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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
4章・分速12メートル
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竹馬の友2


 翌日以降、もはや玄関の扉を開けることすら恐怖を覚え、引き篭もりかけた藤木であったが、ベランダの間仕切りの石膏ボードを破壊するという荒業で、不法侵入してきた小町に捕まり、危うくニートを脱するのであった。


 同じ団地住まいならば通う小学校も当然同じで、追い討ちをかけるかのように、クラスも同じだと知ったのは新学期。転入の挨拶の席でのことである。


 担任が、「お隣同士だし、馳川さんが面倒を見てあげなさい」と、死刑宣告にも似た台詞を吐く中、小町はニヤニヤと笑っていた。もはや逃げ場などない……そう悟った藤木は、それ以来、小町の腰巾着としてスネオスタイルを貫いた。


 そんなわけで否応も無く、うん子とその金魚の糞で、北小の糞尿ブラザーズと呼ばれては、近隣の小学生を恐怖のどん底に叩き落し、不遇ではあったが、権勢を欲しいままにした小学校時代を、藤木は駆け抜けたのであった。


 馳川小町は奇特な少女で、およそ人の嫌がることは買ってでもやった。


 もちろん悪いほうの意味である。


 二つ名であるうんこに関しては、それはもう並々ならぬ興味を示し、一般男子小学生であるなら処刑場の暗喩として名高い学校のトイレで、毎朝排便をするのが日課であり、そしてその便の形状や色艶を報告するのが、給食の時間の楽しみの一つであった。


 うんこ爆弾などは序の口であり、チャボの糞とウサギの糞と水とタバスコを、ペースト状になるまでかき混ぜたものを水風船に封入し、ウンウンペンチウムと呼称した爆弾を、小学生の間に流行らせたのも小町であった。


 小学生がうんちを投げて困りますと町内会で問題にされ、朝礼で校長に1時限目が潰れるまで説教されてもどこ吹く風である。


 もちろん暴力にも造詣が深い。


 当時通っていた柔道教室を、邪悪すぎるとの理由で追い出された彼女は、総合格闘技のファンであり、PRIDEの試合があると学校を休んででも観戦し(深夜に録画放送されていたため)、翌日は新技の研究に余念無く、有り余る体力を無駄に消費し、独り研鑽を重ねたのであった。


 無論、実験台が藤木であったことは言うまでも無い。そしておそらく、当時日本一フジテレビを憎んだ小学生が彼であったことも、間違い無いであろう。


 しかし小学校の卒業文集に、将来の夢はミッションスペシャリストと書いて、担任教師を困惑させた小学生も、手足が伸びて、髪が伸びて、桜が咲いてその花が散って、セーラー服に着替えてみれば、えも言われぬ美少女なのである。


 中学生になった小町は大層もてた。


 その悪逆非道ぶりを近隣に轟かせ、唯一無二の覇者として君臨した彼女であったが、風の噂で聞いただけの者と、被害者の会とでは情報の確度が段違いであり、前者には意外と好意的に受け入れられていたのである。遣る瀬無いことこの上ない。


 彼女は学区外から来た者たちから、老若男女問わずにちやほやされ、そして第二次性徴期を迎えていた彼女は、あっさりそれを受け入れた。


 え? なんで? と思わなくも無かったが、やはりサッカー部のエースだとか、野球部の天才バッターだとか、メガネの委員長だとかにちやほやされて、いい気がしないわけがなかったようである。おまけに、みんな3年生であり、藤木たち1年生からしてみたら、ずっと大人に見えるのだ。


 そんなわけで、彼女は中学に入学するや否や、学校内ヒエラルキーの頂点集団に属すると、藤木たちとの主従関係を清算し、派手な1軍集団と遊ぶようになっていった。


 それは暴力だけを浴びせ続けられた、同じ小学校出身者である藤木たちにしてみれば、納得いくものではなかったが、しかし、文句を言おうにも相手は上級生ばかりだったし、そもそも暴力から解放されて文句言う方も変である。


 そんなわけで、もやもやっとした気持ちは確かにあったが、次第にそれが当然だと受け入れ慣れてくると、ようやっとうん子から解放されて、自由を手に入れたのだという気持ちのほうが勝ってきた。そして藤木は彼女が絶対に近づかないだろうから、と言う理由から文芸部に所属し、生涯の親友とも呼べるような大切な友達と出会ったのである。


 親友たちと馬鹿をやるのは楽しかった。他人の目を気にすることなく、エロ話に花を咲かせられるのも、すごく気に入っていた。だから何の不満も無い。無いのであるが……時折、見かける彼女が、他の男と親しくしている姿を見るたび、藤木は胸の奥がチクチクと痛む気がした。


 小学校のころはずっと一緒だったから気づかなかった。その気持ちが、恋だったのかなと気づく頃には背丈も伸びて、学校の廊下ですれ違った彼女のことを、いつの間にか見下ろす側になっていた。


 そして年も変わり、また新しい桜が咲く季節になった。



 

 春休み。風呂上りのカルピスを片手に、少年ジャンプを読みながら、藤木が自分の部屋でくつろいでいると……部屋の窓がコツコツと叩かれる音がした。


 小町が訪れなくなってから一年と久しく、初めは風のいたずらかと思った。


 コツコツと再度窓が叩かれて、泥棒でも迷い込んだのだろうと無視を決めた。


 ゴンゴンと窓ガラスが割れそうなほどサッシが揺れて、猛烈な睡魔に襲われた藤木はベッドに飛び込んだが、ガチャガチャとなにやら見知らぬ針金状のものが差し込まれ、手馴れた様子で窓のロックを解除されて、無駄に終わった。


 一年ぶりに訪れた彼女は、また要らん技を身につけていた。


「あ、あのね藤木? 私いままでのこと思い返すと、もしかして、あなたに酷いことしてたかなあ? なんて思うのだけれども……」


 突然現れた彼女に対し何事かと問えば、この台詞である。


 はて? 酷いこととは一体どれのことだろう。星の数ほど覚えがあったし、たった今もそうである。どう反応していいのか分からず、藤木が釈然としないまま首をかしげていると、小町は続けた。


「その、深く反省してるのよ? 私も子供だったし? ちょっとやんちゃしちゃった時期もあるかなあ? なんてね」


 やんちゃとは、商店街爆破計画のことであろうか、リアルカイジごっこのことであろうか、投げっぱなしジャーマンスープレックス競争(もちろん物理的な意味である)のことであろうか。


「でもね? その、別に本当に悪気があってやってたわけじゃないって言うか……」

「ちょっと待て、わけが分からない」


 やってきた小町はモジモジしながら何やらをくっちゃべって居たが、どうにも要領を得ず、埒が明かないので、取り合えず落ち着かせるつもりで、「まあ、これでも飲めよ」と、カルピスを飲ませた(もちろん性的な意味ではない)。


 小町の話はこうである。


 中学進学を機に、ちやほやされだした彼女は、初めは当然のようにクラス内カーストのトップ集団に属していた。


 しかし、小学校時代を唯我独尊で爆走した世紀末覇者が、そんなちゃらい集団に、いつまでも居られるはずもなく、あっという間にドロップアウトしたのは、当然の成り行きであったろう。


 服装は上下ユニクロ、趣味は嫌がらせ、特技はサブミッション、座右の銘は『迷わず行けよ。行けばわかるさ』。共通の話題が無いのである。


 そんなわけで、ボロが出る前にフリーエージェント宣言した彼女であったが、すでにグループ形成が完了したクラス内でふらふらしても、さざ波に揉まれるブイのごとく浮きまくるだけである。となると、時折遊んでくれる上級生以外に友達がいない。


 藤木は頭がクラクラした。え? 何こいつ、派手に見えて、実は孤立していたの?


「そんなら俺に声かけりゃよかったじゃん」

「女子から男子には声掛けづらいのよ」


 それに、クラスの女子の目もあった。話題の人物なのに、思ったよりも底が浅いのね……と、女子特有の優越感に満ちた目で見られた小町は、メラメラと怒りの炎を燃やした。このままじゃ馬鹿にされる。


 そして、焦った彼女がとった行動は、果たして恋に生きることであった。要するに、あなたたち“処女”には分からないのよ~んと、偉ぶりたかったわけである。


 藤木は頭を抱えた。


 なるほど、それでイケメンたちと付き合いだしたのか……


 一時期はとっかえひっかえと言わんばかりに、男を変えては勇名を轟かせた彼女である。しかし、


「長く続かないのよ……」


 とりあえず、男を隠れ蓑にして状況を乗り切ろうとした彼女は、告って来た男と大安売りのバーゲンのごとく、次々と付き合ったのであるが、その悉くに1週間以内に振られた。


 振ったのではない。振られたのである。鳴り物入りの美少女が。


 なんでまたそんなことに? と首を傾げるが、理由を聞いてすぐ納得した。


「大抵、みんな小学校時代の話を聞きたがるのよね」


 馳川小町の武勇伝は近隣に広く響き渡っていたが、その内容は実際非常に曖昧なものであり、事実は小説より奇なりを地でいく彼女の逸話を前にして、その奇を信じられる者がいかほど居たであろうか。


 見た目だけなら、小町はトップアイドル顔負けであり、小柄で元気のいい小動物系、といった感じの可愛らしさがあった。そのお陰か、北小の面々ならいざ知らず、他校の出身者は見た目に騙され、話半分に聞いていたものが大半だった。


 しかし、それは全部本当なのだ。しかも本人が、心底嬉しそうに、すべらない話のつもりで面白おかしく語るのだから、イケメンたちの驚愕も想像に難くないであろう。


 やがて振られ続けた小町はついに、


「あれ? もしかして私って、なにか勘違いしてるのかなーって」


 すべらない話が、すべってることにようやく思い至ったらしい。


 藤木は頬の筋肉がピクピクするのを感じた。


「……おまえはあの小学校時代を、スイートメモリーとして大事にしてたの?」

「え? だって、楽しかったでしょう?」


 そりゃおまえだけはな……とは口が裂けても言えない。


「まあ、いい、百歩譲ってそうだとしよう。しかし、それが世間一般でいうところの、常識とはかけ離れたものであると、マジで今まで気づかなかったの?」

「も、もちろん、気づいてたよ?」


 思いっきりどもっとるがな。


「それでね? その……あんたにも、ほんのちょっとだけ悪いことしちゃったのかなって、謝りにきたの」


 それが、あの台詞に繋がるのか……藤木は溜め息を吐いた。酷いことされたと言えば確かにされたが、小学校時代の話である。一年も経ったら忘れてしまったし、こっちはもう気にしてない。


 そんなことよりも、ずっと他の男といちゃいちゃしてる姿を見せつけられてた方がよっぽど……


 藤木はプルプルと頭を振るった。


「あーあー、もういいよ、分かったよ。別にもう気にしちゃいないし。それに、その、おまえにもやっと人間らしい心が芽生えたんだなって思うと、俺、本当に嬉しいよ」

「なにその言い方。すごい馬鹿にされてる気がするんだけど! もう! 信じてくれなくってもいいけどさっ、それじゃ一つだけお願いできないかなあ」

「お、おう、要求に対し見返りを求める。その方が小町さんらしいぜ。おじさんほっとしたよ。何でも言ってくれ。振ったイケメンを(はじ)くのか? 小ばかにした女を沈めるのか? そういや駅の向こう側にソープ出来たんだけど、俺18になるのマジ楽しみにしててさ」

「この部屋来て、一番いい笑顔だったよ、今!? もう……そういう報復じみたことじゃなくってね」

「なんだよ」

「ほら、もうすぐ新学期が始まるじゃない?」

「ん? ああ、俺たちも二年生になるな」

「そしたら新入生が入ってくるでしょう? その……まだ見ぬ子供達に、こう……間違った知識を与えたくないわけよ、小町さん的には」

「……なんだって?」

「だからっ! あんたのもってる私に関する情報を、不必要に新入生に吹聴したりしないで欲しいわけ!」


 推理小説で犯人が分かったときのように、喉に突き刺さっていた小骨が取れるかのように、ずっともやもやして居心地の悪かった空気が、その一言でぱっと晴れた。


 あ、なるほど、この女。いったい何しに現れたのかと思っていたが……それが保身のためだったと判明して、藤木はようやく心の底から安堵した。


「あー……なるほどねえ。そうだよな、イケメンは毎年供給されるんだ。今年が不作でも来年がある。第一印象は大切だ。うん子と呼ばれた過去なんかを、あけっぴろげに暴露されたら溜まったもんじゃないもんな」

「え? ……う、うん。そうだね」

「安心しろ。ウンウンペンチウムを考案し、商店街を完膚なきまでクソまみれにしたおまえの所業を、俺は誰にも話したりしない」

「うっ……」

「犬の糞の始末をしない悪い飼い主を懲らしめるべく、この子の飼い主探してますってうんこの張り紙(カラー印刷)を、町中(くま)なく貼り付けまくったお前の優しさを、深いい話みたいに誰かに語ったりしないよ」

「わあーー! わああーーー!! わあああーーーー!!!」

「水分が抜けて(しな)びてきた七糞球(チーフンチュー)を改良しようと、授業中にも関わらず解体し、その悪臭で教室中をパニックに陥れた、ちょっと苦い思い出なんかもって……あれ? ちょちょちょ、小町さん?! その関節はそっちの方にはまがらな、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~!!」

「黙ろうか!? 黙るよね!?」

「黙りますっ! 黙りますっ! 黙るから、いけない快感に目覚める前に、その関節を本来の向きに戻してくださいっ!!」


 気が付けば瞬きの間に、流れるような動きでがっちりとアームロックがかけられていた。鼻水を垂れ流しながら、必死にお願いし解放してもらってさえも、突き抜けた痛みが間断なく脳汁を分泌しつづけ、全身がびくんびくん震えていた。


 藤木は脂汗でびしょびしょになりながらベッドに倒れこみ、王者に忠誠を誓うべく、土下座ぺろぺろの体制で、這い(つくば)りながら天を仰ぎ見たが、


「あああ゛ああ゛~~~ああ゛あ」


 王者はそんな藤木を見下すポジションには居なく、何故か床の上で頭を抱えて悶絶しているのであった。


 はて、どうしたものか?


 関節から逃れようと暴れてたときに、金玉でも蹴り上げてしまったか? いや、王者過ぎてつい忘れがちになるが、小町は生物学的にメスだった。金玉はない。おっぱいか? おっぱい殴っちゃったか? でも、殴るほどのおっぱいも見当たらないし……


 困惑した藤木が盛大にクエスチョンマークを飛ばしていると、


「じぇ……JCの思い出が、そんな汚物まみれだなんて……死んでしまいたいっ!」


 小町が悶絶しながらぼやいていた。呟く顔はトマトみたいに真っ赤っかである。


 なんだかその姿は見覚えがある気がした。というか藤木の人生は、だいたいそんな感じである。夜中に突然目が覚めて、痛い過去の自分を思い出してああああああ~~~!! ってなるあの感覚だ。


「……って、え?」


 (はな)からその可能性だけはあり得まいと否定して、まったく考慮に入れてなかったが、これはもしかしてもしかしなくても、


「小町さん、もしかしてホントのホントに反省しちゃったの?」

「だから! 最初からそう言ってるでしょ! は、は、恥ずかしいから! もうその、過去の話は思い出させないでええぇ~~!!」

「えええぇぇ~~~…………」


 よもや、それだけはあるまいと思っていた分、ドン引きである。いや、しかしこの一年間、藤木もそうであったように、彼女も成長していたのかも知れない。


「だからさ、その、私の過去ってば、ちょっと個性的じゃない? いろいろと、説明が必要なこともあるから、あまり他人に吹聴してもらいたくないし? その、藤木にもさ、ちょ、ちょ、ちょっとは悪いことしたかもなー、なんて思わなくもないし?」


 もじもじしながら小町が続ける。


「これでも反省してるのよ? この一年、いろんな人と付き合ってきたけど、それでも振り返って、あんたほど迷惑かけた相手もいなかったし。私の、その、い、痛い記憶っていうのかしら? あんたほど詳しいのもいないわけだし? それでその」

「わかったよ」


 藤木が穏やかな声でそう呟く。


「過去を反省して、やり直そうってんだ。殊勝な心がけじゃないか」

「そ、そう?」

「ああ、要するに、おまえの新しい門出にけちつけて、足をひっぱるような真似をしなきゃいいんだろ。お安いご用さ。そもそも、この一年だって、一言もおまえの噂なんて流したりしてないだろ、俺は」

「うん、確かにそうだよね……ところで、あんた私と一番仲良かったはずよね。この一年間、ここまで無視されるとは思わなかったんだけど」


 それはもう意識して避けていたから……などとは、もちろん言わない。藤木はやばい方向に話が流れないように、強引に話題を戻した。


「とにかくっ! おまえが望むなら、別に俺は構わないよ。誰に何聞かれても、適当に話を誤魔化してやる。だから安心しろ。それでいいんだろ?」


 藤木は力強く宣言した。


「あ……ありがとう~~」


 そして小町は、ほっと一安心といった素振りで礼を述べるのだった。


 そのはにかんだ顔がまぶしくて、つい見惚れてしまいそうになる。


 なにしろ、顔だけで男をとっかえひっかえ出来るくらいの美少女だ。アイドルなんかも目ではない。普段から、ずっとそうやって素直にしていれば、自分もきっと、彼女に夢中になったろうにと、ため息混じりに苦笑してしまう。


「まあ、それはそれとして……」


 しかし、藤木も北小の猛獣使いと呼ばれた男だ。


「ちょっと喉渇いたなあ、小町。コーラ買ってこいよ」

「…………へ?」


 ペットの躾けはまず第一に褒めることが肝心だ、とは藤木の持論である。


 そして、褒めたからには元を取る。卑しい系のクズと呼ばれた彼にとって、それも必然のことだった。


 緩急自在、小学校時代は飴とムチを使い分けて、この悪鬼羅刹のごとき猛獣を手懐けて、数多くの小学生どもに、『あのスネオ野郎!!』と忌み嫌われた藤木である。


 こんな他人の弱みを握って、そこにつけ込まない理由があるだろうか。


「いやほら、おまえのせいですげえ汗かいたし? 見てよこれ、びっしょびしょ。せっかく入った風呂も入りなおしだよな、めんどくせえけど。あ! 小町さんカルピス全部飲んじゃったんですかあ? わあ、ボク全部飲んでいいって言いましたっけ。まあ、別にいいんですけどね。小町さんに抉られた胸の古傷が苦しくて、つい口が滑らかになったとしてもボクはそれはそれで一向に構わないんですけどね。ああ、喉が渇いたなあ」

「っっっ…………ちっくしょおおぉぉぉぅーーー!!!」


 小町は悔しそうに顔をゆがめて一声張り上げ、涙をふいて部屋から飛び出し、ベランダの手すりを越えていった。


 実にナチュラルな動きだったので、スルーしかけたが、


「おいっ! ここ3階っ!!」


 ぎょっとして、ベランダに飛び出し下を見ると、当たり前のようにひらりと着地した小町が、ものすごい勢いで遠ざかる後姿が見えた。一直線に向かう先はコンビニエンスストアである。


「化け物め……」


 部屋に戻ると窓を閉めて、鍵もかけて、カーテンを閉めて、電気を消した。


 そして、タンスから新しい下着を取り出して、風呂へと向かう。


 しかしおそらく、風呂上りには、コーラを買ってきた彼女が当たり前のように、藤木のベッドでくつろぎながらジャンプを読んでいるに違いない。


「一年間は、のんびり過ごせたんだけどな」


 またあの阿呆(あほう)な日常が始まるのかと、ため息混じりに呟いた藤木であったが、その口角はほんのちょっぴり上がっていた。


 少女の名前は馳川小町――またの名を竹馬の友(いいおもちゃ)と呼ぶ。


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