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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
4章・分速12メートル
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先が思いやられる

 藤木の記憶が確かなら、幽体離脱を生まれて始めて経験したのは、5月19日のテクノブレイクの時だった。他ならぬ自分の記憶だから間違いないと思っていたが、しかし、端から話だけを聞いてみれば、確かに相当変である。


 何故なら、藤木はテクノブレイクなどしなくても、自由自在に幽体離脱出来るのだ。それなのに、その最初のきっかけがテクノブレイクだなんて、どう考えても滑稽な話ではないか。しかも、おあつらえ向きにその直後に天使が現るときている。


 ならば、元々藤木は幽体離脱を好き勝手にやっていたのだが、ある日天使がやってきてその記憶を奪い、オナったら死ぬという状況を作り出したのだ、と考えてみたらどうだろうか……つまり天使は藤木の能力に、テクノブレイクと言う(かせ)をはめに、やってきたと言うことだ。


 もちろん、肝心の藤木に記憶がないのだから、それが絶対とは言い切れないが、状況的にはかなり臭いと言っていいだろう。何しろ、天使が現れたタイミングも今となっては出来すぎで、消えたタイミングも出来すぎだからだ。藤木が本来の能力に気づいた瞬間なのである。


 思い返せば、藤木が幽体離脱するたびに、もう他人の人生に介入するななどと言って、それをやめさせようともしていた。彼女は藤木が幽体離脱することを、嫌がっていたわけである。


「何か、あいつにとって都合が悪いことでもあったのかね……?」


 それは分からないが、天使の目的は多分、藤木に枷をはめることによって、幽体離脱をコントロールしようとしたと言うことだろう。


 で、あるなら、もしも5月19日以前に幽体離脱した経験があるなら、藤木の記憶におかしなところがあるはずである。それより前から天使が仕込んでいたと考えなければ、あのタイミングで現れることは不可能だ。


 天使の行方を捜して、つい最近のことばかり考えていたのだが……まさか、ヒントは彼女と出会う以前に転がっていたとは……藤木は溜め息を吐いた。


 しかしなにしろ、もう4ヶ月も前の話だから、5月19日以前を思い出せと言われても、すぐには思い出せなかった。仮に、本当に記憶操作されてるとしたら、もっと厄介なはずだ。


 だが、幽体離脱などという非日常的な体験なのだから、例え巧妙に記憶を操作したとしても、隠しきれるものではないだろう。どこかに綻びがあるはずだ。まずはそれを探そう。


 さしあたって真っ先に思い浮かんだのは、今日、新垣の家に来る途中に出会った中学時代の友達、市川のことである。彼は春先に藤木を見かけたとき、様子がおかしかったと言っていた。何かに手がかりになるかも知れない。


 藤木は新垣の家を出ると、彼と別れた中野駅へと向かった。



 

 携帯のアドレス帳にあった番号にかけると、留守番電話センターに繋がった。予備校に通っていると言っていたから、多分まだ授業中なのだろう。電話で用件を済ませてしまいたかったが、どうせ帰りがけに通るので、藤木は中野駅に居ると伝えて留守電を切り、駅前でブラブラと暇を潰した。


 まだ夏の暑さが残る殺人的な太陽の下で、汗をかきながらバスターミナルの周りをグルグルと回っていたら、段々と交番のおまわりさんの目が気になってきて、仕方なくどこかの店にでも入ろうかと思っていたところで、電話が来た。


「春先の話だって?」


 授業中だろうし手短に済まそうと思ったのだが、予備校は大学のように授業が駒単位らしく、丁度授業が空いて暇だからと、喫茶店で落ち合うことにした。


 店でコーヒーを飲んで待っていると、やがて友達連中と一緒に自動ドアを潜った市川が、彼らと別れて藤木の元へとやって来た。学校をやめたと聞いたが楽しそうで何よりである。


「どんな感じだったって……おまえ自身の話だろ? なんで俺に聞くんだよ」

「いや、ちょっと色々あってさ。記憶違いとかあっても困るから」

「なんじゃそりゃ。わけわかんねえ奴だな……」


 と小首を傾げながら言いつつも、市川は何か察したとでも言いたげな雰囲気で、それ以上突っ込まずに答えてくれた。


「別にこれと言って変わった話じゃないぞ? 四月のいつだったかな……いつものように、予備校行こうと駅の改札歩いてたら、ほんのちょっと前方におまえの姿を見つけてさ。声かけようと思ったんだが、その時の俺って学校やめたばっかでよ。何かバツが悪くて、どうしようか迷っちゃったんだよな。で、結局やめた。なんかよく見たらおまえの顔が真っ青でさ、声掛けづらかったんだよね」

「……死にそうな顔してたの?」

「そんな感じだったな。で、何があったんだ? 実際……」

「いや、それが……実は、そんなこと言われても、記憶に無いんだよね。ホントに、それ俺だった?」

「ふーん。じゃあ、俺の見間違いだったのかもな」

「かも知れないし、そうじゃないかも知れないし……」


 歯切れが悪くて申し訳ないが、他に言いようが無い。


 市川は怪訝な表情でこちらを窺っている。変に受け取られても困ると思い、話題を変えるつもりで先を続けた。


「実際、俺を見かけたのって、いつごろだったかわからないか? 日付までとは言わないけど、何日ごろとか、何曜日とか」

「うーん……断言出来るのは、休日や祝日じゃなくって、平日だったってことくらいかな」

「どうして?」

「簡単。俺の予備校ってさ、10時開始だから、いつも9時過ぎに駅に行くんだけど、そしたら普段は中高生の制服なんて一切見かけねえんだよな。だから目立ってたんだよ、おまえ。あれ? サボりかな? って思って。そんでよく覚えてたわけ」

「……ああ、なるほど」

「で、本当に何があったんだ?」


 好奇心が勝ってきた市川が突っ込んで聞いてきた。もちろん、それが何かは分かっていても言えないし、そもそも何があったのかを調べてるのでどうしようも無かった。向こうからしてみれば、何か隠し事でもされてるみたいで気分が悪かったろう。


 藤木は伝票をとって席を立つと、「色々悪かったな」と謝罪して店を出た。


 四月ねえ……四月に何か気になるような出来事があっただろうか……? うんうんと唸って考えてみても、藤木は何も思い出せなかった。


 これがもしかして天使の記憶操作の痕跡なのだろうか? それは分からないが、取りあえず何かがあったっぽいと言う、糸口くらいは見つかった。今はそれでよしとしよう。


 藤木は市川と別れると、駅で電車を待ちながら、立花倖に電話をかけた。


「もしもし?」

「あ、ユッキー? あんた今どこ? もしかして出席簿が手元にあったりしない?」

「クラスの出席簿? あるわけ無いでしょ。あたしが休日出勤なんてしてると思う? 家よ家」

「ですよね……いや、ちょっと気になることがあって」


 藤木は今日あった出来事を順に説明した。


「……なるほど……確かに、新垣氏の言うとおりね。あんたは以前から幽体離脱してたかも知れないし、天使ちゃんに出会っていた可能性もあるわ」

「でまあ、記憶が曖昧なとことか無いかなと思って、さしあたって昔の連れが、俺の覚えの無いこと言ってたんでね。今さっきまで話を聞いていたんだ。ところで、四月に俺がサボったか遅刻した日っていつだっけ……ユッキー覚えてない?」

「覚えてるわけないでしょ、そんな何ヶ月も前の生徒個人のことなんて。一切、興味ないわよ」

「……まあ、おれ自身覚えてないから文句いえないけどな」

「大体、そのころのあたしって、教師と言ってもど新人よ。自分のことで手一杯で、生徒の顔なんて二の次よ。覚えてるわけないわ」

「だから、ぶっちゃけんなよ……ったく。イジメとか発生してたらどうしたんだか」

「……あ」


 藤木がそういうと、倖は何かに気づいたようにぼそりと声を漏らした。


「そういえば……あんた、死にそうな顔してたって言われたんだっけ?」

「ん? ああ……」

「それで思い出した……ほら、あたし元々研究職でしょう? それで職業柄と言ったらあれなんだけど、なんて言うのかしら、ノイローゼって言うか、追い詰められてるって言うか、死にそうな顔って言うか。隠してても、そういうの分かるって言うか」

「どういうこと?」

「段々とクラス担任にも慣れてきて、ホッとして周りを見回してみたら、あ、こいつヤバい……って顔してるのが居たのよ、うちのクラス。登校拒否とかイジメとかに発展したら嫌だなって思って、ちょっと気をつけてたんだけど。今思い返せば、あれってあんただったかも知れない……」

「……なんだって? どうしてそういう重要なこと忘れてるんだよ!」

「仕方ないでしょ!? 生徒の顔も名前も一致してない時期だったんだから……それに5月の連休明けたら何ともなくなってたから、もう平気なんだと思って、そのまま忘れちゃったのよ」


 すると、5月の連休中に何かあったのか? いや、連休中に解決したということで、何かあったのはもっと前か……どちらにしろ記憶に無い。


 これ、マジか?


 市川だけなら気のせいかも知れなかったが、倖もとなると話が違ってくる。どうやら、四月の藤木には記憶に無い何かがあったらしい。四月と言えば、新学期、入学式、クラス替え、ゴールデンウィークに、あとは春休みもか。色々イベントがあるが、しかしどれもこれと言って目立った出来事は無かったはずだ。


 倖との電話を終えて、電車の中でうんうん唸りながら思い出そうとしてみるのだが、全く思い出せる気配が無かった。


 一人で考えていても埒が明かない。取りあえず、小町辺りに聞いてみようか……実は始業式のあの一件以来、どうにもギクシャクしてしまって、まともに話をしていなかった。嫉妬されてると言われてもピンと来ないのだ……なんで、あいつはあんな態度を取るのだろうか……


 いかんいかん……


 思考が変な方向に流れそうになって、藤木はブルブルと頭を振るった。今はそんなことよりも、藤木の記憶である。


 そろそろ七条寺駅に着くところだし、電車から降りたら電話するかと、スマホを弄んでいたときだった。ピリリリリっと着信音が鳴り、藤木は咄嗟に電話に出た。周囲から非難の視線が突き刺さる。タイミングが良すぎるだろう。一体誰だ。彼は背中を丸めて小声で言った。


「もしもし?」

「む……藤木君かね。新垣だが」


 新垣とは珍しい。何の用だろうか。もしかして、さっき訪問したときに何か忘れ物でもしたのだろうかと思ったが、


「藤木君……唐突だが今度私と一緒に、遊園地にいってはくれないだろうか」

「……おい」


 返ってきたのは突拍子もない言葉だった。藤木は妹を誘ってやれと言ったのだぞ。ホモなのか……一体どういう了見なのだか。先が思いやられる。


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