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黄昏  作者: うみ
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第五章

目が覚めるとくくの姿が見えなかった。起き上がるとぱさりとスズの上にかかっていた布が落ちた。そしてがさりと物音と共に、くくの姿が現れた。どうやらこの布はくくが掛けてくれたようだ。くくは起き上がっているスズを確認すると、スズとは正反対の木の根元に座り込む。

「・・・食べるもの置いておく。食べ終わったら、行くぞ」

 くくは言うなり、目を瞑ってしまった。本当に眠っているわけではなさそうだが、ピクリともしない。昨夜の話などまるで覚えていないような姿に、スズはため息をついた。

 用意されていたのを見ると、木苺と拳大の果実だった。真っ赤なそれにかぶりつくと、甘い味が口に広がる。思いのほか減っているお腹に気付き、ひたすらにお腹を満たしていった。

 食べ終わると、いつの間に起きていたのか、くくは既に行く準備をしていた。

「行くぞ」

 スズは肯くと、背を向けて歩き始めているくくを追いかけた。

 スズはくくの歩く速さが昨日と比べ遅くなっていることに気が付く。それは明らかにスズの足が速くなったわけではなく、くくが合わせてくれているのだ。そんなくくの優しさに嬉しくなった。



 また日が暮れるまで歩き続け、くくの合図で夜を明かす準備をした。

昨日より体は慣れてきていたスズだが、座り込むとどっと疲れが来るのを感じる。そして二人は火を囲みながら暖をとった。昼間は暑いが夜は火がないと冷え込んでしまうのだ。

「あと、どれくらいなの・・・?」

 呟きともつかない声でスズは尋ねた。

「もうしばらく歩くことになる」

 くくの返事を期待してなかったスズは、答えてくれたことに驚いた。目を見開いているスズを一瞥すると、ばつが悪そうに顔を背けた。

 今なら昨夜の続きが聞けるだろうかと、感じたスズは思い切って尋ねてみる。

「あの、昨日の夜の続きなんだけど・・・」

「ある。随分前になるが、川で何度も遊んだ」

 スズが言い終える前に、くくは答えた。

「お前が住んでるあの村に昔、リクという少年がいてな・・・」

 くくは嫌々というわけでもなく、ただ淡々とリクという少年のことを話し始めた。

「それからリクさんとは、一度も会ってないの?」

「ああ」

 それは諦めも昔を思う懐かしさも含む響きだった。

「明日も早い。寝ろ」

 そういうとくくは布を投げてよこした。ありがたく受け取りそれにくるまる。

そしてはたと気が付く。

「くくは寒くないの?と、いうか寝ないの?」

 くくもなにを今さらとでも言うように、眉を寄せている。

「寒くはない。寝るときもあるが、今は寝ない」

 さっさと寝ろとばかりに、スズを睨みつけた。もうなにを言っても答えてくれなさそうだと判断したスズは大人しく眠ることにした。





 スズは真っ暗闇の中、ぽつんと一人で立っていた。

(また、夢?)

 夜の闇といった生半可なものではなく、もっと全てのものを絶望へと導くようなそんな闇だとスズは感じた。どちらが上か下かどうかも不明で、正直立っているのか、倒れているのかも分からなかった。

そして何処からか、荒い息遣いが聞こえてきた。飢えた獣のようなそれに身を固くする。ひた、ひたという足音と息遣いは徐々に近づいてくる。

後ろで音が止まったかと思うと、首筋に生暖かい息がかかった。ひっと声が喉で絡まり、叫ぶこともままならない。夢というには生々しい感触に全身に鳥肌が立った。体が自分のものでないように動かない。

そしてそれは低い掠れたような声でしゃべった。


――く、う

――はら、へった

――ころす、くう


肩に何かが触れると、スズはたまらず駆け出した。鉛のような足を必死に動かすが、一向に進んでいる感じがしない。怖くて、怖くてしかしどうすることも出来ない。もどかしさに焦りながらも、走り続けた。

ただただ闇雲に走り、一筋の光を見つけた。泣きたくなるような暖かさのあるそれに、一直線に向う。


「スズ!」

 目を開けると、くくが眉間にしわを寄せ覗き込んでいた。

「うなされていた。大丈夫か?」

 スズは起き上がると、まだ焦点の合わさっていない目でくくの方を見、肯く。

「う、ん・・・」

 はっきりと夢の内容を覚えているわけではなかったが、感じるのは身の凍るような恐怖。スズは知らず膝を抱え込み、身を小さくした。

「こえ」

「は?」

「ゆめ、みた。人じゃなかった、気がする」

 辺りを見渡すとまだ夜は明けてなかった。なぜくくの顔がはっきりと分かるのだろうと思っていると、空を見て納得する。

 月の光、だ。

 夢の中で見た光はこれだったのだろうかと感じた。

「大丈夫か?」

 あまり表情の変らないくくだが、その瞳から心配しているのだとわかる。

 そして何処から汲んできたのか、竹の節に入れられた水をスズの口元へと差し出した。

「飲め。すっきりする」

 スズはいまだ震える手でそれを支え、一口ずつ冷たいそれを飲み干していった。

「ありがとう・・・」

 気にするなとでもいうようにスズの頭をくしゃりと撫でつけ、横になるよう促す。

「わたしね、スイがいなくなった日、スイとけんかしたの」

 突然話し始めたスズに、くくは何も言わず聞いていた。

「本当に、くだらないことだったの」

 あの日のことはいつでも鮮やかに思い出せる。

 ある日、スズは母にあげる首飾りを作っていた。スズは元々そういったことが得意で、人から頼まれたりするほどの腕前であった。

 スズは今までにないくらいの首飾りが仕上がった。これを母にあげたらどんなに喜ぶであろうと、期待に胸を膨らませていた。

花束も一緒につけようかと思い立ち、外へ出て行ったときだった。

 スイは部屋の隅においてあった首飾りを、あろう事か壊してしまったのである。粉々に砕けたそれはもう修復ができる具合ではなかった。

 そして壊れてしまったそれを呆然と見つめるスイのところへ、両手一杯に花を摘んできたスズが戻ってきた。

 スズは弟を詰り、叱りつけた。たまらず家を飛び出し、村の外へ行こうとするスズを、スイは必死に謝りながら追いかけた。


―――スズねえちゃん!


―――うるさい!付いてこないでっ


―――まって・・・まってってばぁ


―――あっちに行ってよっ


―――・・・ごめん、なさい。ごめんなさい


―――知らないっ。あんたなんて、あんたなんて・・・どっかいっちゃえ!


 気付いたら、後ろにいたはずのスイの姿はなかった。スズは諦めたのだと思い、しばらく外を歩いて家へと戻った。



「そしたら、スイ本当に戻ってこなくて・・・母様にも父様にも怖くていえなくて。そのうちスイは喰われたとか、神隠しにあったとか言われて。皆、スイ探すの諦めちゃって・・・」

 だんだんと声が弱くなり、嗚咽が聞こえ始めた。

「私のせいで・・・スイ、帰ってこなくなっちゃった・・・」

「見つかる」

 大丈夫だと、くくは言う。

「くく、神様だもんね。くくが言うなら見つかるかも・・・」

 スズはふふっと嬉しそうに微笑むと、ぱたりと眠りについた。その表情は、とても幸せそうであった。


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