その8、火竜討伐~2~
「ああ、ついに到着してしまった……」
見たくないものを見てしまったという風にボヤキをもらしたのはセノである。
場所は竜脈火山中腹にある危険区域の入り口である。このあたりからSランク冒険者でも勝つのが難しいモンスターが大量に出現するようになる。だがそれと同時にこのあたりから希少鉱石も大量に出現するようになるのだ。
「それでセラフの嬢ちゃん、この先どうするんだ?俺たちのレベルじゃあこの辺探索なんかできないんだぜ?」
このエリアの推奨レベルは70であるが、隊長のドルガンは65レベル、副隊長のクロスは59レベル、後の4人は52~3レベルといったところである。よっぽどいい装備を持っているなら攻略できなくもないが当然そんな物はもっていない。ドルガン隊が着込んでいる鎧もこの世界では結構な高級品に分類されるがこのエリアでは薄布1枚を羽織っている程度の防御力しかない。ようするに自殺しにきたのとなんら変わりないのである。
「大丈夫ですよ、ちゃんと対策は考えときましたから」
そういうとセラフは魔法を発動した。詠唱の構えを取ったセラフの足元に光り輝く陣が出現し、次いでドルガン達の体が緑の光に包まれその後、今度は黄色い光に包まれた。
セラフが発動した魔法の一つ目の魔法は「神秘のベール」といって暑さや寒さ、ほかには瘴気や毒霧といったエリアごとのフィールド特性といったものを一定時間全て無効化するものである。
次に発動したのは「ギガブロック」という防護魔法だ。ダメージを軽減する効果は持たないが一定量のダメージは無効化するという特性を持つ。たとえば1000以下のダメージは完全に無効化してくれるが1001のダメージは通してしまうといった具合である。このギガブロックは使用者の精神力によって効果が上下するためセラフが発動すると120レベル程度のモンスターの攻撃は全て無効化してくれる奇跡の盾となる。
「おお、なんだか体があったかくなった!セラフさん、これってどんな魔法なんですか?」
クロスが問いかける。
「ま、簡単に説明すると火山の熱を防御してくれる魔法と敵の攻撃を一定量無効化する魔法です」
「熱防御の魔法は見たたことあるけど敵の攻撃を無効化って……それほとんど反則なような……」
ラインが苦笑いをしながら答える。
「全部を無効化してくれるってわけじゃありませんよ。あまりにも強い攻撃を受けると砕けますからね。というわけで、出現したモンスターは全て私が倒しますので皆さんは回避にのみ専念してください!いいですか?約束ですよ!」
「ここにくるまででセラフさんのすごさは思い知ってますから大人しくしとくよ」
「だな」
ルカとクレスはもう半分あきらめたような感じだった。
危険区域に入ってから何度かブラックロックゴーレムやクリスタルスネークといった鉱石系モンスターに襲われたが、セラフはそのすべてを返却されていたアロンダイトで切り裂いていた。そしてその剣捌きを披露するたびに「スゲー……」や「仲良くしといてよかった……」といった声が背後から聞こえた。
「(ふむ、500年たってもあんまり道は変わってないみたいだな。まぁ一部の道が岩や土砂で封鎖されてるみたいだが……お?)」
1時間ほど歩いただろうか。岩山を上っている途中に巨大な洞窟を見つけた。外は普通の岩山だが洞窟内は溶岩が流れているのだろう、入り口からでも明るさが確認できる。
「皆さん、ここに入りますよ」
「え゛マジですか!?」
「マジです。さっさと行きますよ」
クレスの驚きをさっさと流して一向は火山内部へと歩みを進める。
洞窟内部は凄まじいものだった。そこかしこを溶岩が川や滝のように流れており目が痛くなるほどの赤が一面に広がっている。落ちるどころかかすっただけでも重傷だろう。
「すげぇ……、景色もすげぇがすぐ傍を溶岩が流れているのにまったく暑くないし呼吸も出来てるってのがさらにすげぇ」
そう、通常なんの備えもなしにこんなところに入ろうものなら高温の空気が肺に入り喉と肺を火傷してもおかしくない。それに加えてこの暑さなら30分もしないうちに脱水症状で死ぬだろう。
「なんていうか……本当に俺らってお荷物だよな」
「だな。まぁこのあとヒートドラゴンの討伐もあるんだ。出来るだけセラフさんの邪魔にならないように控えていようぜ」
「そうだな……ってあれは?」
「ん?どうしたライン?」
「?どうかしましたか」
どうやらラインが何か見つけたらしい。
ルカとセラフが声をかける。
「いえ、なんか右奥の方にある溶岩溜りみたいなところに波が出てたような……」
「波だ?溶岩に波なんか出来るわけねーだろ」
「ですよね……?」
「皆さん動かないでください!」
ついに来たか。向こうから来てくれたのは行幸だ。
セラフの言葉に皆の動きが硬直する。
「ど、どうしたんですかセラフさん!?」
「来たんですよ。目的の奴が!」
そう言った次の瞬間先ほどラインが指示した右奥の溶岩溜りから全身に燃えるように赤い結晶を宿したトカゲのような竜、「ヒートドラゴン」が姿を現した。
だがその姿を確認した瞬間セラフは驚愕した。
「(頭部に紅蓮結晶ではなく葬火結晶がついているだと!?くそ、”特異個体”かよ!)」
驚きながらも必死に現状を整理し確認するセラフ。
通常のヒートドラゴンであれば頭部には体に纏っている結晶よりもさらに純度の高い結晶、紅蓮結晶を持っている。だが極稀に、この紅蓮結晶よりも更に純度が高くさまざまな鉱石のエネルギーを吸収して頭部の結晶が進化したものが存在する。それが”葬火結晶”だ。
紅蓮結晶は通常真紅のような濃く深い赤色をしているがこの葬火結晶は鮮やかな蒼色をしている。まるでガスバーナーの酸素とガスがちょうどいい配分で混ざり合い赤い炎よりもずっと高い高温になるように。
そしてそのように珍しい特徴を持つモンスターを特異個体といい通常種と比べると出会うのも倒すのも大変なモンスターなのだ。
「(ヒートドラゴンは通常レベル100程度で倒せるモンスターだがそれはパーティプレイの話。ソロププレイではさらにレベルが10は上じゃないと厳しい。そしてそれが特異個体だったならさらに追加で20上だ。つまり推奨討伐レベル130のモンスターってことか。まったく、こんなエリアに出てくるモンスターじゃねぇっての!)」
全長20メートル、全高6メートルはあるだろう煌びやかな装飾を持つヒートドラゴンはセラフとドルガン達を認識しゆっくりと王者の風格を漂わせるように近づいてくる。ヒートドラゴンからすれば美味そうなごちそうがやってきたようなものだ。それにここは彼のテリトリーなのだ。あせる必要はない。
「(せっかくかけたギガブロックもこれじゃ意味ないな……まったく、動けなくなっちまったな……けど)」
ドルガン達は当然、すでにギガブロックがこの場に限り機能を果たしてないと知る由もない。がそんなことは関係なかった。なぜなら彼らはヒートドラゴンと目があった瞬間に死に魅入られてしまったからだ。
心臓を鷲掴みにされたように全身が硬直し、声もでないほど固まっていた。
そう彼らは悟ったのである。自分がどう足掻いても抵抗すら不可能な存在がいるということを。
だが場の真の支配者はヒートドラゴンではない。”セラフ”である。
これより始まるのは竜の晩餐ではない。女神の演武なのだ。
「相手が悪かったな」
セラフの気の変化を敏感に感じ取ったヒートドラゴンは目の前の標的が唯の獲物ではなく危険な獣であると認識し直す。
ヒートドラゴンはすぐさまその余裕を捨て去り全力を持ってセラフに突撃する。
セラフは堂々と正面から迎えうつ。両者がぶつかり合った瞬間に凄まじい激突音と衝撃が洞窟中に響いた。
ぎりり、と擦れ合うような音が聞こえる。セラフのアロンダイトとヒートドラゴンの葬火結晶が火花を散らしながら鍔迫り合いをする。だがセラフはいつまでもこの硬直を続けてはいられない。葬火結晶はそれ自体が超高温を放っている。この状態がいつまでも続けば結晶が放つ熱波をいつまでも食らうこととなる。
「(くそ!後ろに皆ががいるからこの場を退いて回避行動を取ることもできねぇ!仕方ない、ちょっと熱いが我慢するしかねぇか!)」
覚悟を決めたセラフはアロンダイトを手放しなんと結晶を掴んだ。
セラフは攻撃力に関するステータスは全てカンストしているが防御力はそうでもない、レベル的に格下の相手でも結晶を直接掴めばさすがに火傷をしてしまう。
セラフが結晶を掴んだ瞬間に「ジュッ」という音が鳴りセラフが苦悶の表情を浮かべる。がそんなことは気にしていられない。さっさとしないとセラフもドルガンも危険に陥るのだ。
「うっ、…うぉぉぉぉぉ!!!」
結晶を掴んだセラフはあろうことかヒートドラゴンを垂直に持ち上げた。自由を取り戻そうとじたばたともがく。
そして持ち上げたヒートドラゴンをセラフは前方に投げ飛ばした。
「……すげぇ……」
「……は、はは、なんかもう笑っちまうしかねぇな……」
セラフの行動はこれで終わりではない。インベントリから純白の刀を取り出す。この刀は名を「氷華の太刀」といい攻撃力はあまり高くないが圧倒的な氷属性と水属性を備えた剣である。
そしてセラフはその刀を居合の形で構える。
そうこうしている間にヒートドラゴンは自由を取り戻し、また突進を行っていた。だが先ほどと同じではない。頭部の葬火結晶を含む全身の結晶が煌めいているのである。
これがヒートドラゴンの最強の技である「ヒートストライク」だ。だがヒートドラゴンが勝利を収めるにはそれを第一手でやる必要があった。遅すぎたのである。
「流転の太刀、足す、ディープストライク……」
セラフの呟きにより剣の冷気が高まる、そしてこの後に待ち受ける悲劇を知らずに怒りを抱いたヒートドラゴンは全身の結晶を輝かせながら突進する。
「…妙技、三枚下ろし!」
その瞬間、強烈な高音が二回洞窟中を響き渡りその次に起こったのは頭部、胴体、尻尾の三つの部位に切断されたヒートドラゴンの姿であった。
「……ふぅ、調理完了です!」
いつ抜いたのか誰も視認できなかった刀を鞘にしまい、そう言って笑顔で語りかける。
天使のような笑顔に神の御業のような剣捌きを見せられてドルガン達は何も発することが出来ずに戦々恐々としていた。
「?お~い、皆さん終わりましたよ?」
手を振りながら再度声をかける。その声でようやくドルガン達は覚醒した。
「あ、ああ、お疲れ……だ」
「……セラフさん……あなたという人はいったい……」
この間のオルカとの決闘のようにみんな驚いてしまっている。
目的は達成したのだからさっさと帰りたいのだが。
「皆さんぼけっとしてないで素材を運んでくださいよ。その為に来たんでしょう?」
「あ、ああわかった。今やるよ……お前ら!」
「は、はい!」
ドルガンの声でようやく他の皆も覚醒したようだ。
「ところで素材の運搬ってどうやるんですか?荷車を持ってきてないように見えるんですけど?」
「ああ、それはだな……」
長くなるので一旦区切りです。