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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
4章・分速12メートル
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物心ついたときから運が良かった

 物心ついたときから運が良かった。


 世の中の全ての物事には二つの道が示されていて、そのどちらを進めばよりよい結果が得られるか、天王台元雄はその答えがいつも直感的に分かるのだった。


 例えば、数学の問題で途中の式が分からないのに、何故か答えだけが分かる感覚。どうしてそれを選んだのか分からないが、正解であることだけは分かるといったような経験が、誰にもあるであろう。


 そりゃ小中学生のテストなど、それ用に簡略化された問題であるから、一度や二度なら偶然に選び取ってしまうこともあるかも知れないが、天王台にとってはそれが日常であった。例えどんな複雑な問題であっても、同じように正解だけを導き出してしまうという、そんな特殊能力を彼は持っていたのである。


 それはテストの問題に限らず、人生で起こりうる全ての選択に対してもそうであると言って過言ではなかった。


 例えば、簡単な例を挙げれば、彼はジャンケンで負けたことがない。


 かくれんぼや鬼ごっこをしても、発見されることはまずない。


 徒競走をすれば、何故か相手が勝手に転び、気に入った女子が居れば、翌日にはラブレターが届いた。


 まるで他人の運を吸い取ってしまうかのような強運は、親戚一堂に忌み嫌われ、それを苦にした母親は、天王台がまだ幼いうちに自殺した。私生児であった彼は結果として、施設に預けられ、そこで年長者たちの使いっ走りとして生活することを余儀なくされた。


 誰も知らない施設に預けられた彼は、はじめこそは打ちのめされた。周りの大人たちはみな不親切だったし、同じ施設の年長者たちは、体が小さくて弱い者を当たり前のようにいじめた。それまでのように、黙っていても食事を得られるということはなく、生きるためには誰かの関心を得なければならなくなった。


 それは幼い彼に苦痛を強いたが、しかし、すぐに気を取り直すと、天王台は自分の強運をいかんなく発揮して、年長者たちに取り入ることを覚えるのだった。何しろ、彼の能力はあらゆるものに対して通用する。それは学校の勉強や体育などに限らず、競馬やパチンコなどのギャンブルに対してもそうだった。


 少ない元手で金を稼ぎ、欲しいものを何でも買い与えてくれる天王台は、施設の年長者たちに重宝された。悪い遊びを色々教えられ、ちゃらい交友関係を自慢された。発育が良く、ルックスもいい彼は、どこへ行っても可愛がられ、また他人の考えてることが直感的に分かるものだから、年の割りに喧嘩も強かった。


 しかしそれはやがて、天王台を取り巻く世界を悪い方へ悪い方へと広げていくのであった。


 中学に進学するころには、天王台はすっかり悪として有名になっていた。ガキのくせに金を持っていて、派手に遊んでいる。でも親が居ないから殴っても文句を言われない。そんな自分勝手な理由で天王台にちょっかいをかけては、返り討ちにあう者たちが後を絶たなくなってくると、暴力が暴力を呼んで、気がつけば近づいてくるのは近隣のチンピラだけになってしまった。


 当初、カツアゲ目的でやってきた奴らは、返り討ちにあうと逆恨みした。自分では勝てないと知ると、自分よりも強い者に助けを請い、そいつも返り討ちにあうと、更に強いものへと、憎しみが連鎖していった。


 しかし始めこそ天王台を可愛がっていた施設の連中は、あっさりそっぽを向いた。悪くて有名な高校生の不良どもがやって来るようになると、もう手が付けられなくなったからだった。


 元々、金の力で取り入った連中は、いざとなったら何の役にも立たなかった。天王台はそれを恨むようなことはしなかったが、ただただ、自分の愚かさだけは呪った。自分は何でも出来ると思っていた。だが、結果はどうだ。


 そもそも、本当に強運であるのなら、何故自分は疎んじられて施設に居るのだ。母親はなんで自殺したのだ。もしかして、それすら自分の能力のせいだったのかも知れないと思うと、天王台は途端に自分の人生が色あせて見えた。


 だから、隣町で藤木と初めて出会ったとき……いや、元々クラスメイトだったから、初めてでは無かったのであるが……天王台は全ての悪循環を断ち切ろうと、抵抗することを放棄していた。


 殴りたきゃ好きなだけ殴ればいいし、金が欲しければくれてやると、半ば投げやりな心境でいたのである。


「おい! やめろよっ!!」


 しかし、そんな彼の前に飛び込んできたのは、喧嘩もロクに出来ないガキだった。


 見て一発で分かるくらい、体がぶるぶる震えているし、ひょろくてちょっと小突いただけでも吹き飛んでしまいそうな奴だった。とても大勢を相手に立ち回れるようには見えない。しかし、そんな奴が友達でもなんでもない奴を助けに現れたのである。


 何をやってるんだ、こいつは? と思った。


 もしかして、見た目とは違って、彼もまた天王台のように不思議な能力でも持ってるのじゃないかと思った。


 しかし、現実にはそんなことはなく、颯爽と現れた彼はあっという間にその場に居た不良連中にのされると、


「ぎゃあ! すんませんっ! すんませんっ! 調子に乗りましたっ!! いたいたいたい! ごめんなさいっ! 許してっ!!」


 と叫んでのた打ち回るのである。



 

 その後、二人仲良くボコボコにされて、財布の中身までスッカラカンにされると、天王台はなんと言って声をかけていいかわからなくなった。


 よく、いじめられっこがヒーローに助けられて、


「助けてくれなんて言ってないのに……」


 などと、ひねくれた答えを返すことがあるが、このときの心境は正にそれだった。いや、そもそも助けてもらってすらいない。


 本当に、何しに来たんだと言えば、こいつは、ただ一緒に殴られに来ただけなのである。


 しかも、その理由に頓着しない。殴られても恨み言一つ言わない。金を奪われても、自業自得だと理解している。報復や憎悪よりも先に、どうやって家まで帰ろうかと、帰り道のことばかり気にしている。


 こんな奴も居るのかと興味を持った天王台は、ドラクエを買えなかったと嘆く藤木から整理券を拝借すると、もう誰かに自分の能力を使って良い目を見せることはしないと誓ったばかりだったが、金儲けをしてそれを買い与えることにした。


 そして、適当な理由をつけてそれを押し付けて、後のことは忘れようと思っていたのだが、藤木は何の(てら)いも無く、一緒に遊ぼうと言ってくるのだった。


 天王台がそれまでに出会った者たちならば、そんな風に一緒に遊ぼうなんてことも、それどころか肝心のソフトのことすらも興味がなく、尻ポケットに無造作に突っ込まれた札束の方に気がいったはずなのに……彼は全くそんなものに興味を示さないのである。


 藤木は本当にいい奴だった。


 彼の家に遊びに行くようになってから知り合った友人たちも、みんな気持ちのいい連中ばかりだった。


 どいつもこいつも、エロくてある意味どうしようも無い奴らだったが、少なくとも誰かを貶めたり、金や見た目で友達を判断するようなことは一切なかった。


 だから夏休みが明けると、天王台は彼らと行動を共にするようになっていった。


 もしも、もっと早く、小学校のときから彼らと出会えれば、きっと自分はこんなことにはなっていなかっただろう……と、気がつけば、彼は藤木たちに依存するようになっていた。


 そう。依存するようになった。彼は大人びて見えても中学生で、天涯孤独の身の上で、どうやって生きて行けばいいのか、何も分からなかったのである。



 

 天王台には秘密があった。


 それはあらゆる選択で正解を選び取ることの出来る強運。そう先に説明したが、実はそれには続きがある。


 初めは世界が二重にぼやけて見えた……人や物、自然物も建造物も、月も太陽も、あらゆるものが、ほんの少しだけずれて、二重に見えるのだ。それは言うなれば、世界が二股に分かれていて、こっちに行けば良い結果が得られると分かるような感覚だった。


 つまり、二つの世界から、片一方の世界を選び取る。それが天王台の能力の正体だったのだ。


 例えば、宝くじを買ったとする。すると天王台の目の前に、宝くじが当たった世界と外れた世界の二つが現れて、彼が当たった方を選べば、それが現実となる。


 例えば、可愛い女の子が居て告白したとする。彼の目の前には告白が上手くいく世界と失敗する世界があって、選んだほうが現実となる。


 天王台が何かを選択するとき、世界は二つに単純化され、彼はそのどちらか一方を選ぶのだ。


 幼い頃からその能力に慣れ親しんでいた彼は、やがて、その世界のブレが、自分自身にも適用されていることに気がついた。彼が世界を選び取ろうとするとき、自分自身の体もまた、二重に見える。彼はその二つの体の一方に自分の魂を乗せることによって、片方の世界を選択し、もう片方を切り捨てていた。


 では、そのどちらも選ばなかったら、一体どうなるのだろうか?


 あるとき、そんなことを意識した彼は、何の気なしにそれを試みた。


 すると、信じられないことが起こったのだった。


 彼の体から、魂だけが切り離されたのである。


「幽体離脱?」


 そのことを、藤木に言ってみたら、彼はポカンとした顔をしたかと思うと、まるで疑う素振りもせず、屈託無く言った。


「マジで!? すげえじゃん。女湯覗き放題だぜっっ!?」

「言うに事欠いて、それかよっ!!」


 自分の能力について、誰かに相談することは今まで全くなかったわけじゃない。幼い頃は、母親相手に再三自分の境遇を伝えたし、信頼が置けるとおもった大人にも何度か言った試しがある。


 しかし、誰一人として、自分の能力のことを信じてくれる者は居なかったし、母親にいたってはノイローゼになって、挙句の果てに自殺してしまった。


「……信じるのか?」


 だから、藤木も同じように自分のことを笑うのだろうと思ったのだが、彼はほかの大人たちとは違い、天王台の話をあっさりと信じた。


「前々から、ちょっと変わってるなとは思ってたからな……いや、ちょっとじゃないな。あり得ないくらい変わってると思った。だから、そういうことだったのかと、妙に納得しちゃったけど」

「そうか……」

「なんでも思い通りの能力か……すげえなあ」

「…………」

「けど、その能力はあんま使うなよ?」

「え?」


 普通なら、そんな能力があると知ったら、それを利用しようとするだろう。現に、天王台が今まで出会ってきた連中は、彼に金儲けの才能があると知ると、それを利用しようとばかりしていた。


「おまえの選択が、誰にとっても良い選択とは限らないんだし。大体、そんなチート能力で何かされたら、おまえに借りを返せなくなるだろう」

「そんなこと、気にすんなよ」

「あのなあ、天王台。一方的に何かを与える、与えられるってのは、それは友情でもなんでもないぞ」


 それは、こっちの台詞だと天王台は思った。自分は藤木に与えられるばかりで、まだ何も返せていない。だから、何かしてやりたいと思ったのだが……


 しかし、それはずるをしてするものではない。藤木の言葉に納得して、能力を不用意に使うことは避けようと、彼は思うのだった。


 こうして、良くも悪くも幼い頃から施設で育ち、ロクな大人にめぐり合えなかった天王台は、藤木と言う親友に依存するようになっていった。彼にとって藤木は模範であり、憧れであったのである。


 それはまるで忠犬とその飼い主みたいな関係だったが、面白いことに、周りからそれはまったく逆のように捉えられていた。理由は言わずと知れた、ただの見た目だけの問題だったのであるが……天王台は自分の尊敬する友達が馬鹿にされているのが歯がゆくて仕方なかった。


 そんな時、彼の神経を揺さぶる事件が起きた。


 三年の三学期、受験も押し迫って誰もがピリピリとしているとき、天王台と馳川小町が付き合っているという噂が立ったのだ。


 藤木と小町が好きあっているのは、はっきり言ってサークルメンバーには見え見えだった。だから、そんな的外れな噂は彼らにしてみればちゃんちゃらおかしい話で、無視してしまえばそれで済む類のものあったのだが……


 しかし、その下世話な噂に他ならぬ藤木が翻弄された。


「もしかして、おまえが女と付き合わないのは。俺に遠慮してるからか?」


 ある日、突然、藤木にそういわれて、天王台は度肝を抜かれた。


「どういうことだ?」

「おまえみたいにモテる奴が、ずっと一人でいるのも変だろ……だから、もしかして、おまえが好きなのって……」


 小町だとでも言いたいのだろうか? 藤木がそんな卑屈なことを言う奴だとは思わなかった天王台は、その言葉にショックを受けると同時に苛立った。


「そんなわけねえよ! 何言ってんだ、馬鹿」

「でも、嫌いじゃないんだろ?」


 そりゃ、当たり前である。小町は性格こそあれだが、滅多にお目にかかれないような美少女だったし、何よりも親友の選んだ相手である。嫌いなわけが無いではないか。だけど、それを認めて何になる? 藤木のその聞き方がいやらしくて、天王台は腹立ち紛れに言った。


「じゃあ、俺が小町に告っても、藤木はいいのかよ?」

「……おまえなら、いいんじゃないかと思う」


 返ってきた言葉に、胸が痛んだ。


「俺なんかより、お前のほうが格好良いし、おまえと並んでる方がしっくりくるし……実際、あいつ、イケメンなら誰でも良い感じだし」


 はらわたが煮えくり返るとはこのことだ……しかし、天王台は怒りが頂点に達するより前に、急速に萎んでいくのを感じた。


 一番、許せないと思ってるのは、多分張本人なんだろう……藤木の目は泳いでいて、見るに堪えなかった。


 天王台は首を振るって溜め息を吐くと、


「冗談だよ……俺が、小町と付き合うなんてことは絶対にない」


 といって、その場を離れた。


 多分、自分が藤木にコンプレックスを抱いていたように、彼もまた、同じようなコンプレックスを抱いていたのだろう。数日たって、それに気づいた時には、噂はもう撤回できないほどに一人歩きしていた。


 それでも、少しでも火を消して回ろうと思った天王台は、噂をしている奴がいないかと、注意して校内を回った。本当なら、藤木と直接話し合ったほうが良かったのだが、また何を言われるか分からないと思うと、勇気がもてなかった。


 そんなこんなで1月が過ぎ、2月に入り、受験モードに入った三年生が自由登校になって閑散としたバレンタインの教室で、天王台は小町に相談を受けていた。


「どうして、こうなっちゃったんだろう」


 受験も終わり、同じ学校に進学することに決まった藤木と小町だったが、例の噂が出て以来、ギクシャクして全然話すことも出来ないでいるらしかった。毎年、あげていたバレンタインのチョコも、今年は渡せそうもないと嘆いていた。


「あたしが、ちやほやされて調子に乗ったのも悪かったのよ……」


 小町は天王台相手には意外と素直だった。小学校時代のトラウマもないし、他の男子と違って、彼女に興味を示さなかったからだろうか、普通に話しをするようになってから暫くすると、藤木のことが好きだということをすぐに教えてくれた。


 しかし、それを意識するようになるまでにしてきた数々の行いが最悪で、彼女はもの凄く後悔していた。何しろ、トラウマになるほどの暴力を浴びせ続けた挙句に、一年にも及ぶNTRの数々を見せ付けてきたのである。やがて小町にも人の心が芽生えて、あ、藤木のことが好きだな……と思ったときには後の祭りだったのである。


 尤も、そんな目に遭っても、知っての通り藤木は小町のことを意識しており、あとは時間が解決してくれると誰もが思っていた。そんなときに降ってわいた、今回の出来事である。


 このままじゃいけないと思った彼女は、天王台に相談していた。もう、いっそのこと、自分から告白してしまった方がいいのだろうかと……


「……多分、ちょっと待ったほうが良いと思う」


 しかし、天王台はそう答えた。この間の、藤木の卑屈な言葉を思い出したからだ。


 多分、彼は自分にコンプレックスを抱いている。その自分が居る限りは、良い返事が聞けないんじゃなかろうか……


 幸い、天王台は卒業後、彼らとは全然別の進路を選んでいた。就職だ。嫌でも彼らの前から、姿を消さなければならない身の上であった。だったら、それを待ってからでも遅くはないし、そっちの方が上手く行くであろうと思ったのだ。


 帰り道、廊下で女子に囲まれている藤木を見かけて、本当にそれで良かったのかと思いながら、天王台は学校を出た。自分たちの噂が出てから、変わったことがもう一つある。それは藤木が突然モテはじめたことだった。本当の藤木は意外とモテる。幼馴染があまりにも強烈だったから、誰もちょっかいをかけなかったのだが、自分と小町が付き合いだしたとなると話は別だというわけか……小町が焦り出したのも頷ける。


 やはり、自分は彼らの前から消えないといけないんだろうな……


 天王台は思った。


 学校を卒業してからも、彼らとは付き合いを続けるつもりだった。しかし、今回のことで身に染みた。藤木は自分が居ると遠慮してしまう。それは、彼ら二人を傷つけるだけの行為でしかない。


 だから、自分は消えよう。幸い、藤木には施設を出ることも、就職先のことも言っていない。居なくなってしまえば、彼もその内気にならなくなるだろう。


 そして3月。卒業式を終えた天王台は、誰にも挨拶することなく、学校を去った。ボタンをくれと言われても、一緒に写真を撮ろうと言われても、一切無視した。


 校庭を歩いていると、背後の後者から声がかかった。振り返ると、親友の姿が見えた。まだ、桜も咲かない寒空の下で、天王台は手を振った。

 

 

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