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黄昏  作者: うみ
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第七章

スズは、呆然と立ち竦んでいるくくを見ていた。

 やがてゆっくりと、スズの方を振り返った。

「行こう」

 振り返ったくくの顔つきからは、何の感情も読み取ることは出来ない。

「うん」

 くくはスイを抱えると洞窟の外へと歩き出す。スズはくくを追いかけるようにして洞窟をあとにした。


 くくは洞窟を出ると、目の前にそびえたつ大きな木の根元にスイを寝かせた。

思いがけないスイとの再会に、混乱しているスズは穏やかな顔で眠るスイの顔を見つめながら呟く。

「スイ。魂、ないって」

「体は、死んだわけではない。魂も喰われたわけでもない。五分五分だが玉依に会えば何とかなる」

 くくは片ひざをつき、スズの方を見ずに言った。一瞬、スズは何を言われているか分からず、莫迦みたいに呆けた。

「元に、戻る、の?」

 今度はスズの方をしっかりと見て、肯いた。

「ああ」

 スズは、安堵のあまり崩れ落ちるようにしてしゃがみこむ。くくはスズに手を貸しながら口を開いた。

「時間がない。行くぞ」

 まだ黄泉へと渡っていなくとも、それも時間の問題だとくくは思った。彷徨い続ける魂は、黄泉へ渡るか、先ほどの化け物のように鬼となるかしかないのだから。

「えっ、でもスイの体は・・・」

スズは無防備なスイをこのままにはしておけないと、そのまま行こうとするくくを引き止める。

「大丈夫だ。この木が守ってくれる」

 そう言うと葉が一斉にスイを守るようにして覆う。

一瞬の出来事に驚いたスズだが、すぐ安心したように薄く微笑んだ。そしてありがとうとくくに向って言うと、くくは何も言わずいつもの様に先を歩き始めた。そしてスズも一時の別れを告げるようにスイを見、くくのあとを歩き出す。

共に、玉依の元へと―――



 どんどんと進んでいくうちに、スズはなんだか妙な違和感を覚えた。だが、はっきりとは分からず、正体不明の何かに疑問を持ちながらも歩き続けた。

 

 ちりーーん  ちりりーーん


「…?」

スズは、何か音が聞こえたような気がして幾度か振り返った。


ちりーーん  ちりりーーん

 

 さっきよりも幾分、はっきりと聞こえた。

何処から聞こえるのか分からず、かすかな音を探すかのように立ち止まった。前を歩いていたくくが、立ち止まっているスズを変に思ったのか訝しがりながら言った。

「どうした?いきなり立ち止まって、疲れたか?」

「ううん、ちがうの。なにか…音、しない?」

くくは目をつむり、耳をすませてみる。


ちりーーん  ちりりーーん


「…あれが聞こえるのか?」

「やっぱり、聞こえるわよね?わたしの空耳じゃないわよね」

 そうスズが答えるとくくは驚いたとでも言うように目を見開いた。そして俯き考え込んでしまった。スズは何かおかしなことを言ってしまったかと心配になり不安げな顔つきになった。

するとくくは顔を上げ尋ねた。

「…お前、もしかして鈴…持ってるのか?」

「は?すず?私?」

 何を言われるか身構えていたスズだったが意外な質問に拍子を抜かし、まぬけな声が出てしまった。くくは胡乱げな顔をして、ため息をついた。

「お前じゃない。鈴だ、鈴。出せ」

「わ、わかってるわよ」

 指図されたことに腹が立ったスズだったが、素直に首から提げていた鈴をとった。

「これのことかな」

 くくはスズの掌にある鈴を手に取り、また考え込みながら何やらブツブツと言っている。

「これか…なるほど」

 一人で納得してしているくくに仲間外れにされた気持ちになったスズは、一人むっつりしている。

(なによ、私の鈴なのにっ。一人で分かったようにしちゃってさ)

 くくは面白くない顔をしていたスズに気が付いたのであろう、苦笑しながら手に持っていた鈴を返しながら言った。

「よかったな。それのおかげで会えそうだ」

『誰に?』とは聞かなかった。軽い口調とは裏腹に真剣な顔つきのくくに、いよいよだということを悟る。

「玉依様…よね?会えるのね?」

「あぁ、お前の鈴と玉依の玉が共鳴しあっているんだろう。路が拓くぞ」

 何のことだがさっぱり分からなかったスズであったが、もうすぐ会えるという喜びでくくのつぶやきに気が付かなかった。


「『扉』を見つけられるかは、お前次第だがな」



 くくは突然立ち止まる。

しばらく歩き進めていた所であった。そこは特に何も変わった所はなく、スズには今まで歩いてきた所と全く一緒に思えた。

「くく?どうしたの」

 スズはくくの前に回り、覗き込んだ。くくの眼はスズを見ることなく、どこか一点を頑なに見つめている。声をかけるのを躊躇われるほどだったが、ふっとその緊張の糸が切れた。

 くくはスズの方を見ると神妙な顔つきで言った。

「お前、さっき聞こえた音きこえるか?」

 突然なにを言うのかと思ったが、確かにもう高く響く音は聞こえてこない。スズは首を振った。

「やはりそうか・・・」

 くくは少し落胆したような表情で言った。

「どう、したの?」

 嫌な予感がしているスズだったが、おそるおそる尋ねてみた。

 くくははっきりと言い放つ。

「ここからはお前が探せ。玉依への路は、俺が拓いても意味がない」

 くくの目は、真剣そのものでスズは知らず一歩下がった。だが、スズはくくの言っていることを正確に理解した。

 目を瞑り、息を整える。玉依様に会いたいのはスズ自身だ。間違ってもくくではない。くくはここまでスズを、導いてくれただけだ。

ここから先は、スズの力が試されているのだ。




***




 せわしなく歩き回るスズを横目に、ここまでのことを思い出す。

 全てはくくが村へ下りたところから始まった。そして山の中へまで入ってきて、あまつさえ付きまとわれ、行動を共にするなど到底考えられないことだった。魔がさしたとしか言いようがない。

くくはこの場所に導いた。しかし、本当に道を標したのみでここまでの道のりはスズが己の足で進んできたのだ。くく自身、歩く速さなど手加減しなかった自覚はある。それでも少女は弱音など一切吐かずについてきた。途中で諦めるであろうと、少しばかり高をくくっていた。だが、スズは諦めることをしなかった。

もうくくは迷惑と思ってはいない、むしろこの状況を楽しんでいた。スズに『扉』を見つけて欲しいとさえ願う。だが、くくには手を貸すことは出来ない。

ただ見守ることのみしか出来ないのだ。

スズは、くくが立ち止まった辺りを中心に周りを丹念に見ていった。

どんなものが玉依への路になるのかは全く分からない。

ふと、スズは山の頂上にあった高い木を思い出していた。

(もしかしたら、あの木みたいなものがあるのかも)

 くくは鈴と玉が共鳴し合っていると言った、そしてあの奇妙な音のことも気にしていた。スズは胸の上の鈴を握り締め、目を閉じると辺りの音に耳をすませた。

「・・・あっ」

 何か違う空気を感じ、目を開く。だが、目に映る風景は何の変化もない。

もう一度、目を閉じる。そして今度はその空気の流れを追いながら、一歩一歩と足を進めた。歩き進むスズには、不思議と何の障害物はない。木がところどころにあるはずなのに、ぶつかることもなくそのまま進んだ。


ちりーーん  ちりりーーん


 すると、あの音が聞こえ始める。徐々に大きくなっていく。否、音の出る方へと向っているのだ。

 そして音が止まった。空気の乱れもなければ風もない。

目を閉じたまま困惑し、立ち止まった。



突然、スズは目を瞑っていても分かるほどのまばゆい光に包まれた。



 ゆっくりとスズは目を開く。

目の前には大きな湖があった。木しかなかった先ほどの風景は、がらりと印象を変えた。

「スズ」

 呼ばれた方を振り返ると、くくが立っていた。その表情は何処か誇らしげで、最初の頃の冷たい表情からは想像もつかない。

「よく、見つけた。ここが玉依の住む湖だ」

「こ、こが・・・」

 この状況にすぐに付いていけず、言われたことを頭で反芻する。

「本当に・・・?」

 くくはゆっくりと、だが迷うことなく肯く。

「玉依がこの場所へ降り立つまでは、まだ少し時間が必要だ。お前も疲れているだろう、少し休め」

 もういい加減慣れてきたくくの命令口調に少し笑う。

「うん、分かった」

 安堵からか途端に体が重くなった。体はとうに疲れきっていたのだ。そんなスズを横から支え、近くの岩へと連れていく。

「なにか食べられるもの探してくる。ただその湖には触れないほうがいい」

 くくはスズが肯いたのを確認すると森へと消えた。

 スズはゆっくりと深呼吸をする。清浄なこの空間はいるだけで疲れが取れていくようだった。

 山に入ってからどれくらいの時が経ったのだろう。自分ももう神隠しになってしまったと思われているかもしれない。

(翁や母様、キリ。心配してるよね)

 だが、もうすぐ帰ることが出来る、スイを連れて。

「何、暗い顔してるんだ」

 少し考え込んでいると、頭上から声をかけられる。

両手一杯に果物やら木の実やらを抱えたくくだった。

「そんなにたくさん。誰が食べるの・・・」

 半ば呆れて尋ねると、今さら気付いたようにくくが固まる。

「俺も食うから・・・」

 二人だったら食べきれないこともないだろ、とばつが悪そうにくくは言った。

「そうだね」

 拗ねたようなくくがおかしくスズは笑った。ますますくくの機嫌が悪くなる。

そして食べながら、スズは疑問であったことを尋ねた。

「あの、洞窟で化け物を倒すときに使ったのって木の剣よね・・・?」

 木でできた剣で何故倒すことができたのかという質問に、納得したように肯いた。

「これは桃の木でできてる。桃の木は邪気を祓うものだからな。金属の剣よりよっぽど使える」

 そういうものなのかと、まじまじとくくの腰の剣を見つめた。

「欲しいのか?」

 スズが物欲しそうに見えたのかくくは剣を差し出した。差し出されたスズは、そういうつもり見ていたわけではないと焦る。

「分かってるよ。でもま、神様からの授かりものってことでもらってくれ」

 意味が分からないとスズは首をかしげた。

「前に俺の過去や化け物の夢、見たことあっただろ」

 スズはそういえばそんなこともあったと思い出す。

「神である俺の過去を見るなんて、普通の人間には出来ない。少しお前は力があるみたいだからな。多分、あの化け物に襲われたのもそれが関係しているんだろう。魔よけとでも思って持っておけ」

 あまりよく分かってないスズであったが小ぶりの短剣を受け取った。

「ありがとう」

 受け取った剣からは、ほのかに木のぬくもりが感じられた。


 突然くくは立ち上がると、湖の方を見た。


「どうし・・・」

 スズもくくにならい湖を見つめると、湖の中心が光っている。途端に湖からの一筋の光が天へと伸びていく。

「くるぞ」

 そしてくくがつぶやくと一人の女性がふわり、ふわりと天から下りてきた。



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