俺はオナったら死ぬ・2
現場に玉木老人が到着してから、また十数分が過ぎた。
藤木は部室棟二階の窓から、遠巻きにこちらを睨みつける中沢たちを、たまに挑発しながらぼんやりと眺めていた。と言うか、反応の遅さに苛立っていた。先ほどから、何度か直接こちらへ乗り込んでこようと、馬鹿正直に真正面からやってくる者を機関銃で追い返しているのだが、何度やられても拡声器を持ってきたり、携帯電話を使ったり、他の通信手段を試みるものが全く現れないのだ。
スマホは、さっきからずっと見せびらかすように持っている……自分ではあからさま過ぎるくらいに思っていたのだが……イライラしながら相手のアクションを待つこと数分、ようやくスマホに着信が入った。
「どんだけ愚図なんだ……もしもし?」
「もしもし? 先輩ですか」
「おー! よう、なるみちゃん。えらい特等席にいるな。俺だったら御免だわ、そんな羞恥プレイ」
「ホント、針の筵ですよ。生徒会の人には睨まれるし、ギャラリーには遠慮ない目でじろじろ見られるし……あ、いえ! ……はい。あの、藤木先輩? 中沢先輩が代わってほしいって」
承諾すると、静かに怒りをたたえたような声が聞こえてきた。
「……こんなことをして、楽しいのか。君たちのせいで、授業が出来ず、いま学校中が困っている。馬鹿なことをしていないで、さっさとそこから出てくるんだ」
「あっはは。笑っちまうな、中沢。ようやく連絡手段を思いついたと思ったら、交渉ではなく恫喝と来た。頭悪すぎんじゃねえのか。仮におまえのその言葉に乗って、俺たちがここを明け渡したら、おまえらはどうするんだ? よちよち、いい子でちゅねーって褒めてでもくれるのかい。大体、授業なんざ、こちとら一年前からろくに受けられた試しが無いっつーの。こっちはとっくに尻に火が点いてんだよおっ!! くだらねえ茶番はいいから、俺たちが満足する土産を持って来い! この通信手段を失いたく無かったら、もっと頭を使うんだな。それじゃあなっ!」
「待て! 要求はなんなんだ、聞こうじゃないか!」
「……おまえ、本当に馬鹿なの? 中沢やめろって言ってるだろう。おまえがやめて、部室の明け渡し要求を撤回したら、いつでもバリケードを解くよ」
「……そんな要求は呑めない。こちらになんの非があると言うんだ。部室の明け渡しは話し合いで解決したことだろう。文句があるなら、あの場でこちらを納得させられるだけの材料を示せば良かったんだ。このような暴力に屈するわけにはいかない」
藤木は内心ほくそ笑んだ。まあ、そう言ってくれなくちゃ困る。爺さんをけしかけた意味が無い。実際のところ、生徒会長をやめようが何しようが、所詮は高校生レベルの話である。そんなものにしがみ付く理由などないのだ。もしも藤木が逆の立場だったら、よろこんで生徒会長の座を譲ったはずだろう。
しかし、それじゃ困るのだ。
「それじゃあ、話し合いにもならないな。交渉は決裂ってことで。じゃあな」
「だから待て! 要求は聞き入れられないが、お互いの主張に落としどころがあるかも知れないじゃないか。もう少し膝を突き合わせて話し合うべきだ」
「それが出来る相手ならな。おまえらがあの日会議で何をした? 不意打ちで部室を取り上げると宣言し、抵抗しようとするものを槍玉にあげた。自分たちだけは用意周到に、反論する余地を与えないような情報を収集しておいてな。見てて、不愉快極まりなかったぜ。ここに集まった中にも、悔しい思いをした人たちがいる。おまえはもう信用無いんだよ、自戒して後悔するんだな。あばよ」
「待て!」
「いいか? お前とは話し合う余地は無い。分かったな?」
そう言って藤木は一方的に電話を切った。本当に分かっただろうな……と不安に思っていたら、案の定、スマホがブルブル震えて着信を告げる。相手を見れば、晴沢成美とあり、折り返し中沢がかけてきたのは明白だった。
「だから、おまえとは話し合わんと言ってるのに……」
藤木は着信を無視すると、すぐ近くの窓から元気にシュプレヒコールを挙げている髪型が派手なお嬢様に声をかけた。
「白木さん」
「まあ、藤木様。ごきげんよう」
ドリルだのバレッタだのがごてごてついた、見るからにステレオタイプなお嬢様だったが、会議で真っ先にやられていたのと、その日以来芽生えた仲間意識なのか、やたらとフレンドリーに話しかけてくるので、今回の騒動を起こすに当たって誘ってみたが、思った以上にノリノリで乗ってきた。どうも退屈しているらしく、今朝、現場で軽くブリーフィングした際にも、「んまあ、んまあ」と連呼しながらも興奮を隠し切れない様子で、
「私もあの機関銃を撃ってみたいですわ。代わっていただけないかしら」
「いいですよ、もうちょい局面が落ち着いたらね。それより、敵が動きました。そろそろフェーズ2に移行するんで、みなさん1階で作業に回ってくれませんか」
「わかりましたわ」
彼女はそう言うと、一緒に窓から声を張り上げていた女生徒たちを連れて、和気藹々と階段を下りていった。一際甲高い声を上げていた彼女たちが居なくなったので、少しあたりは静かになった。それを意識したのか、建物の外に陣取る中沢たちが、何かやってくるのかと、そわそわしているのが見えた。
別にそんなことはないのだが、相手が勝手にビビってくれるのなら、それはそれで助かる。こっちは単に人出が足りないから、場面ごとで作業分担が必要なだけなのだ。
現在のところ部室棟を占拠している者たちは、藤木を含めて22名。後で合流する予定の天使と、小町を含めれば24名。本音を言えば、この半分くらいしか集まらないだろうと思っていた藤木からすると、この人数は破格だったが、それでもこれだけ大きな建物を占拠しつつ、生徒会とやりあうには人数が少なすぎた。
それに、この24名も情報の漏洩を恐れて、昨夜一晩で召集したものであり、藤木たち2年4組の野郎連中を除けば、殆どが追い出される予定だったお嬢様で、戦力としてはかなり心もとない。
対する生徒会は、落ち着きを取り戻しさえすれば、野球部と一般生徒の協力者も得て、100人は下らない数をそろえることが出来るだろう。ぶっちゃけ、実は現状は占拠側が圧倒的に不利であった。この不利を覆す条件が、絶対に必要なのである。
藤木はお嬢様に指示を出すと、再度拡声器を手に玄関ポーチの上へと出た。鈴木たちがこれ以上ないくらい、ガンガンと太鼓を叩きまくっている。
「諸君! 聞いてほしい! たった今、矮小で卑劣なる中沢が、無条件で降伏せねば容赦はしないと、我々に対する挑戦とも言うべき脅しをかけてきた! あの下劣な男はまだ分かって居ないようだ。我々がそのような脅しに屈するだろうか? 断じて否である! もはや話し合う余地も無い。敵が少しでも動いたら、我々は無慈悲な打撃を与えるだろう! だが、寛大なる我々は奴とは違う。中沢が即刻退陣し、前生徒会に権限を返上すればもちろん、また無辜なる良民に対しては耳を傾けることだろう」
少々露骨かと思いつつ、拡声器の電源を切った。しかし、分かりやすかったからか、向こうも動揺を見せ始めたようだ。今までは中沢やめろとしか言わず、その後どうしろとは言ってこなかった。始めに無茶を言い、徐々に受け入れやすい要求にシフトしていく。テロリストのやり方だ。
向こうの人垣で動揺した女生徒が、必死に顔の前で横に手を振り、無理だとアピールしている。先日の会議にも出席していた、前生徒会長の品川みゆきである。すみませんね、巻き込ませてもらいます……合掌しながら、太鼓を叩く鈴木たちに声をかけた。
「多分、ぼちぼち向こうも動いてくるから、一応、誰か一人は裏の警戒に当たってくれ。流石に来ないと思うが、もし来ちゃったら容赦なくやっちゃって」
「ここはどうする?」
「太鼓ももういいだろう。十分、威嚇するだけしたし、そろそろ相手に考える余裕も与えないとなあ……かなり頭が暖まってるようだから」
ずっと鳴り響いていた太鼓の音が止まると、周囲からまたどよめきが上がった。まだ数名が窓に張り付いてシュプレヒコールをあげていたのだが、こちらの様子を見てそれも止まった。
生徒会の集団は、藤木たちが大人しくなったのを見て、逆に不安を増大させたようだった。正面から何度も銃撃されていたので、それが軽いトラウマになっているようだ。もしかしたら、突っ込んでいってバリケードを崩すチャンスかも知れないが、まあ、そんなに甘くも無いだろう……中沢はそんなことを考えながら、先ほどのやりとりから、自分が出ていっても話し合いにならないと思い、第三者の調停役を立てることにした。
候補は殆ど絞られている。
「……と言うわけで、品川先輩、お願いします」
「無理無理無理無理! 撃たれるかも知れないんでしょう? 無理だって!」
ぶんぶんと首を振って、涙目になりながら品川みゆきが拒絶した。たまたま、前生徒会長だったから指名されたのだろうが、もうお役御免したあとにこれでは、たまったものではない。
「向こうもどうやら第三者の介入を期待してるようです。下手なことはしてこないと思いますから」
「そんなの分からないし! あっちの要求を受け入れる気もないのでしょう? 始めから交渉にならないよ。人質とかにされても困るし、ホント勘弁して」
「行かなければ、その交渉すら出来ないんです。お願いしますよ」
嫌がる前会長を見るに見かねてか、教師の一人が苦言を呈した。
「しかし中沢、相手はあの2年4組だぞ? そのあまりの学級崩壊っぷりに、3年B組と呼ばれているんだぞ? 何をするか分かったものじゃない。女生徒にあんなところに行かせるのは、先生関心しないぞ」
「なら、先生が行ってくださいよ。もう誰でも良いですから」
教師は自分はごめんだとばかりに隣の教師に振った。
「いやいやいや、私は駄目だ。先生どうぞ」
「いえいえ、先生こそどうぞ」
「先生がどうぞ」
巻き込まれてなるかと、教師の間で譲り合っていたら、最終的に後ろの方に隠れて欠伸をしていた立花倖に話がいった。全員の視線が突き刺さる。
「ふぁ~……ふぁ?」
2年4組の担任であるし、どう考えても適任だ。教師たちが口々に言う。
「まあ、誰かが行かなければ始まらないでしょうし……立花先生。お願いできますか。あなた、いつもあそこに入り浸っていたでしょう? たまには先生らしいところを見せてください」
「割と酷いですよね? 主任……」
学年主任のその言葉に断りきれずに、倖は渋々最前線に押し出された。
白旗を掲げた生徒会役員が、ようやく誰かが持ってきた拡声器を使って、藤木たちに声をかけた。
「今、交渉の使者を送ります! こっちに敵意はありません! 撃たないで!」
倖は両手を挙げながら、おっかなびっくり部室棟に近づいていった。
宣言どおり、第三者の話なら聞く耳があるのか、銃撃はされなかった。
全員が見守る中、倖が建物内へと入っていく。安堵の溜め息が周囲に漏れるが、しかし、ものの数分もしないうちに、その使者が簀巻きにされて玄関ポーチの上に吊るされた。
「チェンジ」
拡声器からやる気の無い声が聞こえてきた。あっさりと捕まった倖を見て、その場の全員が、罠だったのか? と憤ったが、
「っていうか、この女、入ってくるなり今ならあいつら何でも言いなりだぜ、弁当を要求しようとか、テレビも呼ぼうぜとか、ビールが飲みたいとか言ってました」
「わー! わー!」
「もう少しまともな人お願いしま……あ、いや。ごほん。我々は~! 貴君らの無恥なる態度に遺憾を表明するとともに、あー、なんかもう、いいや」
ブチッと拡声器の電源が切れる音がして、簀巻きにされた立花倖だけを残し、玄関ポーチに居た全員が建物内に引っ込んだ。
生徒会役員たちが脱力して膝をつく。学年主任がブルブル震えている。中沢が怒りに任せて、
「あんたそれでも教師かああ!!」
と突っ込む声が、辺りに空しく響いた。
しかし、この茶番が功を奏したのか、
「……仕方ないから、わたしが行くよ」
と、前会長の言葉を引き出す結果となった。銃撃されないことは分かったし、意外と話せそうなのも理解した。しかし、その印象は正直間違いだ。彼女はそれを間もなく思い知ることになる。
二度目の使者が送られてきて、今度はお目当ての前会長であることを知った藤木は一階の作業班に声をかけてから、出迎えるために玄関前のバリケードまで行った。鈴木、佐藤の二名がそれぞれアサルトカービンを構えて付き従う。
品川みゆきはうず高く積まれた机のバリケードを抜けて、建物の内部に入ると、物々しい格好をした男たちに出迎えられて、軽く狼狽した。背後のトーチカの中では、今も生徒会役員たちを狙って機関銃を構えている男も居る。やっぱ来なきゃ良かったかな……と尻込みしながらも、
「えーと、交渉役というか、調停役ということでやってきました。品川です」
「すみませんね、巻き込んでしまって」
勇ましいことを言っていたわりには、意外と腰が低いので安心する。
「取り合えずということで、今のところ向こうの要求も無いですし、とにかくこちらの話を聞いて来いって感じで来ました。って言うか、落としどころ考えているなら、出来れば早めに聞いておきたいんですけど……」
「品川先輩が完全に中立ならそれもいいんですけどね」
「信用してくださいとしか」
「まあ、お茶でも飲みながら話しますか。どうも、白木さん」
建物内の廊下を進むと、一階突き当り、美術部部室の前に白木が立っており、にこやかに手を振り挨拶をしてくる。
「ごきげんよう、藤木様、品川様」
「ごきげんよう……」
しかし、その姿が異様だ。いつものど派手な髪型は三角巾に覆われ、割烹着、マスク、ゴーグルをつけて、その美貌が完全に損なわれている。玉ねぎでも刻んでいるのか? 不審に思っていると、
「取り合えず、お茶でも出してもらえませんか。これから少し話し込むので。あと、何人か警戒に出したいので、作業の方も一旦停止しちゃっていいです」
「わかりましたわ」
白木はそういうと、パタパタと足音をたてて階段の方へと消えていった。それを見送りながら、藤木に促されて美術部の部室に入ると、強烈な臭いに見舞われ思わず咳き込んだ。
「ごほごほ……なんですか? これ」
部屋の中には先ほどの白木と同じような格好をした集団が居て、水風船のようなものに、黙々と刺激臭のするなにかを詰め込んでいる。他にも空き瓶に何かの液体が注入されたものが何本もあり、もしあれが何かの薬品なら……と、ドン引きしながら前会長は眉を顰めた。
「保険ですよ、保険。えーと、みなさん。生徒会と一回目の交渉に入るんで、一旦作業中断しちゃってください。無いと思いますが、襲撃に備えて各自警戒を怠らないでくださいね。では、解散」
そう言われると、彼女たちは壁に立てかけておいたアサルトライフルやら拳銃やらを手に、ごきげんようと言いながら、次々と部屋から出て行った。顔も口調もにこやかであるが、まるで軍隊のようである。
「あの……警察沙汰になるようなことは、避けてくださいね?」
「そうですね。出来ればね。けど、こっちも追い込まれてるので」
「どうしてこんなこと始めちゃったんですか? もうちょっと慎重にやれなかったんでしょうか」
「それで結局行動しないんじゃ、本末転倒ですからね。悩む前に行動しろ。まあ、やっちゃいました」
そんな会話を続けていると、白木が紅茶ポットを持って戻ってきた。茶道部と称して、世界各地の高級茶葉を使って、かなり美味い紅茶を淹れると聞いていた。前会長は少し期待しながら紅茶を口に含むが……
「それにしても……酷い臭いですね。せっかくの紅茶が台無しです。ほんとにあれ、なんなんです?」
「あれはコショウ爆弾です。唐辛子とか。とにかく、我々としては現状、あくまで現生徒会を潰すことを考えてます。はっきり言ってやり方が汚いと思いますし、ああ言う輩にいつまでも偉そうにさせてたら、あんまり楽しい学校生活送れそうにもないですしね」
「はあ……確かに、ちょっと彼らもやりすぎですよね。実を言いますと、三年生の間からは結構不満の声が出てます。けど、あと一年で卒業ですから、大っぴらに批判したりはしないようなんですが……ところで、あのビンは?」
「あれは、なんだっけなー……揮発性の高い液体が入ってますよ……多分、三年はそうなんじゃないかと思ってました。実際のところ、元々理事会と揉めた白露会の人たちは、もう卒業しちゃいましたし、その他はぶっちゃけ俺らには関係ない小母ちゃんでしょう。あいつらが、理事会をどうこうするなんて言える筋合いないんですよ。先輩方は男子が学校の実権を握るとは思ってなかったんじゃないですか」
「そうでしょうね。上の代が卒業して、共学化した学校に中沢君のような生徒が入ってくるのは誤算だったでしょう。慣習で彼が会長となりましたが、元々、寮生の自治会だったのだから、白露会自体をさっさと潰すべきだったんです。もう、お金持ちの派閥ごっこでは済まなくなって来ている……と、庶民が言っても仕方ないんですけどね。さっきから気になってるんですけど、あの厳重に封印が施されてる箱は?」
「あれは、いわゆる汚泥が詰められてます。うっかりこぼすと臭いですよ。問題は、彼らが学校内外に力を持っていると勘違いしていることなんですよね。結局、親の七光りに過ぎないんですけど、どういうわけかこの学校はそれに縋るボンボンが多い。とくに白露会ってフレームは性質が悪すぎる。理事会が折れたと言う実績つきですからね、勘違いもしますよ。腹を割って話せば、この仕組みをどうにかしたいってのが本音です。知ってるとは思いますが、現状では授業すらまともに受けられてない学生が存在してます。俺もその一人ですけどね」
「…………なるほど。あなた方にしてみたら、本当に切実な問題ですね。行動を起こしたことも頷けますが……ところで、あっちの液体は?」
「あれはサンポールです。結局、彼らは口にこそ出しませんが、暗に俺たちに学校から出て行けって言ってますからね。そろそろ白黒つけないと。もうね、どうせ将来性もないのなら、ここらでいっそパーッとやっちゃえ……」
「ルールを決めましょう!!」
藤木が言い終わる前に、前会長が立ち上がって叫んだ。ぜいぜいと息を乱し、肩がプルプルと震えている。
「まあ、落ち着いて座ってくださいよ。まだ話し合いは始まったばかりですよ?」
そういって平然と笑いかける藤木に対し、前会長は背筋がゾクゾクする思いがした。そう言えば、自分をかばってくれた先生が、彼らは何をするか分からない……そんなことを言っていた。サンポールて……一体何と混ぜるつもりだ。
「おおお、落ち着いてルールを作りましょう。何も玉砕しなくても、いいじゃないですか。他にも白黒つける方法ならありますよ、ね?」
「ルールですか?」
「そうです! どちらの主張を通すか、例えばスポーツで決めたらいいんじゃないですか? うん、高校生らしくて健全です」
「と言っても……今日中に決めないと士気が下がりますからね。練習も出来ない状況で、外の体育会系とまともにやり合えませんよ」
「なら、装備も整ってるようですし、サバゲーで決めましょう。それならやったことある人の方が少ないでしょうから。ただし、爆弾とかは無しの方向で!」
藤木は面倒くさそうな素振りで、相手がそれでいいならと、応諾した。しかし、内心ではほくそ笑んでいた。計画通り……である。
実際問題、このまま部室棟を占拠し続けるのは不可能だった。それなりに広い建物を、たった20人強で全周警戒した上に、士気も持たせなければならない。それに大概、この手のものは篭城側が有利とは言うが、それは時間制限が無い場合であり、女生徒は夜には帰さねばならないし、タイムリミットはせいぜい日没までしかない。
だから短期決戦に持ち込むことこそが肝心で、そのために色々と布石を打ってきた。
中沢への退陣要求をちらつかせ、機関銃による掃射で印象付け、玉木理事を登場でプレッシャーを与え、教師や親に頼れない状況を作り出し、第三者による調停を行う。そこで、その調停役に話し合いでは埒が明かないから、ルールを決めて白黒つけようと言われたら、まあ、乗るしかないだろう。
こうして、ルールを作った上で短期決戦に持ち込むことが出来れば、こちらにも勝ち目が出てくるという寸法だ。まどろっこしいが、こうでもしないと、相手は多分負けを認めない。いつも親の力でどうにかしてきた連中である。
と言うわけで、ここまで脅しつけるようなことを散々やったわけだが、これにはもう一つ理由があった。それは、調停役として登場させた前生徒会長に、サバゲーを選ばせるためである。彼女なら、部室を占拠して、機銃掃射し、モデルガンで武装している姿を見せれば、十中八九サバゲーと言って来るに違いないと踏んでいたからだ。
何故なら、彼女はどうやら隠れオタクだからだ。古今東西、様々な漫画やアニメで、サバゲー決着というのは幾度と無く扱われた、一つの定番ネタだった。だから、これだけテンプレな状況が揃っていたら、彼女がサバゲーと言い出さないわけがない。
結果として、藤木の目論見は当たり、彼女は占拠側と生徒会とを行ったり来たりして、今回のルール作りのために奔走することになった。
巻き込んでしまった罪悪感と、相手が乗ってくれなければそもそも話にならないので、藤木はルールを作るに当たり、相手に有利な条件を数多く呑むことにした。
そうして出来上がったルールは、
『お互いの大将を討ち取った方の勝ちという要人警護戦』
『モデルガンにヒットされたもの、もしくは体の一部にタッチされたものは、死者となりゲームから除外される』
『日没までに決着が着かなかった場合、生き残った仲間の人数が多い陣営の勝ち』
『学校敷地内から出てはいけない』
『参加者の制限は無く、死なない限り、本人の意思でどちらの陣営も出入り自由』
『改造したモデルガンの使用は禁止。もしくは元に戻すこと』
となった。
その条件は明らかに中沢たちに有利であり、こんなんで本当に勝てるのか? と鈴木たちに文句を言われたが、ちゃんと勝算はあった。
なにしろ藤木はオナったら死ぬのだ。この、普通なら絶対に有り得ない現象を利用すれば……間違いなく、相手は藤木に太刀打ちできないことになる。そのためには鍵となる人物、天使と小町の到着を待たねばならないのだが……
河川敷の向こう側から、学校へと向かっている天使の姿を見て、藤木は勝利をほぼ確信した。




