いつまで続けられるのだろう
古代、時間とは長さであった。一日における太陽の移動距離、それを日時計でもって線分化し、その長さが時間と呼ばれる概念となった。アイザック・ニュートンはそれを放たれた矢に例えた。一度放たれると軌道を変えず、常に一定の速さで目的地へ向かうものと考えたのである。
どちらも1次元的な概念であり、時間は一様に流れ淀みの無い川の流れように、一定で非可逆なものと考えられていた。直感的には誰しもそう考えるのが普通であろう。しかし、そこに2次元的な空間の広がりを持ち込んだのが、かの天才アインシュタインである。
彼は一般相対性理論において、時間と空間を不可分な統合体として結びつけた。時間とは、空間を進む光の速さであり、それが高質量の天体のそばを通るときに遅くなるのは、空間が歪んでいるからと結論付けた。
彼の時間の概念もまた川に例えられるが、それはうねり、ゆがみ、曲がりくねって、特には同じ場所に戻ってきたり、二つに分かれたりもする。
「お嬢さん。あなたの人間の記憶が、余剰次元に存在すると言う多世界解釈は概ね正しい。
実は人間の一生……物質的な人間の一生は、この世に生れ落ちた瞬間に一様に決まっています。人間の一生とは、古代の時間と同じように、淡々と進む一本の線……誕生点Oで生まれた人間は、線分をなぞり、命日点Pでその一生を終えるというモデルに例えることが出来ます。
しかし、実際には時間は1次元的なものではありません。早くなったり遅くなったり、曲がりくねったり、ぐるりと回って逆走したりもする。可逆的なものなのです。
そこで、人間の一生を2次元的にプロットし直すと、それは線分ではなくなり、誕生点Oから命日点Pを通り、また誕生点Oへ戻ってくる円になる。人間は死んだらそこで消滅するのではなく、同じ人生を遡って、また自分に生まれ変わるのです。
これを輪廻転生と呼びます」
協力関係になったはいいが、具体的に何から手を付けていけばいいのか……
立花倖自身が過去に戻ることは出来ない、それ自体は分かっていたが、天使と言う謎の人物を介して、過去に干渉していたのは事実である。具体的に、それはどうやって行われていたのか? タイムマシンとは何か? 訊ねてみたら、男は時代が時代なら、宗教裁判にでも掛けられそうなことを言い出した。
「……あたしたちは、全く同じ人生を、ずーっと繰り返してるってこと?」
「ええ。間違いなく、そうなってますよ。人間は生まれ変わったらまた自分になる。他の何者にもなれやしません。そしてまったく同じ人生を辿るのです。ただし、物質的には……と先に述べたとおり、精神的には違ってきますがね。
人間はあらゆる局面で、決断を迫られる。それはお嬢さんが先ほどしたような重大なものもあれば、例えばランチに何を食べようか? なんて些細なものもあります。私達の未来は、この決断のどちから一方に繋がっていますが、もしももう片方を選択したらどうなるか?
私は先ほど人生を円に例えましたが、その円がずれて二つになります。そのずれは認識出来ないほど些細なもので、二つの円はまったく同じように見えても異なるもの。つまり世界が二つに分かれたと言っていいでしょう。エヴェレットはこれを枝と称しましたが、これが多世界解釈の本質です。
そして、私達の精神はその二つの世界を移動します。選んだ世界のほうを、自分の世界と認識して、前に居た世界のことは忘れてしまうんです。更に、そこでまた何らかの選択が生じたら、また世界は分裂して精神が移動する……それをどんどんどんどんと繰り返せば、いつか世界は無数に増えることになる。そして、それを三次元的にプロットしたら、今度は一つの球体のように見えるでしょう。
結論から申し上げれば、人間とは5次元に浮かぶ球体みたいなものなんです。
私達の精神は、その球体の内部に存在する、核のようなものなのですよ。仮に魂核とでも呼ぶとしたら、私達にとって世界は魂核の周りを覆う雲のようなものです。その雲を形成する楕円軌道の一つ一つが4次元世界であり、私達の精神がそれを観測することによって、一つの世界の位置と時間に収束される。そしてご承知の通り、それは波動関数にしたがって分布します」
その形は、重力子を骨子とした、原子核モデルに類似している。
「もちろん例えですけどね。人類とはこのように、5次元時空にひしめき合うように存在する、球体の集合体なのです。それは、丁度コップに満たされた水分子のように、古い人間ほど底深くに、未来へ行くほどコップの縁へと向かっていく。同じ時代の人間は、同じくらいの高さに分布し、距離の近い者同士は、より大きな影響を及ぼしあっている。人類が繁栄すればするほど、同じ時代の人間は増えますから、時代によってその円筒形は細くなったり大きくなったり、くびれたりもするでしょう。そう、まるでTENGAのように」
「最後の例は要らないけど、まあ、大体のイメージはつかめたわ。つまり、五次元時空で世界は自分を取り巻く雲でしかないから、その中心にいる精神からは、自分の可能性世界全てが見える。そして、そのどこでも観測することが可能だってことね?」
「そうです。そして、それが私達のタイムマシンの正体です。おあつらえ向きに、魂核は重力子で構成されていますから、空間をゆがめ、5次元を通って過去へ行くことも出来る。元々存在する世界へ、精神だけが移動するので、自分自身と出会うということもない。しかし、それは自分と言う殻に閉じ込められるから、自分が存在しえない過去には戻れない」
コップに入った水分子のようなものだから、何の力も働かなければ、分子でぎっしり詰まった底の方へは移動出来ない。だが、口の開いた縁の方、未来へは泡のように浮かんでいくことが出来る。
「さて、ここで面白いのが、私達の人生はこうして原子核モデルのように決まりきったもので、一度認識してしまえば、自分ではどうすることも出来ない変化に乏しいものなのです……が、自分自身では変化出来なくても、外的な要因、他人から加わえられる力によっては変化が起こりえるんです。
先に人類をコップに満たされた水に例えましたが、これらの水分子はお互いにぶつかり合って、ゆがめ合っている。お互いの核の斥力で反発し合っている。近いもの同士が世界……つまり情報を自由電子のように共有しあっている。これらの影響によって、また世界が分裂し、人間を形成する魂核は大きくなる。そして誰かが大きくなっちゃうと、周りがぎゅうぎゅうと押されて……また別の世界が生まれる。
と言った具合に、私達は本来、互いに影響しあって世界を広げていくものなのです。ところが、未来の私達はタイムマシンを手に入れることによって、他者の影響を排除し、都合のいい夢しか見なくなって、やがて崩壊してしまったんですよ。まあ、それは置いておいて……
ところで、最も分かりやすい例で、天王台君が他人の人生に影響を与えてる場面が二度ほどあるんですが、これがなにかは分かりますか?」
倖は首を振るった。
「邑楽修と藤木藤夫に憑依したことですよ。これ、普通に考えて有り得ない事でしょう? 人間が別人に乗り移るなんて。一体、5次元的に何が起こったのか……ところで私達は、睡眠中に記憶の保持のため、世界と精神の交信を行っているのですが、この眠ってる状態のとき、魂核は4次元世界を認識していないのです。
つまり、眠っている人間ってのは、ああ見えて魂が空っぽなんですね。
普通の人間は5次元時空を認識することが出来ないから、それでも問題ないのですが……ところが我々や天王台君のように、特殊な人間にとっては違う。5次元時空で、近隣に存在する、他人の魂核に直接影響を及ぼすことも出来る。それが憑依の正体なんです。
で、この憑依ってのをやられると、寝てる間に世界の有り様が変わってしまう。人間にとって4次元世界は、魂核を中心に回転する楕円軌道を描いているので、ほんのちょっとのずれならすぐに修正されるんですが、しかしこれが大きくずれると、ちょっとやそっとじゃ戻って来れなくなる……
結論から言ってしまうと、天王台君が、邑楽修に憑依して中々戻れなかったように……藤木も天王台君に憑依されることによって、大きく世界が変わってしまったため、元に戻ってこれなくなっちゃったんですね」
倖はなんだか、少し嫌な予感がした。
「つまり、彼は別に死んだわけでも、植物人間になったわけでもなく、単に魂が迷子になっちゃっただけなんですよ。そして、世界は魂核を中心に回ってるものですから、軌道力学的に、放っておけばそのうち元に戻ってきたはずなんです」
「ちょ……ちょっと待ってくれる? それじゃ、なに? 天王台が藤木に乗り移ったせいで……」
「ええ、彼は戻れなくなりました。本当なら、およそ半年後、植物状態であると思われた藤木は、突如として奇跡の復活を遂げるはずでした……なにもしなければね。天王台君は、彼の肉体を保存しておけばそれで事足りたんです。
まあ、彼だって5次元を認識しているといっても、人間そのものを理解していたわけではないので、仕方なかったのでしょう。結果的に、彼は最悪の選択をしてしまった。
そして、それは藤木君のみならず、本人にとっても最悪で、彼は大丈夫だと思っていたようですが、他人になりきることなんて不可能ですから、遅かれ早かれ、彼の精神は藤木の体から追い出され、行き場をなくしてしまうはずだった……」
倖は身震いがした。と、同時に、何故自分が知らないうちに、天王台の体を確保していたのかを理解した。
「……天使は、それを回避するために、こっそりと天王台の体を確保して、藤木を誘導していたというわけね……」
「おそらくは。つまり、まあ、これからあなたが真っ先にしなくてはいけないことは、それです。
で、もう一つなのですが……先に述べたとおり、魂核へ記憶の整理をしにいった精神はやがて、元の肉体へ戻ろうとします。その際、自分がどこにいたかマーカーを置いていると言いますか、ビーコンのようなものを発しているはずなので、それを探します。
ところが、これを持ったまま、天王台君がうろちょろと世界を移動しはじめてしまった……」
「つまり、藤木も帰れるように誘導しなければならない……」
「お察しの通りで。まあ、ほっといても、いずれは戻るんですけどね……ただ、それが半年や1年ならともかく、何十年ともなるとお話になりませんし……天王台君が起きたときに、藤木君が眠っていたら、やはり彼は責任を感じておかしくなるでしょう。このタイムマシン……多世界を移動する能力は、とんでもなく人を孤独にさせますから」
「わかったわ……」
倖は頷いた。やることは分かった。ただし、まだ方法が分からない。
世界の仕組みが自分の仮説の延長線上にあることは分かった。しかし、だからといってすぐにそれが実現可能になるなら世話が無い。時間の遡行方法。具体的な藤木の誘導。これらをどうすればいいのか。
「私達のタイムマシンの作り方をお教え出来ればわけもないのですがね……残念ながら、それは出来ません。なにしろ、下手をすればそのまま文明崩壊ですからね……設計図を渡した瞬間、お嬢さんが裏切る世界が、分岐として必ず現れてしまいますので」
「なるほど……でも、それじゃどうしたら?」
「方法は秘匿するとして、過去に介入する仕組みと、藤木を誘導する目的の座標のようなものを授けましょう。あとは試行錯誤してもらうしか……」
「わかったわ。多くを望まない」
「もちろん、これも秘匿しておいてもらいたいのですが……」
「かまわないわ」
「その結果、あなたの研究者としての人生も、これで終わりになってしまいますよ。つまり、自分で世界の真相にたどり着く、その機会が永久に失われます」
倖はからからと笑った。
「今更、そんなこと言い出すとは思わなかったわ。問題ないわよ。目的と手段くらい、ちゃんとわきまえてるわ。あたしはただ、この手記にあるような終わりは、もう二度と起こって欲しくないだけよ」
「そうですか。では……」
そして、倖は男の助力を得て過去に介入する機械を構築しはじめた。
それは意外だったのだが、過去の自分がすでに製作していた機械を利用するものだった。大学時代、自分の理論の正しさを証明しようと組み上げた重力子観測システムがそれだった。現在も、新垣の厚意で稼動を続けているが、目的のものはまだ見つかっていない……
しかし、そんなシステムを、受信できるなら送信も出来るでしょうと、簡単に言ってのけた男は、彼女には理解不能な方法でそれを改造した。何が起きているのか分からず唖然としていると、彼はそして、利用法、メンテナンス法を伝えて、長い電話を終えようとした。
倖は最後に尋ねた。
「結局……あんたは何者だったの? ……偶然を装ってたけど、本当は始めからあたしと接触するつもりで電話をかけてきたんでしょう……」
言うと、男は暫し沈黙してから、
「ふむ……偶然だと言うのは本当ですがね……まあ、もしも、あなたに頼まれたら、協力はしようと思ってはいました」
「やっぱり……ねえ、世界があんたの言うとおりなら、あたしとあんたも魂的に近い位置にいるってことよね? こうして話が出来るってことは、同じ時代に生きてもいるってことだし……あんた、一体誰なの?」
そう聞くと、男は黙った。答えてくれるとは思ってなかったし、期待もしていなかったので、それ以上は聞かず引き下がろうと、改めてお礼の言葉を探していたら、受話器の向こうから鼻を鳴らすような含み笑いが聞こえてきた。
「ふ……ふふふっ……ははっ」
「何がおかしいのよ?」
「藤木ですよ。始めにそう名乗ったでしょう?」
「え?」
「では先生。また、機会があれば……」
「ちょっと待って!」
咄嗟に呼びかけたが、もう電話は切れていた。今度こそ、本当に男の声は聞こえなくなった。
倖は受話器を呆然と眺めながら、最後に礼を言うことを忘れたと悔いていた。結局、相手が誰であろうが、どうでもいいことなのだ。どうして、最後に一言だけでも、ありがとうって言えなかったのだろう……
それから、彼女は手に入れた方法で過去に介入することを開始した。ベースは自分が過去に組み上げたシステムで、カーネルも自分で構築したオリジナルのものだったのだが、それを起動するときに彼女は気づいた。
『Welcome to AYF_OS release 511576』
自分はOSに名前をつけた覚えは無い。それに、リリース番号もどう考えてもおかしい。
なんだこれは? と思いながらも、すぐにそれが何かピンと来た。
新垣と、自分と、藤木の頭文字だ……とすると、本当にあの男は藤木だったのか? このリリース番号は……普通に考えるとリビジョンだ。それだけ失敗したと言うことだろうか?
分からないが……どっちにしろ、藤木も天王台も、自分が助けるしかないのだ。
擦り切れるくらい読んだノートが横にある。
やれるだけのことはやろう。この手記で、天使は失敗してしまったようだが、今度こそ自分が成功させよう。
倖は決意を新たにすると、天使としての活動を始めた。
機械の操作法は、基本的に寝ることだった。人間が寝るときに、記憶を保持するために5次元の魂核に戻るのを利用しているらしい。夢を見ているようなものだから、自分がすることも、何もかも曖昧なイメージでしかないが、それをコンピュータで制御して、どうにか整合性のあるものに置き換えているようだった。
従って、過去に介入する自分はかなりあやふやな存在で、見る人が見ればすぐにおかしいと分かってしまうらしかった。現に、過去の自分に何度も気づかれた。
過去の自分は、神の見えざる手に気づくと、途端に警戒心が強くなり、そうなるともう何をすることも出来ず、始めからやり直しになるのだった。大抵、1度か2度の入れ替わりで彼女は未来の自分の存在に気づく……するとその世界は消滅する。まさか、藤木と接触する前に自分自身と戦うはめになるとは思わず、倖はげんなりするのだった。
と言うか、自分とは目的を共有できないのだ。ドッペルゲンガーと同じで、自分の過去に干渉しようとした瞬間に矛盾が生じる。自分自身の過去だから、別の世界を生み出して回避することも出来ない。
つまり、徹頭徹尾過去の自分を騙しきる必要があり、決して協力関係になることは不可能なのだ……しかし、これが他人であれば、話は変わる。
過去に干渉できるのは、何も自分だけに留まらない。天王台のように、他人に憑依することも可能であった。藤木のようなことになると困るので、出来るだけしたくはなかったが、散々自分に気づかれた後に、それが無理と分かると、倖は諦めて他人を利用することにした。
そして倖は天使を装って馳川小町に接触した。彼女は藤木と天王台が入れ替わっていることを知る、唯一の人物であったし、藤木を助けたいという目的が一致するので、協力関係が持てると思ったからだ。
倖は眠っている小町に憑依すると、書置きを残すことで接触することに成功した。
これから先に起こりうる、藤木の消滅のことを教えると、彼女は全面的に協力してくれることになった。元々、天王台が藤木に憑依していることにも、心の底では納得していなかったようだった。
そんな小町の協力を得て、天王台の体を確保すると、いよいよ天王台が無茶をしないように誘導する仕事に入った。
しかし、始めてみてすぐ分かったが、元々他人になりきるなんてことは不可能で、天王台はすぐにボロを出して母親に気づかれてしまうことが分かった。彼は藤木になりきっていたが、能力自体が隠せていなかったのだ。そのせいで、度々幽体離脱や他者への憑依を繰り返すことになり、結果として自分の立場を危うくさせた。
ここに来て、倖は自分のすべきことをすぐに察した。彼にテクノブレイクと言う枷をはめることである。彼女は小町の協力を得て、天使として接触すると、彼がテクノブレイクして死んだという強力な暗示を掛けた。
その後のフォローも出来るように、彼女は小町に二日周期で日中に寝てもらい、その間を天使として過ごすことにした。また、別世界の小町にも二日周期で寝てもらい、二つの世界で交互に藤木に接触することで、あたかも小町と天使二人の人物が居るように錯覚させた。彼はなんとなく違和感を感じていたようだが、上手く騙されてくれた。
こうして、誘導は上手くいくように思えた。だが、やはりそうは問屋がおろさなかった。まず、天王台が彼の思い描く藤木らしい行動を取るあまりに、藤木の本来目指すべき世界から逸脱することが多々あった。天使はその度にそれを修正するように奔走した。
次に彼自身が、他人に憑依出来ることに気づいてしまう点が問題になった。幽体離脱だけならまだしも、これに気づかれると、加速度的に彼本来の能力に気づかれるリスクが増えた。
更に、殺人事件が起こると、十中八九、立花倖本人の藤木藤夫に対する注目度が増してしまい、そのせいで自分が彼女に気づかれると言う、悪循環に陥りやすくなった。
おまけに、過去の自分が藤木に惚れると、小町が自分に対して不信感を抱きだし、協力を断られるという事態も起こりえた。
終いには、藤木=天王台に気づかれて、ゲームオーバーと言うわけである。
目的は単に、天王台を藤木藤夫のまま、彼の魂が戻ってくる10月下旬まで生きながらえさせるだけの話だった。ところが、それがとんでもなく難しい。特に、最大の敵が自分自身というのが遣る瀬無いのだ。過去の自分は藤木に惚れ出すと、まるで忠犬のように、彼に近づく天使の正体を暴いて回り出すのだ……
その他の要因も含め、倖はたった一つのゴールを目指して、試行錯誤を繰り返した。
やがて月日が過ぎ、季節が変わり、いくつもの年月が過ぎ去っていった。
倖の母親はついに倖の幸せを見ることもなく死に……続いて、会社を倖に託して新垣が早世すると、過去への介入もそれまでのようにはいかなくなった。
それでも、彼女は走り続けた。少しでも時間があれば、たった一つの解を求めるため、幾度も幾度も過去をやり直した。
やがて自分自身でシステムを理解すると、過去への介入に失敗するたびに、システムを少しずつ手直しして、そのたびにリビジョンの数字を増やしていった。それは気がつくと、自分の知らないうちにも増えており……それはきっと、他の世界からの干渉や、輪廻を繰り返した別の自分が残した足跡なのだった。
しかし、気の遠くなるほどの失敗を繰り返しても、正解にはついぞたどり着くことが出来ないのである。
いつもいつも、自分自身に邪魔されるのである。
そいつの隣には、自分の最愛の男が居て、そして、そいつはその人に愛されているのである。
この不毛な戦いはいつまで続くのだろう。
いつまで続けられるのだろう……
気がつくと、タイムリミットが迫っていた。
立花倖の命のともし火が、もう間もなく尽きようとしていたのである……




