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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
序章・君はテクノブレイクを知っているか
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2

 突き抜けた壁の向こう側には、藤木の部屋を丁度左右対称にした間取りの、馳川小町(はせがわこまち)の部屋があった。


 同年代の女子の部屋など、ぶっちゃけ殆ど見たことは無いが、それでも、およそ小町の部屋ほど女として残念なものもないだろうと、藤木は強く確信していた。


 床に転がるダンベルと、トレーニングチューブにバランスボール。ハンガーにはなにやらヌンチャクのようなものと、バールのようなものが架かっており、制服と外套と言ったらこれ一枚しかないダッフルコートが、端の端へと追いやられている。シーズンが過ぎたのだからクリーニングに出せとつくづく思う。思うだけで言わないが。


 他の洋服は雑多に押入れへ突っ込まれている。総数は物凄いものがあったが、その殆どが1度か2度着ただけでアイロンもかけずに放置されたものであるから始末が悪い。


「お~い、小町ぃ~。小町(こま)っちゃんやぁ~……」


 部屋の片隅の、丁度藤木の部屋の壁を蹴りやすい位置に学習机が置いてあり、馳川小町はそこに座っていた。机の上のPCモニターからの明かりが頼りの薄暗い部屋で、机にかじりつきながら、彼女は何かを一心不乱に大学ノートに書き入れていた。


「お~い、小町ぃ。邪魔するぞ? おい! って、聞こえないのかな……?」


 そんな具合に藤木が声をかけても、幼馴染はまったくの無反応であった。


「むむむ……困ったぞ」


 姿はもしかしたら見えないのかも知れないが、声が聞こえないとは思えなかった。なにしろさっき突っ込みを入れてきたのはこいつなのだ。


 もしかしてガン無視なのかしらん? と思って、声をかけながら近づいて見たものの、どうやら本当に彼女は藤木の存在に気づいていないようだった。試しに肩を叩いてみたり頭を叩いてみたりもするが、スカッてしまうだけで埒が明かない。


「どうしたものか……それにしても、また要らんものが増えとるな……」


 飾り気のないパイプベッドの脇には、彼女の趣味の通信教材が無造作に積まれていた。洋服もそうであるが、収納と言う概念が欠落している女である。最近は何にハマっているんだろうとタイトルを眺めてみる。


『ゼロから始める裸締め』『私にも出来る浸透勁』『最新・錠前大全』『失敗しないFX』『驚くほど人を騙せる心理学』『100均で作るボイスチェンジャー』『腹腹時計』……おまえは何をしようとしてるのか……


 眉間に皺を寄せながら、頭の痛くなるラインナップから目を逸らし、気持ちを新たにして幼馴染に向き合うと、藤木は再度自分に気づいてもらうようにコンタクトをとり始めた。


 しかし、やはりと言うべきか、頭をぽんぽん叩いてみたり、小町の体の中に入ろうともしてみたが(性的な意味ではない)、これも自分自身の死体で試したときと同じように、うんともすんとも動かない。結果は藤木を落胆させるだけであった。


「……まいった」


 せめて存在だけでも気づいて貰えないだろうか。例えばポルターガイストとか起こせないものか……念じてみたり、腕をバタバタさせたりしてみたが、しかし、やはりというべきか、そんな便利な特技は備わっていなかった。


 途方に暮れてぼんやりと彼女が熱心に書き綴っているノートを漠然と眺めてみる。


 そういえば、さっきから机にかじりついて、一体こいつは何を書いているのだろう?


 正直言って小町はアホだ。勉強なんてするような玉ではない。どうせ何かの遊びだろうなと思いながら覗き込んで見ると……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 礼一はおそるおそる屹立するエクスカリバーに顔を近づけ、まるで弓のようにギチギチと反り返る刀身をちろちろと舐め上げるも、屈辱に耐えかねツイと顔を背けた。


 おのれの分泌した唾液と男の先走りが混ざり合い、糸を引いてぬらぬらと光った。


 バシィィッッ!


 頬に耐え難いほど強烈な灼熱が走り、礼一は吹き飛ぶ。


「あうぐっ!!」

「ちっ! どうしてもというから、最後のチャンスやったと言うのに、お前の覚悟はその程度なんだな」

「ま、待ってくれっ!! いや、待ってください!!」

「俺は短気なんだよ、礼一。これ以上待つのは嫌なんだ」


 部屋の一角には、黒服たちに乱暴に拘束され、丸裸にされた弟の礼二が、血と白濁を滴らせ、腫れあがった顔面を背けて、力無くうな垂れている。


「ごめんよ……ごめんよ、兄さん。僕が、僕が馬鹿やったせいで……」

「もういい礼二、しゃべるな。岡谷さん! 俺が間違ってました! どうか、どうか俺に……俺に、あなたのエクスカリバーを、もう一度しゃぶらせてください!」


 礼一は意を決すると、その逞しくも巨大なエクスカリバーを、自らの口腔に差し入れた。


 コチコチの刀身が結界の中をまさぐり、いままで感じたことの無い感触を礼一の脳に刻んでいく。


「そ、それでいい、礼一……ちゃんと濡らしておかないと、後で痛いぞ」


 礼一は言われるままに、口をすぼめ、その貝のように形のいい顎を上下に揺らし、ジュボジュボと音を立てながらエクスカリバーを攻め立てた。


 ちゅぱちゅぱちゅぷ、ちゅぽんっ。


 ちゅぷちゅぷ、ちゅぱっ。


(まだ……大きくなるというのか?)


 岡谷の腰に()かれた伝説の武器は、その名に恥じぬ強烈な力を帯びはじめた。


 ついに我慢しきれなくなった彼は唐突に、礼一の頭を乱暴に掴んで、喉の奥の奥へとエクスカリバーを突き立てる。


「ふっ……ぶぐっ! お゛あ゛っ、じゅぼっちゅぷちゅぷ、あ゛あ゛、じょぶぶ」

「うほおぅ! うほっ! いいぞっ! いいぞ、礼一! お前は! なかなかの! 聖剣の使い手だ!」


 容赦なく、礼一の喉をエクスカリバーが抉っていく。


「ぶぎぎっ! ぶばっ、じゅぶじゅぶ、お゛お゛、じゅぶぶ、い゛ぎっ! い゛ぎっ」

「ふおおおおーーー!! 礼一! いくぞ、俺はもう我慢出来ない! いくぞいくぞぉーーっ! 約束ぅ! されたぁー! 勝利のぉぉぉーーーー!!! ……………………」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……もうやだ、この女。藤木は二度失神しかけたが、どうにか踏みとどまった。世の中には必要な暴力というものがあるんだと、心の底から理解した。念力で人を殺せないかと真剣にチャレンジしてみたが無駄に終わった。


「小町っ! おい小町っ!! そのアホノートのコピーをご町内にばら撒かれたくなかったら、いい加減に気づきやがれ、このスカポンタンっっ!!」


 いらだち任せに怒鳴りつけるが、やはり効果は無い。


 気が治まらなくてぶんぶん腕を振り回したり、耳元で罵詈雑言を浴びせかけたりもしているのだが、小町が藤木に気づく気配はまったくなかった。


 キーボードクラッシャーもかくやと言うほど大暴れしているのだが、一向に気づいてくれない彼女に対し、一方的な苛立ちが募っていく……


「……ふぅ。落ち着け」


 しかし、怒ったところでしょうがない。藤木は自分に言い聞かせると、冷静さを取り戻すため深呼吸した。


 これだけ騒いでも彼女が自分に気づかないのだから、もうこの方法はいくらやっても無駄なのだろう。少なくとも、アプローチの仕方を変えたほうがいい。なにしろ疲れるし。


「大体、こいつさっき俺に突っ込み入れたんだよな。だからどうにかして気づかせる方法はあるはずなんだ」


 ビックリして天井を突き抜けて飛び上がったのだ、忘れるわけがない。あの時、自分以外に騒いでいる者など、近所に誰もいなかった。間違いなく彼女は藤木の部屋の壁を蹴り上げた。それこそ、いつものことだから、勘違いということも無いはずだ。


 じゃあ、なんであの時は彼女に藤木の声が届いたのだろう……


「あの時は確か……絶体絶命だと思って滅茶苦茶焦ってたんだよなあ……そりゃ、まだ死にたくないから、必死にもなるってもんだ。うん」


 つまり、それであろうか?


 今の自分には必死さが足りないのではないか。


 さっきはもはやこれまでと絶望感に打ちひしがれながらも、生への渇望から沸々と湧き上がる闘志で、心の底からの叫びを上げていたはずだ。しかし今はどうだ。ちょっと小町(こま)っちゃん? 気づいたんなら助けてよぉ~、何でもしますから……と、どこか他人事だ。


 もっと真剣に、死と向き合わねばならないのではないか。


「……まあ、ダメで元々だし、やってみようか」


 そう独りごちると、藤木はまた深く深呼吸しながら気を落ち着けた。



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