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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
1章・先輩と僕の不適切な関係
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A・E・D! A・E・D! ・1

 不届きな教師が連行されるのを見送り、溜め息を吐く女子中学生らとくっちゃべりながら、昼休みの暇を潰した。春の穏やかな陽気にそよぐ風が心地よく、午後の授業をうっかりサボりたくもなるが、前途ある若者を悪の道に巻き込むわけにもいかない。予鈴が鳴ると、なるみに引っ張られるように校舎へ戻った。


 満腹感が眠気をいざない、欠伸を噛み殺しながら教室の扉を潜ると、友達連中に囲まれた天使が、


「どこへ行ってたにゃ? 待っていたのに」


 と言いながら財布を投げて返してきた。やたら軽くなっているのは気のせいではない。取り囲む非モテ野郎共が奥歯をシーハーシーハーさせながら、


「兄貴ぃ! ご馳走になりましたぁ!」


 と悪びれもしないで手を振った。


「げっ……マジでおまえら(たか)ったの? 容赦なさすぎんだろ」どれだけ飲み食いされたのか、財布の中身を確かめていると頭が痛くなってきた。「くそう……大体、おまえらリア充リア充言うけどさあ……」


 まあ、リア充か。


 さっきまで、幼馴染の弁当持って、女子中学生といちゃいちゃしながらランチしていたのだ。シチュエーションだけ列記したら確かにリア充である。藤木は文句を言いたい気持ちをぐっと堪えた。


「実際、その立場になってみれば、全然そんなこと無いんだけどなあ……」


 とぼやいたら、ケツを思い切り蹴り上げられた。痛い。

 


 午後の授業が始まったが、だからと言って午前中と何が変わるというわけでもない。相変わらず、授業についていけないので寝てるか、内職してるか、友達と喋っているかである。


 と言うわけで淡々と進む授業をよそに、今後のことについて考えていた。自分の生死や、天使のこともそうであるが、何よりオナニーのことである。


 現実問題、健康的な男子高校生がオナニーをしないで何日間いられるだろうか? 一度、夢精がしたくて必死にオナ禁した覚えがあるが、その時は一週間が限度だった。今やっても、恐らくそんなもんに違いない。テクノブレイクは今後も避けて通れない道だ。


 となると、鍵はやっぱり小町である。昨日今日はどうにか生き返らせてもらえたが、これから毎日オナる度にお願いしていたら、間違いなくその内ぶち切れる。なにより、一番怖いのは、彼女が完全に切れて藤木を生き返らせてくれなくなることだ。もう既に何度も死んでるから、結構慣れてきているし、あの女のことだから、放置して死亡が発覚、両親が涙を流し坊さんがお経を詠む中で、突然生き返らせたりとか平気でするに違いない。もしくは、復活を餌に、何か要求されたりとか……考えれば考えるほど恐ろしい。


 何か別の復活手段はないか? もしくは、小町と交渉出来るだけの材料は……


 いっそ、天使が生き返らせてくれればいいのだが、彼女は藤木をあの世に連れて行きたいようなので、利害が一致するとは思えない。いや、それでもダメもとで、一度くらいお願いしてみようか……


 隣席の天使のほうをちらりと見ると、彼女はもう完全にクラスに打ち解けたようで、鈴木たちだけでなく、他の女子たちとも手紙のやり取りをしたりして、学校生活をエンジョイしていた。まあ、話し合うにしても授業中はまずい。家に帰ってからにしよう。


 天使はクラスメイトだけでなく、教師にもやたらとモテた。午前もそうであったが、午後も全ての授業で必ず一回は教師に当てられ、好奇と期待の眼差しを向けられるも、悉くとんちんかんな答えを返してその期待を裏切っていた。ぶっちゃけ神様がいるのなら、こいつに洗脳や催眠、文書偽造の能力(スキル)ではなく、どうして学力のほうを授けてやらなかったのかと、説教したくなるレベルである。


「……ズッ友のくせに、生意気ですにゃ」

「うっせえな」


 もっとも、藤木も大差ないのであるが。それどころか、藤木のみならず、鈴木も佐藤も山田も、クラスのほぼ全員が似たようなものである。まともな学力を保持しているのは、せいぜい朝倉と佐村河内くらいのものだ。


 理由は言うまでもなく、例の理事会と白露会、学園のOGの確執のせいで、まともな教育を受けられなくなった2年4組の面々は、元々入学時から大した学力も無かった上に、この一年で止めを刺された格好だった。


 普通ならモンペが出てきてぎゃあぎゃあ騒ぎそうなものであるが、喧嘩をふっかけようにも相手が相手なのと、卒業後は大学へ有利な条件で内部進学できるという特典があるお陰で、表立って騒ごうと言うものはいなかった。尤も、今現在、その大学は試験さえ受ければ誰でも入れるわけだが。


 学生も学生で、自分たちが不遇であることは認識していたが、なんやかんや授業をサボってても文句も言われない立場というのは楽であるから、慣れれば誰も文句は言わなくなった。喉もと過ぎればなんとやらである。


 と言うわけで、将来への不安を多少抱えつつも、のんべんだらりと日々を過ごしていたクラスメイトたちは、同じ阿呆という連帯感から結束が固く、男女問わずにみんな意外と仲が良い。「今日は天使ちゃんを歓迎して、カラオケ寄ってこうぜ」と鈴木が提案したら、私もいくいくと教室中から手が上がるくらいにである。


 授業が終わり、放課後の喧騒に包まれる。立花倖がふらりとやってきてHRを始めるが、特に連絡事項もなかったのか、「はいはい、かいさーん」と言って去っていった。マッハである。朝倉はいつも通り、マイペースにカバンにノートをしまうと、クラスメイトに目もくれず、いそいそと教室を出て行った。恐らく、部室に行くのだろう。その背中を目で追いかけて、心の中で手を振った。流石に今日は部活に寄ってはいられない。


 カラオケ、というか天使の歓迎会には結構な人数が集まり、藤木は15人くらいの人数でぞろぞろと教室を出ようとしたのだが、


「藤木ぃ~、今日、あんた理科室」


 と背後から声が掛かり足を止めた。理科室の掃除当番という意味だ。教室後ろの当番表を見ると、確かに藤木の名前が書いてある。代わってくれるような優しいクラスメイトはここには居ない。


 仕方なし、後で合流すると言って、天使を鈴木たちに任せ、藤木は理科室に急いだ。


 実習棟へ向かう渡り廊下で、先に向かっていた掃除当番の集団に追いついた。向こうもこちらに気づいたようで、軽く手を振ってきた。藤木はその後ろを、ちょっと離れてついていった。


 成美高校は共学化したとは言っても、まだ二年目の学校であり、その男女比は全校生徒だと5対1くらいと、圧倒的に女子が多い。中高の3年生は共に女子しかいないし、2年生も七三で女子が多かった。と言うわけで、今一緒に歩いている掃除当番も殆どが女子で、並んでぺちゃくちゃ喋るのは結構敷居が高い。借りてきた猫状態である。


 そんな具合に少し離れて歩いていると、向こう側から別の女子の集団が現れた。あれは1組の金持ちだ。嫌な予感しかしない。そして女子の集団と女子の集団がすれ違うときの、あの緊迫感は一体なんなのだろう。


 対面の集団はこちらに気づくや、あらっとした顔をしたかと思うと、突然わざとらしく声量をあげつつ道幅に広がり、ずんずんとこちらへ向かってきた。そのまま進めば確実に轢かれる。貫徹無視を決め込むつもりか? いや、おまえら今、思いっきり気づいたよね? と突っ込みたくなるが、そんなこと絶対言わせないというような、ぞっとするような顔を貼り付けていた。目はつり上がって、顔がぼうっと浮いている。これキチガイの顔ですわ。


 こちらの集団も、初めは負けじと張り合おうとしていたが、結局、相手の迫力に負けて道を譲った。


 相手は通り過ぎざまに、あら居たの? と言わんばかりの冷たい表情を見せてから、何も言わずにただ通り過ぎ、そして少し離れてから「きゃははははは」と哄笑を廊下に響かせて去っていった。


 さっきまでぺちゃくちゃと喋っていた女子たちが、完全にお通夜モードである。


 圧倒的に雰囲気が悪い。何かフォローを入れないといけないのだろうか……と、ソワソワしながら着いて行ったが、廊下の角を曲がるや否や、


「なにあれ、超きもくない?」「有り得ないよね」「なんかチーズの臭いしなかった?」「してたしてたー」「超くさいよねー」「あいつら、あれ勝ったとか思ってんのかな、むかつかない?」「つか、勝ち負けとかじゃねーし」「ばっかじゃないの」


 女子が一斉に悪口を言い始めた。もう帰っていいだろうか。



 そんなわけで、理科室掃除は女の愚痴のオンパレードと言う、うんざりするほど最悪な雰囲気で続いた。因みに男は藤木一人である。相手のほうが絶対悪いし、彼女らが怒る気持ちも分かるのだが、どうして女の愚痴は取り止めがないのだろう。時折、同意を求められて愛想笑いを返すが、殆ど耳を素通りするだけで頭に残らない。


 掃除が終わっても、いつ果てるとも知れず盛り上がる女子を尻目に、藤木はゴミ捨てに行って来るからと、教室を逃げ出した。


 言うまでもないが、金持ちの内部生と、庶民の外部生は仲が悪い。たまたま、共学化の過渡期という現状から、男の目があったり、男女比がおかしかったりするせいで、直接の衝突は無いが、もしもそのタガが外れたら、スクールウォーズみたいなことになるはずだと、藤木は確信していた。どこかでガス抜きをしないといけない。


 もっとも、思っているだけで自分が何か出来るわけもなし、何か起こるまで消極的に待っているしかないのだ。うんざりするような溜め息を吐きながら、理科室のゴミ箱を両脇に抱えて裏庭へとゆっくり向かった。


 校舎は新しいのだが、古い女子高時代の名残で裏庭には焼却炉があって、ゴミはここへ集められる。尤も、とうの昔に使用が禁止されているので、集められるだけでここで焼かれることは無い。ゴミコンテナが置いてあって、用務員が生徒の持ってくるゴミを目視で確認し、分別して捨てるだけだ。


 藤木はゴミを用務員に渡すと、さっさと来た道を引き返した。


 理科室へはもう戻る必要も無いだろう。カバンは教室においてある。実習棟から教室棟へ、来るときは二階の渡り廊下を通ったが、帰るときは一階のそれを使った。


 教室棟へ入ると、すぐに保健室と職員室が並んでおり、放課後も遅くなってきたから人影も疎らである。外のグラウンドから聞こえる、女子運動部の声を聞きながら、中央階段へ向かいそれらの前を通り過ぎたときだった。


 藤木はふと、視界の隅を掠めた何かが気になり、足を止めるのだった。


 はて、なんだろう?


 廊下を今入ってきた方向へ振り返る。


 渡り廊下の入り口の鉄扉がカタカタ揺れた。


 階段からはリノリウムの床を踏む、キュッとした音が響いた。


 職員室から教師が出てきて、ぼんやりと佇む藤木を見て怪訝な顔で通り過ぎていった。


 保健室の壁の今月の標語なるスペースに、手洗いうがいはしっかりしようと、小学生の描いたポスターがかけられている。


 なにが気になる?


 その小学生の描いたポスターの横だった。赤地に白のハートマーク、その中に心電図の波形が描かれているボックスがあり、そこには大きな字でAEDと記されている。


 気になるのはこれだ。


「……A・E・D……って、なんだったっけ? 証明終了?」


 AEDとは自動体外式除細動器、いつか東京マラソンのとき、心臓発作でぶっ倒れたコメディアンがこれのお陰で命を救われたことがあるという、救命機器のことである。


 藤木はそのことを思い出し、足のつま先から頭のてっぺんまで、電気が走るかのようなビリビリとした快感が走り、天啓の閃きを感じるのであった。


 そう、AED、これさえあれば……これさえ……


「あばば、あばばばばば……落ち着け、落ち着くんだ、俺」


 藤木は戦慄(わなな)く手をぺちりとたたき、心臓の鼓動を押さえつけるかのごとく胸に腕をやり、深くて長い深呼吸をした。


 そして辺りの様子を見回すと、そこに誰もいないことを確認し、おもむろにAEDと書かれているボックスから中身を取り出し、渡り廊下の出入り口からちらりと周囲を確認して、爪先立ちで音も立てずに一目散に駆け出した。


 用務員のいる裏庭の死角を通り過ぎ、来年の取り壊しを待つ高校の旧校舎の脇を通り抜け、その校舎にかかるように突き出た桜の木の下を潜り、学校の敷地内の奥へ奥へと駆けていく。やがてグラウンドの運動部の声も遠くなり、そしてかつては何らかの行事で使われていたであろう広場の片隅にある、今はもう誰も近寄りもしないトイレに駆け込むと、個室に入り、鍵を閉め、便座に座った。


 便座に座ったからには、なんとなくズボンも下ろした。ついでにパンツも下ろした。勢いで脱ぎ捨てたそれを丁寧に畳んだ。そして興奮冷めやらぬまま、手にしたそれを高々と掲げて、藤木は天に向かって誇らしげに宣言した。


「これさえあれば、オナニーが出来るっ! そう、AEDならねっ!!!」


 説明しよう。AEDとは自動体外式除細動器のことであり、簡単に言えば心臓救命装置、心臓マッサージ機のことである。説明書のイラストに描かれている通りに、心室細動(心停止の一種)した人間の胸にパッドを貼りつければ、心電図が自動でそれを読み取り、必要ならば電気ショックを与えることで心臓の動きを取り戻すことを試みる。殆ど自動化されているので一般人にも簡単に使うことが出来、そのため近年、人の集まる公共施設などに急速に広まったので、誰もが一度はお目にかかったこともあるだろう。


 そう、これ以上言わなくても分かるであろうが、藤木はこのAEDを装着してオナニーすることで、自分が逝ったあとに機械に心臓マッサージをしてもらえば、生き返ることが可能であると気づいたのだ。天才であるに違いない。


 早速とばかりに、藤木はAEDを箱から取り出すと、説明書を見ながら自らの体に装着しはじめた。


「えーっと、なになに……胸のこの位置と、この位置にパッドを……」


 しかし貼り付けようとしても洋服が邪魔である。交通事故で倒れた女性をAEDで助けようとして服をびりびり破いたら、同乗の男に警察に突き出されたという話を思い出した。ネタかホントか分からないが、洋服を着たまま装着するのが困難なことは確かだ。藤木は下半身に続いて、上着も脱ぎ捨てると、折り目をただして丁寧に畳んだ。


「へへっ……俺、いま学校で全裸になってる」


 隙間風がビューと駆け抜けていって、ドアをカタカタと鳴らした。ぶらぶらさせてた息子がきゅっと引き締まる。新しい快感だ。これまたネタかホントか分からないが、うんこをするとき全裸になる人が世の中には居るらしい。確かに癖になりそうだった。


 興奮冷めやらぬまま、藤木はいそいそとパッドを所定の位置に貼り付けて、本体のボタンに細工をした。自分が死んで脱力したあと、倒れながらボタンを押せるようにだ。便座に座り、最後のチェックを終えると、藤木はいちもつをニギニギし……あれ? 元気がないぞ? どうしたどうした。もう中学の時みたいに、妄想だけで勃起することも出来ないのかい? いつからそんなわがままな子になっちゃったと言うのかい? しかし、


「外出先でも大丈夫っ! そう、アイフォンならねっ!!」


 彼は21世紀最初にして最大の発明品を誇らしげに掲げるのであった。これにはマイサンも苦笑い。そしてお気に入りのおかずを表示して、いよいよ藤木の新たな挑戦が始まった。


「いやっほぉぉ~~い! 美しい~汗を~かこう~」


 それは約束された勝利、幸福の待つ美しい未来。


「汗をかくって素晴らしい~、生きているって素晴らしい~」


 AED、アイフォン、これらテクノロジーの進歩のお陰で、幾度も繰り返される理不尽な死を乗り越え、藤木はついに新境地へと辿り着いた。それは人類の勝利である。アルキメデス、トーマス・エジソン、ニコラ・テスラ、平賀源内。数々の偉人の礎の上に、いま藤木は立っていた。ありがとう、発明王。過去の偉大なる人たち。あなたたちのお陰で、今の自分は困難を乗り越えられる。見ていて欲しい、この逝き様を。


「ははは! これで小町も天使も用済みじゃあ~! うっ……」


 結論から言えば駄目でした。

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