せめてDQNネームはやめてくれ・4
担任は天使が席に着くのを見届けてから、いそいそと教科書を開いた。すでにかなりの授業時間が削られている。
「えーっと……前回はどこまでやったっけ、31ページの……あ、ここね。----Melos was enraged. He was decided that must removed Always tyranny of the king. メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。それじゃ朝倉、続きを読んで頂戴」
「Meros do not know politics. Melos is a village shepherd. He blew the whistle, came living and playing with sheep. But against evil, he was sensitive to unusual.」
授業が始まり、天使が慌てて教科書を見せてもらおうと藤木の方を向いたら、斜め後ろの男が話しかけてきた。
「教科書? そいつが持ってるわけないよ。俺の使ってよ」
藤木はうんうんと頷いている。
この男はどんだけやる気が無いのか……と、呆れながら回りを見回してみるが、他のクラスメートも似たようなもので、誰もまともに授業を受ける気は無いようだった。授業そっちのけで内職をしているか、誰かとくっちゃべってるかのどちらかだ。酷い授業風景である。
天使はどうもと頭を下げ、教科書を受け取ると、なし崩しに自己紹介が始まった。
「俺、鈴木、よろしく天使ちゃん。後ろの奴が佐藤ね」「ども」「俺は、山田、よろしく」「………………佐村河内」「ど、ども……にゃんですか、あの人……にゃんで処女膜の形状にゃんか描いてるんですかにゃ」「佐村河内? まあそう言ってやるなよ。やつにも、いろいろと悲しい事情があるんだ」「はぁ……」「あいつ、小学校三年生で精通したんだよ。凄いだろ」「……えーっと?」「すげえよなあ。俺さいしょ聞いたとき、マジびびった」「あぁ~……それがにゃにか関係が……」「それがさあ、普通なら小学校高学年にならんと精通なんてしないのにさ、三年生でしちゃったもんだから、お母ちゃんが激しく動揺しちゃったらしいんだよね」「元々、河川敷で拾ったエロ本が切っ掛けだったみたいだけど、奴も若かったもんだから、来る日も来る日も猿のようにオナり続けてたらしいのよ」「そんなある日、学校から帰ってきたら宝物が食卓の上に置いてあって」「そして始まる家族会議……うっ」「くぅ……」「…………」「……ぁ」「みんな……泣いてるのかにゃ?」
「The Melos had a childhood friend Selinuntius. He have a mason in the city of Shirakusa now. The friend, and he intend try to visit now. And because he did not bubble long, it is looking forward to going to visit.」
「あいつんち、両親揃って医者でさ。えれぇ科学的に懇々と諭されたらしい」「それも優しく」「美男美女の父ちゃん母ちゃんと、すげえ美人の姉ちゃんと、めちゃくちゃ可愛い妹と……」「そうそう、姉ちゃんすげえ美人だよな」「凄い美人、俺、姉ちゃんでオナったことあるわ」「マジで? おまえ、ぶっちゃけすぎ……俺もだけどな!」「俺も俺も!」「セクハラで訴えてもいいレベルですにゃ」「……とまあ、そんな面子で家族会議したわけよ」「議題、オナニー」「たまらんわ……今ならプレイとして楽しめるかも知れないが、当時小学三年だった奴のメンタルはズタズタにされたらしい」「泣きじゃくり、家族が見守る中、自分の手でエロ本を引き裂き、そしてもうしませんと詫びたあいつは、以来、全ての誘惑を捨てて勉学の道を志し、ついには神童と呼ばれるに至ったんだ」「幼児虐待だよな!」「ぜってえ許せねえ!」
「"The king kills people." "Why does he kill people?" he asked. "The king ……」
「けどまあ、そんな心を無理矢理に押さえつけたような状態は長くは続かなかったんだ。当たり前だ」「高学年になって、性欲はますます強くなる」「姉ちゃんはいっそう綺麗になるわ、妹はどうしようもなく可愛いわ。一体どうしろってんだよね」「そんなある日、保健体育の授業中、先生がおしべとめしべについてふんわりとした解説を進めてる中、あいつは授業そっちのけで、一心不乱に性器の断面図を模写しはじめた」「その模写は精緻で、妥協が全く無い正確なものだった。それを見て、始め友達連中は神童がとち狂ったとか言って笑ったが、鬼気迫るあいつの姿を見て次第に笑えなくなっていった」「きっと、ずっと溜め込んでいたストレスが危険値を振り切って決壊したんだろうよ。以来、奴はことあるごとに性器の断面図を模写し続けて現在に至る。成績はがた落ちてしまったが、保健体育だけは未だに神童クラスだ」「誰が文句言えるってんだよ! そうしないと心が落ち着かないんだよ! 分かってやれよ!」「あんまりだろう!?」「あんまりだ!!」「えーっと……いろいろと論理的飛躍も感じますが、にゃんとなく雰囲気はわかったですにゃ」
「To ask, Melos was furious. "Unstoppable king. Taking advantage is to put unexpected."」
「はいはいはい、朝倉そこまででいいわ……ちょっと! そこ五月蝿いわよ!!」
担任の声が教室に響き渡る。
“そこ”がどこかは分からないが、ガヤガヤしていた教室の声がピタリと止まった。どうせ誰も聞いていないくせに、授業を聞いている体を演じる学生たちの心境はいかようなものなのだろうか。
彼女は静まり返る教室をじろりと一睨みすると、
「ん。それじゃ、そうね、藤木」
「げっ」
「あんたちゃんと授業聞いてたんでしょうね」
「あたぼうよ!」
こう聞かれたら取りあえずこう答える。後のことは知らない。
「じゃあ、続きを読みなさい」
「いいのか?」
「なにがぁ?」
「いいのか? 俺に英語を喋らせて。俺が英語を読めると思うのか!?」
「…………」
「……すみません。どこからでしょうか……」
「33ページ、5行目」
「ああ……セリヌン? ふれんど、あー、いんとぅキャッスル……あー、セリヌン……ズッ友だょ!」
「くっ……もういいわ。朝倉、続けて」
「His childhood friend Selinuntius was brought into the castle at midnight. They met each other for the first time in two years in front of the brutal king. He told his friend the whole story. Selinuntius said nothing, but nodded and hugged him tightly. 」
「……やり遂げたみたいな顔してないで座ったらどうですにゃ……ガン無視されてるにゃ」「くそうくそう」「まあ、おまえにしては頑張ったよ」「しかし、にゃんですかにゃ、さっきから、ずっと同じ人しか授業受けてないように見えるにゃ」「ん? ああ、そうかな?」「いじめですかにゃ」「そんなことないよー、みんな授業聞いてるよー」「ああ、超聞いてるね」「棒読みですにゃ」「仕方ないだろう。このクラスで授業についてけるのは先輩くらいしかいないんだ」「佐村河内は何言っても聞きゃしねえしな」「最底辺クラスなめんなよ」「ひ、酷い開き直りですにゃ……先輩?」「ん、ああ、朝倉先輩は……」「先輩は、二年目なんだ……うっ」「くぅ……」「…………」「……ぁ」「みんな……泣いてるのかにゃ?」
そんなこんなで授業は続き、あっと言う間に昼休みが訪れた。