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黄昏  作者: うみ
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第八章

静かにスズたちの目の前に舞い降りた、見慣れない衣を身にまとう女性は口を開かずただスズたちを見つめていた。

 スズは絞り出すような声で、聞く。

「・・・あなたが、玉依様でいらっしゃいますか?」

 目の前にいる女性は、見ているだけで吸い込まれそうな蒼の瞳。地面まで着いてしまっている白銀の髪、薄紅色に染まった唇。そしてその微笑みは、真冬でもきっと花が咲きほころぶであろう。

「左様、よう来やった」

玉依はスズを見つめ、薄く笑む。

思ったとおりの艶やかさに思わずスズはぼうっとしてしまう。

「ここへ来た理由は何じゃ?申せ」

スズははっと我に返り、落ち着かせるため息を吸う。そして玉依の目を見据えて言う。

「…弟の魂は、何処にありますか?スイの魂を元に戻したいのです」

「…」

沈黙が痛い。一瞬、一刻…どれくらいの時が流れたのか分からない。

そしてくすりと笑い声が聞こえた。

「ほう…して久久ノ智?主は何故この娘を妾の前へ連れて参ったのだ?」

苦虫を噛みつぶしたようなくくの表情に対し、玉依は心底楽しそうである。

「…スズが望んだ」

「この能面、久久ノ智が世話を焼くとはのう・・・。なかなかの娘じゃな」

スズは目を見開き振り返ると、くくを見つめた。くくはそんなスズに気がつくと、そっぽを向いてしまった。

(照れてるのかしら?)

 二人の様子を見ていた玉依は、苦笑しながらスズの方を向いた。

「して娘、そなたの名は?」

「スズと申します」

 物怖じもせずに答えたスズに、玉依は感嘆した。

「弟君の魂を取り戻すことは、出来る」

「本当ですか!」

やっとここまできたのだ。やっとスイに会えるという喜びに胸が一杯になる。

しかしそんなスズとは反対に玉依の表情は固い。

「だが、取り戻すのはそう容易くはない。既にあちら側へ渡っているとしたら、いくら妾とはいえ手出しは出来ん。それでも」

「お願いします・・・出来ることは全てしたいんです」

 揺るがないスズの瞳を見、玉依は艶やかに笑った。

「承知」


 何やら準備をし始めた玉依は、ああと言ってスズに向きなおる。

「そなたの鈴を貸して貰うぞ。鈴をこちらへ」

スズは首から鈴を取ると玉依に渡した。すると玉依はそれを湖へと投げ込み鈴は沈んでいった。

驚くスズに玉依は分かっているとでもいうように笑って見せた。

「ちゃんと戻ってくるから安心せい。『貸してもらう』と申したであろ」

明らかに安心したような表情を見せるスズに、玉依は思わず噴き出した。

「くくく…ほんに素直な、かわゆい娘じゃな。のう、久久ノ智?」

「そこで何故、俺に同意を求める」

傍観を決め込んでいたらしいくくは答えにくい問いをふられ、玉依を睨みつける。玉依は全く怯んだ様子もなく、むしろこの状況を楽しんでいるようだった。

「お二人とも仲、いいんですね」

思わずと言ったふうにつぶやくスズに間髪いれずくくが反論する。

「これの何処が、仲が良さげに見えるんだ・・・」

 とてつもなく疲れ果てたように、長い長いため息をつく。

「照れんでも良いではないか、久久ノ智よ」

「やっぱりそうなんですねっ」

明らかに面白がっている玉依にくくは殺気を覚えた。が、心底嬉しそうなスズに毒気を抜かれ脱力する。

「さて無駄話はこの辺りにして…準備はいいかや?」

いよいよだ、とスズは唾を飲み込み身構えた。


玉依は目を瞑ると静かに言霊を紡ぎはじめた。



―――我、玉依の名において

道拓かれるべし


ぽちゃんと、玉依の手から玉と思しきものが一つまた一つと湖の中へと沈んでいく。


―――応えよ

たそかれ


すると山の中で聞いたあの音が聞こえ始める。


ちりーーん ちりりーーん


徐々に近付いて来る音に、まるで答えるかのように湖に沈んだと思われる玉がわずかではあるが光を放っていた。

「あ、あれ光ってる…?」

玉依は頷き言葉を重ねた。

「左様。鈴と玉は共に霊や神の力をうけやすい」

それを受けたようにくくが続ける。

「ここに来られたのは鈴のおかげでもあるんだ」

スズは鈴の音を聞いた時、くくが言っていたことを思い出した。

そして玉依はスズを見据える。

「さぁ準備はいいか?ここからはそなたの役目じゃ。この湖に飛び込め」

「えっ・・・私、泳げませんっ!」

 思いもよらない言葉にスズは慌てた。

いくら山育ちのスズでも雨水で溜まった池などは見たことはあった。が、こんなにも深くて広い湖を見たのはこれが初めてだ。泳げるわけがない。

玉依は安心させるように言った。

「大丈夫、息はできるはずじゃ。向こうで弟君は待っとるぞ」

 スズは肯くと息を整え、目を瞑り湖へと飛び込んだ。



 二人はしばらく湖を見つめていた。

 玉依は口を開く。

「あの少年、リクといったか。黄泉へと渡ったぞ」

 くくは安堵したように薄く笑って肯いた。


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