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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
1章・先輩と僕の不適切な関係
30/124

俺はオナったら死ぬ・3

「……僕に、そんな馬鹿げた真似をしろと?」


 調停役として送り出した品川前会長が、戻ってくるなり血相を変えて、ルール作りをしようと言い出したとき、初め中沢は難色を示した。


「もう、すでに怪我人が出てるでしょう? フェアじゃないから詳しくは言えないけど、これ以上追い詰めるのは絶対やめたほうが良いよ」


 彼女はやけにそわそわしている。そう言われてしまうと、確かに相手が何をやってくるか分からないだけあり、説得力はあった。しかし、そもそも始めから相手の要求など呑むつもりもなかったので、渋っていたら、


「自信がないのか?」


 と、祖父が無駄に圧力をかけてくる。


 自信が無いわけではない。単にことの運びが馬鹿馬鹿しすぎて、罠ではないかと勘ぐっているのだが、


「……いいでしょう。サバゲーでもなんでもやってやろうじゃないですか」


 祖父に言われては仕方なし、せめて有利にことを運ぼうと、難癖つけるため条件次第で応じると返した。ところが、中沢が要求するかなり不利な条件も、向こうは特に嫌がらずに受け入れた。これは不気味である……やはり罠では無いかと思うのだが、


「だけどさ、日没までに残った人数が多い方が勝ちって、要するに、こっちから攻めなくていいってことだよね?」


 と生徒会の一人が言う通り、設定されたルールなら、こちらから攻めずに守っていれば勝てるのだ。生徒会側はまだ参加者が決まってないが、それでも相手を上回る人数を動員出来る。すると、相手は篭城というアドバンテージを失って、打って出てくるしかなくなる。もちろん、こちらの方が人数が多いのだから、向こうから攻めてくるのはリスクしか無いはずだ。よっぽど、サバゲーに自信があるか、もしくは何らかの秘策があるかだろう。


「真っ向から勝負を仕掛けてくるとは思えない。かといって、あの機関銃の威力もある。ここは慎重に陣地を整えて、迎え撃とうかと思う」


 相手の出方は分からないが、とにかく守っていれば勝てるなら……中沢たち生徒会側は、遮蔽物の多い雑木林に陣取り、防衛線を築くことにした。

 



「真っ向から勝負しようかと思う」


 そんなこんなで、生徒会がサバゲールールを飲んだ直後、藤木たち占拠側はすぐさまミーティングを行った。


 サバゲーをすると決まったわけだが、相手は装備も何も整っていないので、現在は準備期間中の休戦とし、昼過ぎに戦闘を開始するということで合意した。


 ここまで持ち込んだなら、何としても勝ちたい。と言うわけで、様々な意見が出たが、藤木の主張は真っ向勝負だった。


「つっても藤木、相手のほうが人数多いんだから、まともにやっても勝てないだろう」

「もちろん、まともにやったらな。けど向こうは油断している」


 ルールの一つ、生き残りの人数の多い方が勝ちというものがあるが、ぶっちゃけ、これが罠だった。


「あのな、もともと人数の多寡から言って、向こうから攻めてこられたら、こっちは打つ手が無いんだよ。確かに、防衛拠点はきっちり構築されてるから、死人を出さずに防衛することなら簡単にできる」

「だから、生き残り人数なんてルール作っちゃいけなかったんじゃないか。どうしてこんなのを受け入れたんだ」

「けど、それだけだろう。それじゃ、負けか、引き分けしか狙えなくなる」

「どうして?」

「勝つためには打って出なければならないが、人数かけて出入り口を押さえられたら攻め手が無くなり、篭城を続けるしか選択肢がなくなる。そうなる前に強襲部隊を出して応戦しようにも、今度こそ人数の多寡が圧倒的な不利を生む。タイムリミットがあるときに取る戦術じゃないんだよ。だから、肝心なのは相手に攻めさせないということだ。自分たちは攻める側だという考えは、このさい忘れてもらった方がいい。そのために餌を撒いた」


 人間は本来保守的な生き物だ。例えば、夜道の曲がり角で人とぶつかりそうになったとき、殆どの人間は咄嗟に避けるなどという行動は取らず、身を硬くして踏ん張ろうとするそうだ。未知の危険に対しては、人間は本能的に防御を取ろうとするようになっている。これを打開するために、ボクサーなどは訓練し経験を積んで回避することを体に覚えこませるわけだが、


「いま、あいつらは仕方なく戦わなければならない状況にいるんだが、ここに守っていれば勝てるよというルールを混ぜてやれば、十中八九そっちを選択するはずだ。で、そうしてくれたほうが、こっちにも勝ち目が生まれて都合がいいわけ」

「……なるほど。けど、こっちから攻めていくにしても、相手は大軍だろ。おまけに陣地を構築して密集されてたら手も足も出ない」

「まあ、その点もちゃんと考慮してあるよ。しかし、人数が少なくなるにこしたことないからな。一戦交える前に、相手の数を減らすことにしよう。鈴木、頼んでおいた、あれ、集まってるか?」

「……あれって……ああ、生徒会や野球部員の弱みやらか? 脅迫でもする気か」

「そうそう。音響兵器を使ってね」




 藤木たちの占拠事件のせいで、授業が出来なくなった学校は臨時休校となった。だが、連絡網が回る前にことが起きてしまったので、殆どの生徒が学校へとやってきており、なおかつ物珍しい光景に見物を決め込んでいる。


 そんな中、サバゲーをやるに当たって、生徒会が人員を募集したら、意外なほど多くの生徒が集まった。


「面白そうだから仲間に入れて」「わたしもわたしもー」「三時まででいいかな? そのあと用事あるし」


 という気楽なものが殆どだったが、壁になってくれるなら有り難いので、ほぼ無条件で受け入れた。


 肝心の武器であるが、参加者の知人友人を頼って集めてみたが全然足りず、最悪買い取るつもりで、駄目もとで駅前のミリタリーショップに相談したら、驚くほどあっさりと貸し出しを許可してくれることになった。話が通っていたとしか思えないが、誰の差し金であろうか。


 そうして徐々に陣営が整いつつあるころ、


「それにしても、悪いなあ……なんかうちが無茶言ったみたいになっちゃったけど」


 野球部の主将の松本が頭をかきながらやってきた。


 中沢としては別にそんな気はなかったし、話を持ちかけたのも自分の方である。今更すぎて何もいえなかった。


「気にしないでくれ。寧ろ、こうなってみて、あいつらをあそこから追い出したことは正しかったと確信してるよ」


 そんな風に世間話をしてる最中も人は続々と集まってきており、始めから居た生徒会役員と金持ちの腰ぎんちゃくが15名、野球部員が30名、それに一般生徒が加わって、ようやく人数が100人に届きそうになったときだった。


 キィーン! と、拡声器のハウリングが聞こえて、見れば占拠側がなにやらを始めようとしている。


 何だろう? と、その場の全員が注目する中、


「これは俺の友達の話なんだけどさ。小学校のときに写生大会ってあったじゃん? 全校で近所の風光明媚な自然公園に出かけて、みんなで風景画を描くってやつ。美術の授業の一環で、でもぶっちゃけ遠足みたいなもんだから、息抜き出来てかなりありがたかった記憶があるけど、何しろ写生大会じゃん? その名称が男子小学生のツボに入らないわけもなくって、行きがけからずっと射精大会! 射精大会! って、超嬉しそうに、危ない薬でもキメたみたいなキレキレの動きしながら、連呼しまくってる奴が居たんだって。で、友達もまんざらそういうの嫌いじゃないから、一緒になって射精大会! 射精大会! とか言っては、女子に『男子超最低ぇ~』とか軽蔑されたり、騒ぎすぎて先生に怒られたりしてたんだけど、そいつテンションマックスだからもう止まらなくってさ、ついにはチンポとかマンコとか、下ネタ満載の歌を歌い出したらしいんだよ。で、男子が集まってゲラゲラやってたんだけど、大きな栗の木の下でって歌あるじゃん? もう分かったかも知れないけど、あれの替え歌歌い出したらしいんだよ。『大きなクリと~栗鼠のあな~』『大きなクリと~栗鼠のあな~』『うひひーうひひー』って……」


 何だこの話は……意味不明の話に頭を抱えるものが続出するなか、話は続いた。


「友達は、一瞬あれ? って思ったらしいんだけど、当時はクリトリスがなんであるか、具体的にはよくわかってないもんだからさ、仕方なくスルーしたんだって。女子はなんか遠巻きでプルプル震えてるし、先生ももう怒ってくれないし、その雰囲気がなんか変だなーって思いながら……で、もう少し大きくなって、分かるわけじゃん? クリトリスの穴ってなんだよ!? 穴じゃねえだろ、クリトリスは! どうしてその時突っ込めなかったんだ!! って、友達は後になって、もんのすごく後悔したらしいんだ。でさあ、その話教えてもらったとき、機会があるなら是非聞いてきてって言われたから聞くんだけどさ。野球部主将の松本君、クリトリスの穴ってなんですか?」

「あ゛あ゛あああ゛あ゛あ゛ぁぁ゛ぁぁ……」


 中沢の隣に立っていた男が、自分の首を絞めながらぶっ倒れた。悶絶する男は地面をのた打ち回り、目を血走らせ、口から泡を吐き、ビクビクと体を痙攣させた。


 いたたまれない……


 トラウマを穿(ほじく)り返された野球部主将の、そのあまりの醜態に、その場の全員が戦慄するが、藤木たちは無慈悲にも容赦なく次の話を続けた。


「友達んち歯医者なんだけどさ、家が近所だからって、よく小学校や中学校の同級生がやってくるらしいんだけど、中学のとき、当時結構気になっていた清純派美少女みたいな同級生が治療にきてね、お近づきになるチャンスだなあみたいに思ってたわけ。治療のことはよく分からないけど、なにやらストレスからか歯軋りが酷いらしくて、奥歯が磨り減っちゃったり、舌が変形しちゃったり、口臭も酷くてかなり大変だったらしいのよ。まあ、美人ってのもストレス溜まるものなのかね。で、友達の親父が治療を終えても、その癖を直さないと、歯に良いこと無いからって、夜寝るときにナイトガードっていうマウスピースをするよう薦めたらしいんだよ。だけど、なんかやたらと嫌がるんだって。説明しててもどうもいまいち会話がかみ合わなくて、一体どうしたものかと首を捻ってたそうなんだが、そんなときに相手がポツリと、『ナプキンを噛むのですか? いやだー』って。いやだーはおめえだよ! ナイトガードってナプキンじゃねえよ! つーか、ナプキン噛むって発想がどこから出てくるんだよ、おまえ毎月使ってんだろ、おかしいと思えよ! 以来、友達はその同級生に対し敬語で話しかけるようになって……」

「い゛や゛だあああ゛あ゛あああ~~~~!!!!」


 二人目の断末魔が響き渡る中、先ほどまで参加することに乗り気だった一般生徒たちが列をなして断りにきた。


「ごめん! やっぱ俺、参加出来くなった」「あー! 用事があるの思い出したー!」「お母さんが早くかえって来いって……」「今日、あれの発売日だったんだよ、あれだよ、あれ!」


 考え直すように説得したが、殆ど効果がなく、気がつけば学校前の橋には巻き込まれまいとする生徒たちが、列を成して下校していった。

 

 


「汚い! あんたたち汚いわ!」


 簀巻きにして転がされていた立花倖が、涙ながらに非難の声を上げた。この人にだけは言われたく無い。藤木はその声を無視してスマホを取り出すと、


「……あ、小町? おまえ何やってんの?」


 学校には来ていたが、どっちにもつかずに遠巻きに騒ぎを眺めていた小町に電話を入れた。


「なにって、あんたたちのせいで、授業もないから暇してるんでしょ」

「つか、なんで来なかったんだよ。結構あてにしてたんだぞ。昨日も一昨日も誘ったのに」

「だから、何度もいかないって言ったでしょ、そんなフナッシーみたいな臭いのする場所なんて……それにしてもエグイことするわね。さっきの子なんてマジ泣きよ、マジ泣き。あんたたち、夜道で刺されるんじゃないかしら」

「そっちの人数どうなの? 減ってるの?」

「そうねえ……半分くらい帰っちゃったんじゃないの。っていうか、これどう決着つける気なわけ? あんまり酷いことするなら、あたしこっちに付くわよ」

「……いや、マジでそれだけは勘弁してください」


 藤木はブルブルと震えて懇願した。


「て言うか、今からでも遅くないから、こっち来てくれないかな。作戦上、おまえがいないと困るんだ。来てくれるなら、なんでも言うこと聞くからさあ」

「あんたも大概しつこいわね。嫌だったらいやよ。用はそれだけ? まあ、退学にならない程度にしときなさいよね」


 そういうと、小町は一方的に通話を切った。


 今回の騒動を起こすに当たって、小町には始めのうちから粉をかけていた。しかし、中沢や朝倉のことを調べてる最中からずっと不機嫌で、結局最後まで首を縦に振ってくれない。


 何が気に食わないか知らないが……手伝って貰わなければ、どうしても困るので仕方なし、最終手段に出ることにする。


 藤木は窓から玄関ポーチの上に出ると、拡声器を貸してくれるように頼んだ。


「…………で、そいつがペパロンチーノ、ペパロンチーノって、すげえ連呼しててさ、多分、ペペロンチーニとペパロニがごっちゃになってんだなって、傷つけてもいけないから会話の流れで暗にペペロンチーニだよーって、発音して指摘するんだけど、でもそいつペパロンチーノって言うのやめないんだよ。イニエスタをイエニスタと言い張るかのごとく。で、もしかしてこいつ格好良いと思って言ってるわけ? って、それに気づいたとき、俺はもう戦慄したね。まわりみんなおかしいって気づいてるんだけど、なんかすげえ得意そうだから突っ込めないの。そんで……? あ、代わるの?」


 遠くで顔を真っ赤にして怒っている生徒会役員が見えるが気にせず、藤木は音響兵器(かくせいき)を受け取ると、


「あ、どもども。話は変わりますけど、これは俺の友達の友達の話なんだけど。その友達の友達には子供の頃から付き合いのある、女の子の幼馴染が居たんだって。家も隣同士だから、それこそ小さな頃から何をするにも一緒に育てられたんだけど、そいつとその幼馴染が一緒に風呂に入ってたときさ、必ずと言っていいほどやったんだよ、バスタブのヘリに立ってジョボジョボと、『見てみて、立ちションベン』って。友達の友達はその余りの行いに幾度となく猛抗議したんだけど、一向に聞いてくれなくって、寧ろ誇らしげに、『女の子だって立ちションできる』って言うものだから、違うよ馬鹿、立ちションってのはもっとこう、おちんちんの角度とか変えてあっちこっち飛ばすんだよ、って教えてやったそうなんだ。するとそいつは、女の癖に自分にもおちんちんがあるとか主張しだしてさ、何言ってんだこいつって鼻で笑っていたんだけど、そしたらその幼馴染があそこをパカッと開いて良く見てみろって言うんだよ。え? 嘘だろ……ってドン引きしながらも見てみれば、確かに突起っぽいものがあるから、俺……の、友達の友達はショックを受けつつも、いやこれはおちんちんじゃないだろう、『おちんちんだよ』いやいやおちんちんじゃないよ、この先っぽからションベン出るの? って聞いたら、『出ないけど、おちんちんだもん! 女の子のおちんちんだもん!』ってすげえ必死で……」


 ベラベラ喋っていたら、藤木の背後でドッタンバッタンと、盛大な捕り物が行われていた。


「HA☆NA☆SE!」「おわあああ! なんちゅー膂力だ!」「マジで人間なのか?」「藤木の言うとおり、全身にスキンクリームを塗ってなかったら、殺られるところだった!」


 藤木は拡声器を傍らに立っていた同級生に渡し、建物の中に戻り、地面に這いつくばって取り押さえられている小町に言った。


「良かったよ。女の子のおちんちん、勃起編までいかなくて」

「…………」


 猛獣のように暴れていた小町がピタリと大人しくなった。藤木は捕まえられた宇宙人のように小さくなっている幼馴染の肩をバシッと叩くと、


「まあ、話し合おうじゃないか。もうじき休戦も解けるし、あまり時間がない……あ、鈴木、それじゃあとは手はずどおりに。天使に従って」

「いいけどよ……」


 鈴木がじろじろと無遠慮な目を小町に飛ばすと、シュッと風が吹きぬけ、


「ぎゃあ! 目がっ……目がぁあ!!」


 一瞬の早業で目を潰された鈴木が地面に寝転がった。この女は食物連鎖の上に立つ者。逆らってはいけない……その場にいた全員が理解した。

 

 中央階段を上って、4階へ行くと、廊下に朝倉が立っており、ぼんやりと外を見下ろしていた。彼女は藤木たちに気づくと振り返り、何か声をかけようとするが、何も言うことが出来ないと言った感じで、目を伏せた。


 藤木はそんな彼女に目礼をすると、何も言わずに更に階段を上って、最上階の尖塔へと上っていった。後に続く小町が言う。


「……って、見かけないと思ったら。あいつはここで何してるわけ? あんたにも、あっちにもつかないで。悲劇のヒロインにでもなったつもりかしら」

「さあな。一応、声はかけたけど」

「怒ったらどうなの? あんた、あいつのためにやってんでしょ。こんだけリスク背負って。何日も前から準備して」

「それだけが理由でもないから。それに……」

「それに、なによ?」

「……まあ、決着がついたら、いろいろ分かるよ。そのためにも、どうしても今日は勝たなければならない」

「……気に食わないわね」


 不機嫌を隠すつもりもなく、小町が言った。


「ここに来るのも二度目だけど、結局、あそこの先には何があるわけ? あんたや、あいつらが拘る何が」

「何もない」

「え?」

「あの先に、大した物は何もない。実際、この目で確かめたからな」


 尖塔の中の部屋に入ると、天使がいて藤木たちを出迎えてくれた。天使の手元には、この部室棟の周りの簡略化された地図があり、それを上空から確かめさせていたのだ。


「そろそろ時間ですかにゃ?」

「ああ、つーわけで、頼まれてくれるか」

「お安い御用にゃ。鈴木さんたちとも友達ですから、言われなくてもお友達は助けるにゃ」

「あと、下に朝倉先輩がいるからさ、こっちに上がってこないように、適当に暗示でもかけといてくれないか? 見つかるとやばいから」


 天使はにっこり笑って応えると、入れ替わりに尖塔を出て行った。小町がそれを見送りながら、忌々しそうな顔をして言う。


「で、一体あんたはここで何をするわけ?」

「決まってんだろ、オナニーだ!」


 小町は頭を抱えた。多分、そうじゃないかと思っては居たが……


「力いっぱい宣言すんなっ! あんた、頭おかしいんじゃないの。また学校で死ぬわけ? しかも、こんな状況で。あっちほったらかしにして何しようってのよ」

「こんな状況だからだ」


 藤木は自信満々に言う。


「いいか? 戦争に勝つには戦術が必要だ。圧倒的な火力や他の追随を許さない技術があるならいざ知らず、条件が全く同じなら、勝つのは兵力が勝るほうか、もしくは、より多くの情報を握った方だ。この間、うっかり死んだとき気づいたんだよ。俺の幽体離脱に制限はない。他人の目からは姿が見えず、それなのに俺は壁抜けも出来れば空も飛べる。色んな視点から、今起きていることを知ることが出来るんだ。そして、それをおまえや天使になら、リアルタイムに伝えられる。これを利用しない手はないだろう。つまりさ……」


 そう言って、彼はにやりと笑った。


「相手がどこに居ようが、何をしようが、俺には全部筒抜けなんだよ」

 


 

 中沢たち生徒会は、結局部室棟から少し離れた雑木林の中に陣取った。本当なら、奇襲を受けないように、見通しの良い場所で密集陣形を取ったほうがいいが、相手から一方的に見られるというのは落ち着かず、機関銃の威力を恐れて、この場所に落ち着いた。


 尤も、機関銃はオール電化で重量が30キロもあり、おいそれと動かせるものではない、拠点防衛用なのであるが。


 ともあれ、陣地が決まると、今度は作戦だった。藤木たちの妨害で、当初100名以上を見込んでいた参加者はその半分の50人に留まり、彼らにプレッシャーを与えた。尤も、それでも相手の倍の数がいるので、実際はかなり安泰なのだが……


「俺を……俺を最前線にいかせてくれ!!」


 と凄みを利かせて詰め寄ってくる野球部主将以下、被害者たちを見ていると、相手が出てくるまで防衛に徹しようとはなかなか決められず、結果として、


「それじゃ、10名ずつ2隊、斥候隊として周辺警戒。あとは、この場で拠点防衛にしよう。相手も大将の藤木を守らないといけないから、10人以上は出てこれないはずだ。敵と接触したら、応援が来るまで無理はしない。それでいいか?」


 という作戦に決まり、血気盛んな男子生徒と野球部員を中心とした斥候部隊が組織された。


 その斥候隊は雑木林の端から端を、分かれて敵陣である部室棟まで掃討することになったのだが……


 しかし、ものの数分もしないうちに、生徒会陣営のすぐ傍で、片方の部隊から、


「ヒット!」「ヒットーーー!!」


 と、撃たれた者の声が聞こえてきた。


 次々と報告の上がるその声の殆どが、自分たちの味方の声である。


「こんなに近くに居たのか!?」


 中沢は驚きながら、護衛部隊に全方位警戒を命じるが、今度は増援に向かったもう一つの隊からも、


「くそうっ! ヒットだ!」


 と声がかかり、本隊に動揺が走った。


 すぐ近くで味方がやられている。


 それが分かって動かないわけにもいかず。


「斥候部隊を援護しよう。こっちから出れば挟み撃ち出来るかも」


 更に追加の部隊を投入するが、行った先からすかさず、


「ヒットだ!」


 と声が上がり、愕然とした。


 何だ? この実力差は……


 焦っていると、先にやられていた部隊の生き残りが帰ってくる。人数は半数に減っていた。


「なんか、あいつらすげえ上手いよ。物陰に潜んでて、こっちより先に確実に見つけてくる。そんで一撃離脱して、追いかけようとすると、行った先に別の奴らが待ち構えてるんだ。あとはその繰り返し」


 報告を聞いていると、別の部隊も帰ってきた。そっちも同じ手口でやられ、この短時間に13人が戦線から離脱を余儀なくされたと知り、頭に血が上っていた者たちも、急激に熱が冷めていくのを感じるのだった。


「幸い、まだこっちに分がある。やはり、防衛して時間切れを待とう」


 日没まで5時間もあるが、防衛に徹すればやれないこともないだろう。何より、このペースでやられていたら、あと1時間ももたない計算だ。他に選択肢はない。


 全員の意見が一致し、密集陣形を取って全方位警戒に切り替えるが、


「え? ……ごめん、当たったかも」


 誰かがポツリと呟いた。


 何かが肩に触れたのを感じ、見てみたら血のりがべったりとついていた。生死をはっきりさせるためにペイント弾を撃ってきたのだ。


「嘘だろ!? 一体どこから……」


 慌てて周囲を見渡せば、カサカサと木の葉を揺らして、小さな影が物凄いスピードで駆け抜けていった。


 その時、一陣の風が吹いて、雑木林の木々を揺らした。


 耳障りなその音が、いつまでもこびりついて耳から離れない。


 敵がどこからやってくるのか分からない恐怖に中てられ、その場の全員が恐慌状態に陥るなか、溜まらず中沢は言った。


「雑木林を出よう! 見通しが悪いのは返って危険だ」


 その意見に、誰も異存はなく、部室棟とは真逆の方向へ、返事を待たずに我先にと歩き出した。しかし10メートルほどいくと、


 バシバシバシッ!


 と、左右から銃撃を浴びせられ、数人がやられた。


 何故、これだけ行く先々に張ってられるのか……?


 パニックになりながら、すかさず応戦すると、


「いたたっ……申し訳ありません。やられてしまいましたわ」


 と呑気な声が聞こえてきた。


 見れば、そこに居るのは運動とは無縁そうな華奢なお嬢様たちで、自分たちがやられてしまったことを面白がり、きゃっきゃうふふと笑い合っている始末だった。


 一体、自分たちは何と戦っていたのか……


「何人やった?」

「5人です……でも、こっちも7人やられました」

「全員、背中合わせになって全方位警戒。一旦落ち着こう」


 残った人数は29人。藤木たちは19人。気がつけば、あっという間にアドバンテージが削られて、戦力差はそれほどは無くなってしまった。


 いや、今までの相手の動きからして、間違いなく、こちらが不利になったと判断していいだろう。


 お嬢様たちが、「ごきげんよう」と言いながらにこやかに去っていく。


 あんなのにやられたのか……野球部員が茫然自失となってその場にくず折れた。


「……認めたくないが、相手は強い。このまま、ここに留まっていてもジリ貧だろう」

「どうしますか?」

「どこかに篭城したい。確か、ルールでは学校敷地内から出てはいけないってあった。逆に考えれば敷地内なら、どこへいっても構わないんだろう?」


 ヒット判定のため、オブザーバーとして同行していた前生徒会役員が言う。


「その解釈でいいと思うよ」

「なら、高校の校舎へ向かおう。幸い、すぐそこの小道から校庭へと抜けられる」


 先ほどは漫然と向かって奇襲された。今度は慎重に前を確かめながら進む……


 しかし、雑木林から庭園へと抜ける一瞬だった。


 暗闇から明るいところへ出る際のホワイトホール現象で、一瞬目を細めた瞬間。


「往生せいやあああ!!!」


 左右から罵声と共に一斉射を浴びせられた。


 相手の数は分からない。もはや応戦している場合でもなく、


「中沢君を守って走れ! 走れ!」


 目暗滅法駆け抜けた先、庭園の中央には東屋があった。


 何故かそこに、玉木老人と晴沢成美が座って、のんびり紅茶を飲んでいた。


 なんでここに……? しかし考える余裕はなく。


 中沢は追い立てられて、その東屋へ飛び込もうとするが、その前ににょっきり伸びてきた誰かの足に引っ掛けられ、無様に転がり、祖父の前で一回転して止まった。


「はい、タッチ」


 強かに打った背中に、咳き込みながら頭上を見上げる。


 馳川小町がつまらなそうな顔で銃口を額に押し付けてきた。


 なんと言っていいのか言葉も出ない。ただ出るのは咳だけだ。


 ゴホゴホとやっていると、


「わっはっはっはっはっは!!」


 と、祖父の高笑いが聞こえた。それは普段の彼からは到底聞くことの出来ない、実に楽しげなものであり、


「嘘だろ……」


 中沢はその事実も、そして自分がこんなにも簡単に負けてしまったことも、いつまで経っても理解できずに、心の整理をつけられるまで、その場に大の字になって横たわっていた。

 

 

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[一言] やっぱりこういう学校での抗争であるあるの 開始前&戦闘中のマイクパフォーマンス 最高ですわwww ああもう見てて楽しいね☆ トラウマ想起は見てて楽しいのじゃよwww トラウマ想起された方には…
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