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黄昏  作者: うみ
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第一章

「スズ、スズ。 何処に居るの?」

スズと呼ばれた少女は声のするほうへ顔を向けた。歳は十五、六くらいであろう。腰まで伸びた艶やかな髪は首の後ろで一つに束ねられている。

スズは繕いものを中断し、呼ばれた方へ駆け寄っていった。

「なあに、母様」

「今日から、となり村までお手伝いで何日か留守にしなければならないの。父様はもうしばらく帰ってこないし、あなた一人で大丈夫かしら・・・」

 心配そうな表情から、心からスズを案じていることが分かる。

 スズの父親は、祠を建てる作業で村の男衆何人かと出払っているのだ。

スズは一人きりということに不安を感じたが、母に心配かけるまいと笑顔で応える。

「分かったわ。ちゃあんと、お留守番しているから。母様もお体だけには気をつけてね」

母は何か気付いたようであったが何も言わずに微笑んだ。

「何かあったら翁に言うのよ?すぐ、母様も戻ってくるからね」

 翁というのはこの村の長老である。皆からは『翁』と呼ばれており、本当の名は誰も知らない。

そこまで心配することは無いのに、と心の中で思ったスズであったが心配してしまうのも仕方の無いことなのだと思い直した。スズはまだ心配そうな母を半ば追い出すような形で見送った。



「たそかれ!」

 家の中に入ろうと背を向けると、突然幼い声が聞こえた。振り返ってみると、まだ十にも満たない可愛らしい女の子が駆け寄ってきた。

「あら、どうしたのキリ?」

 キリ、と呼ばれた少女は目を輝かせながら話し始めた。

「スズおねえさま!『たそかれ』って知っている?さっきお父様が言っていたの」

 どうやらキリは耳にしたことのない言葉を聞いて、誰かに尋ねたくなってスズの所へやってきたらしかった。一刻も早く聞きたいらしいキリにスズは苦笑する。

「随分、難しい言葉を聞きにきたのね」

「ねえ、どういう意味なの?」

 こういう時のキリは、きちんと話さないとなかなか離れない。スズはため息を一つつくとキリに話し始める。

「なんで日が落ちると外に出てはいけないか知ってる?」

「うん、知ってるわ!えと、夜になると神さまとか人じゃないものたちの時間になるんでしょ?」

 得意げに話すキリにスズは微笑んだ。

「そうよ。あの世界の方々とこっちの世界の私たちは違うから。でももし日が落ちる時に外で誰かに会ったら?」

「逃げる!」

 迷わず答えた目の前の少女に、スズは堪えられず噴出した。

「くすっ。でもそれじゃあその方が神様だったら失礼よ?」

「あっ・・・」

 名案だと思っていた案が却下され、キリは俯いて真剣に考えはじめた。するとおずおずといった感じで顔を上げ言った。

「名前を聞く?」

「当たり。そのときに使う言葉が『たそかれ』よ。でもこんな言葉使わないように、日が落ちる前に家に帰るのよ」

「うん、わかった。ありがとう、スズおねえさま!」


―――スズねえちゃん!


「そういえば、スイはいつ戻ってくるの?私首飾りをあげる約束したの」


―――待ってよぉ、待ってってばぁ


「? おねえさま?」

 何の反応を見せないスズにキリが声をかけた。はっと声の主、キリを見ると首をかしげて眉を寄せていた。

「・・・スイは、今遠いところに居るから。いつ戻ってくるか分からないの。でも必ず戻ってくるから」

「分かったわ!」

 キリは華やかに笑って答えた。そんなキリを眩しそうに見つめると、スズはもう帰るよう促した。キリは渋々ながらではあったが、スズが今度首飾りを作る約束をすると喜んで帰っていった。

ふと、スズは何やら違和感を覚えた。振り返って見回すが、風で葉を撒き散らしているだけで、いつもとは何ら変らない風景。気のせいかと思うことにして家の中へと入っていった。



山のふもとに小さな集落があった。そこはおよそ三百人が住んでいる村で、彼らは毎日、木の実などの採集や狩りをして暮らしている。村は猪や狼などから守るため柵で囲われている。

二ヶ所だけ外に続く門がある。一つは村の外に流れている川へ行く時や外へ出る際使われているため通門と呼ばれている。こちら側の門から見える山を越えるともう一つ村があり、ここへスズの母は手伝いに行っている。

もう一つの門はちょうど通門とは反対側に位置しており、ここは神の住む山へ直接つながっている。この命の源である山は狩りや採集のときのみ入ることが許されている。しかしこの門は決まった日・時刻でなければ開くことはなく、滅多に人は寄りつかない。皆からは聖門と呼ばれていた。

スズは毎日、日が昇ると同時に起きる。そして軽く身支度を整えると、ひっそりとした聖門へと向う。そこへたどり着くと何かを求めるよう、何かを探すようにスズの背を優に越す門を見つめるのだった。そして皆が起きはじめると家に戻り朝の支度をし始めるのだった。




日も高くなったころ、スズは家の中で繕いものをしていた。仕立て上げていたのは男の子用の衣服だった。あと少しで出来上がりそうな衣をしばらくの間見つめていると戸を叩く音がした。慌ててスズは簡単に衣服をたたむと戸のそばへと駆け寄った。

「スズ、久しぶりじゃのう。元気にしておったか?」

 そういって現れたのは翁であった。白髪を頭の天辺で束ね、口の周りにはやした髭が特徴的である。

「はい、おかげさまで。母様に何かご用でしょうか?祭りのお手伝いでしばらくは戻らないのですが・・・」

 スズが申し訳なさそうに伝えると、翁はしわだらけの顔にさらにしわを増やして笑った。

「ふぉっふぉっ。知っておるよ、母君に手伝うよう伝えたのはわしじゃからな。用があるのはスズ、お主じゃよ」

「・・・私に?」

 ただでさえ滅多に出歩くこと無い翁がこうして訪ねてくるだけでも驚きなのに、スズ自身に用があると聞いて目をみはったスズである。ともあれ立ち話もそこそこにスズは家の中へと導いた。

差し出されたお茶で一息つくと、翁はなにやら神妙な顔つきで切り出した。

「・・・弟君はとても良い御子であった」

 いきなりの話についていけないスズは続きを促した。

「弟君がいなくなってどれほどたつか・・・」

 翁の言葉でスズの心の内に秘めていたものがにじみ出る。

どんなことだって鮮やかに思い出せる。

いつも後ろについてきた。

あの子が笑えば嫌なことだって、すぐに忘れることが出来た。

いなくなったのはいつだった?

毎日のように門を見に行くようになったのはいつからだったろうか・・・。

まざまざと弟がいない事実を突きつけられているようで、スズは胸が苦しくて苦しくてたまらなかった。

翁は何もいえないスズに優しく諭した。

「・・・今、主に何を言っても無駄じゃろうて」

 翁の方を見ようとせず、スズは作りかけの衣服に視線を送った。

「ただ、主がいつも山を見ていると聞いてな・・・。もしや弟を探そうとしているのかと」

「っ・・・」

 のどに何か詰まったように何も言えないスズを見てやはり、というように翁はため息をついた。

「スズ・・・厳しいことを言うようじゃが、弟君はもう」

「――・・・てます」

 スズは自分に言い聞かすように何かを呟いた。

「ス、スイは絶対に生きてますっ」

「・・・」

 スズは堰を切ったように泣きじゃくった。翁は何も言わずにただ小さな子をあやすように抱きしめていた。

 しばらくそうしているとすぅすぅと寝息が聞こえてきた。翁はスズをゆっくりと床に寝かせると上に布を掛けてやり、寝やすいよう髪を解いてやった。泣いて赤くなった目じりを見ながら翁は痛ましげに眉を寄せた。そして髪をゆっくり梳きながら呟く。

「あるいは山に住まい魂を操る女神、玉依(たまより)様ならば―――」

 そしてスズが寝入っているのを確認すると、起こさないよう立ち上がり出て行った。

 

 先ほどの呟きが聞こえているとも知らず―――。




 翁が出て行ったあと、スズは考えていた。

(山に住まう女神って仰っていたわ・・・。それに魂をあやつる・・・?)

 スズは起き上がると、日がもう落ちるだろうという時刻に気付く。

『えと、夜になると神さまとか人じゃないものたちの時間になるんでしょ?』

 あの少女の声がスズの頭によぎる。スズは胸のざわめくのを感じた。考えるより先に体は聖門へと向かっていた。

 聖門にたどり着いたスズは辺りを注意深く観察する。

「きゃっ…」

 突然、山から風が吹き抜けていった。たまらず目を瞑り風で舞った砂を防ぐ。風がおさまると乱れていた髪はさらさらと元に戻った。目を開けると門の前には人が立っていた。スズは目を細めて見ると、少年が門の向こう側を見つめている。

少年は村では見かけない子であった。少し茶色がかっている黒の短髪に、年は十二、三ほどであろうか。

 スズは何も考えられずにただ一歩、一歩足を進める。すると少年は気配で分かったのだろう、スズの方をゆっくりと振り返った。スズは胸が苦しくなるのを感じたが、口を開き問う。

「…誰そ彼」

 もし彼が―――。微かな希望とせめぎあう思考のなか答えを待った。


「――くく」


 思ったよりも低い、少年らしくない声に驚きながらも安堵とも落胆ともつかない溜息をつく。

(違う…)

 俯いて唇をかみ締めていると声が届く。

「もう日が落ちる…帰ったほうがいい」

 顔を上げると無表情と等しいくらいの顔が向けられていた。抑揚のない声で呟くように言われたので一瞬誰に言ったのか分からなかったが、顔がこちらを向いていたのでスズは自分に言っているのだと気がついた。明らかに、村の子ではないことは分かったが素直にくくと名乗る少年の言葉を聞くことにした。

「ありがとう、そうするわ。あなたも早く帰った方がいいわよ」

 そう告げて去っていく背を見つめていた少年、くくはスズが帰ったのを確認すると門をすり抜け山の中へと姿を消した。


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