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黄昏  作者: うみ
3/12

第二章

―――スズねえちゃんっ!


(うるさいっ!付いてこないでっ)


―――まって・・・まってってばぁ


(あっちに行ってよっ)


―――・・・ごめん、なさい



 はっと眼が覚める。嫌な汗で体中がじっとりとしている。

起き上がると水瓶のそばへ行き、水を少し飲んだ。幾分気分が楽になり、ようやく詰めていた息を吐き出した。そして、まだ日が昇る前の空を見つめる。

(スイ・・・どこにいるの・・・?)

 昨日の黄昏時に会ったくくと名乗った少年を思い出す。あの時、くくは何かを探すように門を見つめていたようだった。明らかに村の子ではない姿、何やら人とは異なる雰囲気。スズは玉依様について知っていることがあるかもしれないと感じた。そして居ても立ってもいられず身支度もそこそこに門へと向った。


 まだ日が昇っていない空は、いつも見るそれとは異なっていた。奇妙な明るさがスズを、異界へと(いざな)っているようにさえ見えた。

 門へたどり着くと、いつも変わらない景色が違っていた。開くはずのない門の扉が開いている。スズの記憶している限りでは、この門が開くのは当分先のはずだった。それが何故?大の大人が数人がかりでやっと開く扉が何の通知もなく、ましてやこんな時間帯に開いているなんてありえる話ではない。スズは動揺を隠せずに、今までは見ることのできなかった山への路を見つめた。

 するとまた突風が駆け抜けていく。まるで風がスズを門の中へと導くようだった。スズの足は一歩、一歩門の外へ踏み出していく。何かに憑かれたように、しかしスズの眼は山の頂をしっかりと見つめていた。

そうしてスズの姿は山の中へと消えていった。



 翁は突然、何かに起こされたように眼が覚めた。違和感を覚えたが部屋には何の変化は見られない。はっと気付くと本能の向くまま聖門へと急ぐ。

 門が開いていた。

この門を開くよう指示するのは翁の役目だ。無論、何の指示も出していない。

翁は山へと続く路を見ると、まだ真新しい足跡に気がついた。小さくて歩幅の狭いもので、子供か女の足跡だろうと思われる。ある可能性が頭をよぎる。もしやと、スズの家へと急いだ。

家の扉は開け放し、人の気配はなかった。中に入ると、子供用の作りかけの衣が置いてあった。

「山へ・・・入ったか」

 翁は全てを悟ったように、目を瞑った。

「・・・必ず戻ってくるのだぞ」

山へと向った少女、スズを思った―――。



 日はもう頭の天辺まで来ていた。直接、光が降り注ぐことはなく、優しい木漏れ日がスズの行く路を照らす。

随分と中ほどまで進んできた所でスズは足が疲れてきたのを感じ、休憩をすることにした。木の根が盛り上がっている場所を見つけ、腰を下ろす。

 深呼吸を幾度かすると、疲れが取れていくように感じられた。

そしてふと誰にも言わずここまでやってきて不安を覚える。

「翁・・・キリ・・・心配しているかしら」

 何処へ向っているか決まっているはずもなく、ただひたすらに山の頂上を目指していたスズだが、村から一歩も出たこともない者が何の準備もなく山へ登ることが、どれほど危険なことか実感していた。

しかし、ここで諦めるわけには行かなかった。それに既に山の中腹を越えた辺りから、おり引き返すことも出来ない。

身体をしばらく休めたあと、また歩き始める。山の天気は変わりやすい。現に湿った空気が周りに立ち込めてきている。何としても、日が落ちきる前に頂上へとたどり着きたかった。スズは足がもう限界を超えているのが分かってはいたが、歩みを止めることはしなかった。


進んで行くうちに木が増え、その高さは増していく。そのせいか昼間のはずなのに薄暗かった。まだ日は高いはずなのに、葉に遮られ光が少なくなっていたのだ。

ふと立ち止まると目に映るのは色、色、色。

浅緑色 若緑色 萌黄色 柳色 若草色 深緑色 松葉色 海松色(みるいろ) 木賊色(とくさいろ)

こんな言葉で色を表してみても、到底言い尽くせない。

色の洪水だ、とスズは思った。いつも下から見ていたのとは全く違う。空をも隠し、まだ昼間だというのに夜になったような暗さ、まるで人を拒んでいるような空間だった。山の中が異界であることを改めて実感する。スイを見つけ出す決心は変わらない、それでも、この空間はスズの心を激しく揺らがせた。

そんな思いを振り切るように、かぶりを振る。そして辺りを見渡し落ちている枝で手ごろなものを杖代わりにし、気持ちを入れかえ歩き出した。

そして草原を通り過ぎたとき、刃のような葉が太ももをかすった。

「っ・・・」

 傷をみると血は出てはいるが、たいしたことではなさそうだった。袖を細く破り、傷口をぎゅっと縛る。

「よしっ」

 気合を一つ入れると、気を取り直しひたすらに歩いた。


 鳥たちの鳴き声が響く。それが唯一、スズを孤独から救ってくれていた。

 ざざざっ、と何かの生き物が生い茂っている草木を鳴らしている。

スズに緊張がはしった。

立ち止まり、注意深く耳を澄ませ神経を研ぎ澄ます。猪などだったらと杖を握り締めた。葉の擦り音がとたんに止み、つめていた息を吐き出した。

 すると突然、何かが草木の中から現れた。

「あっ!」

 姿を現したのはスズの探し求めていた少年くく、だった。スズは恐る恐る声をかける。

「あ、あの。あなたは一体・・・何者なんですか?」

 くくは、スズの方を一瞥すると、目を細め口を開いた。

「戻れ。ここは人間の来るところじゃない」

 冷たく言い捨てると、風が葉を舞い上げた。思わずスズは目を瞑る。

「え・・・」

 目を開けたときには、既にくくの姿はなかった。



スズは頂上にいた。


スズはくくと名乗る少年が消えてから、辺りをくまなく探したが見つからなかった。彼が人間ではないこと、そして何か知っていると確信を持った。戻れと言われて怯まなかったか、といえば嘘になる。しかし何かつかめそうな気がしてならなかった。


頂上に着いた時は既に日が落ちていた。山の中で初めて過ごす夜に緊張しながら木のそばでうずくまっていた。いつ獣が襲ってくるか分からない恐怖からか、なかなか眠ることが出来ずにいた。それでもなんとか、目をつむり睡魔が訪れるのを待つ。



川辺で二人の子供が遊んでいる。

二人の少年たちは足を川の中で浸かりながら、水をかけ合ったり魚を追いかけ回していたりいる。

一人の少年は、真剣に魚を追いかけまわし、もう一人は、それには参加せず半ば呆れながらも、その表情は誰の目から見ても楽しそうであった。

 その様子をスズは、ただぼんやりと彼らを上から眺めていた。二人のじゃれあいは幸せそうではあったが、どこか淋しく胸が締め付けられるような光景であった。

 二人は川から上がると何か言葉を交わしていた。魚を追いかけまわしていた少年は、手土産の魚を持つと手を振りながら去っていった。残された少年は、しばらく少年が去っていった方向を見つめたあと、空を振り仰いだ。そして何かを見つけ出すように目を右から左へと動かしていった。

そして一点で止まった。

スズと―――目が、合った。




「―――! は」

飛び起きると、一瞬現実か夢か分からなくなった。スズは周りを見渡し、もう日が出ていることに気が付いた。昨夜あのまま寝てしまったのだ。

「あ、れは夢よね」

 夢というには現実味のあるそれに奇妙な感じを覚えた。

 目の合った少年はどこかで見覚えがあるような気がして、記憶を探る。だがあと少し、というところで霧消した。


 目の前に、狼が現れたのだ。


 スズは身がすくんで動けず、狼の次の行動を見ていた。喰われるかもしれないという頭の片隅で、なんて綺麗な獣なのだろうと考える。

 狼は美しかった。毛並みは銀に近い白、眼は見る者を凍りつかせるような青。スズの知っている、腹をすかせ害にしかならない狼たちとは全く違う。

 狼はゆっくりとスズに近付き一瞥すると、視線はスズではなくスズのもたれかかっている木で止まる。それ以上動こうとしない狼をおかしく思い、はっと気付く。スズは力の入らない足を叱咤し、立ち上がって狼に場所を譲った。

狼はスズが退くと、一歩一歩木に擦り寄るように、太い木の周りを一周していく。それを何周も繰り返したところで、突然狼の姿が見えなくなった。

訝しく思って、先ほどの狼がやっていたように木を一周してみても姿はなかった。葉のこすれあう音は何一つしていない、他の場所へ行ったということはなそうである。

では一体狼はどこへ?

スズは木を見上げた。この木は周りの木と比べ格段に高かった。しばらく見上げていると、あることに気が付いた。

「この木の葉だけ・・・うごいてない?」

 風で他の木についている葉は、互いに揺らしあい、擦れあう音が常に聞こえていた。だがこの木はただ立っているのだ。まるでこの木だけ違う世界に立っているようだった。

「まさか・・・この木の中に?」

 ありえるはずもない話だが、それしか考えることが出来なかった。狼は、もしかしたらくくもあっちの世界へいるのではないだろうかと希望が膨らむ。そして木を調べ始めた。

 木の根や木の表面を撫でたり叩いたりと、丹念に調べていった。だが、木の葉が揺れないところ以外は別段おかしなところはなかった。

 根のほうを今一度見ていると、何処からか冷たく緩やかな風の流れを感じた。やはり、とスズはほころんだ。この木が何かしらの扉になっているのではないかと確信したからだ。

スズは狼の行動を思い出していた。スズには狼がただくるくると回っているようにしか見えなかったが、何か分かるかもしれないと試してみることにする。 

右手を添えながら右回りで回っていく。

「一周・・・、二周・・・、三周・・・―――・・・」



 ちょうど十周目を数え終えると周りの風景が変わった、気がした。添えていた右手を離し、木から離れて見渡すといなくなった狼が座っていた。その様子はまるでスズを待っていたかのようであった。よく眼を凝らし周りを見てみると、一見変わらないように見えるが微妙に変わっていることに気が付いた。

葉の付き方や木の伸び方が無造作だったのが、人の手を加えたのではなかろうかと錯覚するほど綺麗にならんで生えている。道らしい道もなかったのだが、人が苦労せず歩けるように道が、あった。そして冷たかった空気も穏やかで暖かなものへと変わっていた。そして何より木の葉の擦りあう音がスズの耳に聴こえはじめたのである。

まだ同じ場所に佇んでいる狼を振り返る。

「ここは、あなたの住む世界なの・・・?」

 答えを期待したわけではなかったが、今あることを現実であると確認したくて思わず言った。


 うおーーん


 するとスズの言葉を理解しているように狼が吠えた。驚いて狼を凝視するとそ知らぬ顔をしてあくびを一つ。その様子は、いかにも面倒くさそうで当たり前だろとでも言っているようだ。

「あなた、ここが何処だか分かるの?あっ待って!」

 近づき触れようとすると、はじかれた様に逃げていった。

「嫌われちゃったかしら・・・」

 害をなすだけと思っていた狼に好かれようと思っている自分に驚き、信じられないというように薄く笑った。

「これから、どこへ行けばいいの――」

 そしてスズは木の根元に座り込みひざを抱え込むと、今度こそ途方に暮れたのだった。



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