表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
1章・先輩と僕の不適切な関係
22/124

A・E・D! A・E・D! ・4

 

 結局、藤木が合流してからも、出席者の喉が潰れるまでカラオケ大会は続いた。天使はさすが天使と言うべきかやたらと歌が巧く、その歌声は誰の耳にも心地よく響くものだから、そのうちリサイタルみたいになってきて、みんな店から出るタイミングを見失った格好である。最終的には、部屋の利用料金が跳ね上がる時間になって、ようやく解散となり、電車通学の同級生たちに手を振って別れ、二人バスに乗って団地まで帰ってきた頃には、日はとっぷりと暮れていた。


 見上げれば、小町の部屋は明かりがついており、在宅していることがわかったが、藤木の家は真っ暗で、まだ母親はパートから帰ってない様子である。


「飯食ってから帰ってくれば良かったなあ」

「からあげでお腹いっぱいですにゃ」


 歌っているとき以外は何かしら摘んでいた天使がボヤく。軽食は割り勘かと思ったら、清算時にきっちり天使の分だけ支払わされた。昼からこいつにどれだけ散財させられたのか……そう思うと怒りしか湧いてこない。普通に考えて三次元の、それもやれない女なんかに、くれてやる金など一銭もないのだが……いや、そう言えば、こいつは好きなときに好きなだけ、やらせてくれるんだったっけ。あれ?


 二人で玄関を潜り、カバンを置こうと藤木が部屋へ向かうと、天使が当然のように一緒に部屋に入ってきた。


「……って、おまえ、どこまでついてくんの? 俺、制服着替えるんだが」

「どこまでって、今朝も言ったとおり、藤木さんとポチは同室ですにゃ。これからお世話になりますにゃ」


 そういえば、そんなこと言っていた。しかし改めて考えればとんでもない話だ。


「つってもおまえさ、今更恥ずかしがったりしないけど、実際にこの状況になってみりゃ分かるだろう? ここは六畳間だぞ。小さい子供ならいざ知らず、二人で過ごすには狭すぎる。俺も、普段の生活サイクルを崩してまで、おまえのために我慢してやるような義理もないんだし、ぶっちゃけ迷惑すぎるわ」

「言いにくいことを、はっきり言う人ですにゃあ……でも安心してください。古今東西、居候と言えば、家主に迷惑かけないように押入れに住まうのが慣わし」

「おー、なるほど、あれか。確かに漫画じゃ定番だな」


 藤木が思い浮かんだ漫画のタイトルを言うと、


「ToLOVEる」「ラブやん」


 天使の声と重なった。


「……いや、ここはToLoveるだろ。こっちは天下の少年ジャンプだぞ? 知名度が全然違うし」

「アフタヌーンディスってんですかにゃ。押入れに住まう天使。家主がニートの変態ロリコンオタクという点で、ラブやんの方が正しいですにゃ」

「こら待て、正しい正しくないはともかくとしてだな。俺はニートじゃないぞ。変態でロリコンでオタクなのは認めるが」

「あっはい……寧ろ少し言い過ぎたかにゃと思ってたんですが……」

「それにだなあ、天使だなんだというなら、矢吹先生だって神じゃないか。どれだけ日本男児の精通に貢献したと思ってるんだ。少子化担当相は今すぐ菓子折りもって参拝しろよ、絶対ご利益あるから」

「いやな神様ですにゃあ……」

「しかし、押入れに住むって言われても、すぐにスペース確保するのは難しいぞ? 布団や俺の私物だけじゃなくて、家族の物も収納されてるんだ。母ちゃんが帰ってきてからじゃないと動かせないぜ」

「その点に関してもご安心あれ」


 天使はそういうと、スカートのポケットからなにやら魔法少女チックなステッキを取り出して、押入れの襖をコンコンとノックした。


「……って、どこにそんな長いの入ってたの? (ちつ)?」

「有りがちなボケはいいですから。ポケットが亜空間に繋がってるなんて、これまた漫画にゃんかのお約束じゃにゃいですか。これ、この通り」


 天使は得意げにウインクしたかと思うと、ガラッと押入れの戸を引いた。そこにはいつもの、物がギューギューに詰め込まれている押入れの中身ではなくて、アグネスの豪邸みたいな無駄に白い部屋が広がっていた。


「おわ! なんじゃこりゃあ」

「驚きましたかにゃ。これぞ現代天国の粋を極めたテクノロジー。亜空間トンネルですにゃ」

「って、散々ラブやんラブやん言っときながら、思いっきりToLoveるネタパクッてんじゃねえかっ! 矢吹先生に謝れ」

「突っ込みどころそこですかにゃ!?」


 ついでに謝るなら原作者の長谷見先生の方だろう。


「そんなわけで、ポチの部屋に関しては心配ないですにゃ。藤木さんの生活にも踏み込みませんし」

「つか、俺の部屋より明らかに広いよね、これ」

「代わりませんよ?」

「別にいいよ、そんなの」

「用事があるときはノックしてくれたら繋がりますにゃ。普段はただの押入れで、空間的な繋がりは絶たれていますから、プライバシーにも十分配慮してますにゃ。いつも通り、アイコラでも何でも作って、変態性欲を満たしてくれても、全然平気ですにゃん」

「おお、それは有り難い。まあ、死ぬんだけどね。全然平気じゃないんだけどね」


 そんな風に、天使に説明を受けてる最中だった。


 トゥルルルル……っと、リビングで電話が鳴り出した。携帯電話が普及した昨今、リビングの家電話にかけてくる者など限られている。よほど身内か、オレオレ詐欺くらいのものである。


「それじゃ、ポチはお部屋に居るから、ご飯になったら呼んでくださいにゃ」


 と言って、天使は押入れの中の不思議空間へ消えていった。


 気になって襖を開けてみたら、あの白い部屋は無くなって、いつもの雑多なものが詰め込まれた押入れが広がっていた。


 ノックしたらまた繋がるのか、試してみようか?


 とも思ったが、相変わらず電話のベルが鳴り続けている。流石に放置しておくのも悪いと思い、藤木は急いで受話器をとりにリビングへ走った。



「はいはいはーい。お電話ありがとうございます。いつもニコニコ現金払い、ニコニコローンでございます」

「あ、藤木? お父さんだけど」


 軽くボケたつもりが、受話器の向こうの人はまるで気にしちゃいなかった。ボケ殺しである。


 電話の相手は父親だった。年がら年中出張、出張で、ろくに家には寄り付かない奴だったが、親子仲は悪くない。共にジャイアンツファンで、休みがあえば一緒にドームにいったりもする。


「と言うかね、あんたら夫婦はどうして息子を藤木呼ばわりするんだ。一向に悪びれた素振りもなしに」

「ふむ。では、今度から藤ちゃんと呼ぶことにしようか」

「藤木でお願いします」

「そう? 可愛いのに。では、お母さんに代わってもらえるだろうか?」

「母ちゃん? まだ帰ってねえよ」

「おや、まだパートかね。少し遅いようにも思えるが」

「ホスト遊びが忙しいんじゃねえの」

「ふむ……ホストか」父は一拍置いてから神妙に、「ところで藤木君。人妻不倫って、なんだか良いよね?」


 ぶぼっ! と音を立てて、藤木は盛大に鼻水を飛ばした。


「なにを言い出す、唐突に」

「お父さん今日ね、関西に居るんだ。実は今朝方こちらの工場がトラブルを起こしてね、急な出張だったけど、他に適任者がいなくて已む無くね。担当者と一緒に関係各所に頭を下げて回ってたんだけども、馬鹿あほ間抜け死んでしまえと罵られながら土下座してたわけだけれど、お父さんはこれも家族のためだと、歯を食いしばり、お母さんの顔を思い浮かべては我慢するその最中、その最愛の妻が私の稼ぎで飲み歩き、いかにも暴力の匂いをプンプンさせたような、若いホストに貢いだり、キスしたり、パイタッチしちゃったり、あまつさえセックスしちゃったりって想像すると、たまらなく勃起する」

「いや、勃起すんなよ」

「しかしね、藤木君。例えばお母さんの裸体を想像して、君は果たして勃起するだろうか?」

「するかっ! おぞましいこと言うな! ちょっと想像しちゃったじゃないかっ!」

「そうとも、勃起するわけがない。私はもちろんお母さんのことを愛しているけどね、流石に20年も連れ添っているから、もう勃起しない。頑張っても40度くらいが限界だ。ところが、君、想像してみたまえよ、40度起たせるのが精一杯だったうちのかみさんが、どこぞの馬の骨とも知らない若造に乱暴に抱かれてるかと思うと、途端に魅力的なものに変わってくるじゃないか。80度は起つ。二倍だよ二倍。あひぃ、旦那なんかよりずっとイイーくらい口走ってくれると尚良いね。なんなら子供を作ってくれても構わない。私は自分以外の種であっても、愛情を注ぐ自信がある。やったね、藤木、家族が増えるよ」

「おい、やめろ」

「うむ、やめよう。と言うわけでね、藤木君、おとうさんは今日は急な出張で関西に居るから、晩御飯はいらないとお母さんに伝えてくれたまえ」

「……あんた、たったそれだけ伝えるために、NTRだのなんだの話を振ったの?」

「ホテルに一人だから、とんでもなく暇なのだよ」


 父は溜め息を吐くように言った。


「なんでまた。せっかく関西居るんだったら、部屋になんか篭ってないで、食道楽(くいどうらく)でもしてきたらどうよ」

「気安く言ってくれるな。お父さんは今、あの関西にいるのだよ? 万が一のことがあったら困るじゃないか」

「万一ってなんだ。まるで紛争地帯みたく言うなよ。アホなこと言ってると、関西人に怒られるぞ」

「しかしだね、藤木君、阪神ファンとか、吉本芸人とか、パンチパーマのおばちゃんとか……道行く人々が、みんな関西弁なんだよ? あと阪神ファンとか」

「お、おう……なんだか不安になってきた」

「そうだろうとも。忘れてもらっちゃ困るが、お父さんジャイアンツファンだからね。うっかりそれがバレてみたまえ、あっという間に熱狂的愛国主義者(はんしんふぁん)の群れに囲まれて、身包みはがされてしまうに違いない」

「……やべえな。そう考えると、関西やべえ……あんた相当危ない橋渡ってるよ」

「そうだろう? これはもう大人しく、ホテルの部屋でプルってるしかないのだよ。ああ、せめて誰か話し相手くらい居れば良いのだが。いっそデリでも呼ぼうか、藤木はどう思う?」

「そういう生々しい話を息子にすんなよ……つーか、あんたくらいの年だと普通は枯れてるんじゃねえの。アラフィフだろ? 弾けんなよ。もっと年相応に落ち着いてくれよ。これが自分の親かと思うと泣けてくる」

「ふっ」


 藤木が溜め息混じりに説教すると、父は鼻で笑うかのように息を漏らした。


「なんだよ」

「藤木もまだまだだなあ。これが若さと言うものか」

「だからなんだよ」

「君もお父さんくらいの年になれば理解するだろう。お父さんも藤木くらい若い時分は、こんな年にもなって自分がこんなにもオナニーしているなんて、想像もしていなかった。しかし、いざこの年になってみるとなかなかどうして……」


 藤木は受話器を叩き付けた。もうやだ、この親父。半泣きになりながらモジュラージャックを引き抜くと、彼はぜいぜい肩で息をしながら部屋へと戻り、ベッドに仰向けにダイブした。なんだかどっと疲れた気がする。


 まあ、世の中には70過ぎてからAV男優になった偉人もいる。それに比べたら可愛いものだが、自分の身内の旺盛な性欲を見せ付けられると、流石に溜め息しかでない。期せずして天使という妹が出来たが、実際に血の繋がった妹も、いつ出来てもおかしくないのだなと思うと、藤木は薄ら寒い思いがした。


 とまれ、そんな具合に複雑な思いを抱えてぐったりしていた藤木であったが、


「……て言うか、あれ?」


 なんかやけに心に引っかかるものがある。なんだったっけ? と頭を痛めていたら、壁の薄い隣の家から、


「うひひひひひひひひ」


 と気色の悪い笑い声が聞こえてきた。


 まさか、あの女、マジでホモゲーやってんじゃないだろうな……


「人に散々オナ禁を強いてきたくせに……まあ、いいさ。死んじまえ……死んで俺に詫びるがよいわ。ふははは、ふははははは……は?」


 藤木はガバりと布団から飛び起きた。先ほどから、何となく心の奥底に引っかかっていた不安の種が、何であるか、その正体がわかったのだ。


 昨日、天使は藤木との関係が近しい者ほど、藤木の影響を受けて不幸が訪れやすいと言った。その結果、幼馴染の小町がオナって死んだわけだが……

 

 

 その日、藤木母が帰宅すると、家の中から息子の絶叫が聞こえてきた。幼馴染とじゃれているのだろう。わりと良くあることだから、特に気にせずに帰宅の旨を伝えようと、息子の部屋の扉をノックしたのだが、


「あ、母ちゃんおかえりー。親父、今日出張だって」

「あ、お母さん、おかえりなさい。お邪魔してます」


 部屋を覗くと、四つんばいになってちんちんをぶらぶらさせた息子が、幼馴染の少女に踏んづけられていた。


 あまりの光景に声も出ない。


 しかし、当人たちはまるで気にした素振りも見せず、堂々としたものである。


 あれ? いつからこの子達、色々すっ飛ばしてそんな関係になったの?


 どう反応していいか分からず、ドアをそっ閉じした母は、それ以上考えずに忘れることにした。なんだか考えたら負けのような気がする。それに、つい最近、これと似た光景を見たような気もしてた。そんなはずは無いのだが……


「仕方なかったんやっ! 親父を遠い異国の地で、独り死なすわけにはいかんかったんやあっ!」


 息子のわけの分からない絶叫を聞きながら、母は夕飯の用意をするために台所に立った。今日は赤飯でも炊いた方がいいのだろうか。悩んでも、答えが出る気はしなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勝手にランキング参加してます ↓ぽちっとお一つ、よろしくお願いします

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ