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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
1章・先輩と僕の不適切な関係
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俺はオナったら死ぬ・5

 深夜。その部室棟4階に人影が現れた。


 かつては学生寮であった建物であるが、今では昼間にしか人が存在しない。本校舎から離れているから、宿直の守衛もわざわざ中に入ってまではこない、その建物をいま不審者が闊歩していた。


 手にポリタンクと斧を持ったその影は、まったく迷いなく廊下を突き進み、パーティションに隠された廊下の隅っこの本棚の前に立ち止まる。


 そしておもむろに本を棚からなぎ倒すと、軽くなった本棚を体重をかけて押しのけた。


 そこには、ドアノブが外されたドアがあった。ぽっかりと開けられたその穴は、暗闇に不気味な影を作り、まるで深遠を覗く恐ろしい生き物でも飛び出してくるのではないかと、不安を煽った。


 しかし不審な影は恐れることなく、その扉の前に立ち、持っていた斧を振り上げ、今まさに振り下ろそうとしたその時、


「そこまでよ!」


 突如、明るい照明に顔を照らされて、目をくらませた。そしてひるんだ隙に床へ押し倒され、全く抵抗する暇もなく、地面に体を押し付けられた。


 廊下の明かりが灯される。


「離せっ!」


 床に転がされた人物、中沢貴妙は必死の形相で抵抗するが、うつ伏せにされ重心を押さえられているのか、びくとも体が動かせなかった。


「まさか、ホントに来るとはね……」


 中沢を足蹴にする人物、馳川小町が呟いた。


「て言うか、暴れると困るから、さっさと簀巻きにしちゃいましょう」


 と、昼間自分が簀巻きにされていた、立花倖が腹いせにそう主張した。


「もう少し丁寧に扱ってやれよ。爺さんにもそう頼まれてる」


 藤木が廊下の電気をつけてから、ゆっくりとした足取りでやってきた。


「藤木、貴様ぁ~……」

「そんな怖い顔で睨むなよ。別に取って食いやしないんだから……しかし、斧と灯油入りポリタンクって……」


 藤木の顔を見て、中沢は更に暴れ出したが、小町の体重移動がよほど上手いのか、びくともしない。その内、力を使い果たしのであろう、ぜいぜいと息を乱しながら、汗と涙と鼻水の入り混じった真っ赤な顔で、藤木のことを見上げてきた。


「何故、ここに僕が来ると分かった?」

「おまえがここに来るかも知れないって教えてくれたのは、おまえの爺さんだよ。今回の件で、何か大胆な行動を取るかも知れないと思って、変な動きをしないか見張っててもらったんだが……まさか、その日のうちに行動するとはね。仕事が早いな」

「……爺さんが……くそっ! 爺さんに取り入って、僕を追い出そうというのか! 僕を殺して、あの家を乗っ取ろうと考えてるのか」

「何のことを言ってるか分からんが、そんなわけあるか。もうちょっと冷静になれよ。俺は単に、おまえの間違いを指摘しに来ただけだ」

「……間違い?」


 藤木は、はぁと溜め息を吐くと、こめかみに指をグリグリとやって言った。


「今回の部室棟占拠は、どうして俺があんなことをしたか、おまえは考えたことがあるか? 別に、おまえに嫌がらせをしたくてやったわけじゃないんだぜ」

「もも子のためか……?」

「それも違う……いや、半分正解かも知れないけど……見ちゃったんだよ、たまたま、そこの小町と、おまえと朝倉先輩が高校の旧校舎裏で何か口論してる場面をな。それによると、どうもおまえと先輩は、二人ともこの部室棟に変なこだわりを持っているようだった。それが確信に変わったのは、あの会議で、更にそのことで先輩が怒っておまえに突っかかったからだ。そんなの見せられたら、一体なんでだろう? って思うのが普通だろう。でも、先輩に聞いても教えてはくれない。多分、お前に聞いても無理だろう。だったら、自分で調べるしかないじゃんか」


「かと言って、手がかりが少なすぎる。建物に思い入れがあると言っても、漠然とし過ぎているし、どうしたものかと建物自体を眺めていたら、この本棚に隠された扉にぶち当たった。まあ、先に尖塔の入り口がないってことに気づいたんだけどね。ここはあの二つある尖塔の、もう一つの入り口だろう? なんでそれが隠されているのか……次はそれが気になったが、まあ、考えるまでもない。ここはかつて学生寮だったんだし、当時から学校に居る人に聞けばいいじゃん。で、学年主任の先生に聞いてみたんだよ。そしたら、ここは特別な学生の寝室で、誰がつけたか知らないが、白露の間と呼ばれていた」


「まあ、すぐに白露会と連想するよな。それもそのはず、ここは学校に多大な寄付をした特別な生徒に与えられる、特別な部屋で、歴代白露会の会長も殆どがここの部屋を使っていたそうじゃないか。まあ、こんなはっきりと格差を感じさせるものを、学生寮に作っちゃうってのは、以前の経営者が破綻したのもなるべくしてなったんだなって頷けるものだけどさ。ともあれ、こんなものが文芸部から見つかったわけだから、おまえや先輩がこだわってるのはこれだろうと、すぐに見当ついた。で、それじゃ今度はここを最後に使っていたのは誰ですか? ってこれまた学年主任に聞いたわけ。そしたら玉木保奈美、おまえの異母姉が使っていたと返って来た」


「しかし、この玉木保奈美という人物がわけ分からん。玉木家の次女で、かつて誘拐事件で命を落とした長女、咲子の妹である。ところが実在するのか? って疑うくらい、これが影が薄いんだ。まあ、当然学年主任や、今の三年生に尋ねて実在するのは確認したけどさ。更に、もっと解せないことがあって、それは駅前に出没する彼女の母親なんだけど、この人が配るビラをおまえは読んだことあるか? あの人、誘拐事件の目撃情報を探していますと言いながら、その被害者の名前に『玉木保奈美』って書いてるんだよ。咲子じゃなくて。わけわからん」


「となると、もうぐだぐだ考えずに、玉木保奈美に会ってみるのが一番じゃないか。で、学年主任や先輩方に、彼女は今どこに居るか尋ねてみたんだけど、これがやたらと歯切れが悪い。そこでピンと来たわけだ。もしかして、玉木保奈美は死んだんじゃないか? ってな。すると、母親の奇妙な行動も分かる気がする。で、かつてこの建物がお化け屋敷だのなんだのって、近所の小学生に噂されてたってことを思い出したんだ。隣近所に聞き込みして、すぐに判明した。今から三年前、初秋の出来事。この白露の間で自殺騒動があり、玉木保奈美が救急車で搬送されたって。そこまで調べたら先輩方も口が軽くなってさ、更に聞き込んでみれば、その時に救急車に同乗してたのって、おまえだそうじゃないか。一体、どういうことだ? いくら異母姉弟とはいえ、ここは当時、女子高の学生寮だぞ」


「何でそんなことになったのか、気になった俺は今度はお前の過去を調べさせてもらった。すると当時、中学二年生だったおまえは、習学館の中等部に通っていて、同じ学校には朝倉先輩が在籍していた。習学館といえば、この辺では一番の進学校だ。それなのに、おまえたちは二年後、二人揃ってこんな糞みたいな学校に転校している。こりゃ、何かあったなと、勘ぐった俺は、習学館へと聞き込みにいってね。しかしまあ……秀才ってのはストレス溜まってるのかね、出るわ出るわ、いくらでもおまえの悪口が尽きないの。いろいろあったけど、極めつけは、中学二年夏の駆け落ち騒動」


「その夏、おまえと保奈美と先輩は、何があったか知らないが、ある朝バスに乗って家出した。金持ちのボンボンとは言え、殆ど手持ちのなかったお前たちは、あっという間に路銀が尽きて、遠くて辺鄙な寂れた町のラブホテルに、三人でこっそり潜んでいた。しかし、結局そのラブホに通報されて、ある朝、朝食でも買いに出たのか、警察に補導されたおまえは泣く泣く逃避行を終えることになる。そして警察に促され、潜伏先のラブホテルに先輩たちを迎えに言ったおまえは、とんでもないものを発見する。バスルームの中で練炭を焚き、倒れている二人の姿だ」


「結局、救急車が出動する大事となって、隠しきれなくなったおまえたちは、学校と親に連絡されて家に連れ戻される。そして、その醜聞は学校で噂になり、おまえと朝倉先輩は停学、玉木保奈美は謹慎。そして事件からおよそ二ヵ月後、彼女がここで自殺する」


「おまえと保奈美と先輩に、一体なにがあった? あの夏の日。おまえたちはどうして町を出た? そして何故、おまえは自殺した保奈美の救急車に同乗していたんだ?」


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