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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
4章・分速12メートル
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最近、人間離れしてきている

 男の子は銭湯の女湯に、何歳(いくつ)まで入ることが出来ますか?


 そう尋ねたら、番台の小母ちゃんが『女湯に入りたい』と思った瞬間からもう入れないと答えたそうな。そんな有名な笑い話がある。これを聞いた当初は、なるほどそれは機知に富むと感心しきりであったのだが、思えばそもそも気がつけば、入りたくても女湯どころか銭湯自体、最近とんと見かけない。


 いつからこんな事になってしまったのだろうか? 子供の頃は、まだ銭湯も沢山あったはずだ。

 

 オナホ製作の一件で、なんの制約も無く自由自在に幽体離脱が出来ることに気づいた藤木は、喜びに打ち震えた。何しろこの能力、とんでもなく便利である。壁抜け空中浮遊は当たり前。速度に関しても自由度が高く、移動にかかる時間はほぼ皆無。どんな場所にだって入ることが出来、おまけに誰にもバレることがない。やろうと思えばカンニングだってし放題だろうし、女湯も女子更衣室ものぞき放題なのである。


 そう、のぞき放題なのである。大事なことなので二度言いました。


 あの日、白木兄妹と別れ家に帰ってきて、取りあえずオナニーしまくった藤木は賢者モードの真っ最中に、すぐさまその事実に思い至った。思春期男子であるならば、誰もが夢に思い描くパラダイス。魅惑のNO・ZO・KI。それがお手軽に実現可能なのだ。これをやらずしてなんとするか。


 しかし気づいたときは何しろ賢者タイムであったから、すぐにどうこうしようとは思えず、また性欲が湧いてきたら試してやろうかな、うひひひひ……くらいに思ってそれ以上は考えず、その日はとっくりと手淫に明け暮れ、力尽きて眠った。


 翌日は数ヶ月前に使ったズリネタのことを唐突に思い出し、再利用しているうちにやる気がなくなった。3日目になると、取りあえず銭湯の場所だけでも確認しようかな? と思って家を飛び出したまでは良いものの、小学校のころの記憶を頼りに町を歩いて見たら、いつの間にか知ってる銭湯はあらかた潰れて無くなっており、目的のないただの散歩にしかならなかった。


 結局、その日も家に帰って、近所に銭湯って無かったっけ? と、グーグル先生に尋ねようとブラウザを立ち上げたところで、諏訪たちと見たエロビデオのことを思い出し、おちんちんがいたたたたってなるくらいに頑張って力尽き……翌朝起きるとなんだか段々どうでも良くなってきた。


 少し、冷静になってみよう。


 久々だからオナニーを覚えたての小学生のごとく『女湯』という単語ごときに勃起してしまったが、よくよく考えても見れば、女湯を覗いてみたところで、そこでフェラチオをしているわけでもなく、レズってるわけでもないのである。単に素人が裸で居るだけだ。それならエックスビデオを見ていたほうがよっぽど建設的であろう。


 そう考えると、寂しい時代になったものである。ふと最近見た漫画のことを思いだした。かつて高度に成長した古代文明の人々は、何もかもを手に入れた末に、自殺を選んだという筋書きだった。何をやっても自分の思い通りになるものだから、刺激が無くなって生きてること自体が苦痛になったという落ちだった。


 かつて女湯に桃源郷を見出した人類は、今インターネットの中にそれを見ている。現実から仮想現実へ。より刺激の強いほうへ。そういえば昨今は晩婚化が著しく、それどころか未婚の男女が増えているらしい。もしかして、セックスよりもオナニーの方が気持ちよくなっちゃった社会の、今は過渡期なのではなかろうか。


 賢者タイムにそんなことを考えていた。


 それでも夏休み最終日になると、手付かずの宿題を片付けている最中に、藤木は唐突に夏休みに遣り残してはいけないことの一つだと言う使命感に駆られ、とうとう駅前のスーパー銭湯までバスに乗ってやってきた。


 しかし、やってきたは良いものの、銭湯の前でうろうろするだけで、どうにも踏ん切りがつかないのである。


 やっぱり、出来ることはやっとかないとなあ……などと思いつつ、いざことに及ぼうとしても……これがさっぱり意気が上がらないのである。実際にやろうと思ったら、何だか白けてしまったというか、ひどい罪悪感に駆られてしまったのである。


 何しろ、完全犯罪は確定だ。幽体離脱してしまえば誰も藤木の姿を見ることが出来ないのだから。普通の覗きとは違って、遠目に隠れながら見る必要も無い。乳輪の産毛が見えるくらいまで堂々と近づいて、ねっとりと嘗め回すように眺めても、誰も何も言わないだろう。


 しかし、それってどうなんだ?


 そんなことして何が楽しいというのか?


 藤木は覗きの趣味がなかったから、ことここに至るまで気づかなかったのだ。多分、男たちが女湯を覗こうとするのは、そこにリスクがあるからである。実際、この情報化社会、女の裸を見たけりゃ何もリスクを負う必要も無く、検索エンジンからでもお手軽に見ることが出来るだろう。なのに遭えて覗きに走る、その心理はいかなるものであろうか。きっと社会的なリスクを負ってまで手に入れたいと思う、その気持ちこそが覗きの本質なのであろう。


「ふっ……楽して女湯を覗こうなど……つまらないこと、考えていたんだな」


 ふるさとは、遠くにありて思うもの。女湯は、男湯に居て思うもの。自殺をした古代文明の人たちは、きっと手に入れることの出来ない不自由を欲していたのだろう。何もかも上手くいくなんて、つまらないではないか。


 そう思い、藤木はスーパー銭湯に背を向けた。エロに関しては、きっとこの力は封印しておいたほうがいい……じゃないと、手淫ですらいけない体になっちまうかも知れない……彼はそう自分を戒めて、夏の日差しの照りつける町を歩きだし……


「ちょっと君、署まで同行願おうか」


 いつの間にやら、制服警官に囲まれていることに気がついた。何故だ?


 

 

 警察署にしょっ引かれていたら、中から以前に知り合った高橋刑事がひょっこりと現れた。


「なにやってんだ? 兄ちゃん」


 と問われたので、


「女湯の前で、覗きたい、覗きたいと念じながらグルグルグルグルしていたら、なんかそれを見ていた客に通報されたみたいで……」


 と正直に答えたら、彼はガハハと笑って藤木を解放してくれた。当たり前である。思っていただけで、実際に覗いたわけではない。


 まだ何もしてないのに、警察は横暴だとプンプンしつつも、自業自得だったので礼を言い、今度こそ家に帰ろうと駅へ向かって歩いていたら、後からついてきた刑事に呼び止められた。どうやら今から飯らしい。奢ってくれるというのでありがたく同伴する。


 駅前のガンガンに冷えた立ち食いに入ると、月見そばとコロッケを注文した。コロッケを丼に放り込んでいたら、奇異の目を向けつつ、刑事が事件のその後のことを聞いても無いのに教えてくれた。


 董家(とうか)は一連の事件を認めたあと、少年院送致になって現在入所中らしい。事件が事件だけに、これからまだ裁判があって、場合によっては服役もありうるそうだが、


「多分それはないだろうな……」


 とのことだった。少年院って言われると、なんだか罪が軽そうに聞こえるが……実際、どのくらいぶち込まれるの? と問えば、歯切れの悪い返事が帰ってきた。早く出てきて、報復でもされやしないだろうかと、心配になる。


 邑楽(おうら)は都心の親元に帰り、引きこもっているらしい。刺された後遺症で未だに車椅子状態だそうだが、リハビリをサボっているので回復の見込みは薄いらしい。まあ、本当なら死んでいたのだろうし、もう知ったこっちゃないので、好きにしてくれとしか言いようがない。


「兄ちゃんは、その後どうしてたんだい?」


 会話が途切れて、こっちのことを聞いてきたが、別段隠してもいないので、


「友達と泊まりこみでオナホを作ってました」


 と答えたら、刑事はブーッと盛大にそばを噴出した。鼻からちゅるんとそばが飛び出してて汚かった。


「おまえさん……あんまり先生に迷惑かけんじゃねえぞ」

「いやいや、あの人も一緒になって作ってたから」

「えー……?」


 立花倖も一緒だというと目をパチクリさせながら唸っていた。嘘は言ってないぞ。


 実際、倖は未だにオナホ作りに関わっているといって過言でなかったのだ。


 白木安寿との一件があって、もう駄目な兄を演じることも無いと思った新垣ノエルは、改めて究極のオナホの再開発を始めた。駄目な兄である。


 一度は壊したオナホであったが、再開発はあっさりと進んでいるらしい。と言うのも、ハードウェアは壊れてしまったが、もともとパソコン内のデータなどはそのまま残っていたし、一度作ったことのある物だから、再現するのは、然程難しくないそうなのだ。


 寄付金を募っていたネットでは、オナホが壊れたことが知れ渡ると一時騒然となったが、致命的なバグが見つかったための再開発と誤魔化し、代わりにサンプルをいくつか作って、モニターも募集すると言ったら、すぐに落ち着いたらしい。今は少ないモニター枠の選考で盛り上がっているとのこと。


 そんなこんなで話題になると、商品化を目論んだ企業などから声もかかり、それに気をよくした新垣が新機能を付けたりして、オナホは高機能化が進んでいた。


 しかし、彼はアイディアマンで工作も得意だが、プログラムが苦手らしく、そのソフトウェア面の相談で、倖に頻繁に電話してくるらしかった。


 先日、藤木の携帯に電話がかかってきて、数時間に渡って延々と愚痴られた。


 頼られても無視すればいいだろうに……しかし倖は話を聞いただけで問題点がわかってしまうが故に、イライラするらしく、ついでに意外と面倒見がいいところがあるのだろうか、断りきれずに全部答えては、場合によってはプログラムを書いてやったりもしているそうだった。


 もはやどっぷり首まで浸かって、引き返せないところまで来ている。ご愁傷様としか言い様がない。


「あああああ……なんでこんなことになっちゃったんだろう……恨むわよ、藤木」

「いや、確かに巻き込んだのは俺だけどさ……わりと自業自得だと思うけど」

「うっさいわねっ」

「しかし、サンプル作るのか……」

「頼まれてもあんたの分は作らないわよ」

「人の心を読まないで!? ……いや、そうじゃなくって、みんなで作ったオナホだからな。なんか、いざ商品化とか聞かされても、ピンと来ないつーか……あのオナホを、見知らぬ誰かが使うと思うと、なんだか娘を嫁にやる男親になったような気分になるつーか」

「それ、まともな人間の考えることじゃないわよ……気持ち悪い」


 そういうと、倖は受話器の向こうでゲーッと吐く振りをした。


 余計なお世話である……しかし、藤木は独りごちるように言った。


「……確かに、そうなのかもな」

「え?」


 最近、人間離れしてきている。


 あの日。幽体離脱を自由に行えると気づいた時から……藤木は時折、奇妙な体験に見舞われることが増えてきた。


 それは今にして思えば、自分の意思と能力がかみ合わずに起きたのであろう現象であったが、その時の藤木はそんなこと思いもよらず、ただ成すすべも無い奇妙な出来事に翻弄されているのだった。


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