第壱話
犬神
犬を頭部のみを出して生き埋めにし、その前に食物を見せて置き、餓死しようとするときにその頸を切ると、頭部は飛んで食物に食いつき、これを焼いて骨とし、器に入れて祀る。
すると永久にその人に憑き、願望を成就させる。
犬神の憑きやすい家筋は、これらの蠱術を扱った術者、山伏、祈祷者、巫蠱らの血筋である。
(Wikipedia より抜粋、一部改変)
──ある夏の夕暮れ、とあるボロアパートの一室、エアコンも無く、ただ扇風機だけが弱々しく生温かい風を送っている……。
「あーあ……、また落選か──」
俺はそう言うと敷かれたままの布団に持っていた雑誌と共に倒れこむ。すると、
「なんだ?また落選か〜ッ!」
そんな声が何処からか聴こえ、俺はその声に向かって、
「うるせー!今回は最終選考まで行ったんだぞ!」
と言ってやった。
俺の名前は山中浩一、一応小説家だぜッ!……とは言っても、賞に応募しても応募しても、良いところまでは行くけど、結局受賞出来ないんだがな……。
だから、主にアルバイトで生計を立てている、二十八歳だ。
んで、さっきの俺を馬鹿にした声は、犬神。
犬神は、江戸時代に俺の先祖に殺された犬の妖らしく、一族最後の俺に憑いている。
こいつは、口が悪いし悪戯なんかしょっちゅうしてくるし「お前をいつか殺してやる!」とか言ってるけど、なんて言うか……、優しいのだ。
だって、殺したいならこいつなら直ぐに殺せると思うのに、こいつ、俺が風邪を引いた時に看病までしてくれたんだぜ?……だから、不思議なんだ。
俺は布団に寝っ転がりながら、
「犬神ぃ、実体化してくんね?」
そう言った途端、目の前には裸の女が立っていて……、
「いっ、犬神っ!何で人型なんだよ!?ここは犬型で俺の枕に……ッ!」
「なるわけないだろ阿呆!あれは重いんだ!死ね!」
俺が言った言葉に、犬神は全力で否定する。
犬神は普段は霊状態なので目には見えないが、こうして犬の姿や──、場合によってはこうして人間の姿に実体化する事が出来る。
今の犬神の姿は、犬耳と尻尾の生えた二十歳くらいの茶色い瞳と髪の毛を持つ色白の美人でナイスバディな女!
……最高でしょう?でも、服は無いんですよ……、つまり、裸!
恋愛に飢えた二十八歳独身男に、それは厳しいでしょう!!!
「あああとと、とりあえず服を着ろッ!」
俺は犬神に向かってそう叫んだ。
──……その後、獣は服を着ないだの、そんな議論の末になんとか、犬神は服を着てくましたッ!
いやー、良かった……、まぁ、俺のロングTシャツなんだけどな?
「……しっかし、お前ってさ、その犬耳と尻尾、どうにかなんねぇの?」
俺がそう、彼女の頭から生えている茶色い犬耳を見ながら言うと、
「なんだと?最近の男は犬耳好きなんじゃないのか!?……それに、仕舞うのめんどくさいし疲れるからヤダ!」
と否定された……。
そんなやりとりをしているうちに精神的に回復した俺は、
「……さてと、これから続きでも書くかーッ!」
そう言って俺は中古で買ったノートパソコンを起動させる。
そして『犬神』とだけ書かれた文書ファイルを起動させた。
これは俺の未だ未完結の最高傑作。
内容は、幼い頃に両親を事故で無くし、"見えないもの"が見える為に世間から嫌われている一人の男と、彼を呪う一匹の犬神の話だ。
……実はこれは、実話だ。
俺は物心ついた頃から孤児院で生活していた。理由は両親の自殺。それにより一人ぼっちだった俺はずっと一緒に居た犬神を慕っていた。
しかし周りの人には犬神は見る事が出来ない、犬神の実体化の術だって最近使える様になった物なのだ。
……俺は同年代の子供達から「嘘つき」「気持ち悪い」等の陰口を言われて孤立し、施設の職員さん達からも気味悪がられていた。
……それが辛くて犬神に当たった事もあった。
でも犬神はそれをただ受け止め、優しく励ましてくれた事さえもあった。
──犬神は、俺を恨んでいるのか居ないのかイマイチ良く分からない不思議な奴なんだよな……。
「……まぁ、それもお前の作品じゃ駄目だと思うが……まぁ頑張れよ?」
作品を書く俺に向かって犬神はそう言った。
──それから、数日後。
「お疲れ様!山中君!」
俺は現場監督にそう言われ、休憩所へと向かう。
今日は工事現場でのバイトだ。
休憩所へと向かい、鞄の中を見た俺はある事に気がついた。
「……べ、弁当忘れた。」
……今日、金持ってきてねぇし、どうしよう……?
そう思った時だった。休憩所に監督が入ってきたのだ。
「山中君、お嫁さんが来てるよ?」
監督はそうニタニタしながら俺に言う。
お嫁さんって言うのは俺が忘れ物をした時に忘れ物を届けてくれる犬神の事だ。何故か同僚や監督はそう呼んでいる。
「監督!ありがとうございますっ!」
そう言って俺は監督から犬神がいる場所を聞き、そこへと向かう。
──犬神は少し怒った様な顔をして工事現場の入り口に立っていた。
「犬神、弁当持ってきてくれたのか?」
俺は犬神に駆け寄りながらそう聞く。すると犬神は、
「……これ!私は帰るぜ!」
と言って俺に弁当の入った風呂敷包みを渡すとそのまま走って行ってしまう。俺は犬神に向かって、
「ありがとな!犬神!」
と言うと、犬神は少し哀しそうな顔で俺の事をチラリと見て、そのまま走って行ってしまった。
……?……今の光景、何処かで。
──そう思ったが、その時は何も思い出せなかった。
──その夜、俺は夢を見た。
──……何かが、泣いている?
泣いている何かは、人みたいな身体の形だったが、頭部は犬そのもので全身も茶色い獣毛に覆われていた。
その犬は全身を血で汚しながら、
「ゴメンなさい……。」
そう何度も謝っていた。
その血は、その犬が抱きしめている一人の男のものだ。
「……ら、おま……こ………、たす………な……………、……んな……。」
男は何かを犬に向かって言うが、何を言っているかは、聴き取れない。
「……ご主……人……。」
そう、その犬は言う。すると男は犬の頬を撫で、
「なぁ………、ま…………さ、俺……前を、絶…………、助け…やる……。」
そう言った、そして──、
「桜……、あり……がと……な。」
男は死ぬ。
犬は男の骸を抱きしめ、哭いた。
──……そうか。
俺は、思い出した。
──……俺は、犬神に出会っていたんだ……、江戸時代の頃、俺の前世に。
遥か彼方の記憶……いわゆる前世の記憶が、蘇った。
To be continued......
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