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黄昏  作者: うみ
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第三章

しばらくしゃがみこんでいたスズは、これからのことを考えていた。

 この場所に留まっていても仕方が無いことは承知していたが、闇雲に歩き回るわけにもいかず堂々巡りの思考に思わずため息をつく。

「せめて、目印とか方角とかがあれば・・・。あっ!」

 幼き日の記憶がよみがえる。確か翁が言っていた話だった。


『おきな、なんで太陽は出てきたりいなくなったりするの?』

『よいか、スズ。我らの恵みである太陽は、東から昇り西に沈む。これは知っておるな?だが実は東を新生、西を消滅とし、この世から消えてもまた生まれ出でることを表しているのじゃよ。わかるか?』

『え・・・と・・・?』

『ははは、少し難しかったか。いずれ分かるようになるだろうて、だがこれだけは覚えておきなさい。人も太陽も、この世に居続けることは出来ん・・・これを忘れるな』


あまりに難しすぎてあの頃は理解できなかった。だが少なからず年を重ね分かってきたのは、人は死ぬと魂が次の生を賜るため西へ向うということだった。魂をあやつるという女神が玉依様なら、スイの手がかりは西に―――?

 どのみちスズには他の頼る情報はない。行く先は決まった。日が沈む場所、西へ向おう。ただ一つ疑問であるのは、今居る世界がスズの居た世界と同じ仕組みをしているかということだ。スズがいた世界では今、花が散り、青々とした葉が生い茂っている。ここではもう若葉というよりは深い緑とした葉であった。気候も暖かくむしろ暑すぎるくらいである。少し双方で差があるのではないかと感じたスズは一晩様子を見ることにした。

「うわっ、木ばっかり。まるで木の海だわ・・・」

木に登り今居る場所を確認してみたが、あまり益となるものは見えなかった。

スズは木の枝に座り、上から眺めていた。よく弟と木登りをして遊んでいたなと思い出に耽る。今ではもう上ることなんてないが、昔はスイよりもお転婆で、よく衣服を破いては怒られたりしたものだった。


「スイ・・・どこにいるの?私、絶対に見つけ出すから―――」


 日が沈んでいく方向の枝に目印をつけ、木を降りる。とたんに何処からか、ものすごい音が聴こえてきた。

―――スズのお腹からであった。

「そういえば二日間くらい何も口にしていないわ・・・」

今さらになって空腹を感じたスズは、ひとまず食べられるものを探しに行くことにした。本音をいえばこのまま寝てしまいたいところであったが、空腹がそれを邪魔していて寝られそうにもない。全く身体は正直だとため息をついた。

今居る場所に戻れるよう、小石を通った場所に間隔をあけては置いていく。何もなさそうに見えたこの山は、木の実や木苺がところどころにたくさん生っていた。

「これくらいでいいかな」

 全て採りきってしまわず、食べる分だけを採った。そしてスズは満足げに行きに置いていった小石を頼りに戻っていく。先ほどいた木の近くに枯れ枝を集め、火をおこそうと試みる。硬そうな石を見繕い、打ちつけた。

カチッカチッ

何度目かでようやく火種ができ、消えてしまわぬように息を吹きかけた。

「・・・ついた」

 辺りは既に暗く、スズは周りの数本の木までしか見えなかった。火の近くに腰を落ち着けると採ってきた木苺を口にした。

「おいしい・・・」

 木苺は甘酸っぱく、乾いていた喉を潤していった。木の実は石で殻を割り、実を食べた。

食べ終わると、暗闇のなか輝く満天の星空を見上げた。そしてふと、くくのことが頭に浮かんだ。彼もこの世界にいる、スズはそんな気がしてならなかった。

焚き木に枝を投げ入れるとき、ちりんと首から提げていた鈴が鳴る。首からはずし、紐を持ちながら目の高さまで持ち上げゆっくりと揺らす。

ちりーーん

風が吹けば流れていってしまいそうに小さく、そして高い音が辺りに響く。

この鈴はスイがくれたものだった。

『おねえちゃん!これ拾ったんだ、とってもきれいな音が出るんだよ。これ鈴って言うんでしょ?おねえちゃんと同じ名前だね!あげるよ』

 そう言って、無邪気に差し出された鈴はスズの宝物になった。母がきれいな糸で紡いだ紐を、鈴に通しいつも身につけていた。

 ぼうと眺めていると火が消え、辺りは一瞬で暗くなる。

「もう、寝よう」

 鈴を首に提げると、木の根元に丸くなり目を閉じた。



 鳥のさえずりでスズは目を覚ました。

「朝・・・」

 体を起こし、大きく伸びをする。木の上で眠ったせいか体のあちこちが痛み、顔をしかめた。そして近くの木に登ると日の昇る方向を確認した。

「えと、日はあちらに沈んでいったから・・・」

 目印を元に大まかな方角を頭に入れていった。木から降りると、食べ物の調達に昨夜と同じ場所へ向った。

 食べ終わると、ほどけかかっている髪を結いなおし軽く身支度を整えた。そして新たな決意を胸に西へと歩き始めるのだった。



先ほどいた木の場所へ戻ってこられるよう目印をつけながら歩いた。どうやって元の世界へ戻れるか分からなかったスズだが、あの木がこちらとあちらを繋ぐものだと考えてのことだ。

「本当に木しかないわ・・・」

 木の上から見て分かってはいたが、実際に歩くと身を持って感じられた。人の入った形跡などはまるでなく、あるのは動物がつけたと思われる足跡らしきものだけだった。

 歩き続けていると何か違和感があるように思えた。

 そして気付く。

今聴こえるのはスズの息遣いと足音だ。

「鳥の・・・鳴き声がしない?」

 先ほどまで聴こえていたはずの音だった。

思わず立ち止まり、耳を澄ましてみても同じだった。

 突然、風もないのに葉が舞う。

「なにっ・・・」

 ちらちらと葉が、辺り一面に散っていった。葉の散っていく間から、少し離れたところに二人の人影が見えた。驚きゆっくり近づきながら、その二人の姿を凝視する。葉が全て落ちるとはっきり見えはじめた。ふたりを確認するとスズは顔を青ざめ、震えだした。


―――スズねえちゃん!


―――うるさい!付いてこないでっ


―――まって・・・まってってばぁ


―――あっちに行ってよっ


―――・・・ごめん、なさい。ごめんなさい


―――知らないっ。あんたなんて、あんたなんて・・・どっかいっちゃえ!


「やめて!」

 叫びと共に、二人は消えた。

あの二人はスイとスズであった。

 あれが初めてのけんかだった。そしてスイがいなくなったのは、このすぐあと・・・。

 がくがくと足が震え、立っていられなくなり座り込む。忘れたくても忘れられない記憶。スイがいなくなったのは自分のせいも同然と今までずっと責めてきた。

「あれは一体何・・・?」


「――あれは木の記憶だ」

 

はっと振り返ると木の陰から人が現れた。声の主を見つめると、会うのは三度目となるくくだった。驚くスズの様子に構うことなく説明を加えていく。

「木は出来事を一つ一つ鮮明に覚えてる。お前たちのことを覚えていたんだろう」

「あ、なたは・・・いったい?」

「久久ノ智神(くくのちのかみ)、名前くらいは知っているだろう?」

「かみ、さま・・・?」

 信じられないとでも言うように、つぶやいた。

久久ノ智神というのは木の神であり、村で祀っている神だ。知らないはずがない。

くくは呆然としているスズを冷たく見下げると、重々しく口を開いた。

「何故ついてきた」

 くくは静かな、しかし言い逃れは出来ないというような口調で言う。

 威圧感ある視線に声が出ない。息をするのでやっとであった。

「答えろ、俺は戻れといったはずだ」

 痺れを切らしたように続けて問うたくくに、スズは意を決し話し出す。

「わ、たしはスイを探したいの。そのために玉依様に会いたい。初めてあなたを見たとき何か知っていそうだった・・・。そしたら門が開いてて、山に入ったらあなたがいて、それで・・」

 説明ともつかない言葉を必死に紡いでいく。そんな必死なスズを見ていたくくは、ため息を一つつくとつぶやくように言った。

「・・・全く、俺もとんだお人好しだな」

 ため息をつき、座り込んでいるスズに声をかける。

「行くぞ」

「え・・・」

 意味の分かっていないスズに、思わず舌打ちをするとなおも言い募る。

「行くんだろ」

 玉依の所へと、くくは言う。意味の分かったスズは目を見開く。

「言っておくが俺はお前を助ける義理なんてない。それに俺が出来るのは玉依にお前を会わせるところまでだ。・・・あとはお前がなんとかしろ」

 一蹴されると思っていたスズは思いもかけない内容に目を瞠る。スズの視線を受けたくくはごまかすように付け加えた。

「気まぐれだ。たいした期待はするな」

「ありがとう・・・」

 涙が一筋、スズの頬を流れた。くくは目を逸らし、先へ進んで行った。スズは慌てて立ち上がると、くくを追いかけた。



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