大人に言われただけの関係だったか、その内二人は自然と親友になった。


 学校が同じ中沢に、朝倉は行きや帰りに声をかけるようになった。どうせ帰る方向は同じなのだから、一緒に帰ろうというわけだ。そして彼女は帰りがけに玉木家へ寄って、保奈美と遊んでから、離れの中沢の世話を焼いて、家に帰るという生活を送った。


 それは小学生のときと同じ構図だったが、もうそれをヒステリックに反対する者は居らず、やがて保奈美も昔のように離れへ遊びに来るようになり、逆に中沢が保奈美の部屋へ行くこともあって、中沢はかつて、唯一この家で楽しかった思い出を思い出して、至福のときを得るのだった。

 


 だから、これで満足すればよかったのだ。そのひとときだけを大事にして、それ以上を求めなければ良かったのだ。しかし、中沢は恋をした。彼がこの家へ来てからただ一人、ずっと味方で居てくれた朝倉もも子に、彼はいつしか惹かれていた。


 

 中学生になった朝倉は、見違えるほどに美しくなった。それは道行く人々が、振り返って見惚れるほどである。成績もそこそこ優秀で、友達が少なかったから控えめな性格も好感を持たれ、男女問わずにとてもモテた。


 だから嫌われ者の中沢と一緒に登下校するのは、正直彼女にとってリスキーな行為だった。実際、口さがない連中に悪口を言われもした。だから中沢は、そんな彼女を遠ざけようとしたのだが、逆にその姿勢を窘められ、嬉しい反面、困惑しながら、彼は甘酸っぱい日々を過ごしていた。


 彼女は学校帰りに、必ず中沢の部屋へ寄った。それは保奈美に会うついでであったが、もしかしたら自分に会うための口実だったんじゃないかと、いつしか彼は希望的観測を抱くようになっていた。


 しかし、それが勘違いであるのは言うまでも無い。それを裏付けるショッキングな出来事が、すぐに訪れた。


 ある日の学校帰り、保奈美の部屋へと遊びにいった朝倉のことが待ちきれず、中沢は本邸の前をうろうろしていた。彼はいつの頃からか、恋に恋する乙女のように、毎日やってくる彼女のことを待ちわびてるようになっていた。


 咲子が死んで以降、本邸の出入りは自由になり、保奈美の部屋へは何度か入ったことがあった。朝倉に連れられてだが、やはり女同士の会話にはついていけないところがあり、時折誘われてはいたが、断るのが常であった。


 だが、その日は何となく、どうしても早く彼女に逢いたくて、彼は決心するといそいそと、異母姉の部屋へと向かっていった。


 しかし、その部屋の扉を開ける前に彼は硬直する。


 保奈美の部屋の、完全に閉まりきっていないドアの隙間から、中の光景が見えた。


 そこには笑いながら裸で抱き合う二人の姿があって……


 あまりの出来事に、息も出来ずに固まっていた中沢は、保奈美と目が合い、大急ぎでその場から逃げ去った。


 保奈美と朝倉は親友だと聞かされていた。本人たちもそれを否定しなかった。しかし、あれはどう考えても……


 その日以来、中沢は朝倉に声をかけることが出来なくなった。露骨に態度を変えた彼に戸惑い、朝倉はその理由を問うたが、彼は何も言えなかった。保奈美は多分、彼が覗いていたことに気づいているはずだが、何事も無かったように振舞って、朝倉に言うことはなかった。


 それは彼女の余裕なのか。それともやさしさだったのか。分からないが、ただただ胸が苦しかった。何かが腹の奥底に溜まって、体を蝕んでいくような感覚だった。


 それは焦燥や嫉妬や怒りをないまぜにした、屈辱にも似た感情だった。中沢は呪った。一体、この玉木家の姉妹は何なのか。姉の咲子は自分の尊厳を踏みにじり、今度は妹の保奈美が自分の最愛の人を奪っていく。


 ある日突然この屋敷へつれてこられ、それは彼女たちからしたらショッキングな出来事だったに違いない。しかし、自分に何が出来たというのか。何か悪いことをしたと言うのか。こんなにも、何もかもを奪われなければいけないことなのか。


 学校で孤立していた中沢は、朝倉と話をしなければ、本当に一日中ずっと一人で過ごして一言も喋る機会がなかった。だから、嫌でも頭の中は、あの日見た光景が何度も何度もフラッシュバックして、彼の精神を痛めつけた。そして追い討ちをかけるかのように、聞こえてくるのである。


 中沢貴妙は玉木家を乗っ取った。姉の咲子を亡き者にして後釜に座った。あいつは金のために人を殺した、殺人犯だ。


 ならば、いいだろう。


 彼らの期待に応えてやろう。


 中沢は言われなき中傷を言い放った男を捕まえると、その顔面を強かに打ちつけた。今まで一度として抵抗を見せたことのなかった彼が、突然切れて殴りかかる。その行動に虚を突かれ、誰もが動けない中、彼は狂ったように相手の男をボコボコにした。やがて周りが気を取り戻し、彼を押さえつけようと必死になったが、今まで積もりに積もった鬱憤が爆発した中沢を止めることは出来ず、次から次へと返り討ちにあって、教室は血の海に沈んだのだった。


 それは進学校である習学館始まって以来の出来事で、中沢の立場を当然危うくしたのだが、理由が明確であったこと、相手に否があることを考慮され、また玉木家の寄付金のこともあって、彼は数日の停学でお咎めなしとなった。


 もちろん、殴られた相手は黙っておらず、中沢の停学が空けるや否や報復にきたが、どこか吹っ切れた中沢はそんなことはものともせず、かつての咲子の腰ぎんちゃくの中で、自分に靡きそうなものを味方につけ、祖父に小遣いをせびってそれを横流し、使える人材を次々買収し、そうと決まったわけではないが、玉木家の跡継ぎという立場を利用して人脈を増やして対抗した。


 今まで中沢のことを体のいいサンドバッグくらいにしか思っていなかった者たちは、彼のその豹変振りに恐れをなして媚びへつらった。やったらやりかえされる。身に覚えがあるからだろう。


 一転してその立場を利用するようになった中沢は、元々の聡明な頭脳と、我慢強い忍耐力を発揮して、学校の王者として君臨するに留まらず、玉木家を取り巻くあらゆる人たちに、その力を誇示した。


 そうして彼は変わって行った。自暴自棄に似た感情からのものだったが、それは恐らく、彼が生きていく上で必要な変化であったに違いない。誰もそれを責めることは出来ないが、しかし、この彼の行動によって、彼はますます朝倉から離れていくことになる。


 朝倉からしてみれば、中沢の変化は彼の良いところを台無しにするものだったし、それに露骨に玉木家内で力を得ようとする行為は、保奈美を蔑ろにすることと同義だった。


 しかし、今まで辛い思いに耐えていた彼に何も言うことが出来ず……


 中沢たち三人は、それ以来同じ家に居ながらすれ違っていくことになる。



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