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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
4章・分速12メートル
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マーブル模様

 藤木が小町の行く手を遮ると、周りに居た成美高校の制服たちがどよめいた。良くも悪くもお嬢様学校だから、この手の荒事には慣れてないのであろう。女生徒たちが助けを求めるかのように、身を竦めてキョロキョロと辺りを見回している。駅前には交番もある。あまり時間的余裕は無さそうだった。


 対して馳川小町の方は落ち着いたもので、藤木が進路を塞ぐや否や、ツンと澄ました表情を見せて、肩の力を抜いて半身に構えた。やろうってんなら、やってやるぞ、こんちきしょうって感じである。藤木は両手を挙げて訴えた。


「待てっ! 話し合おう! 別に危害を加えるつもりはないんだっ!!」

「なによ、ナンパ? ……そこ、どきなさいよ」


 何が悲しくて幼馴染なんかをナンパしなければならないのだ。


 なんとなく予想はしていたが、小町の様子もやはり変だった。それはあの日、母親に家を追い出されたときに感じた拒絶の空気にとても似ていた。


 藤木はそれを不安に思いながらも、深呼吸しながら続けた。


「そうじゃない。ちょっと聞きたいことがあるだけだ」

「あたしには無いわよ」

「手間は取らせないから。おまえの家の隣に藤木って家があるだろう。そこの家の息子のことを覚えているか?」


 小町は小首を傾げると、訝しげな表情で藤木を見た。


 流石に、これくらいは通じるだろうと思ったのだが……


「……一体、なんのことよ?」


 小町の反応はどうしようもなく冷たかった。本当に忘れてるのか? 演技じゃないのか? 藤木はショックを受けつつも、懸命に何か他に会話の糸口になるような記憶がないか探した。


「今からおよそ7年前、転校したてで町に慣れてなかった俺は、近所の廃工場跡地でおまえと出会ったはずだ」

「……記憶に無いわ」

「そんなはずは無いだろう! 諏訪や大原のことは覚えてるか? 小学校からの付き合いで、中学の文芸部でいつも俺たちは一緒だった」

「諏訪とか大原って名前なら知ってるけど……」


 首を捻っている小町の傍らで、不安を隠そうともしない表情の女生徒が、くいくいと彼女の制服の裾を引っ張った。


「……馳川ちゃん。いこ? なんか気味悪いよ」

「そうね。相手するのも馬鹿らしいわ」

「ちょっ! 待てよっ!!」


 藤木が立ち去ろうとする小町の肩を掴もうとすると、


「ぎゃああああああ!!!!」


 向こう脛にもの凄い痛みが走った。


 予備動作は殆んど無かった。しかし、痛む脛に目を向けると、小町の蹴りが思いっきり入っている。


 あまりの痛さに立っているのも困難で、思わず地面に転がると……上空から影が近づいてきて、なんかヤバい気がした藤木は咄嗟に身を翻した。


「ちっ! やるじゃない」


 地面に寝転がりながら、顔だけ起して見て見たら、今まで藤木の居た場所にストンピングした小町が、歯噛みしながら彼を睨みつけてきた。


 ぞーっとして身震いする。おいおい、ここはリングの上じゃないんだぞ? こっちはろくに受身も取れない素人だし、しかも地面は硬いアスファルトだ。まともに食らったら、どうなってたか……


 しかし抗議しようと上半身を起こしたら、


「てめっ、この……ぐげっ……!」


 ソフトボール投げされた学生カバンが藤木の顔面に直撃し、彼はノックダウンした。目の前で火花がパチパチ飛び散っている。藤木が大の字になって地面に伸びてると、周りのギャラリーから、パチパチと拍手が起こった。


 完全にこちらが悪者である。抗議したくても声が出ず、それを戦意喪失と見たか、小町はフンッと鼻を鳴らすと、取り巻きを連れてノッシノッシと駅ビルの中へ入っていった。


 本当に……忘れてるのか?


 藤木はぐったりとして、地面に大の字に横たわった。体に力が入らなかった。


 あっちの方はどう思ったか知らないが、少なくとも彼女は藤木のよく知ってる小町のままだった。何かが変わったようには見えない。暴力に手馴れている、いつも通りの彼女だった。それなのに、その関係性だけが根本的にぶっ壊れている。


「まいったなあ……」


 これから、どうしよう……


 せめて話くらいは出来るだろうと思ってたのに、このざまである。この先どうしていいものやら、独りごちていると、駅前交番の警官がこちらをちらちら見ながら、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。人々が藤木を避けて通り過ぎながらも、じろじろと遠慮の無い視線を投げかけてくる。


 ちょっと目立ちすぎたか……


 恥はかきなれてるが、今は警官はまずかった。下手に補導なんてされたら、自分のことをなんて説明すればいいか分からない……無駄な抵抗などせずに、単にナンパに失敗したとだけ言っておけば問題ないとは思うが……


 などと考えていたら、突然影が差して目の前が薄暗くなった。


 人影が藤木の前で立ち止まった。通行の邪魔だからどけとでも言いたいのだろうか?


 しかし見上げれば、よく見知った顔が、じっと藤木の顔を見下ろしていた。


「何してるんですか? 薄情先輩……」

「……げほっ」


 あまりのことに、思わず咽た。何しろ、現れた人物が意外すぎて……しかも、その人が自分に声をかけてくるなんて思いもよらなかったのだ。


 それに、その薄情先輩という呼びかけも分からない。


「な、なるみちゃん?」


 対して、彼女の方は当然のように、非難がましい顔をしながら、手を差し伸べた。


「先輩と私って、そんなに親しかったでしたっけ?」


 藤木はその手を取りながら、ブンブンと首を振るった。


 さて、どうだろう。確かに藤木は親しみをこめてその名前を呼んだが、彼女の方はどういうつもりか分からない。何しろ、彼女はあの日から、ただの一度も部室に顔を出さなかったのだ。


 晴沢成美(はるさわせいび)がそこに居た。

 

 

 

 貴族御用達の頭文字(いにしゃる)Mのファーストフード店に入ると、窓側の席に座った。何気ない素振りの後輩が、数ヶ月前に入ったときとまったく同じメニューで、まったく同じ席に座っていた。その姿に、思わず苦笑すると同時に、涙が出そうになった。


 だからよほど変な顔をしていのだろう、薄気味悪そうな顔をして彼女は言った。


「あの後、本当に凄かったんですよ?」


 駅前で彼女に引き起こされながら、どうして自分が薄情先輩なのか? と訊ねたら、彼女はプンスカしながら教えてくれた。


 曰く、藤木と初めて出会ったのは、夏の甲子園予選大会初戦の出来事で、周りを見渡しても誰も居ない、たった二人だけの応援席でのことだった。そのお陰で藤木は彼女の覚えが良く、まるで戦友のように思われていたそうなのだが……


「先輩、諦めてさっさと帰っちゃうんですもん。薄情だなあって思いました」


 てなわけで、薄情先輩とあいなってしまった次第である。判ってしまえば、なんてことない、ごく当たり前の成り行きだった。


「いや、だって、もう見る必要ないって思ったんだもん」

「そんな、あの後、本当に凄かったんですよ? 藤原さんが人が変わったみたいに後続の打者を抑えたら、その裏の攻撃から打線が当たり出して……」

「うんうん。エースが仕事して、コールド負けさえ回避すれば、もともとやられるような相手じゃなかったろ。後はこっちからの虐殺ショーが始まるだけだったし」

「……え?」

「応援だってもう十分足りてた」


 立花成実があの場所に現れた段階で、自分のやるべきことはもう無くなってた。あとは彼女に任せて帰っちゃったわけだが……まあ、確かに薄情だったかも知れない。少なくとも、目の前に居る傷心の後輩のことは置いてっちゃったのだし。


 自分には敵わない相手の必死の想いを、目の前でまざまざと見せ付けられた彼女は、一体どんな気持ちだったのだろうか。思えば、自分とこの後輩は似ているのかもしれない。だから目が離せなかったと言うか……


 なるみは藤木のことをマジマジと見つめた。


「……先輩って、不思議ですね。何故か私のことも知ってましたし、なんでも知ってるみたいな感じで」

「何でもは知らないよ。知ってることだけ」


 と、有名なアニメキャラの台詞をパクッてみたら、彼女はクスッと笑みを漏らした。相変わらずの隠れオタクのようである。この子のことをからかって、倖と朝倉と文芸部のみんなで、他愛も無いおしゃべりをしていた日々が、やけに遠く感じられた。


 藤木はふと尋ねてみた。


「……そういやさ、なるみちゃんって、四月ごろに部室棟に来たことってない? 部室棟って言うか、4階なんだけど」

「え? いいえ。近寄ったこともありませんが」


 それが何か? と言った感じに、彼女は首をかしげていた。


 ああ、やっぱりそうなのか。倖の推測どおり、なるみは四月に部室棟に来なかった。だから必然的に藤木と出会うこともなく、あのあと突然文芸部に顔を出さなくなったのだ。種を明かしてみれば簡単だ。


 倖のパラレルワールド説も、かなりの部分で正しいようだ。


 しかし、それじゃ何故、母親や小町は藤木のことを忘れたのか? こうして、つい最近出会ったばかりの晴沢成美が覚えている。新垣や白木、立花姉妹や、そのお母さんだって覚えていた。


 なのに、もっと付き合いが長くて、自分の人生に多大な影響を与えたであろう二人が覚えてない。こんなことが有り得るのだろうか……


「なるみちゃん……ちょっと、お願いがあるんだけど」

「なんですか?」


 正直、今じゃもう殆んど縁もゆかりも無い相手であるだろうに。なるみはあの春の日みたいに、屈託無く藤木の頼みに耳を傾けてくれた。

 

 

 

 今にも降りだして来そうな曇天(どんてん)だった。


 6時間目の授業が終わると、馳川小町は毎日の日課である、文芸部の部室へといそいそと足を向けた。夏の祭典でメンバーを増やした文芸部は、このところ校内の隠れ腐女子の憩いの場と化していた。


 昇降口で外履きにかえて外に出る。下校する人の流れに乗って正門方向へ進むと、やがて右手にイギリス式庭園が見えてくる。そこは部室棟へと向かうショートカットになっていて、途中には派手派手しい西洋風東屋(がぜぼ)が置かれていた。


 もちろん、そんな場所でお茶会をするようなマリア様など居るはずもなく。普段なら素通りするのだが……その日は珍しく先客が居て、小町は少し驚いた。


 と言うか、何しろこの曇天である。どう見ても違和感しか感じない。


「ごきげんよう。馳川先輩。部室へ行くところですか?」


 話しかけてきたのは中等部の生徒だった。確か、晴沢成美と言う名前だ。ろくに話したことも無ければ、それほど親しいわけでもない。小町は軽く会釈しながら言った。


「ええ、まあ……なんか知らないけど物好きね。こんな天気にこんな場所で」

「あははは……はは……えーっと、私は止めたんですけどね。お爺様に案内しろって言われては……」

「壮健かの、お嬢さん……」


 苦笑いするなるみの横で、杖をついた老人が厳かに声をかけた。小町の側からは死角になっていて、気づくのが遅れた。


「あ、玉木さん……こんにちわ」

「夏にカニを食べに行って以来じゃの。もも子さんとは、まだ仲が良いのかね」

「ええ、まあ。なんなら呼んできましょうか? 今から彼女のとこ行くんで」

「構わんよ。それより、気が向いたらまた近いうちにでも遊びに来なさい。その……なんという名前じゃったかのう、あの男……」


 ドキリと心臓が高鳴った。


 玉木老人がうんうんと唸りながら思い出そうとしている名前を、小町は気づかない振りでスルーした。


 やがて老人は諦めたかのように、うんうんと頷くと、


「死期が近いからかのう、最近物忘れが酷くて。はっはっは」


 と、老人特有の自虐ネタで誤魔化した。


「引き止めて悪かったの。若いのに、年寄りの長話につき合わせるのも悪い」

「いえ。それより、雨が降りそうだから、さっさと他所行ったほうがいいわよ。それじゃ……」


 目礼して小町が立ち去ろうとすると、


「ところで、ドンパチはもうやらんのかね。あれは中々見ごたえがあって、面白かった」

「あんなアホなこと、やる奴はもう居ないわよ。うちの学生って、基本的にはみんな大人しいもの……」

「そうか。残念じゃのう」


 残念そうにする老人に会釈して、今度こそ小町はその場を離れた。


 暫く行ってから振り返り、東屋の二人を改めてみても、その姿は異様に映った。確か理事だったはずだが、視察かなにかか? それにしたって、天気がいいならともかく、こんな日に、一体何をやってるのだろう……


 そういえば、春もあそこで彼らと会ったな……


 と思ったとき、小町はすぐに理解した。


 はめられた。こういう(から)め手が得意な奴が一人居る……


 思えば、春に起きた部室棟占拠事件、話題にもならないから突然言われても気づかなかった。本当なら、この事件のことを覚えているような生徒は、もうこの学校にはいないのだ……


 それじゃ、そんなことを覚えている小町は一体何なのか……


 部室棟へ続く雑木林に入ったら数歩も歩かないうちに、木陰からぬっと人が現れた。


「よう、小町。やっぱ覚えてんじゃん」


 藤木は小町の前に立ちはだかると、じっと幼馴染の目を見据えて言った。


「……誰だっけ? 記憶に無い顔ね……」


 などと言っても、後の祭りである。


 小町は諦めて、はぁ~っと溜め息を吐くと言った。


「あ~あ……帰りなさいよ。あんたはもう、先生と暮らしていくことを選んだんでしょう」

「そうは行くか。そこまで知ってるなら話は早い。おまえ、俺に今起こってることに、なにか身に覚えがあるんだな」


 小町はじっと、睨みつけるように藤木を見つめて言った。


「ないわ。仮にあっても、もうあんたは先生を選んだんだから、あたしには関係ないことよ。自分のことは、自分でなんとかしなさい」


 寒くも無いのに、体がブルブルと震えていた。指先がチリチリと痛んだ。


 小町のその言葉は、はっきりと彼女が、この理不尽な出来事に関与していることを、宣言しているような物だった。


 思えば、始めから色々とおかしかった。初めて幽体離脱したときから、何故か彼女だけが藤木の幽体に気がついていた。そして現れた天使は小町にそっくりだった。普通なら真っ先に関係を疑うはずである。


 天使がテクノブレイクしたという嘘を語っていたとき、自分もテクノブレイクしちゃったと壁抜けしてきたのも小町だった。だが、自分のことを思い出してもこれがおかしいことは、すぐわかる。幽体離脱したとき、藤木は自分の体が見えないのに、テクノブレイクしたと言った時の小町は体が透けて見えた。つまり、このときから嘘だったのだ。


 なんでこんなすぐに気づきそうな嘘に気づかなかったのだ。


 簡単だ。それは相手が、小町だったからだ。


 他ならぬ、小町だったから。こいつが嘘を吐くなんて思いもよらなくて、簡単に騙されてしまったのだ。


 藤木は怒りを懸命に押しとどめながら言った。


「……選ぶ、選ばないもないだろう……なんで……なんで、おまえ、俺を騙していたんだ……?」

「騙してなんかないわ。黙ってただけよ」

「同じことだろっ!! じゃあ、なんで言わなかったんだよ! 俺がこんなわけのわからない状況に置かれて、こんなにも苦しい思いをしてると言うのに」

「そんなの、あんたが苦しいのも何もかも、あたしのせいじゃないじゃないっ!!」

「おまえ……ふざけっ!!」


 藤木が思わず手を上げそうになったとき……先に動いたのは小町だった。彼女は藤木の胸に頭突きするように飛び込むと、両手の拳を叩きつけて言った。


「ふざけんじゃないわよっ! 言えるんなら、とっくに言ってるわよっっ!! 何も言えないから……ずっとあんたが苦しんでても、何も言えない、あたしの気持ちがあんたに分かるって言うの!?」


 ドンッと衝撃が胸に走った。


「ずっとあんたの役に立ちたかった。でも出来なかった。なんで、先生なの!? どうして、あたしじゃ駄目だったのよっ!!」


 ドンッと、容赦の無い痛みが全身を貫いていく。


「疑問なんて持たないで、普段どおりに振舞って、あたしを選んでくれてれば、何もかも上手くいったはずなのにっ!!」


 胸を打つ、彼女の両手を藤木は掴んだ。


「あたしが……あたしが藤木のことを好きだって、知ってたくせにっ!!」


 バシッと乾いた音がして、小町がよろめいて尻餅をついた。


 藤木はヒリヒリと傷む手のひらを見て、自分のしたことに驚いた。


 だが、どうしてももう我慢できなかった。


 彼女の台詞は、我慢の限度を超えていた。


「そんなの……そんなのおまえに言われたくないよっ! なんで、そんなことをおまえの方が言い出すんだ!」


 小町が叩かれた頬を平手で拭うと、口の端から血が滲んだ。彼女は藤木をキッとにらみつけた。


「だって、おまえが先に振ったんだろう!? おまえが、俺を振ったんじゃないかっ!! 俺がおまえのことを好きなんて、誰だって知ってたことなのに。先に彼氏を作ったのは、小町のほうだったじゃないかっ!!!」


 言い終わるよりも先に、小町が俊敏に動いた。掴んだ地面の砂利を藤木の顔面に飛ばすと、タックルの要領で彼の腰に突っ込んだ。


 その動きを察知していた藤木はがっしりとそれを受け止めた。しかし、飛び込んでくる彼女の勢いのほうが勝って、二人は折り重なって地面に倒れ伏した。


 運悪く、そこは土手になっていて、成すすべも無く二人は斜面を滑り落ちていく。


「きゃあああああああ!!!」


 と、どこかから女性の悲鳴が上がった。多分、誰かに見られていたのだろう。もしかしたら、なるみかも知れない。


 二人は揉みくちゃになりながら、土手をゴロゴロと転がり落ちていった。何度も木にぶつかって、その度に体のあちこちに激痛が走った。口の中が切れて、鉄分を含んだ血の味が口いっぱいに広がった。膝も肘も擦りむけて、ヒリヒリと痛んだ。


 ドカッと背中から崖下に転落した藤木は、肺の空気がいっぺんに抜けて、呼吸困難に陥っていた。


 その藤木の上で衝撃を和らげた小町がゆっくりと立ち上がると、藤木に止めを刺そうと拳を振り上げる。


 そうはさせじと、酸欠の頭で必死に足を絡め取り、小町をすっ転ばせると、二人はまた揉みくちゃになって地面をゴロゴロと転がった。


 小町の拳が顔面に何度も何度も入って火花が散った。


 藤木も容赦なく彼女の顔面を殴りつけた。


 周りからはもの凄い数の悲鳴が上がったのだが、もう二人にその声は届かなかった。


 二人はもう、お互いの姿以外、何も目に入らない。


 やがて、ゴロゴロゴロゴロと転がって、ついに藤木が彼女の上を取った。幼い頃だったら絶対に敵いっこなかったはずだが、いつの間にか、彼は彼女の力を上回っていたようだった。


 藤木は言った。


「おまえが……おまえがよりにもよって、俺の親友なんかと……」


 ボタボタと藤木の鼻血が落ちて、小町の涙と混ざり合ってマーブル模様を描いた。ぐしゃぐしゃに泣き腫らした彼女の顔で、それはとんでもなく汚く見えた。


「それは……それはこっちの台詞よ……」


 小町は殺意を孕んだ瞳で藤木を見上げた。


「あんただけには言われたくない……」


 藤木は背筋にぞくりと悪寒を感じた。その瞳が本気だと告げていた。


「あんただけには言われたくない……」


 見上げる瞳が藤木の心臓を射抜いていた。


 小町のその瞳は、もはや最も近しい幼馴染を見るものではなかった。ただただ、憎むべき敵を見ている……そんな、どうしようもなく過酷なものだった。


 どうして、こうなってしまったのだろう。


 確かに、とても美しい関係とは言い切れなかった。幼い頃からの付き合いだ、時には殴りあいの喧嘩もした。でも、憎しみあうような間柄では決してなかった。


 ボタボタと、鼻血が彼女の顔を真っ赤に染めていく。


 ボロボロボロボロと、小町の瞳から止め処なく涙が溢れてくる。


 藤木にはそのマーブル模様が、二人の未来がもう決して交わることがないことを、暗示しているように見えるのだった。それは幼馴染の関係の死を意味する。


 周りの喧騒が遠く聞こえる……


 藤木は幼馴染との思い出が、いま走馬灯のように駆け抜けていくのを感じていた。意識が遠のいて行くかのように、ぐるぐるぐるぐると、飛び去っていくのを感じていた。


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