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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
1章・先輩と僕の不適切な関係
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全力で虎の威を借る人たち・1

 

 友達連中にボコボコにされ、天使にカツアゲを食らって放置された。


「今日の昼は藤木の奢りだぜ、ひゃっはーー!!」


 と言って、彼らは何の躊躇いもなく藤木を打ち捨てて去っていった。


「え? うそ? マジでこのまま放置する気なの? 振りだよね? ねえ、振りだよね?」


 と縋すがり付きながら、引き返してこないかと数分待ったが、戻って来ることはなかった。別に泣いてなどいない。


 何となく死守してしまった弁当の中身が片寄っていないかと不安になりながら、ズボンの埃をパンパンと払って、時折突き刺さる冷たい視線をさして気にも留めずに歩き出した。この学校ではたまにこういった視線にぶち当たることがある。そんなことよりも、汁物が入ってないか、そっちの方が気になる。


 友人たちに置いてけぼりを食らった格好だが、特に追いかけるつもりはない。普段から昼食は、その日その日の気分で購買になったり学食になったりしたので、いつも一緒に食べていたというわけでもなかったからだ。


 それに今日は、一緒の食卓を囲んだら、天使との関係を色々聞かれる羽目になるだろう。しかし、なんて答えていいのか分からない。天使に丸投げしておいた方が無難である。


 かと言って、校舎内はどこへ行っても金持ち連中の目があった。別に気にしなければ問題ないのであるが、やけに敵視してくるのでそうも行かず、しかし便所飯を掻っ込むつもりもさらさらないので、致し方なし弁当箱を持って校舎を出た。行き先は彼の所属する部活動の部室である。



 その昔、市内には東の成美(せいび)、西の習学館(しゅうがくかん)と呼ばれる二つの超有名進学校があった。藤木の通う私立成美高校はその片割れで、全国的にも名の知れた、元お嬢様学校であった。


 しかし、今こうして藤木が通っていることから分かるだろうが、現在では共学化し、生徒の学力も底辺レベル(断じて藤木のことではない)がちらほらと居て、かつての威光はまったく感じられない。


 何故そんなことになってしまったのか? 答えは単純明快、生徒数の激減がその理由である。


 元々は全国的にも珍しい、中高一貫の全寮制お嬢様学校であった成美高校であるが、時の流れは残酷なもので、バブル崩壊、少子化問題、長引く不況、ゆとり教育というトレンドの変化の影響で、生徒数がどんどん減り、学費収入が見込めなくなった学校は経営難に陥り、あっという間に崖っぷちに追い詰められた。


 それでも数年間は、全寮制を廃し一般生徒を受け入れたり、理事会の刷新を繰り返したり、在校生卒業生問わず露骨に寄付金を募ることで、どうにか食いつないでいたのであるが、そんな付け焼刃はいつまでも続かず、ついに力尽き学校は破産、とある学校法人グループに身売りをすることと相成った。


 尤も、この法人グループは中々のやり手で、成美高校の経営権を握ってすぐにその問題点を次々と洗い出し、経営改善を行っていった。高校の共学化はその一つで、その他にもカリキュラムの変更、寮制の撤廃、中学校の廃校、大学の併設と経営改善策を次々とぶち上げていったのであるが……ところが、どこにでも文句を付ける奴はいるもので、その急激な変化に対して、卒業生が不快感を示した。


 卒業生と一概に言っても、要するに金持ちのお嬢様であり、やたらとプライドだけが高い、面倒くさい人種である。おまけに前経営者に寄付と言う形で貢献もしていたから、当事者意識も高かった。


 特に、かつて寮内を牛耳っていた自治会、『白露会』と呼ばれる団体が強力に理事会に反発し、新経営陣の掲げる新カリキュラムに悉く反対し、学校経営を圧迫していた。この団体は学校内でもとびきり金持ちたちで構成され、政財界に口もきければ、寄付金の額も飛びぬけて多額であったため、理事会も無下には出来なかったのである。


 おまけに金持ちコミュであるからか、その存在は世襲のように脈々と受け継がれており、現在も高校内の金持ちの子供を構成員として存在して、学校内で目を光らせているのである。


 藤木の教室で、小町にやたらと絡んできた男子生徒たちがその白露会のメンバーであり、特にリーダー格の中沢は、面倒くさいことに学校一の金持ちのボンボンらしく、かつては女生徒しかいなかったそのシステムを乗っ取る形で、他の金持ちのボンボン(いけめん)たちを引き連れて、校内一の権力者として君臨していた。


 そんなことなど露知らず入学してきた藤木たち庶民は、なんでこんなに風当たりが悪いのだろう? と理由を知っても後の祭りで、不遇の日々を過ごしていた。


 金持ち連中からしてみれば、正にエイリアンであったわけである。


 おまけに、金持ちのお嬢様目当てで入学してきた、これまた金持ちのボンボン(いけめん)たちという対比があるから、藤木のような庶民の男はまるでレイパーか、ゴキブリのように毛嫌いされた。


 そんなこんなで親の七光りを嵩に着て、全力で虎の威を借る輩の間で、藤木は不毛な高校生活を送っていた。唯一くつろげるのは、学力順にクラス分けされ劣等生が集まった2年4組の中と、もう一つ、所属する部活動の部室の中くらいのものであった。



 五月晴れの校庭は暖かく、ぽかぽかとした陽気が眠気を誘った。柔らかな風が鼻をくすぐり欠伸が出る。気づけば5月も中旬を過ぎ、暦の上では晩春である。そろそろ制服のブレザーも脱ぎたくなる季節だった。


 成美高校の広大な敷地内にある校庭を突っ切ると、すぐそばには庭園というか、まさに横文字でガーデンといった趣の庭があった。クロッカスや、サフラン、すずらん、すみれ、パンジーなどのほか、薔薇やアイリスなどが咲き乱れ、植え込みは専門の庭師に綺麗に整えられており、中央を流れる小川では透明な水がキラキラと陽光を反射する。その小川のそばには東屋が置かれ、いかにも海外の御伽噺にでてくるような、お嬢様がティーパーティーでもやっていそうなテーブルが置かれていた。


 尤も、そのあまりに狙いすぎた光景は敷居が高く、実際にそれを利用している人間を見たことがない。この庭園の先は校門に続くのであるが、そこを通るものの目を楽しませるために作られたのだろうと、藤木は受け取っていた。


 さて、その庭園を校門とは反対方向へ目をやれば、見逃してしまいそうなくらい狭い小道が雑木林へと続いていた。いくらかの砂利と人の足で踏み固められた道を通り、丸太で作られた簡素なゆるい階段を下りると、河川敷の法面のりめんを背にして、西洋風の建築物が建てられていた。


 開けた場所に建てられた古くて大きな洋館であるからか、近所の小学生にお化け屋敷だとか、数年前に飛び降りた女性の霊が夜な夜な現れるだとか噂されるそれは、かつての成美高校学生寮であった。


 全盛期には敷地内に三棟が存在した学生寮であるが、生徒数の減少で次々と取り壊され、これが最後に残った一つであった。寮制が廃された今となっては、本来ならこれもいつか取り壊される運命にあったが、理事会と白露会の仲が険悪となった影響か先延ばしにされて、今後どうなるかは未定である。


 川沿いに建てられたそれは、古い西洋建築風の建物であったが、古いとは言っても戦後に建てられたものであるから、建材にコンクリートが用いられていたりして、重厚感と言おうか迫力が感じられなかった。何のために作られたのか良くわらかない尖塔や、バルコニーのように突き出た大きなポーチ、また人通りの少ない河川敷沿いという立地からか、お化け屋敷と言うよりは、ラブホテルのようであると藤木は思っていた。


 彼の所属する文芸部は、この建物の中にあった。かつての学生寮は、人の居なくなった今現在、部室棟として使われているのだ。


 寮制が廃止されて取り壊しも出来ず、ただ放置されるだけの大きな建物を持て余した学校は、どうせ人の手が入ってないと老朽化が進むだけだからと、部活をする学生たちに使わせることにした。


 現在揉めてはいるが、理事会は生徒数の倍増を計画しており、本校舎のほうもいずれは建て替えが必要なのであるが、教室の方は大学から借りるとしても、部活動の部室はそうもいかず、仮設のプレハブ小屋を建てるくらいなら、いっそあるものを使ってしまえというわけだ。


 と言うわけで部室棟代わりにされた元学生寮であるが、本校舎のものよりもキャパが広く、空き部屋も出たことで、部室レスの弱小クラブにも気前良く部室が与えられる運びとなった。文芸部もその一つというわけである。



 玄関ポーチを潜って中に入る。昼休みに部室へ来る者はなかなか多く、エントランスの床を踏み鳴らすキュッとした音や、遠くから吹奏楽部の練習の音が聞こえてきた。大所帯の部活では、大勢で昼食を取るものたちもいるのか、きゃっきゃうふふと笑い声が絶えず辺りに響いていた。


 男子生徒はここでは目立つ。ホールを抜けて階段をえっちらおっちら登って4階へ急ぐ。


 弱小クラブであるから、部室がもらえるといっても一番辺鄙な場所で、文芸部は最上階の端も端っこにあり、しかも廊下にパーティションを張っただけという始末であった。尤も、部屋がもらえなかったわけではなく、日に当てると本が変色するからと言う理由で本棚を廊下の端に置いていたのだが、利便性から部員がその回りに椅子を置いて座ることが多くなり、人の目が気になるからとパーティションを勝手に置いて、気が着けば部室の中にあまり入らなくなっていたという、なんとも本末転倒な理由だそうだ。


 廊下を奥へと歩いていくと、その衝立の向こうからゴソゴソと何かを探る音が聞こえてきた。誰かが先に来ているのだろうと、もちろんただの間仕切りがしてあるだけの空間であるから、ノックもせずにひょっこり顔を覗かせてみれば、壁際に置かれた長机の下に置きっぱなしの藤木の私物の前で、背中を丸めた小さな陰が何やらコソコソやっている。


 藤木は気配を殺して近づくと、そっと耳元で囁いた。


「アクエリアスから糖分抜いたら、精子の味がするらしいよ」


 ガツンっ!! と盛大な音を立てて、机に頭をぶつけた少女は、


「~~~~! ~~~~っ!!」


 声にならない声を上げなら、頭を抱えてゴロゴロと転がっている。藤木はその姿をニヤニヤしながら、


「そう考えるとスポーツドリンクのCMって性的だよな。年端もいかない美少女が、浜辺で波と戯れながら、汗ばむ肌を惜しげもなく晒し、ゴクゴクゴックンって……くぅ~……! たまらんっ! JAROに訴えじゃろっ!」

「アホですかっ! そんないやらしい目で見てるのは先輩だけですよっ!」

「そうかあ? なるみちゃん、むっつりだし、ホントは考えてんじゃないの」

「誰がむっつりですかっっ!!」

「じゃあ、そんな狭いところに潜って、角型2号の封筒を手にして、一体何をしているんだ。それ、俺のだよな」


 うっ……と顔を引きつらせて、しどろもどろに少女が答える。


「それは、その……そう! く、クーゲルシュライバーを拾おうかと……そしたら、その、この先輩の私物が邪魔で……ちょっと中身が覗いていたから、えーっと、何かなあーって思って」

「おじさんのエロ同人誌に興味がお有りか」

「ちがっ、違います! そんなの全然興味ありません」


 くっくっくっ……と嫌らしく笑い、藤木は続けた。


「ホントにぃ? なるみちゃんそんなこと言いながら、いつもおじさんの原稿作業、ちらちら横目で見てるよね」

「見てませんよ! 何言ってるんですか」

「言ってくれればいくらでも見せてあげるのに」

「だから見てませんってばっ!」

「こないだも、おちんちんのペン入れしてたら、無駄に後ろの方うろちょろしてたし」

「セクハラで訴えますよっ!」

「ふはははは。いくらでも訴えるがよいわ。少年法の前にセクハラ裁判など無意味だ」

「くぅっ! 国は何してるの!? いつまで子供を甘やかすつもりっ!!」


 自分も子供のくせに、地団駄を踏みながら少女が絶叫した。


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