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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
1章・先輩と僕の不適切な関係
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せめてDQNネームはやめてくれ・2

 

 昨晩、藤木が自分の代わりに死んでしまった小町を生き返らせるために、彼女の部屋へと行って戻ってくると、天使はいなくなっていた。入れ替わりにいつの間にか帰ってきていた母親は、昨晩起きたことを何一つ覚えていなかった。


 下半身マッパの藤木と小町が抱き合っていたことも、下半身マッパの藤木の死体を小町が(なぶ)っていたこともだ。それどころか、彼女はパートから帰ってから、一度も外出をしていないと思っているようだった。


 大騒ぎされるよりはずっとマシだが、こうも何もなかったことにされると不気味である。一体、どういう魔法を使ったのだろう。


 ともあれ、天使が行使したチートっぽい何かのお陰で事なきを得た藤木たちは、取りあえず自分たちの身に起きた、奇妙な出来事を一旦脇に置いておいて、また翌日以降、落ち着いて話し合おうと言って別れたのだった。


 明けて翌朝、寝ぼけ眼を擦りながら、前日に起こったことは全て夢だったのではないかと、淡い期待を抱きながら制服を着替えていた小町であったが、しかし頭の中に直接藤木の声が響いてきて、その期待は儚くも散った。と言うか、なんでまた死んでいるのだこの男は。


 藤木は盛大に咳き込みながら非難の声を上げた。


「げほげほげほっ……殺す気か!」

「て言うか、あんた死ぬ死ぬ言ってるけどさ、昨日あれだけ死んでまだ生きてるんだから、相当しぶといわよね。心肺停止してこれって、普通ありえないでしょ。あたし、思うんだけど、死んでるあんたに何やっても、もしかして平気なんじゃないかしら。今度、試しに手首でも切り落としてみようか」

「おおお、恐ろしいこと言うなよ! つーか昨日、俺だっておまえのことを生き返らせてやったじゃん! オナって死んで、ホモ同人誌にチューしながら無様に転がる、おまえのことを助けてやったじゃん!」


 ゆらりと近づく小町はなにやら禍々しいオーラを纏っていた。


「……昨晩のあたしには何も無かった……いいね?」

「…………はい……」


 藤木は生唾をごくりと飲み込んだ。


「はぁ~……でもこれで、昨日のあれは本当にあったことだって、諦めて受け入れるしかないわけね。夢なら覚めて欲しかったんだけど」

「残念ながらそうらしいな」

「他人事みたいに言ってるけど、あんたこれからどうなるの?」

「あのポチとかいう天使がどっか行っちまったから、これからどうすりゃいいかよく分からんのだよね。死ねって言われて、はい死にますってわけにもいかんし。とにかく、暫くは現状維持して様子見したいとこだけど」

「天使って……昨日、あんたの部屋にいた、あのちっこいのね。あの時は焦ってて、気にも留まらなかったけど……」

「なんだよ?」

「……どっかで見たことあるような」


 藤木にはすぐ分かった。見たことあると言うより、誰かに似ているのだ。小町がそれが何か分からず、うんうん唸っていると、コンコンと部屋の扉がノックされて、


「藤木ー? 起きてるなら早く支度しなさい。ご飯出来てるわよー」


 と、母親の呑気な声が聞こえてきた。藤木は母親から苗字で呼ばれている。だからなんだと言う訳でない。


「すぐ行くー!」と藤木は廊下の母親に返事し、「まあ、あんま時間もないし、考えるのは後回しだ。登校中、道々話そう」


 そう言って藤木は制服に手早く着替えると、ペチャンコのカバンを脇に抱えて部屋を出た。一旦別れて、お互いに朝の用意をしようというつもりだったのだが、小町はとっくに準備が出来ていたのか、気にせずくっついてくる。


 ダイニングキッチンのテーブルで、トーストとコーヒーの匂いが競うように充満して食欲をそそった。藤木は点けっぱなしのテレビのリモコンをぷちぷち操作し、時間を確認してから、マグカップにコーヒーを注いだ。


「あたしにも頂戴」


 出張中の父親の席に当たり前のように座って、これまた当たり前のようにトーストをほお張りながら、カップセットを突き出しつつ小町が言った。図々しいやつめ……文句を言おうかとしてると、


「あら、小町ちゃんおはよう。遠慮しないで食べていってね」


 と、母親が機先を制するように、愛想のいい声で言った。


 昨晩は恐怖に打ち震えて人殺し呼ばわりしていたくせに、実に気前のいい話である……覚えていないからだが、なんとも微妙な気持ちになる。


 小町もこれまたこれ以上ない愛想笑いを浮かべて答えた。


「ありがとう、お母さん。何かお手伝いしましょうか?」

「あら、いい子ね。気にしないでゆっくり食べてらっしゃい。こっちは手が足りてるから……はい、これ。ポチちゃんももうこっちは良いから、早くご飯食べて学校の準備しなさい」

「はいですにゃ」


 ぶううぅぅーーーーー!!!


 藤木は盛大にコーヒーを噴出した。


 よくよくキッチンを覗いたら、藤木の母親の隣に、昨夜の天使が立っていた。


「な、な、な、なにやっとんじゃおまえはあああーーー!!!」


 直撃は避けたが被害を受けた小町が非難の声を上げる。


「きったないなあ、もう……なにしてるって、あんたの方がよっ」

「まったくですにゃ。お兄ちゃんはおっちょこちょいですにゃ」

「誰がお兄ちゃんだ! ってか、なにこれ、なんでこいつがここにいんの?」

「お兄ちゃんこそ、どうしてまだ生きてるにゃ。早く死んでくれないかにゃ」


 母親がうふふうふふとお上品に笑った。


「まったく、あんたたち兄妹ったら、子供のころからずっと(たま)の取り合いね。いつまでたっても仲が悪いんだから」


 その台詞に、言葉が詰まった。言いたいことは山ほどあるのだが、何から言えばいいのか分からなくて、声が出ない。藤木はまるで酸欠の鯉のように口をパクパクさせて口ごもった。


 兄妹? そんなの生まれてこのかた、居た試しなどない。父と母がハッスルしたところで、昨日の今日で作れるようなものでもない。とすると、これは昨夜の母親の記憶同様、目の前の天使がなにやらやらかしたに違いなかった。


 藤木はキッチンでへらへら笑っている天使の首根っこを掴むと、


「ちょっと来い!」


 有無を言わさず玄関へと押しやった。そしてトーストを一枚ほお張ると、


「おい、小町、行くぞ」


 未だにパンをむしゃむしゃやっている小町を促し、ろくに寝癖の髪も直さずに、天使の手を引っ張って家を出た。

 



 藤木は天使を無理矢理連れ出すと、人通りの多い通学路は避けて、少し遠回りの道を駅へ向かって早足で歩いた。駅遠の団地なので普段はバスを使うが、混雑する車内で、天使だの霊魂だのテクノブレイクなどと話すわけにもいかない。


 カバンを取りに行っていた小町が小走りに追いかけてきて、やがて二人に追いついた。


「この子が天使? ……ふーん、見た目は普通の人間っていうか……なんか気に食わない顔ね」

「強引に連れ出された上に、この言い草。あんまりですにゃ。ご飯もまだ食べてにゃかったのに」


 藤木はふくれる天使を無視して問いただした。


「って言うか、さっきのはなんのつもりだ兄妹って……順を追って説明してくれないか」

「にゃ?」

「取りあえず、昨晩のことからだ。あのあとお前、どこで何してたの?」


 藤木と天使がやりとりしている最中、オナって死んだ小町が乱入してきて話が途切れた。そしてその小町を蘇生しに行っている間に天使は消えた。


「それなら、言わなくても大体分かるにゃ。ママにゃんのフォローに行ってたにゃん。藤木さんも気にしてたにゃん? 通報されるんじゃないかって」

「げっ、マジで通報してたの? あの人」

「はいですにゃ。藤木さんが小町さんを蘇生すると言うから、初めは止めようとしたにゃ。場合によっては、死ぬのは藤木さんじゃなくても構わにゃいですから」

「ちょっとちょっと!」


 不満の声を小町が上げるが、それを制して話を促す。


「でも、外から警官が近づいてくることに気づいたにゃ。仕方にゃいんで、記憶に直接介入してお帰り願ったにゃん。そしてそのまま、近所でプルプル震えるママにゃんを見つけて、何事も無かったように暗示をかけて、おうちに帰したにゃん」

「おまえ……さらっととんでもないこと言い出すね。お兄さん、わりとドン引きなんだが」

「ほっといた方が良かったかにゃ?」


 それこそとんでもない。


「その後は、藤木さんも無事に小町さんを生き返らせてしまったようにゃので、任務失敗したポチは、仕方なく神様にご報告に行ったにゃん。叱られるかにゃ? と思ったけど、平気だったにゃん」


 その代わりに、どうせなかなか死なないであろう藤木を、フォローするように神に言われたそうだ。まあ、確かに。一度峠を越してしまったら、あんまり死ぬ気にはなれない。それで妹というわけだ。


「うーむ……じゃあ母ちゃんは、おまえの不思議パワーかなんかで、妹がいると思い込まされてるってわけか」

「そうですにゃ」

「……で、おまえ、俺んちに居座る気まんまんなの?」

「他にしようがにゃいですから、よろしくお願いしますにゃ」

「軽々しく言ってくれるが……一体どこで寝るんだよ。うちに部屋なんざ余ってないぞ? 小町んとこじゃ駄目なのか」

「あんたさあ、当然のようにあたしを巻き込まないでよね。なんで、あたしがこんな子の面倒みなきゃいけないわけ?」

「安心するにゃ。それなら、既に手を打ってるから問題ないにゃ。ポチは藤木さんの妹として、藤木さんの部屋、子供部屋で一緒に暮らしていることになってるにゃ」

「はあ?」


 それは聞き捨てなら無い。困惑する藤木の代わりに小町が激しく抗議した。


「ちょちょちょ、待ちなさいよね。どんな魔法使ったか知らないけど、世間的にはあんたたち兄妹ってことになってるかも知れないけど、本当は赤の他人なんだからね!? 男女同室なんて有り得ないでしょう」

「……まさかおまえ、まだ俺の青い未熟な果実を狙っているんじゃないだろうな」

「当たり前ですにゃ。藤木さんがポチに手を出せば、即天国行きにゃん」

「けっ! だれが手を出すものか」

「ああ、もう! 分かった! 分かったわよ。仕方ないから、あたしが面倒見てあげるわよ! あんた、うちに来なさい」


 そんな風に三人でぎゃあぎゃあやっていると、やがて駅まで辿り着いた。


 駅前ロータリーに近づくと、バスがクラクションを鳴らして通り過ぎた。停留所で続々とお客が降車してくる。


 それを見越していたのか、バス停の隅で待ち構えていた小母さんが飛び出し、なにやらをヒステリックに叫びながら、乗降客にビラを配って回り始めた。いつもの朝の光景である。


「まあ、住む住まないはともかく、フォローって何をフォローするというんだ? 俺が死んだら小町の変わりに復活させてくれるってわけもあるまい。役立たずじゃねえか」

「昨日、早速警察のお世話になりそうだった人にそんなこと言われたくないにゃ」

「……お、おう。確かにフォローは必要でした。すみません……しかしなあ、だからって一緒に住むまではしないでいいだろう」

「外から、何が起こるかわからにゃい藤木さんの生活を監視しろと言うのですかにゃ? ストーカーみたいに。そんなの御免ですにゃ」

「むーん……」

「それに、そういう分かりやすいものばかりとも限らないにゃ」

「と言うと?」


 バスを降りる乗客たちは手馴れたもので、ビラ配りおばさんを避けて通った。


「事件の目撃者を探しています! 目撃者を探しております!」


 おばさんは叫びつつ、ビラを差し出すが、誰一人受け取るものはいなかった。別に人々の心が荒んでいるわけではない。毎朝、同じことを繰り返されるものだから、やがて誰も相手にしなくなった。そういう類の話である。


 その内人ごみが崩れ、誰もいなくなると、彼女はまた元の壁際へと戻り、次のバスの到着を待つ。目撃情報など、きっともう見つからない。誰もがそう思っていたが、一縷(いちる)の望みをかけて、彼女は明日も明後日も、同じように駅前に佇むに違いないのだ。


 天使はそんな彼女から通りがかりにビラを受け取ると、


「例えば、この事件も藤木さんのせいかも知れないにゃ」

「なんでだよ」

「藤木さんが生きているということが、周囲にどんな影響を及ぼすかは、神様にもわからにゃいのにゃ。それは一見何も関係ないようなものにさえ、藤木さんの影響が現れている可能性だって、否定できにゃいんですにゃ」

「無茶苦茶言うなあ……だとしても、そいつとは何も関係ないだろ。四年も前の事件だぞ。過去にまで責任持てるかってんだ」


 市内で最も裕福な資産家、玉木家。その孫娘が誘拐されたのが四年前の出来事だった。事件発覚から大々的に報道されたその劇場型犯罪は、多くの視聴者の想像通り最悪の結果をもたらした。


 犯人が捕まることは無く。そして彼女はそれ以降、この街角に立ってずっと目撃情報を探している。


「単なる、ものの例えですにゃ。そういうことも有りうるのだと、理解しておいて欲しいにゃ」

「ふーん……ところで、連れ出した俺が言うのもなんだけどさ、おまえ、どこまで着いてくるの?」


 ビラ配り小母さんを尻目に、南口ターミナルから駅舎を通り抜け、北口ターミナルへとやってきた。そこから出る学校行きのバスに乗るためだ。


 藤木たちの通う学校は、彼らの住む団地と同じ町内にあったが、北と南の外れといった具合に微妙に遠く、二人は普段バスを乗り継いで学校に通っていた。


 やがて、二人と同じ制服を着た学生たちがちらほらと見受けられるようになると、彼らは口を(つぐ)んだ。学校の連中に聞かれては困るので、当然である。


 そして、もう用なしになった天使に、家へ帰れと追っ払おうとしたのだが、彼女は一向に気にした素振りも見せず、学生に混じって当たり前のようにそこへ並ぶのであった。


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