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黄昏  作者: うみ
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第四章

あれからくくと共に日が沈むまで歩き続けた。歩き慣れないスズが長時間歩き続けるのは大変なのにもかかわらず、くくは足の速さを緩めなかった。付いていくので精一杯だったスズは日が沈む頃、ついに崩れ落ちた。くくはそんなスズを別段怒るでもなくただ一言休むか、と言った。

スズが休んでいると、くくは木の実やら茸やらを両手一杯に持って現れた。

くくの姿が見えないと思っていたら、歩くことの出来ないスズの代わりに食べ物を探しに行っていたらしい。


そして今、それらをスズ一人で食べているのであった。

沈黙に耐えかねたスズは、ちらとくくを見ると話しかけた。

「・・・食べないの?」

「食べても問題はないが、必要ない」

 スズの方を見ずに答え、取り付く島もなく会話が終わる。スズはくくと行動を共にしてから、何度目になるか分からないため息をつく。

 一人で食べることに気が咎めての質問だったが、ああ言われてしまっては、ただ黙々と食べるしかない。

 思えばくくは本当に口が利けるのかというほど無口だった。歩いている途中も会話など全くなく、くくが実は妖の見せる幻ではないのだろうかとさえ思った。

そこで彼はれっきとした神様なのだと、スズは今さらながらに気付いた。格好が少年のためかどうしても、神と話をしている気分ではなく言葉遣いも軽くなってしまう。だが、とうの本人があまり気にしていないようなので、改めずにいた。

 食べ終わり、さらに居心地が悪くなったスズは、ぱちぱちと火の粉をただじっと見つめているくくをちらと盗み見る。そして前々から疑問だったことを尋ねた。

「あの、何で子供の姿なの?」

 そんな質問が出ると思ってなかったのであろう、くくは虚を衝かれたような顔をした。聞いてはいけなかっただろうかと不安になりながら返事を待つ。

「・・・」

 答えようとしないくくになおも尋ねた。

「くくが、村に来たことがあるのって前にもあった?」

 反応のなかったくくがわずかに動くのを、スズは見逃さなかった。

「もしかして、川で村の男の子と遊んだりした・・・?」

 はじかれたようにくくはスズを見、睨む。

スズは確信した。

 夢の中で見た二人の少年、一人は知らなかったが、もう一人は見覚えがあった。あれから誰だろうとずっと考えていた。多少今の姿と異なってはいたが、あれは間違いなく、くくだった。


「夢をね、見たの・・・」

 聞かれもしないのにスズは夢での出来事を話した。

「あ、のね。村に来たのが、あの夢の男の子と、かんけいあるの、かと、おも・・・・」

話していると急に眠くなり、とろとろと瞼が閉じていく。

くくは眠ってしまったスズを尻目に、なぜこの娘の助けになどなろうとしたのか考えていた。あれ以来、絶対に人には関わりを持たないと決めていたのにもかかわらず、だ。

 遠い昔に思いをはせるように空を見上げかすかな声で呟く。

「・・・リク」





 その昔、久久ノ智はただの一度だけ村へ下りたことがあった。適当に姿を村の少年に変えて。何があるわけでもなく、本当にただの気まぐれだった。とはいえ明らかに村の住人でないことはすぐに分かってしまうし、くくとて人前に姿さらすつもりなどさらさらなかったのだ。


「お前ぇ、村の子じゃあねえな」

 

それが何故、どうして、見つかってしまったのか。

 声をかけてきたのは、肌の色は浅黒く無造作に伸びた髪を一つに結っている少年だった。

 逃げるわけにもいかず、くくは返事に窮していた。何もいえず固まっているくくを気にする風でもなく、少年は歯を出し笑った。

「他の村のヤツか?ここの魚を捕りにきたのか。ここは水もきれいだし、魚は旨いからなあ」

 と、一人納得している少年をくくはただ見つめていた。

「おれはリク。この川を渡ったところにある村に住んでる。お前の名は?」

「・・・くく」

 半ば呆然としながらも咄嗟に名乗った。

「なんだ話せるじゃん」

 心底驚いた様子に、お前が聞いたんだろうがと心の内で毒づいた。

「俺、もう村に戻らないとならないんだ。明日また会おうぜ!またな」

「あっおい!明日はっ・・・」

 返事も聞かすにさっさと帰ってしまったリクのうしろ姿を見ながら呟いた。

「・・・俺、明日も来るのか・・・?」

 残念ながらその問いに、答えるものはいなかった。


 くくは次の日も次の日も行かなかった。約束をしたわけではないと言い聞かせていた。だが実は川の見えるところまでは来てはいた。姿は見せないでいただけで・・・。

リクは来る日も来る日もやって来た。リクは川には魚を捕りに来ているようだった。ただ帰り際いつも淋しそうにどこか遠くを見つめ、日が落ちる時までずっといるのだった。そしてくくはその姿を見ては、かすかに胸が痛むのを感じた。

 何日か経ったある日、リクは一向に姿を見せなくなった。くくは不審に思い、川の側へと姿を現した。すると後ろから、声が聞こえる。

「おっ!いた!」

そこには初めてあったときと何ら変わらないリクがいた。その様子は怒った様子など微塵も感じられず、むしろ嬉しそうであった。

「・・・今日は来ないのかと思った」

 ぼそっと言ったくくの言葉の意味を正確に聞き取ったリクは、目じりにしわを寄せ笑った。

「なあんだ、くくも毎日来てくれてたのか」

 しまったと思ったが後の祭りだ。リクは心底うれしそうに、今日は母親の手伝いで遅くなったと説明した。

「今日から友達な、よろしく」

「とも、だち・・・」

 くくは『友達』という響きに慣れないながらも、不思議と不快感はなかった。むしろこの少年に惹かれているのをくくは感じていた。

 それから毎日のように二人は川で遊んだ。ある日は魚を追いかけまわし、ある日は葉笛をしたりした。

 楽しかった。

それは、いつも山で一人きりでいるときにはない感情だった。

 いつものように川で会っているとリクの様子が少し違ったのを気付いた。

「・・・どうした?疲れたか?」

「いや・・なんでもない」

 明らかに様子がおかしかったが、くくは追求しなかった。日が暮れ別れるとき、いつになく真面目な顔でリクはくくに言った。

「・・・何か俺に隠してること、ないか?」

 ぎくりとしたが平然を装いどうしてだ、と尋ねた。

「ないなら良いんだ・・・。じゃあまた明日な!」

 一瞬暗くなったリクに不信感を募らせたが、また元の表情に戻ったことに安堵する。

「ああ、明日」

くくはもう、この場所でリクと会うことが当然のように思っていた。

だが、リクとくくが会ったのはこれが最後だった。

 来る日も来る日もくくは待った。だがリクは現れなかったのだ。

 くくは待つことをやめた。

そして、いつものように山での生活へと戻ったのだ。





「あれから、どれくらいの月日が経ったのか」

 もうリクのことなど忘れていた。否、忘れようとしていた。

 それが、なぜ今になって山を下りたのか。

「分からん」

 心地よさそうな寝息を立てているスズを見る。そしてふと笑う。

「まぁ悪くない」

 夜が明けるまで、あと少し。



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