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黄昏  作者: うみ
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第六章

くくとスズはあれから数日、歩いては休みを繰り返していた。

 そしてくくはここ何日か、胸がざわざわしていた。スズが夢を見てうなされた日からのように思える。


 そしてそれは現実のものとなった。


「あれ、何・・・?」

 スズが夢からうなされた日から七日ばかり経った、ある日のことだった。

 いつもの変わらない風景にスズは何かを見た。

 少年のような姿が一瞬見えたのだ。

もしかしたら、という期待がよぎる。そして前を行くくくのことも忘れ、夢中で追いかけた。

「スイっ?」

 その姿を追いかけていく。だが追いかけていくうちに見失い、さっきまで何処にいたかも分からなくなっていた。がさりと音がして振り向く。

「きゃっ」

 いきなり頭に鈍痛がくる。そしてスズの意識はそのまま暗転した。




「スズ・・・?」

 くくは振り返って初めてスズがいないことに気が付いた。

 どこかで転んだのだろうかと来た道を戻る。だが何処にも気配はない。

嫌な予感がくくを襲う。

 くくは側の木に触れると、額を押し当て目を瞑り言霊を唱えた。




―――我が兄弟たちよ

我に応えよ

スズの場所を印せ




 風が巻き起こり、舞い上がる葉がくくをスズの元へと導く。

「間に合ってくれよっ」




ぴちゃん ぴちゃん


「ん・・・っ」

 がばりと起き上がると、夢の中にいたときのような感覚がスズを襲う。背中にごつごつとした岩があり、洞窟のようである。そして滴が絶えず落ち、スズの顔を濡らしていた。

「ここ・・・どこ?」

 がさりと物音がした。何かがいるのを感じ、体を強張らせる。

夢に出てきたあの化け物だった。

そいつは洞窟の入り口近くに立ち、ゆっくりとスズのほうへと近づく。


『喰う、女喰う』


「何を・・・!」

 夢の中でははっきりと姿は見えなかったが、徐々に姿が露になる。

肌の色は浅黒く、血が乾いたような色。目はぎょろぎょろと見開き、大きさはスズの背などはるかに超す。

スズのことを見ながらも、一定の距離を保ったまま近づこうとはせずぶつぶつと何かを言っている。


『はら、へった』

『さっきの子ども、魂ない、まずい』

『殺す、喰う』


 『さっきの子ども』という言葉に何か引っかかりを覚える。すると化け物のすぐ横に何かがいるのが見える。それが何か分かるとスズはたまらず駆け寄った。

「スイっ!」

 目を閉じ、動いていなくてもスズには分かった。本当に久しぶりに見るスイだった。

「あんた、この子に何したのっ!」


『泣いてた、おいしそう』

『だけど、魂なかった』

『意味ない、だからそのまま』


「そん、な・・・」

 きっと、あのあと泣きながら、彷徨ううちに山の中へと入ってしまったのだろう。

スズは唇を噛み締めた。この化け物に対する怒りか、自分に対する怒りからかはもう分からなかった。

 化け物は大人しくなったスズに、また一歩一歩近づいていく。


『ぐぅっ』


 すると突然、風で舞い上がった葉が化け物に襲い掛かった。そしてスズは慌ててスイを抱え壁の方へと下る。

「スズ!」

 声を聞いた途端、スズは安堵のあまり泣きそうになった。

 くくはスズの姿を見つけると真っ先に駆け寄る。

「この莫迦!なんで、声もかけずに行っちまうんだっ」

 くくは、本気で怒っていた。

「ごめ、なさい…」

 いつになく真剣な顔つきは本当に心配してくれているものだとわかる。

「そいつがスイ、か」

 スズの手元に目を移し、問う。

「魂が抜けてる…?」

 怪訝な表情になっていくくくは、誰にともなく呟いた。

「魂がないってどういうことなの?あの化け物もそういって、まずいから食べないって…」

「なるほどな」

スズの言葉に納得したくくは、説明し始めた。

「あれは人の魂を好んで、食べる。ま、人間たちには『鬼』と呼ばれるものだな」

 話だけなら聞いたことがあったが、本当にいるものは思っていなかった。

「おしゃべりはこれくらいにして、逃げるぞ」

 言うや否やくくはスズとスイを抱えた。

化け物がまとわりつく葉を振り払いながら、我をも忘れてスズの方向へと突進してきたのだ。

 ひらりと攻撃をかわし、化け物の背後へと回った。

 そしてそのまま突っ込んだ化け物は、大きな音をたて壁に激突した。衝撃でくずれた岩は化け物の上へと崩れ落ちた。

一瞬、死んだかと思ったがまたのそりと起き上がる。だが様子がおかしい、頭を抱えて悶えている。


『痛い、喰う』

『さみ、しい』

『くく、友達』

「な、にっ…」

 それにいち早く反応したくくは、化け物を睨みつける。

 化け物は錯乱したように、何かぶつぶつといっている。その声は最初に聞いたものとは違った。いや違うとスズは思い直す。どの声も化け物の声ではない。若い女の声、男の声、老人たくさんの声が、思いが、化け物を通して流れていた。

「どういう、こと?」

 くくは重々しく口を開いた。

「奴が今までに喰った人間たちの魂が、暴れているらしい」

 そしてその中に、くくの見知ったものがあった。

「…てめぇ、リクを喰ったな」

 スズはくくを振り返った。

「リクって、まさか…」

くくはそれには答えず、ただ化け物を睨みつけている。


『殺さないで、殺さないで』

『俺たち、友達』

『ずっと、ともだち』


 くくは苦しそうに顔を歪める。

「リクはあの中に、いるの?」

「…ああ、本当に奴がリクを喰ったのなら黄泉へは行けないはずだからな」

 はき捨てるように言った。そして腰に帯びている、木の短剣を手に握る。

「スズ、スイとそこにいろよ。絶対に動くな」

 スズたちを後ろへ庇うと、化け物へ向き合った。くくの足元から風が巻き起こる。


『痛い、苦しい』

『女、喰いたい』

『くく、殺さないで』


「その姿でリクの声を出すな」

 一拍おいて、くくの表情が変わる。

「・・・我を怒らせたこと、覚悟いたせ」

 いつものくくとはまったく違う様子に、スズは恐ろしさを感じた。

 くくは剣を構えると化け物へと突っ込んでいった。

「くくっ!」

 くくは地面を蹴りつけ化け物の背へと乗ると一振りに、頭へと剣を突き刺す。


『うあ、あーーーーー!』


 叫び声が響き、くくの小さな、だが芯のある声がスズの耳に届いた。


―――汝に留まりし魂よ

   我の言霊のもと

   あるべき場所へとかえれ


 唱え終えると、化け物の体は塵となり消え去った。

 それをそのままじっと見つめていたくくに声が届く。


『くく』


 その声は懐かしい彼のものだった。

「リク・・・なぜ?」


『知ってたんだ、くくが人でないことは。お前と別れた最後の日、俺はお前を追って山に入った』


 突然の告白にくくは驚きを隠せない。

「どう、して」


『そりゃわかるさ。村の子どもでもない、帰る場所は教えてくれない。だからといって確証があるわけでもなかった。だから俺は確かめるためにお前を追いかけた。そのときにあの化け物に・・・てわけだ』


 明るく言い募るリクの声とは裏腹に、くくは胸が詰まるのを感じた。何も言うことのできないくくにリクは一言言った。


『ありがとう』


 姿は見えなかったがリクの笑った顔が見えた、気がした。






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