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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
1章・先輩と僕の不適切な関係
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せめてDQNネームはやめてくれ・5

 朝は急いでいたせいで、藤木はパン一枚しか食べていなかった。腹がグーグー鳴っている。空腹をさすりさすり、昼飯はどうしようかと思案に暮れていると、教室の入り口に小町がふらりと姿を現した。


 教室の中心で人垣を作っている天使に目を丸くしながら、彼女はそれを迂回して藤木のもとへとやってきた。


「……手を焼いてるかと思ってきてみたら。凄い溶け込み方ね」

「よう、飯か?」

「流石にほっとけないでしょ。あんたたちどうするのかなって、お弁当持ってきたんだけど……余計なお世話だったかしら。あれは邪魔しない方がいいわね」

「ああ、もう少ししたら何人か引き連れて学食でも行くかね」


 天使を遠巻きにしながら、珍しく女子力を発揮している幼馴染をぼんやりと見つめる。


 物欲しそうな顔で小町が抱えていた弁当を眺めていたら、


「食べる?」


 と聞いてきた。


「いいのか?」

「午前中に調理実習あったのよ。クラス見回してみたら、お弁当広げてるのなんて誰もいなくてさ。空気読んで出てきたわ」

「それでよくまだ食う気になるな。どんな基礎代謝してんだ。やはり行使する暴力の質が違うからか……いてっ! いてっ!」

「要らないならいいわよ。自分で食べるから」

「すみません、いただきます」


 平身低頭して恭しく午後のカロリーを頂戴しようと手を差し伸べる。仕方ないなといった塩梅で、彼女がそれを差し出そうとしたとき、


「小町っ!」


 教室の後ろの扉がガラガラと開かれて、良く通ったさわやかな声が教室中に響き渡った。


「小町、こんなところに居たのか。探したんだぜ」


 見ればどうしようもなくリア充オーラを漂わせたイケメンが、ダパンプみたいな連中を引き連れて、藤木のクラスの扉を塞ぐようにして集まっていた。イケメンが集まると、やけに高圧的に思えるのは何故だろうか。


 ガヤガヤとざわついていた教室内は、ぴたりと会話が止まった。


 小町は見えないように、ちっ……と一回舌打ちすると、すぐに愛想笑いを作って、


「もう! 呼び捨てにしないでって、いつも言ってるでしょ」

「ははっ! わるいわるい」


 今にも侵入してきそうなリア充たちを制するように、教室の後ろの扉まで歩いていった。午後のカロリーはどうなるのか。


「上田先輩と田川先輩と白露会のメンバーで昼にするから。小町も来いよ」

「中沢、あんたちっとも悪いって思ってないわよね」

「大成モールのオープニングイベントの打ち合わせでさ、放課後も僕らでつるむんだ。ノブリスオブリージュのメンツ。それで小町も入ってるから」

「なにそれ、聞いてないんだけど……」

「小町が来るなら品川先輩も来るっていうからさ、品川先輩が来るから、もちろん来るだろ」

「ええーっと? 会長さんが来るの? あたしが行くの?」

「オープニングには晴沢さんとかさ、市長も来るんだ。小町もこんな学校卒業しても何にもならないって分かってるだろ。今から人脈広げなきゃ。マジ、将来にわたってさ、絶対力になるから」

「えーっと、ふーん……そうなんだ?」

「そうそうそんで白露会で集まるしさ……ああ、昼食は弁当だったのかい? 白木先輩が超すげえの作ってきたんだよ。中庭の芝生の上にさ、シート広げてピクニックとか言ってて、超うけるんですけど」

「あ、そう。へえ」

「学食とか超混んでるじゃん。人がご飯食べる場所じゃないぜ。こっちこいよ。不衛生だろう」

「あー、そうね、外よりはいいと思うんだけど」

「白木先輩と松田先輩とか有名人が集まって超豪華だよね。品川先輩も木下が今呼びに行ってて絶対来るし」


 うぜえ。鬼気迫るリア充オーラに中てられて教室中が意気消沈した。天使を囲んでくっちゃべっていた鈴木たちが苦しみ悶えている。バイオハザードレベルである。


 そんな中、朝倉先輩だけがマイペースに、いつものように復習ノートに板書を書き写してから、トントンとそれらを整理して、小さくて可愛らしい弁当箱と、手製のカバーがかけられた文庫本を持って、教室の前の扉から涼しい顔して出て行った。この流れに乗るしかあるまいと、教室に残っていたクラスメートが続々と後に続いた。


 すると天使を囲んでいた人垣が割れて、目ざとく見知らぬ女生徒を見つけた中沢が、「あれ? 君は誰だい?」と言いながら、教室内に一歩足を踏み入れた。教室の空気が一気に重くなった気がする。


 空気を読んだ小町がそれを制するように阻み、


「今日来た転校生よ。白露会の代表なんだから、生徒の出入りは把握してるでしょ」

「え? んー、どうだったかな。覚えてないわけないんだけど……まあいいや。僕は中沢貴妙(なかざわきみょう)、よろしくね」

「……どうもですにゃ」


 天使は軽く頭を下げて挨拶すると、藤木の背後に隠れるように引っ付いてきた。返事を待っていた中沢の眉がぴくりと動いた。


「彼女は藤木の妹なのよ」

「……藤木の?」


 中沢は意外といった感じで目を丸くして藤木を見た。それから、


「恐ろしく似てないな。小町の妹って言われた方が信じられる」

「ああ、俺もそう思うよ」


 何回、同じネタを繰り返せばいいのか。いい加減食傷気味である。中沢は藤木のぼやきを無視して続けた。


「妹さんも一緒にどうかな? うちの学校の中心グループとこれから食事するんだけど。きっと気に入ると思うよ」

「お断りですにゃ」

「ふっ……それは残念だ」

「中沢君振られたー」「あはは、超うける~」「マジ、今日のニュースじゃね?」「号外号外ー! 中沢君振られるー」「ぎゃはははは」


 取り巻きがへらへら笑っている。もうこれ以上は耐え切れないといった感じの苦悶の表情を浮かべ、鈴木たちが机をガタガタ揺らし始めた。


 段々いけない雰囲気に変わりつつあることを察し、小町が慌てて中沢を廊下へ押し戻した。


「ほら! 他人の教室に迷惑でしょう! お昼いくなら、早く行こうよ」

「ん? ああ、そうだね」

「じゃあね、妹ちゃん」「今度は俺らとも遊んでね~」


 小町にグイグイ押されながら、取り巻き連中を従えて中沢が去っていった。災厄は過ぎ去ったが、教室の空気はもはや取り返しがつかないほど沈んでいた。


「あー……昼飯どうすっかな」


 と、鈴木がぼやく。さっきまで腹がグーグー鳴っていたのに、今は何か口に入れるのも苦痛であるほど胸やけがしていた。


「取りあえず、学食いって考えっか」

「俺ら庶民だしなー」

「あいつら居ないとこなら、どこでもいいや」


 各々、溜め息混じりに口走ってから重い腰を上げた。藤木も背中に隠れる天使を促して、財布を尻ポケットに突っ込み立ち上がった。


 藤木たちがぞろぞろと連れ立って廊下に出ると、まだそれほど遠くに行っていなかった小町と目があった。中沢たちは学食とは逆方向へ向かっていたので、鉢合わせはしないで済むだろう。安堵の溜め息を漏らしつつ、軽く手を上げて小町に応え、鈴木たちの背中を追いかける。


 学食に行ったら何を食うか。今は何を食っても胃もたれしそうだし、うどんかソバか……などと献立を頭の中で考えていたら、


「藤木っ!」


 背後から声が掛かった。


 小町が小走りにこちらへやってくる。


「はい、これ」


 そして、持っていた弁当箱の包みを藤木に押し付けると、一緒に居た鈴木たちに手を合わせて申し訳無さそうに、


「ごめんね?」


 と言って去っていった。


 遠くで中沢が露骨に嫌そうな顔をして睨んでいる。藤木はそれを涼しい顔で受け流した。


 敵視される謂れはないのであるが……まあ、やっぱり、あいつは小町のことが好きなのだろうな。


 藤木はそう結論付けると、やれやれといった感じに溜め息を吐いて、鈴木たちに合流しようと足を向けたが……バシッ! と頭を強かに叩かれ、地面に伏す羽目になった。


「痛えっ! 何しやがるっ!?」

「こっちの台詞だ、リア充しねっ!!」


 悪鬼羅刹の権化と化したモテない友人連中に、藤木は廊下に転がされて滅茶苦茶にボコられた。


「糞がっ! 見せ付けやがって……糞があっ!!」

「ぺーっぺっぺっぺっぺーーー!!!」


 小町にもらった弁当を腹に抱え、必死に抵抗するが、友人たちはそんな藤木を容赦なく足蹴にした。どさくさに紛れて、天使が尻ポケットから財布を抜き取っていった。


「ぎゃああああああああ!!!!」


 全校に響き渡るほど盛大な悲鳴が辺りに木霊する。


 廊下の片隅で激しい暴行が行われているのに、道行く人々はまるで関心を示さずに通り過ぎた。人々の心が荒んでいるわけではない。わりと良くある光景なのだ。


 藤木は理不尽な暴力に耐えながら天を呪った。一体自分が何をした。しかしそれに応える神はなく。天使は財布の中から紙幣を取り出し、一枚二枚と数えていた。

 

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