楽しい学校生活が始まりそうだ・2
すっきりしない気持ちを抱えたまま、およそ2週間の時が過ぎた。
6月に入り、制服も衣替えの季節を迎えて袖が短くなり、道行く女生徒がブラちらやブラ透けをしてはいないかと、毎日々々気が気でない。どうして日本の学生服はこんなにエロくて無防備なのだろうか。誘っているのか? 大体、良く考えてもみてみれば、ブラちらだのブラ透けだの一般名詞のように使っても通じるのは、それが一般的であるからだろう。
話は変わるが、昔何かの漫画で、ズボンのポケットに穴を開け、女子高生をおかずに、おちんちんをシコシコしながら登校している変態を見たことがある。ことあるごとに、ズボンの股間の部分がホカホカするのだ。なんて漫画だったっけとググって見たら、その漫画自体は見つからなかったが、行為の方は結構メジャーで、ポケオナと言えば通じるらしい。こんなニッチな言葉まで定義してあるなんて信じられないが、同じようなことを考える奴らが他にもいっぱい居たわけである。先人達のエロに対する探究心は唸ると言おうか、尊敬の念を禁じえない。いやっほぉう! ジャパニーズ!
そんな具合に、日々下らぬ妄想に耽りながら、部室で今月の同人誌即売会で頒布する予定の原稿を描いたり、女子中学生といちゃいちゃしたり、女子高生とまったりしたり、女教師にハラハラさせられたりしながら、面白おかしく過ごしていたら、いつの間にやら生徒会選挙なるものが開催されて、金持ち連中がやけに浮き足立っていた。
成美高校は一応進学校であるから、三年生が受験に集中できるように、部活なりなんなりの引退を2学期まで持ち越したりはせず、遅くとも夏休み前までには全ての団体の構成員が切り替わった。生徒会もその口で、新年度が始まって暫くは仕方ないが、5月病も乗り切って新入生たちが学校にも慣れてきた、この6月に生徒会選挙を執り行い、新体制へとバトンタッチするのが慣わしだった。
今年もそのタイムスケジュールの通りに動いていたのだが、しかし、去年までとは違い、男子生徒が二年となり、生徒会選挙に立候補出来るようになったら、少々騒がしい事態になってきた。実際に男子生徒が生徒会長に立候補したからだ。
立候補したのは、もはや言うまでもないだろうか、白露会の会長である中沢貴妙。既に金持ち連中のリーダーとして学校生活の中心に君臨し、今更こんな面倒なことまで引き受けなくても良さそうであるが、よほどの向上心が成せるわざか、はたまた貪欲な自己顕示欲の発露であったか、選挙戦の公示が行われるや立候補を表明し、またそれに逆らおうなどという物好きも現れず、あれよあれよと言う間に生徒会長に当選し、校内生徒の最高権力者と相成った。
正直、それによって面白いことが起こるとは到底思えなかったが、そんなことは自分のような庶民には関係ないことだと、藤木もその友人たちも自分の周りのことではあったが、我関せずの姿勢を貫いて、日々のんべんだらりと暮らしていた。
しかし、裁量権と所有権を混同する者はいつの時代も居るものである。
新生徒会が発足してすぐに、藤木はそんなことは言っていられなくなる出来事に見舞われた。それは例年通り新生徒会が、部費予算編成に伴う集会を各部副部長以上を集めて行うのであるが、その席上でのことであった。二人しか居ない文芸部は当然のように、藤木と部長である朝倉がともに末席に参加していたのであるが、
「去年まで部内人数から一律に決めていた予算を、本年度から部活動の学校への貢献度によって部費を決定し、生徒会予算からの経費として配布します。これにより前年の活動実態が無かったとされる部活動は部費をゼロとし、また乱立する部活動の整理のため解散を勧告するものとします」
そんな台詞が飛び出して、会議の出席者がどよめいた。明らかに弱小クラブ潰しである。特に藤木などは身に覚えがありまくるから、笑っても居られない状況である。
ともあれ、あくまで勧告であるから、今後の活動しだいでは回避できると高をくくっていたのだが、次の言葉に耳を疑った。
「それにより、前年度の学校への寄与がもっとも高かった野球部に対し、生徒会は予算を増額するとともに、これだけの貢献度にも関わらず、未だに部室レスである当該部に便宜を図るため、部室棟4階に密集する実績ゼロである各部に対し、部室の明け渡しを要求します」
あ、これは狙い撃ちだ……藤木はちらりと、横目で朝倉を見た。彼女の手がきゅっと握られる。
言うまでもなく、そこには文芸部も含まれていた。元々、部室を与えられた理由も消極的なものであったから、実際に部室棟最上階はやる気の無い部活で溢れていたので、彼らが言いたいことも分かるのだが……もちろん、そんなこと言われて、ほいほいと明け渡すわけにもいかない。
我先にと、なにやら髪型が派手なお嬢様っぽい人物が手を挙げて抗議した。
「異議あり!」
「質疑応答は別途時間を設けて行いますが……」
「いや、構わないよ。彼らにも言い分はあるだろう。聞こうじゃないか」
司会進行役に任せて黙っていた中沢が口を開いた。一瞬、こちらの方に目をやった。多分、見ているのは藤木ではなく、朝倉だろう。
「……質問を認めます。所属するクラブ、学年、氏名のあと、続けて質問してください」
「茶道部3年の白木です。生徒会による提案は横暴です。突然そんなことを言われましても、到底受け入れられませんわ」
「ただどけと言われても、受け入れがたいという気持ちは分かります。しかし、そもそもあなたの茶道部は部室が必要なのですか?」
「そんなのあたりまえでしょう」
「そうでしょうかね。去年の茶道部の活動についてこちらで独自に調査した結果なのですが、貴クラブは茶室どころか、和室すらないこの学校では、常に立礼式で立てるのも緑茶ではなく紅茶だと言うじゃないですか。所持しているマイセンの茶器は素晴らしいの一言ですが、茶道部の所有するものとしては適切ではないと思います。断言しますが、あなたのクラブは茶道部とは名ばかりの、単に放課後に集まりお茶会をするだけの集まりで、改善の見込みはないと思いますよ。逆に言わせて貰えば、生徒会としては何故どかないと言いたくなるのですが」
「うっ……」
正直、これはひどいという空気が辺りに蔓延した。似たようなことをしている身としては、身につまされるものがあるが……と言うか、よく調べたな。事前準備は万端と言うわけだ。
「でも!」
「放課後に集まってお茶を飲みたいのであれば、学食へいってはどうですか。放課後はカフェとして開放されていますし、部活であるなら私物の持ち込みも禁じてません。それでも先輩は部室が必要だと言うのですか? それと同じことが、放課後の学食へ言ってそこにいる人たち相手に言えますか?」
茶道部員はすごすごと席に着席した。ぐうの音も出ない感じである。
「はいっ! はいっ!」
「そちらの、あなた」
続けて別の女生徒が元気良く手を挙げた。というか、生徒会の数人と野球部を除けば、あと男子は藤木だけである。
「軽音部3年の高槻です。うちはちゃんと活動実績があります。去年の文化祭も会報誌を製作して売ってましたし、活動の方も毎日部室に集まって、部員同士で音楽について意見交換をしています」
「そのようですね。と言うか、あなたがたの場合は、その意見交換しかしていないのが問題なのですが……」
中沢はわざとらしく、はぁ~と溜め息を吐いて、
「あなたの軽音部は俗に言うバンドのように楽器演奏をしたり、それを学祭で披露したりするわけではなくて、視聴専門だそうですね。放課後に部室に集まって、ブックオフで大量に買って来たCDを片っ端から貶したり、インターネットからダウンロードした初音ミクの楽曲をヘヴィローテーションしたりするという」
「それが何か悪いんですか? そういう活動をする軽音部ってだけです」
「大変悪いです。あなた方が日夜出し続ける騒音に対して、去年の生徒会が幾度と無くクレームを受けているそうなのですが、あなたは知っていますか?」
「うっ……」
「生徒間のいざこざは当人同士、もしくは白露会に任せていると突っぱねていたそうですが、他の部活から直接文句を言われたりもしていたはずです。正直、活動内容も酷いものですが、周りに迷惑をかけるのは言語道断。視聴専門であるなら、それこそ視聴覚室にでも行ったらどうですか。ヘッドフォンをしていたら誰も文句を言いませんよ」
そんな具合に部室を追い出されまいと、次々抗議の声を上げる弱小クラブの面々であったが、明らかに分が悪かった。そもそもの活動内容自体が、みな似たり寄ったりのアホさ加減であるのに加え、相手がこちらのことを事前に調査しているらしいのが致命的であった。




