第弍話
──俺の前世は、農民だった。
家族は居ない。両親は流行り病で亡くなったし、伴侶は最初から居なかった。
──唯一の家族は、愛犬の桜。
こいつは山犬なんだが、まだ仔供の時に山で怪我してうちに連れて帰り、手当てをして飼っていたらいつの間にか懐いていた。
俺が農作業を終え家に帰ると、いつも桜は玄関前で待っていて、俺にじゃれついて来た。
「桜は良い子だな〜。人間だったら俺は嫁にしたかったなぁ。」
そう言うと桜は嬉しそうに「ワンッ!」、と吠えた。
幸せな暮らし、決して裕福では無かったが、それでも楽しい毎日だった。
──あの日までは……。
ある日、桜は消えた。
何時もの様に家に帰ったら、桜は居なかったのだ。
──何か……悪い予感がした。
俺は山の中や村全てを必死に探した、しかし桜は……とうとう見つからなかった。
──桜はきっと、山に帰ったんだ。そして今──きっと幸せなんだ。
俺はそう自分に思い込ませ……桜を探すのを諦めた。
……そう思わないと、余りにもやるせなかった。
──そしてそれから半年後、畑からの帰り道に、俺はそいつと出会った。
そいつは夏だと言うのに黒い装束を身に纏い、片手には数珠を持ち、もう片方の手には黒い袋を持っていた。
「……誰ですか、あなた?」
そう俺が聞くと、そいつは俺の目の前で持っていた袋の中身を出した。
「……なっ!?」
俺はただ驚愕するしか無かった。
何故なら、その袋から出てきた物は──ガリガリになっている上に土で汚れた──桜の首の無い亡骸だったからだ。
──信じたくは無かった……しかしその山犬の亡骸の毛皮の模様、色、そして身体つきの全てがその亡骸が桜である事を物語っていた。
「……さ、桜……どう……して……っ!」
俺はそう泣きながら叫ぶ。
するとあの男は冷笑を浮かべながら、
「いやぁ。儀式に必要だったもので……助かりました。」
そう言ったのだ。俺はもう何も考えられなかった。そして男を殴ろうとして──俺の右腕が千切れた。
男は相変わらず冷笑を浮かべている。
そしてその隣には──俺の腕”だったもの”を……二足歩行の巨大な犬の様なものが、咀嚼していた。
俺の視線と、自我の見えないそいつの視線が重なる。
「……犬神──殺せ。」
そう男が言うのと俺が逃げるのは──ほぼ同時だった。
俺はその"犬神"と呼ばれた生物から逃げる。
右腕があった所からの血は止まらない。そして雨が降り出す。
森の緑、右肩の痛み、生温かい液体が雨と共に体を伝う不快な感触、森の匂い、何かが追いかけてくる音──……。そんな物を感じながら俺は逃げた。
──撒いた。
俺は森の中であの追いかけてくる音が聞こえなくなったのを感じ、立ち止まる。
血を流しすぎたからか、頭がボーっとする。
これから、どうするか──?
鈍い痛み。少ししてそれが──目の前に現れた"犬神"によって首筋を噛み千切られたからだと──気がついた。
"犬神"が口を離すと俺は力なく倒れる。
血が止まらない。
俺は苦笑う。
──これは罰なのだろう。家族を……桜を護れなかった俺に対する──。
俺は"犬神"を見る。
"犬神"の表情には感情など見えなかったが──やがてその表情には驚きと恐怖が現れた。
"犬神"の口が動く。
始めこそ何を言っているか分からなかったが……何とか聴き取れた。
「ご主人……様……?」
"犬神"は確かにそう言った。
その、大粒の涙を流す"犬神"の目は──桜だった。
To be continued......
次回予告
最終話です?(多分)