表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
4章・分速12メートル
116/124

こういうの得意なんだよ

 二年生になると小町は文芸部に顔を出すようになった。


 元々、中学には週一回の部活の時間と言うものがあり、全員参加が義務付けられた学生は、必ずどこかの部活動に加わっていなければならないルールがあった。


 だから、小町も1年のときは、先輩に誘われて野球部のマネージャーをしていたらしいのだが、ある日いいとこを見せようとしたエースの球を、バッティングピッチャー代わりにバカスカ打ち込んでいたら、空気が悪くなって近づけなくなったらしい。以来、部活の時間になると何かと理由をつけて逃げ回っていたそうだが、年度が変わって部活変更が可能となると、これ幸いと藤木の所属する文芸部に入部してきた。


 小町が絶対に近寄りそうも無いという理由で選んだ部活であったから、文芸部には同じ理由で入部していた小学校時代からの悪友、諏訪と大原が居た。彼らは、まさかの彼女の出現を大いに嘆き、連れてきてしまった藤木のことを恨んだが、当の小町にあっという間にしめられてすぐ黙った。ことあるごとにうんこを投げつけられたトラウマもさることながら、ズボンどころかパンツまで下ろされたことも1度や2度では済まない。心の底から奴隷であった彼らに、逆らうと言う選択肢は無かったのである。


 こうして小町を加えた文芸部は、やがてホモネタを持ち味とした市川も加わって、なんだかよく分からないお馬鹿集団になっていった。入部当初こそ嫌がった諏訪と大原であったが、少なくとも子供特有の残酷さは失われ、変わって思春期特有の思い込みと勘違いで、大分ヘボくなっていた小町に、次第に慣れてくると、特に何も言わなくなった。


 ただし、小町は相変わらず校内一の美少女で通っていたせいで、おかしなことに、そんな彼女がこれまた校内一の嫌われ者と言っていい、どエロオタク集団と一緒にいるのは似合わないと、なんとももどかしい陰口を叩かれることになった。


 そんなの、こっちがお願いしたわけでもない、あいつが勝手に来るんだと言ったところで誰も信じやしない。彼らからすればヘボいのは藤木たちの方であって、小町はそんな彼らに付きまとわれてるというわけである。


 人間、顔が大事と言うのも確かであるが、この時期ほどそれが強烈で自意識に左右されるものもない。顔が良いと言うだけで、全校生徒から注目を浴び、顔が悪いと言うだけで(さげす)まれ(ないがし)ろにされる。そんな価値観の中で、小町は翻弄されてしまったわけだが……


 対して、もう一人はどうだったのだろうか。


 藤木たちの学校には、小町のほかにもう一人、双璧と言ってもいい有名人が居た。


 天王台元雄(てんのうだいもとお)はイケメン、クールで成績優秀、運動神経もそこそこの学校のアイドルだった。1年次こそさほど話題にも上がらなかったが、成長して体が大きく、風格が増してくると、段々と目立つようになってきた。


 天王台はどこか達観した空気の漂う男で、ちやほやしてくる女子を軽くあしらい、嫉妬する男子にも丁寧に受け答えする、しかしながら、どこかとっつきにくい男だった。


 それがクールだと言われて、女子にさらにモテる要因となったが、実際のところ本人は子供でも相手しているような感じで、告白されても間違いなく相手を振るものだから、学校のアイドルとしてもの凄い存在感をかもし出しながらも、彼は孤立していた。


 その孤立っぷりはかなりの物で、どうも彼自身がそれを望んでいる節があった。二年になって同じクラスになった藤木は、最初の席替えで彼の一つ前の席になったのだが、夏休みになるまで、ただの一度として話しかけたことがなかった。


 いつ見ても、窓の外をぼんやりと見てるか、寝てるかして、つまらなそうにしているから、話しかけるタイミングがなかったのだ。


 尤も、藤木も積極的に話しかけようとは思ってなかった。イケメンは人類の敵とさえ言って憚らない藤木が、何が悲しくて男に話しかけねばならないのか……二学期になればまた席も変わり、それでこいつとはおさらばだ……そう思っていた藤木であったが、世の中何がどう転がるか分かった物ではない。


 後に生涯の友とさえ言って憚らない、天王台と仲良くなるきっかけは、彼らがずっと近い距離にあった学校の授業中でなく、夏休みの偶然の出来事にあったのである。


 


 連日の猛暑でうだるような暑さの中、とろけそうな頭でようやく一学期の授業を終え、夏休みに入って最初の週末の出来事だった。


 その日は、ドラクエの最新ナンバリングタイトルの発売日で、前々からそれを楽しみにしていた藤木は、気合を入れて始発で隣町までやってきて、整理券を求める人々の列に並んでいた。


 9時ちょっと前に、出社してきた家電量販店の店員が整理券を配り始め、首尾よくそれを手に入れた藤木は、ホクホク顔で開店までの時間を潰そうと、駅前をうろついていた。


 そんな時、見知った顔が、どうみてもチンピラにしか見えない男たちに囲まれて、薄暗い路地裏へと入っていく姿を見つけてしまった。言わずと知れた天王台である。


 妙に落ち着いた雰囲気から……もしかして友達か? 普段から、何をやってるのか分からないような男だったが、あんな柄の悪い連中と付き合っていたのか……? と思いもしたが、見ようによっては中学生がカツアゲされてるように見えなくもない。


 余計なお世話かも知れないが、念のため確かめておいた方がいいかなと、こっそり後を尾けてみたら、案の定と言うか、狭い路地を抜けた旗竿地で、天王台が殴られていた。


 藤木は荒事は苦手である。幼馴染があれだから、嫌でも巻き込まれて場数を踏んでは居たが、本来は平和主義者である。良く知らないクラスメイトを助ける義理も無し、匿名で110番通報してやれば十分だろう。そう思い、その場を離れようとしたのであったが……


「おい! やめろよっ!!」


 気がつけば広場に躍り出て、自分よりも体格の良い男たちに向かって言っていた。


 馬鹿だなあとしか思えない。殴られてる天王台はピクリとも眉を動かさない。何でこんなのを助けに入っちゃったのかと思ったが、藤木は震える手を誤魔化すように、気合を入れるように叫ぶと、男たちに殴りかかっていった。

 



 結果は無残なもので、数分後、路地裏には二人のボロボロの中学生が横たわっていた。いつの間にか脱げていた靴と、空っぽになった財布が転がり、体の節々が痛んで起き上がるのも一苦労だった。


「あーあ……」


 藤木はスッカラカンになった財布を逆さまにして振りながら溜め息を吐いた。ケンケンしながら脱げた靴のところまで行き、それを履いていたら、未だに横たわっている天王台が言った。


「どうして助けたりしたんだ……」


 そういわれても、殆んど理由などなかった。ただ、なんとなくと言っても間違いではない。藤木が殴られている彼を見ていたら、何かムカムカして来ちゃったのだ。ただ、それだけだった。


 なんと言うか……天王台は自分が殴られていると言うのに、まるで他人事のように冷静に殴られていた。


「……友達を助けるのに、理由が必要か?」

「……おまえと俺は友達じゃないだろう」


 助けてやってまで、これである……いや、助けてやれていないのか……ともあれ、こいつのこの態度が気に食わなかったのである。


 普通、人間は殴られそうになったら、避けるなり手でガードするなりするものである。ところが、こいつにはまったくその素振りがなかった。まるで痛みを感じない人形のように、ただじっと殴られ耐えていた。


 その、当たり前のように暴力を受け入れる姿に、なんか無性に腹が立ってしまったのだ。


「うっせーな。知り合いを助けるのに、理由は必要ないだろ。これでいいか」

「分からないな。大体、俺は助けてくれとも言ってない」

「まあ、実際助かってないしな……おーいて」


 藤木は殴られた頬を擦りながら、打ち捨てられた自分のカバンからタオルを取り出し、血を拭った。景気良く殴られたが、もう痛みは殆んどない。普段から小町の暴力に晒され、慣れているからだろうか。


 思わぬ副作用に、小町に感謝しつつ、藤木は使い終わったタオルを天王台に投げて寄越した……いや、感謝していいのか?


 天王台はそれを受け取り言った。


「理由は聞かないのか?」

「ええ?」

「殴られていた理由」

「そりゃ、おまえがムカつくからだろ?」


 しれっと藤木がそういうと、天王台は一瞬きょとんとした顔をしてから、クックックッと笑うのだった。


 違いない、その通りだと、何がおかしいのやら腹を抱えて笑っている彼を尻目に、藤木はムスッとしながら、カバンの中から整理券を取り出して言った。


「あーあ……せっかく手に入れたのに、金がなくちゃ意味ないや……とほほ」

「なんだよ、それ」

「ドラクエの整理券……」


 ヒラヒラと整理券を振って見せると、


「ふーん……要らないなら、くれよ」


 と、天王台が言った。


「別にいいけどよ……」


 おまえだって、オケラじゃねえか……持っていたところで役にたたない。誰か知り合いにでもくれてやろうってことだろうか。藤木は整理券で紙飛行機を作ると、それを放って寄越した。


 ともあれ、金が無いと家に帰るのもままならないので、


「……どうすっかね。交番で事情話して電車賃借りるか……2時間くらいかかるけど、歩いて帰るか……返しに来るの面倒だし」

「その必要はねえよ」


 藤木がぶつくさと独りごちていたら、天王台が何故か靴下を脱ぎながら言った。


 脱げた靴下の中から、100円玉が転がり落ちる。


 今日日(きょうび)、100円じゃ缶ジュースも買えない。そんなものでどうするのか? と思っていたら、いいからついて来いよと彼が言うので黙って着いていくことにした。



 

 隣町には競馬の場外馬券場があって、日曜日には多くの人で賑わった。尤も、その日は大きなレースもなく、まだ始まって間もなくだったから、その筋と言おうか、いかにもと言った小父さんくらいしか見当たらず、場外馬券場は閑散としていた。


 もちろん、中学生が利用していい施設ではない。藤木がドキドキしながら周囲を警戒する中、天王台は手馴れた様子でマークシートを塗りつぶし、通りがかりの人の良さそうなおっさんに、これ買ってきて? と頼んで、眠そうに欠伸した。


 藤木は良く知らないが、こういうのはそう簡単に当たる物ではないはずだ。しかも100円では配当も高が知れている。


 競馬新聞に顔を突っ込んでうんうん唸るおっさん連中を尻目に、余裕綽々(しゃくしゃく)でベンチに腰掛ける天王台を、駄目だこりゃ……と思いながら白い眼で見ていた藤木であったが……


「こういうの得意なんだよ」


 電光掲示板に表示されたレース結果と、天王台の買った三連単の馬券の数字が一致しているのを見せられて、藤木は生唾をゴクリと飲み込んだ。


 第2レース新馬戦、大本命といわれた良血馬がコーナーで失速すると、混戦のゴール前を8番人気の馬が制した。結果は8番人気、4番人気、5番人気と大波乱の着順で、払い戻し金額は馬連でも8000円。三連単では15万円となっていた。


 100円が15万円である。馬券を買ってきてくれたおじさんにご祝儀を渡し、札束を尻ポケットに突っ込むと、天王台は言った。


「ドラクエ……ソフトはあっても、ハードを持ってないんだ、俺。良かったら、貸してくれないか?」

「そんじゃ、うちで遊ぼうぜ」


 そうしてソフトを手に入れた二人は、藤木の家で遊び始めた。


 付き合ってみれば天王台も年相応と言うか、意地汚くコントローラーを離そうとしないので、喧嘩しながらも、結局二人で協力してゲームを進めた。二人でやってるものだから、彼が帰った後にレベル上げも出来ず、その蛇の生殺しみたいな苦境が耐え難いから、翌日からは嫌がる天王台を無理矢理泊まらせて、ゲームをやることにした。何も知らない小町が部屋にふらっとやって来たが、小学校の連中以外には猫を被っていたから、そわそわするだけで結局出て行った。


 やがて、暇つぶしに遊びにきた諏訪が加わり、カップめんを持参した大原もやってきて、ゲームをクリアする頃には4人はすっかり打ち解けていた。その話を市川にしたら、男ばっか4人でずるいと、良く分からないキレ方をし、その翌週からは5人で遊ぶようになった。


 新学期が始まると、一学期とは打って変わって親友のように振舞う藤木たちは、他の生徒の目を引いた。特に、天王台に粉をかけていた女生徒たちから藤木は受けが悪く、小町のときのように理不尽な攻撃を受けたが、それが天王台の反感を買うと知ったら、手のひらを返すように黙った。


 尤も、彼女たちの言い分も多少は正しい。


 修学旅行で同じ班になった二人は、女湯を覗こうと画策してホテルの廊下で正座させられたり、文化祭では天王台を女装させ、演劇で市川と濃厚なキスシーンを演じさせて、女生徒のヘイトを稼いだ。クリスマスには麻雀大会を催し、罰ゲームで誕生日ケーキを買いに行かせ、正月には寒中水泳と称し、学校のプールに飛び込んで警察に通報された。


 そんな具合に、学校一のお馬鹿集団と化した藤木たち文芸部は、まだ天王台に夢を見る女生徒たちの期待を粉々に打ち砕きながら、最上級生になった。


 その頃には、小町も普通に接するようになっており、気がつけば彼らは学校の一軍集団と見做されるようになっていた。


 面倒見が良くて人当たりのいいリーダー気質の藤木と、クールなイケメンでどこか哀愁の漂う天王台のコンビは学外にも名が轟き、学校帰りに天王台がいきなり他校の生徒に告られるというようなイベントも、たびたび起きた。天王台に渡して? と藤木がラブレターを渡されることも1度や2度じゃすまなかった。


 そんなモテキャラの彼であったが、結局誰とも付き合うことなく、告白を断り続けていた。次第に断る理由を考えるのが面倒くさくなった彼は、3次元とか興味ないからと言い出して、ガチでエロ同人サークルを作り上げてしまった。


 元々、部活の時間の暇つぶしでラノベを回し読みしていたのが切っ掛けだったが、エロが嫌いな男はいないと迎合した文芸部の面々で、サークルカワテブクロを結成した藤木たちは、天王台が競馬で稼いで来た金で、勢い夏コミに参加した。


 サークル活動の勝手など分からず、ど下手糞な絵で一般向け同人誌を100冊も刷ってしまった彼らは、始めてのコミケで辛酸を舐めた。やはりエロだ。冬こそ頑張るぞと気炎を上げるサークルメンバーであったが、


「でも、天王台。冬は全員で金を出し合うから、今回みたいのは無しな」


 と、藤木は天王台が金を出したことを、あまりよく思ってなかったようであった。


「別に、俺の腹が痛むわけでもないんだぜ?」

「それでもだ。こういうのは対等にやっておかないと気分が悪い」

「気にしすぎだと思うがな……藤木は、俺の能力を利用しようとはしないんだな」

「そんなのが友達って呼べるのかよ」


 ムッとして少し怒り気味に藤木が言うと、天王台は乾いた笑いをしながらも、照れくさそうにしているのだった。

 



 しかし、そんな二人がギクシャクしだしたのは、中学校最後の三学期のことだった。古来より、男同士の友情に水を差すのは、女であると言うのだろうか。その頃、どこからともなく自然に、天王台と小町が付き合っていると言う噂が立ちはじめた。


 受験モードに入った学校で、誰かのストレスが生み出した幻影かも知れない。しかし、その噂は誰の目にも真実味を帯びて見えるのだった。


 何しろ、天王台と小町は美男美女で、二人揃うと見栄えがするから、説得力があったのだ。おまけに、小町は文芸部に顔を出し、藤木の幼馴染と言うことから、天王台ともそこそこ仲が良かったのである。ぶっちゃけ、天王台が唯一気を許していた女生徒と言って過言ではない。


 二人が並んで会話しているだけで絵になったし、それが噂に発展するのも、結局は時間の問題だったのかも知れない。


 幼馴染や友人たちは、藤木と小町は好きあっていることに気づいていた。ただ、イケメンと美少女に囲まれたせいで、不必要に軽んじて見られるという藤木の境遇と、一年次に若気の至りから男をとっかえひっかえしてしまった小町の罪悪感から、この二人がくっつくのはまだ時間が必要だろうと思っていた。


 だから、そんな時に、こんな噂が流れたのは迷惑でしかなく、そして、最も悲劇だったのは、それが藤木の耳に入ったとき……ああ、それはいいことかも知れない……と、彼が思ってしまったことだった。


 魔が差してしまったとしか言いようがない。


 ある日、藤木は天王台に、「もしかして、おまえが女と付き合わないのは。俺に遠慮してるからか?」と聞いてしまった。


 それを聞いた天王台は、呆れるよりも、激怒した。それは静かな怒りだった。だから、もちろん、そんなつもりは無かったのだが、


「じゃあ、俺が小町に告っても、藤木はいいのかよ?」


 と売り言葉に買い言葉で言ってしまったのである。


 すると藤木はじっと目をつぶって考えてから、


「おまえなら、いいんじゃないかと思う」


 と言った。


 おまえなら(・・・・・)と言う台詞が、既に彼女のことを好きですとばらしているようなものだった。そんな、自分の気持ちに嘘をつく藤木を、天王台は見たくなかった。彼はギリギリと奥歯を噛みしめながら、


「冗談だよ……俺が、小町と付き合うなんてことは絶対にない」


 と言うと、不機嫌な顔を隠そうともしないでその場を去っていった。


 以来、藤木と天王台は、ギクシャクとして全く会話をすることが出来なくなった。


 そんな二人の姿が撒いた種なのか、その日を境に、噂はどんどんと拡大していった。藤木たちが露骨にお互いを避け始めたことは、誰の目にも明らかに見えたからである。彼らが喧嘩する理由など、そんなのたった一つしかない。


 これに困ったのは小町もである。藤木と小町は隣同士に住んでるので、噂が立ってから、学校では避けていたが家では普通に話していた。しかし、突然、天王台押しを始めた藤木に辟易し、かといって天王台と話していると、噂が加速する。仕方なく、自分で火を消しながら、こそこそと天王台に相談していたのだが……



 

 2月に入ってバレンタイン当日。授業が無くなり、登校日以外は出席も任意の受験モードに入った学校内で、藤木は天王台と小町がこそこそと話し合っているのを目撃した。


 成美高校に合格したことを告げにきたので、同じ学校を受験した小町も来ていることは知っていた。しかし天王台が居るのは知らなかった。


 遠目に何を話しているのか分からず、気になった藤木はこっそりと近づいてみようとしたが……自分の行いに嫌気がさして、頭を振るってその場から去った。


 気にしすぎだ……それは分かっている……だが、どうしていいか分からない。


 そうして、ぐずぐずと校内をうろついていた藤木であったが……そんな彼を見かけた同級生や後輩の女子が、義理チョコが余ってるからと、次から次へとやってきた。


 去年は一枚ももらえなかったのに……なんだこれと思いつつ、ありがたく頂戴し、藤木はカバンいっぱいに詰め込まれたチョコを手に学校を出た。


 結局、その年、藤木は小町からチョコはもらえなかった。


 夕方、息子の貰ってきたチョコでチョコレートフォンデュをする母親を見ながら、藤木は溜め息を漏らした……



 

 そして3月。卒業式。藤木は天王台と和解することの無いまま、その日を迎えてしまった。


 仰げば尊しの歌声の中で、こっそりと親友の顔を盗み見る。


 友人らの進路はそれぞれ、諏訪と大原が市立に、市川が私立の男子校に、そして藤木と小町は成美高校へと決まっていた。しかし、天王台の進路はついぞ聞けなかった。


 やがて、卒業証書を受け取った藤木は、最後のホームルームを終えると、このままではいけないと、3年では他クラスになった天王台の下へと向かった。


 途中、何人かの生徒に引き止められ、ボタンを取られたり、一緒に写真を撮りながら進み……そして、ようやく辿り着いた天王台のクラスは、もうも抜けの空だった。


 行き違いか。まだ学校の中にいるのかな……?


 そんなことを考えていたら、たなびくカーテンの隙間から、校庭を歩く天王台の姿が見えた。


 藤木は窓に駆け寄って、その背中に向かって叫んだ。


「天王台っ!!」


 彼は、藤木の声に気づくと、卒業証書を持った手を上げて応え……そして、そのまま校門から出て行った。


 すぐに追いかけようとした藤木は、足がもつれて転びかけた。すると、胸ポケットに入れていたスマホが飛び出て、シャーッと音を立てて滑っていった。


 藤木はそれを慌てて拾い、「そうだ、電話しよう……」と、アドレス帳を開き……そしてそのまま固まった。


 このときになって初めて気づいた。


 親友だなどと言っておきながら……藤木は天王台の連絡先を知らなかったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勝手にランキング参加してます ↓ぽちっとお一つ、よろしくお願いします

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ