その9、火竜討伐~3~
「こんな魔法があるなら最初から使って欲しかったですね」
場所は王都グランヴァリエルの王城に隣接する建築物、「魔導研究院」の内部である。
その建物の部屋の一つに多目的な用途で使われる巨大なホールがあった。そのホールの中心にヒートドラゴンの死骸とドルガン達がいる。
「そうしたかったのはやまやまなんですが、これは相互の移動には使えないんですよ。」
セラフ達があの竜脈火山からここまでどうやって移動してきたかというと特殊な魔法アイテムを利用した移動方法だったからだ。
大きな魔法陣を目的地にあらかじめ書いておき移動先でその魔法アイテム「極地の腕輪」というアイテムを使うと一瞬で目的地に帰還するということが出来るアイテムらしい。セラフの知らないアイテムだ。
おそらくこの500年の間で新たに作られた魔法なのだろう。
「しかしこんな貴重なアイテムを持たせてくれるなんて、王はこのミッションにそんなに期待してたんですかね?」
「さあな、だが素材が欲しかったのは本当じゃないか?」
クロスとドルガンが互いの疑問をぶつけていると王と大勢のお供が扉を開けて出てきた。ドルガン達騎士が一斉に跪く。
「王よ、只今帰還いたしました」
「うむご苦労、すまんが労いの言葉をやる前にその竜の確認をさせてもらうぞ?」
「は、!ご随意に!」
となんともすがすがしい声で答えるドルガン。一方のセラフは膝をつくどころか棒立ちであった。だが王が何も言わないのであれば自分も黙っていた方がいいだろうと後ろにいた者達は何も言わない。
ドルガン達を通り抜けヒートドラゴンを確認する王とそのお供達。
「おぉ……!これが……ヒートドラゴン!。なんとも雄々しく……そして美しい」
三等分されているとはいえ竜脈火山の主であろうヒートドラゴンは死してなおその勇ましさを維持している。そして高所に設置してある窓から日が差し込み竜の体に纏わりついている結晶がキラキラと輝き宝石のような雰囲気を醸し出していた。
「ウォーダンよ、貴様は今までにこの竜を見たことがあるか?」
「いえ、ございませぬ」
ウォーダンと呼ばれた男は褐色の肌に長い白髪を無造作に伸ばしている大男である。おそらく2メートルはあるだろう。整った服装に翠緑のマントを羽織っていた。
「ふむ、ではユミルはどうだ?」
「いえ、私もございません」
ユミルと呼ばれた男は大きくピンと尖った耳に適度に伸ばした金髪に利発そうな顔、そして群青色のローブを羽織り手には大きな木で出来た杖を持っている。おそらくはエルフの魔法使いなのだろう。
「なるほど、ではフォルカよ、貴様はこの竜の素材をどう見る?」
フォルカと呼ばれた男は背丈は150程度しかないがよく焼けた肌に筋肉はこれでもかとがっちりついており、白いひげをたっぷり蓄え作業着のような服を身に着けていた。金属や素材の加工を得意とするドワーフなのだろう。
「……凄まじいの一言ですな。私が今まで見てきた竜の素材はただの魚の鱗ではないかと錯覚するほどです。今まで数多くの素材を加工してきましたが、最高級の素材をどれだけかき集めてもこれの前にはただのキツネの毛皮程度の価値しかありませぬ」
王の周りに控えていた者達が「おぉ……」と驚きの声を上げる。
「しかし不思議なのはこの竜の切断面ですな。恐ろしいほど均一に切られており、しかも切断面が凍っている。いったい何をどうやればこんな結果になるのか皆目見当が付きません」
「ほう……!ドルガンよ、この竜がどのように死したか経緯を話せ」
王の声にドルガンの体が一瞬跳ねるがすぐに落ち着く。
「了解しました。これより申しますは嘘偽りなく私が見聞きしたものです」
一応の注意を挟んでからドルガンが説明を開始する。
「そこの冒険者、セラフがその竜の突進に合わせて剣を抜きました。あまりの速さに剣閃は目で追えませんでした。そして気づいた時にはその竜が三等分されていた。それだけであります……」
はっきり言って何の説明にもなっていない。ドルガンもそれが分かっているのだろう、全身から冷や汗が出ている。
「おいおいドルガンよ、ふざけているのか?お前ほどの騎士がそんな5歳児みてぇな報告をするわけねぇよな?」
ウォーダンが首を傾げながらドルガンの報告を訂正させる。
正直言ってそんな馬鹿みたいな報告が信じられなかったのである。
「……確かにこんな説明ではホラ吹きと呼ばれても仕方ありません。ですが……」
「事実なのです!」
その声は静かなホール全体に響いた。
「……ウォーダンよ、おぬしはこの竜を一対一で倒せるか?」
「そう……ですね、実際に動いているところを見たわけじゃありませんが……死ぬ気で挑めば何とか……」
「なるほど。では先にフォルカが説明したように均一な切り口を作り、かつその切断面を凍らせるように倒せるか?」
「……不可能です」
王の問いにウォーダンは気落ちしたように答える。当然である。勝てるかどうかも怪しいのにそんな神業のようなことが出来るはずもない。
「ドルガンよ、改めて問うが本当にそのセラフが倒したのだな?」
「はい!」
王の問いに堂々と答えるドルガン。
恐怖と疑心の混じった目で見つめられるセラフ。
「(今までずっと黙ってきたけど面倒事にはならないでくれよ?)」
さっさとここから出て美味しい食べ物でも食べたい気分だ。こんな重苦しい空気から即刻解放されたい。
「女、セラフとかいったか?」
突然ウォーダンが声をかけてきた。
何事だろう、面倒事でなければいいのだが……。
「俺と勝負しろ、今すぐにだ」
なんと決闘を吹っかけてきた。前にも似たようなことがあったが……どうしてそっとしておいてくれないのだろうか。
「はぁ……いやです」
呆れと疲れを混ぜたように、ため息を吐きながら断るセラフ。
当然ウォーダンとしては食い下がれない。この男は憲兵団総隊長でレベル77なのだ。その男が出来ないと言わざるを得なかったことを成し遂げただろう女。
ぜひとも戦いたい。この女の底を知るために。自身の矜持を守るために。
「そうつれないことを言うなよ。この俺、憲兵団総隊長ウォーダン・ゲイルズが訓練をつけてやると言っているんだ」
いったい何を言っているんだこの男は?
さっきから鬱陶しい、こっちは色々とストレスが溜まっているんだぞ?
その瞬間セラフの纏っていた空気が激変した。親しみやすい人のそれから得体のしれない何かに。
「はぁ、……あまり調子に乗るなよ」
その瞬間ホール内の空気が氷点下まで冷えた。いや、そう錯覚した。
この場にいるすべての人間がセラフという一人の人間に対して怯え、震え、恐怖した。
「こちらが下手にでているからといって、調子に乗りやがって……貴様もこれと同じ末路を味遭わせてやろうか?」
セラフがウォーダンを極寒の瞳で睨み付ける。
身に纏っている空気だけでもこれ以上ないほど恐ろしいのに直接「敵意」をぶつけられたウォーダンは膝の震えが止まらず顔面は蒼白になっている。
「あ、ああ……っ!」
声にならない声を出すウォーダン。
怖い。怖い。怖い。唯ひたすらに恐ろしい。
SSランクに仲間入りを果たし、王の直接の護衛という名誉ある職を命じられ、数えきれないほどの富と名誉を得てきた男が怯えている。
だがそれも仕方ない。
彼は強いが、あくまで人間という枠の中での話。目の前のに佇むのは人間を遥かに凌駕した何か。
神すら殺せる力を持つ奇跡の体現者なのである。
「ふぅ……、弱いものいじめは良くないですね。王様!」
「な、なんだ?」
狼狽しながらも答える王。さすがといったところか。
「気分が悪いので今日は帰ります。何か言いたいことがあったら後日に」
まるで学生のように軽い声で答え、ウォーダンや王を横切りさっさとホールを出ていくセラフ。
通常であれば不敬極まりないものである。だがこの場にいる誰もがこの行動に感謝していたのは言うまでもない。人の形をした嵐がさっさと去ってくれたのだから。
「お、王よ!」
声を出したのはドルガンだ。ヒートドラゴンの殺意とセラフの敵意をまじかに受けて耐性が付いたのか感覚が麻痺したのかはわからないが、そうそうに意識を取り戻し王に声をかけたのだ。
「はっ、!な、なんだ!?」
「我らが王にこのような言葉をお耳に入れるのは心苦しいのですがお聞きください!」
精一杯畏まった風に答えるドルガン。
「最初に言っておきますがあのものは悪人ではありません!人を気遣うことのできる優しい方です!そんな彼女が最も嫌うのが”傲慢”です。他者の都合を考えず己の都合だけで行動しようとするものがなにより嫌いなのです。どうかこの事だけでも心の片隅にお留置き下さい!」
ほんの数日とはいえセラフと一緒に冒険をし同じ飯を食べたのだ。ドルガンとしてはセラフはすでに他人ではない。心強い”仲間”なのだ。
ゆえに可能な限りセラフの擁護をしておきたいとドルガンはこのような行動をするに至ったのだ。
「う、うむ。気にかけておこう!」
王としてははっきり言ってかなり嬉しい忠告である。どう頑張っても手綱をつけられない者の嫌いなこと。地雷がいったいどこにあるかを知れたのである。今後の交渉に対して大きな助けになるだろう。
「ではフォルカは引き続き竜の調査と解体を行え。残りは城に戻り通常業務に戻れ」
王の言葉により皆が居るべき場所に戻ったが唯一動けないものがいた。ウォーダンだ。
「ウォーダンよ。大丈夫か?」
「王よ……申し訳ありません。自分は……総隊長という地位についてから驕っていたようです……」
「気にするなウォーダンよ、あれは例外だ」
「例外……そうですね、まったくその通りです……」
「お前は十分に務めを果たしている。だから気にするな……とは言わんが胸を張れ。お前は自分の力でその地位を勝ち取ったのだから」
崩れていたウォーダンに王が励ましの言葉を掛ける。だがウォーダンの心はすぐには晴れないだろう。トラウマが出来てしまったのだから。
「さて、行くぞウォーダン。お前の仕事は憲兵団総隊長なのだ。いつまでも膝を屈しているままではいかんぞ」
王が柔らかい笑みで声をかける。そしてそれに答えるウォーダン。
「っ……!申し訳ありません王よ。すぐに職席に戻ります!」
「うむ、よろしい」
こうして二人も城へ戻っていった。だが二人の心が本当に晴れるまでしばらくかかるだろう。なぜなら圧倒的な恐怖を心の奥底に刻み込まれてしまったのだから。
怒ると怖いですね。