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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
1章・先輩と僕の不適切な関係
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全力で虎の威を借る人たち・3

 うろたえる後輩を適当に弄ってから、持ってきた弁当を広げた。案の定、中身が片寄っていたが、汁ものは入ってなかったのでほっとする。


 それにしても小町の弁当は茶色い。思春期男子のものと言っても誰も疑わないであろう、肉尽くしである。あと乳製品。


「……別に同人誌描くななんて、もう言わないですけど、人目につく場所は控えましょうよ。ここって良く考えてみれば廊下ですよね? 部室あるんだし、中に入ったらどうなんですか」

「つっても、誰も来ないだろう、こんなとこ。一緒だよ、一緒」

「どうして、先輩たちは頑なに廊下に集まろうとするんですか。わけわかりませんよ」

「んー、習慣かなぁー」


 習性と言っても過言では無い。世間一般的にイケないとされてることは、チラ見せするくらいでいるのが、一番楽しく感じるのは何でだろう。ぐずぐずと打ちひしがれているなるみが席について、三人で手を合わせていただきますと唱える。


「から揚げやるから、そのミニトマトちょうだい?」

「その等価交換でいいんですか? ……って、お肉ばっかりですね。栄養偏りますよ」

「だからくれって言ってんじゃん」


 最近はこの三人で昼食を取ることが多かった。


 元々、朝倉はほっとけば毎日昼は部室に来ているようだったが、なるみの方は中学の友達が大勢居る。こんな辺鄙な場所にわざわざ来ないでも良かろうに……そう思って尋ねると、


「友達と食べるのも良いんですけど、肩こるんですよね。ほら、うちって中学がもう1クラスしかないじゃないですか。そうなったら不思議と特定のグループって作りにくくなっちゃったんですよ。どこへ行くのも大所帯になっちゃって」

「なるほど、結束しちゃったんだな」

「そんな感じですね。それに、私が居ると白露会の人がちょっかい掛けてくるんですよね。去年はよくお世話になってたんですけど、今年はほら……兄が入学してきたから」


 晴沢成美には伊織と言う名の一つ年上の兄が居る。そいつが今年入学してきて、当然のように白露会のメンバーに加わったそうだ。


「兄さんと同じ食卓囲むくらいなら、上履き食べた方がマシですよ」


 17年間生きてきて出会った様々な兄弟を見てきたが、どの兄弟も心の底から憎しみあってるのは、いったい何故なんだろう。なるみも難しいお年頃らしく、兄のことを毛嫌いしているようだった。


 そんな風に取り留めない話をしているときだった。


 突然、中央の階段の方からダダダダダッ! っと、凄く大きな足音が聞こえてきて、グングンこちらへ近づいてくる。そしてパーティションの衝立ついたてをバンと倒しそうな勢いで、2年4組担任の立花倖(たちばなゆき)が飛び込んできた。


「朝倉っ! 匿ってっ!」


 そして有無を言わさずそういうと、返事を待たずに彼女はひらりと身を翻して姿を眩ました。この間、およそ3秒である。


 忍者か、あの人は……


 あまりの出来事に、箸を銜えたまま固まっているなるみと見詰め合っていたら、再度階段の方から、カッカッカッ……っと、今度は控えめな足音が聞こえてきた。そして衝立のむこうから、にゅっと学年主任の先生が顔を出した。


「お食事中にお邪魔して悪いわね。立花先生はどこかしら?」

「えーっと……」


 突然現れた学年主任になんと応えるべきか悩んでいると、


「立花先生なら、今日はまだいらしていませんよ?」


 しれっと朝倉が嘘をついた。


 学年主任は何か言いたげにしてたが、言葉をぐっと飲み込み、何か言う代わりに黙って部屋の捜索を始めた。当たり前だが、まるで信用がない。


 普段、物置に使っている本来の部室の中を改め、今度は廊下の机の下、本棚の影、しまいには掃除用具入れまで開けて調べるが、しかし立花倖はどこにも居ない。


「あの、いくらなんでも、そんなとこに隠れませんよ」


 と朝倉に言われて、複雑そうな顔をしながら、学年主任は掃除用具入れの扉をパタンと閉めた。


「お騒がせして、本当にごめんなさいね」


 そういい残し、彼女はトボトボと来た道を戻っていった。


 沈黙が場を支配する。


 どうしてみんなして息を殺しているのか分からないが、なんとなく次の行動に移れず途方に暮れてると、


「……よっこらセックス」


 窓枠にぶら下がって懸垂していた立花倖が、不届きな台詞を口走りながらひょっこり顔を出し、転がるように廊下へ躍り出てきた。


「助かったわ、朝倉。ありがと」


 立花倖は、文芸部の顧問というわけでもないのだが、いつも部室に入り浸っている。今年赴任してきたばかりなのだが、いきなり問題児クラスを押し付けられたせいか、クラス唯一の優等生である朝倉に頼りきっており、ことあるごとに部室まで相談に来ていた。どちらが先生で生徒か分からない。


 気にしてないと言った素振りで目礼だけする朝倉に変わって藤木が突っ込んだ。


「つーか、ユッキーさ、間違いなくこの学校で一番青春してるよな。どこの世界に教師から全力で逃げ回る教師がいるんだよ。言ってる自分でも意味わかんねえよ」

「誰がユッキーよ、別にあんたに迷惑かけてるわけじゃないじゃん。いいでしょ」

「良い悪いの問題じゃねえよ。有りえねえって言ってんの。つーか、よくこんなことして首にならないよな……噂で聞いたんだけど、ここに来るまで7回学校変わったってホントなんじゃねえの」

「失礼ね。誰よ、そんな噂流してるの。3回よ」


 マジか。適当に言っただけなのに……


「それに依願退職よ。首になったわけじゃないわ。大体、あんた逃げることが悪いみたいに言うけど、そんなの大間違いよ。犯罪でもない限り、逃げられるときは逃げなさい。逃げるのも権利なんだから」

「つっても、あとで余計に怒られるだけだろ? さっさと捕まった方が楽じゃないか」

「馬鹿ね、藤木、あんた何も分かってないわよ」

「なんだよ」

「いい? よく言われるけど、日本人が穏やかで寛大な心の持ち主なんて大嘘なんだからね、気をつけなさい。日本は列島全てが火山だから、大地が火山灰に覆われているせいで、普通なら野菜を食べているだけで取れるはずのカルシウムが全く取れず、世界的にも怒りっぽい民族だって科学的に証明されてるの。一度火が点いたら止めるのは困難、怒りが怒りを呼んでまるでキチガイみたいに暴れ出すわ。だから怒っている人が居たらそれ以上怒らせたら駄目。頭が冷えるまで逃げ回ってる方が、その人のためにもいいのよ」

「上手く言いくるめられてる気がしないでもないが、そもそも怒らせる奴が悪いんじゃねえの」

「うっさいわね。大したこともしてないのに、怒る方が悪いのよ。ちぇっ、ミンチンみたいな頭してさあ」


 ユッキーはあさっての方向を向いている。


「一体何やったんだよ、言ってみろ」

「ホントに大したことじゃないわよ?」

「いいから」

「焼却炉で生徒から貰った芋焼いてたんだけどさ、火力が全然足りないから手近にあった汚いプリントをバンバンぶち込んだのよ。そしたらそれが、主任が今日クラスでやる予定の小テストだったらしくてさあ……」

「全力で謝って来い! 今すぐだっ!!」

「なによー。だって仕方ないでしょう? 今時、わら半紙使ってるのよ、しかもヨレヨレの。てっきり反古紙(ほごし)か何かだって思うじゃん」

「ちゃんと確認しないあんたが全面的に悪いっつーの! いいから謝って来い! クラスの生徒たちにもだ」

「あのー……」


 ブーブーと唇を尖らすユッキーに、それまで閉口していたなるみが、恐る恐るといった感じで言った。


「先生、今すぐ謝った方がいいと思いますよ」

「だから、後でちゃんと謝るって言ってんじゃん」

「そうじゃなくて……」


 なるみはまるで生まれたての小鹿のようにプルプル震えながら、藤木たちの背後、つまり衝立の向こう側を指差した。


 ぎぎぎっと、首を軋ませながら振り返る。


 悪鬼羅刹がそこに居た。


「立花先生……」

「ひ、ひいいいぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーー!!!!」


 なるほど、確かに日本人は怒りっぽい。これはキチガイみたいに暴れ出してもおかしくなさそうだ。あの顔と比べたら般若のほうがまだ優しそうである。


 首根っこを引っつかまれ、ずるずると立花倖は引きずられていった。


「先生のお話は、いつも含蓄あるよねぇー」


 朝倉もも子はそう呟いて、別段気にも留めた素振りも見せず、ポットのお茶をずずっと啜った。いつの間に弁当を食べ終えたのか、すでに平常モードである。


 晴沢成美はその様を見て溜め息を吐くと、胸やけがすると言った感じで弁当箱をそっと閉じた。


 後で聞いた話によると、午後の英語の授業は10分遅れたそうである。

 

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