せめてDQNネームはやめてくれ・3
「と言うわけで、転校生を紹介します」
どう言うわけかは知らないが、同じバスに乗って同じバス停で降りた天使が、いつの間に着替えたのか、女子の制服を着て担任教師に連れられ教室に現れた。
母親の洗脳までやってのける奴だから、この程度のチートなど造作もないのだろう。それに何となく、こういう展開もあるんじゃないかなと予感もしていた。そんなことよりも、
「藤木天使ですにゃ」
「せめてDQNネームは、やめてくれ。我が家の品位が疑われる」
転校生の自己紹介に駄目出しをする在校生などKYにも程があるが、この場合は突っ込んでもいいだろう。大体、藤木を名乗るというなら、どういう関係でゴリ押すつもりなのか、ここでも兄妹という設定なのか。何を聞かれても道理を通せる自信が無い。
担任の女教師が続ける。
「えー、天使ちゃんはそこの藤木の妹さんで、小さいころから別々に育てられたけど、今年になってから一緒に暮らすようになったそうよ。別々にって……あんたたちの家庭って複雑なの? そういうの面倒くさいんだよねえ。今度、家庭訪問とかしなきゃなのかしら……」
「しなくていいよ」
したところで恐らく天使の不思議パワーで適当に誤魔化されるだろう。
女教師はまじまじと、藤木と天使を交互に見つめて、
「それにしても……似てない兄妹ね……本当に血が繋がってる? お兄さん、橋の下で拾われたりしてない?」
「拾われた方が俺なの!? 普通、後から出てきたほう疑わないか」
「タネが違いますにゃ」
教室中がざわめき出した。
「やめてやめてっ! 我が家をこれ以上貶めないでっ!」
「冗談ですにゃ。お兄ちゃんとはちゃんと血が繋がってますにゃん。戸籍にもちゃんと記されてますから、安心してくれにゃん」
引きつった笑いを浮かべて女教師が答える。
「あ~、びっくりした……先生、一瞬信じちゃったわ」
「信じるなよ、聖職者」
「えー……だってさあ、全然似てないじゃん、あんたたち……兄貴はドブみたいな顔してるけど、妹は可愛いじゃん? って言うか、あれ? 誰かに似てるなあ~って思ったら、藤木じゃなくて、3組の馳川に似てない? ……そういえば、あんたたちって、家が隣同士だったわよね……まさか」
「こ、怖いこと言わないでっ! あんた本当に教師なのっ!?」
「安心していいにゃ。お兄ちゃんとポチは暦とした血の繋がった兄妹ですにゃ。物心ついたとき検査したDNA鑑定書をいつも持ち歩いてるから、間違いないにゃ」
マジか……つーか、なんで持ち歩いてるんだよ……もう何も反対はしないから、せめてこの無茶を通すために、どれだけやらかしたのかだけは、後できっちり話を詰めておかねばなるまい。
女教師は鑑定書をぱらぱらと眺めて言った。
「へえ、本当だ……ふーん……なら、馳川のタネの方が疑わしいわね」
「あんた本当に教員免状持ってるの? 文科省に確認したくなるぞ」
「失礼ね、ちゃんと持ってるわよ。あんなの実習やって試験受ければ誰でも貰えるんだから」
「更新講習で刎ねられてしまえ」
教師に人格は関係ないと言うわけか……挑戦的な言い草に苦笑してしまうが、下手に正義感振りかざされるよりはいいのだろうか。藤木は溜め息混じり、そう思ったのであるが、
「立花先生……」
「げっ……」
いつの間に現れたのか、コンコンと教室のドアをノックしながら、にこやかな笑みを絶やさないでいる学年主任は、そう言うわけにはいかないようだった。彼女は藤木の担任教師、立花倖を手招きすると、廊下の奥へと消えていった。
1時間目は開始が10分ほど遅れた。
「それで、ポチはどこに座ればいいにゃん?」
進行役である担任が拉致られてしまったので、手持ち無沙汰に放置された天使は仕方なく、一人で自己紹介と質問攻めを受けながらお茶を濁した。やがてげっそりした顔をして帰ってきた担任が、尚も放置プレー続けるものだから、困り果ててそう尋ねた。
「……あ。ああー、ああ、うん」
忘れていたのか、うっかりしたといった顔で担任は教室をきょろきょろ見まわす。
「確か、鈴木に机を持ってくるように頼んだわよね、どこかしら?」
藤木は、鈴木がそれに答えるより先に、自分の隣に座っていた男子生徒を思い切り蹴飛ばして、
「先生、先生! ここ、ここ!」
と、自分の隣の席に天使が来るように手を振った。担任はその理不尽な暴力にまるで動じることなく、
「あ、そう? それじゃ、天使ちゃんあそこ座って。藤木、お兄さんなんだから色々面倒見てやんなさいよ」
と天使を促した。床に転がった男子も男子で、まるで動じることなく、尻についた埃をパンパンと手で払うと、何事も無かったようにカバンを持って、後ろの方に運び込まれていた空席に座ってノートを開いた。
「にゃにゃにゃにゃ……あんたら鬼にゃ!?」尤もな非難である。「にゃんでみんなスルーしてるのか、ポチには理解不能にゃん」
天使はあまりの仕打ちにドン引きしつつ、後ろの席へと追いやられた男子生徒のところへ行って頭を下げた。
「ごめんにゃ。ポチがこっちに座るから、元の席へもどるにゃん」
対して、男子生徒は一向に気にした素振りも見せずに手の甲でしっしっと追い払う素振りを見せ、尚も食い下がる天使を貫徹無視し、開いたノートに何やらをつづっていた。天使は再度しつこく男子に話しかけた。
無駄だと思うけどなあ……と思いながら、藤木が経緯を見守っていると、初めは積極的に話しかけていた天使だったが、全く相手にされてないと分かり徐々にトーンダウンしてきて、最後は面倒くさそうにノートの1ページを破って渡す男子生徒に追い返され、そのノートの切れ端を見て首を捻りながら、とぼとぼと藤木の隣の席まで戻ってきた。
「……にゃんですか、これ? 良く分からない粘菌みたいな絵ですにゃ。ロールシャッハテスト?」
「ちょっと見せて?」
天使が途方に暮れていると、藤木の後ろの席に座った男が見かねて声をかけた。彼は差し出された紙切れを一目見るや、
「ああ、これは処女膜の形状。これが半月状処女膜、こっちが二つ穴状処女膜、これが篩状処女膜……」
天使は紙切れをひったくると、ビリビリと破り捨てて言った。
「あ、先生、ポチはここの席でいいですにゃ」
「そう? それじゃ授業始めるけど……」
教師は何事も無かったかのように授業を始めた。これが普段のこのクラスの光景かと思うと、天使は頭が痛くなる思いがするのだった。




